第85話【ラキアス開戦3 蠢く影】
「……以上が前哨戦の報告だぜ」
岩石で建設された砦の一室、暗い焔の明かりだけが灯る指揮官の部屋。
揺れる炎に揺らめくような人影が複数、ある。
魔王として指揮を執る魔王と、砦を守る首脳陣。そして急遽、派遣されることが決まった総一郎とソフィアだ。
日本語に翻訳された書類を、木造の椅子に座った総一郎が厳しい表情で見やる。
「被害は微細、敵軍の約半数が死傷者。結果的には大勝利か」
「表向きはな」
紅蓮色の瞳の持ち主、鎖倉龍斗は軽く息を吐いた。
本来の体の持ち主は精神的な疲労が強かったらしく、少し寝込んでいる。
人殺しに慣れるな、とかつて言った龍斗。今では少し浅はかな言葉であったかも知れない、と内心で後悔する。
閑話休題、今は戦況の報告だ。
「こっちの被害は一割程度。相手は半数だが……数にすりゃあ、五十人と五百人だ。十倍の戦果を挙げたな」
「表向きも何も、大勝利じゃないのよ」
「豆知識だが。三割も兵が殺されれば、残りは恐慌に陥る。戦争というのは指揮官の頭を討つか、三割を殺すか、だ」
冷静な口調で総一郎先生は語る。
本場の戦争というものを彼も体験しているだろうから、言葉の重みは強い。
指揮官は自身が殺されないようにしながら、三割の兵を失うことなく戦わなければならないのだ。
兵士一人は何百の内の一人だが、彼らそれぞれにも信念と命が宿っている。
「そういう意味でも大勝利だろう、鎖倉。狩谷は何を悩んでいるんだ?」
総一郎の疑問ももっともだ。
敗北や引き分けならともかく、誇れるほどの戦果を収めながらも奈緒は納得していない。
心の中で閉じこもってしまっている魔王の代弁者は、唇をキュッと噛み締めた。
苦々しい表情を作り、親友の気持ちを言葉にする。
「前哨戦で地力の差が見えちまったんだよ……」
「うん?」
「昨日の勝ちは奈緒の策がこれ以上なく、決まった。完璧だった。改心の一撃だ。クリティカル・ヒットだった」
突撃してくる地上兵を環境を利用した砂嵐と魔法の一斉射撃で撃破し。
釘付けにしている間に遠征軍の急所である兵糧庫を焼き払った。
砦を取り囲む敵兵の士気は下がる一方だ。
昼は暑く、夜は寒い環境。不意に襲ってくる野生の魔物。失った兵糧と多大な死傷者……完璧だった、が。
「……すまんな」
重く呟かれる声の持ち主はギレンだった。
戦いにおいて最も頼りになるだろう将軍の地位に付く男の腕には、白い包帯が幾重にも巻かれている。
手傷を負わせることも容易ではなかった怪物が、負傷していた。
最初の前哨戦で、だ。
「単身の潜入策は無謀すぎたかも知れないわねん。エリザは身を隠して何とか帰ってこれたみたいだけど」
「数の暴力とは言え、ギレンが名も知らない兵士から手傷を負ったんだぜ?」
「英雄は戦争そのものには勝てんよ、と先生は思うが」
「俺らの兵たちが百人がかりで戦っても、ギレンに傷を負わせられるかどうかは怪しいけどな」
実際に剣を交えたギレンの話を聞く。
雑兵に至るまで敵兵は精強だ。一人で自軍の兵三人と戦えるほど、とまでギレンは言い切った。
兵の質を思い知らされた気分だ。
「敵の指揮官は『騎士』だと言っていたな。信念を持つ者は雑兵に至るまで、強いのだ、と」
「でも、今回は勝てたわよねん?」
結果は確かにそこにある。
敵兵はいかに数多く、精強であろうとも。
現実に大勝利を収めた、という結果はここにある。マーニャが机に腰掛けながら呟くのも無理はない。
だが、奈緒の言いたいことが理解できたのだろう。総一郎が厳しい口調で言った。
「そうか……そういうことか」
「はえ? そ、ソーイチロウ? どういうことよ?」
困惑する相棒ソフィアの頭をグシャグシャー、っと総一郎は撫でた。
髪型が乱れるーっ、と猫耳少女は目をバツにして嫌がるなか、総一郎は顎に手を当てて口を開いた。
「今回の奇策は、そう何度もうまくいかないってことさ」
ご名答、と龍斗が同意を示した。
言葉を理解できたマーニャやギレンが表情を厳しくしていく。
最初から解答が頭の中に浮かんでいたらしい魔導人形エリザは相変わらずの無表情。
唯一、頭の回転が残念な総一郎の相棒が、ほえ? と首を傾ける。
「連中も馬鹿じゃない。対策を練って攻めてくる。騙し騙しは何度も聞かないってことだよ、ソフィア」
「奈緒の想定ではな。前回の戦いで敵将を討ち取る予定だったんだぜ?」
「ボウヤにしては……珍しいわねん。捕らえよ、ならともかく……」
「狩谷も甘い戦いではないと分かっているのだろう」
作戦の細部という意味では、想定外は幾つかある。
将軍ギレンの負傷に始まり。
敵将フォルゴは完全な不意打ちを凌がれて仕留めそこない、敵の指揮官を討つという狙いは果たせなかった。
退却も鮮やかだった。追い討ちを許さない布陣は名将を思わせる。
「フォルゴって奴は何者なんだよ? 砦に対する力押しは感心しねえが、単純な戦闘力はギレン並みだって言うじゃねえか」
情報は武器だ、とは奈緒の持論だ。
敵将のことを良く知るためには、革命軍で働いていた二人の情報が必要不可欠だろう。
元・革命軍と思しき副官の件もあるが。
「……俺は良く知らん。ソフィアなら」
「あっ……はい。分かりました」
公の会議であることを考えて、首脳陣に注目されたソフィアが敬語の口調になる。
周囲の視線に気圧されたように息を呑んでいる。注目されるのは不得意らしい。
龍斗、総一郎、マーニャ、ギレン、エリザの視線を感じて僅かに萎縮していたようだが、やがて。
「フォルゴ将軍は民衆の英雄です。平民から将軍にまで登りつめた……兵士たちの英雄なんです」
◇ ◇ ◇ ◇
「地上部隊は……壊滅です」
「飛行部隊の被害は微細。こちらはまだまだ行けます」
「兵糧庫は約七割が燃やし尽くされました」
「警備していた兵の証言によると、黒いドレスを着た小さな女の子が迷い込んだと思って保護したら、突然襲い掛かったと」
「彼奴らは幼い少女まで兵に駆り出しているのだなっ」
仮に創設された本拠地で幕僚と参謀が報告を告げる。
中心部で険しい顔をしているのは指揮官のフォルゴ将軍だ。彫りの深い顔立ちを苦渋に歪めている。
己への怒りで腸が煮えくり返る思いなのだろう。
「進言いたします、将軍」
副官の竜人族、ニードルードが幕僚たちの総意をまとめるように進み出た。
白兵戦を得意とする地上部隊の壊滅は大きい。
兵糧を焼き払われたのは更に大きい。
「兵糧の補給と援軍の要請を致しましょう。このままでは戦になりません」
「いや、ニードルード殿、生温い!」
「左様。一度帰国して体勢を立て直さねば戦いになりませぬ」
「死傷者も多いが、砂漠という慣れない環境で体調を崩す者も多い! 魔物の被害も馬鹿にならん」
「…………」
首脳陣がこの様子では、とフォルゴは頭を抱えた。
身体を張って信念を貫く将や兵士と、駒を動かすにして戦況を見据える参謀たちの温度差だ。
本陣強襲で参謀や幕僚の何人かが斬られた。
優秀なるフォルゴの『騎士』に護られた彼らが、身の安全を考えるのも無理はない。
(いや……どちらにせよ、であるか)
指揮官が無能だったばかりに半数の『騎士』が倒れた。
兵糧も焼き払われた以上、長い時間、砂漠に滞在していることはできない。
旧クラナカルタが先人たちに陥落させられなかった要因はここにある。
砂の道では補給のための馬車も使い辛く、荒れ果てた土地であるために現地調達も困難を極めるのだ。
(だが、敵の指揮官……砂嵐を利用するとは……)
参謀たちの『一斉射撃で威嚇した後に地上部隊を投入し、一気に制圧する』という作戦を許可したのは自分だ。
作戦としては基本的なものだが、古来からこういうものだ。
地の利を使った恐慌作戦を使ってくる向こうの発想が異常なのだが。
独特の発想は平民上がりの叩き上げや、兵法書を暗記して丸々利用する参謀たちにはないものだ。
「将軍、ご決断を」
「勇気と蛮勇は違いますぞ。恥を忍んででも、万全の体勢を整えるべきであります!」
「兵は国の民、民といえば国の宝でございますからなぁ!」
「まったく」
参謀の意見が『まだ戦える』という将たちの意見を押していく。
不可能だ、とフォルゴは悟った。
文官と武官の意見がバラバラのままに戦えば内部分裂だ。その被害は確かに国の宝がこうむることだろう。
信念を持つ『騎士』たちを己の面子のために失うわけにはいかない。
将軍の気持ちも退却に固まっていく、が。
「使えない参謀さんたちですねー」
場違いな。
天使の声音のような声が響き。
乱暴な足音がフォルゴを初めとした首脳陣を囲んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「フォルゴ将軍を称える言葉は多いです」
曰く、平民たちの希望の星。
曰く、騎士道精神の体現者。
曰く、将来の大将軍。
曰く、誇りと忠誠において右に出る者はいない国の守り神。
「そもそも、三大将軍は全員が国の英雄です。親しまれる人柄や実直な性格、裏表のない言動が理由ですね」
「怪物揃いのラキアス軍の中でも、実力だけで将軍になったという点も凄いわねん」
「……マーニャは、出来なかったのですか?」
「エリザの言うとおり、お姉さんには無理な話よん。それぐらい上層部の層は厚いんだからん」
納得できる、と龍斗やギレンは頷いた。
現実にエルトリア魔族国の戦力の一人であるマーニャが、ラキアスの中では地方官程度の扱いだ。
高校野球とプロ野球みたいなもんかなぁ、と内心で龍斗は思う。
「ギレン、あなたの見たところのフォルゴの実力は?」
「我と拮抗していると言っていい」
「……一人一人がギレンぐらい強いのかよ」
「あ、三大将軍の中では一番下なんですよ? 一応」
半端ねえな、と龍斗は顔を顰めた。
記憶の中にあるギレンとの壮絶な一騎打ち。あれも三回も四回もこなせ、というのか。
頼りのギレンも負傷しているし。
覇者の国、と呼ばれるだけの力はある。人材の豊富さは異常だ。
「フォルゴ将軍の弱みは、やはり指揮を執るというのが不得手であるということでしょうか……」
「人の上に立つより、誰かに指示されたほうが物事をうまくこなせるタイプなんだろうな」
「単体としての実力は有り得ないけどな」
ギレンみたいな化け物がラキアスには集まっていると考えると、奈緒が悩む理由も分かる。
兵の質も将の質も敵が上だ。
奈緒の陣頭指揮がどれほど通用するか、に全ては掛かっていると言っていい。
「対抗策は……」
「敵将一人一人を確実に討ち取ることであると、エリザは考えます」
「同感だが、それだけではダメだろうな」
総一郎が首を振る。
魔導人形のエリザは横目でじぃー、と無表情のまま、視線を動かした。拗ねているようにも見える。
腕組みをしていた総一郎は咳払いをひとつすると、親指をひとつ折る。
「理由その一、敵将軍を討ち取る好機はほとんどない。単純な迎撃だけではこちらが力負けする事実は変わらない」
最初で最後の好機だったかも知れない、と。
将軍の一人をここで討ち取っておけば。そういう気持ちもあるが、残念ながら結果は失敗だ。
次は敵も奇襲攻撃に備えてくるだろう。何度も同じ手を使えるほど甘くはない。
続いて人差し指を折る。
「理由その二、奴らには三大将軍だけじゃなく『抹殺部隊』を抱え込んでいる」
奴等なら。
単身で砦に乗り込んで陥落させることも出来る、と。
背筋が凍るような話に誰もが沈黙した。隣に座るソフィアも同意するように首を縦に振っているのが怖かった。
更に三つ目、中指が折られる。
「理由その三、実はこっちが一番まずい。理由その二に直結するんだが……」
もったいぶるように総一郎は言う。
龍斗は首を傾げる。最初の二つは既に奈緒も予測済みの答えだったが、三つ目は知らない。
重苦しい声音で総一郎は口を開いた。
厳しい現状を指し示すように。誰もが顔色を変える言葉を、あっさりと。
「抹殺部隊の奴らが、前線に合流したらしいぞ」
◇ ◇ ◇ ◇
敷かれた白の絨毯に血飛沫が飛び散っていた。
運ばれていく亡骸を苦々しい顔で見つめる者たちと、笑顔で見送る可憐な少女。
聖歌隊のような白い帽子を被った水色の髪の少女。
惨劇の引き金を引いた無慈悲な悪魔だ。
「らん、らん、らん♪」
「…………」
少女の暴挙に押し黙るのはフォルゴ将軍だった。
鋼のように逞しい翼を苛立たしげに動かし、腕組みをしながら血飛沫の飛んだ場所を見やる。
彼女の背後に控えるのは個性的な格好の者たちだ。
彼らが参謀たちを物理的に黙らせた下手人だった。
「悪魔でも見るような目で見なさんなって、将軍。うっかり手が滑るぜェ?」
「何も殺すことはなかったはずである」
傭兵あがりの悪魔族がニタニタと軽薄そうな笑みを浮かべている。
彼の右手には黒い銃器が握られていた。
『強欲』の名を冠す彼は、噂では他国の研究機関を襲撃して魔導兵器という武具のひとつを手に入れたという。
素行が悪く、欲望の尽きない男と聞く。噂は真実と証明されたが。
「んー。でもー、正直な話ー、参謀さんって役に立ってたのー?」
「全然だったみたいヨ? 口だけ達者で邪魔なだけでしたネ」
女性陣の一団がクスス、と笑みを浮かべていた。
彼らも同業者だろう。もはやフォルゴはそちらに視線すら向けなかった。見た目は本当に珍妙な集団なのだ。
見咎めた参謀の何人かは彼らの手に掛かった。
生き残った参謀や将兵はフォルゴの周りを囲むようにして待機している。
明らかに年下の女性たちに貶されても、怒号や文句の声はない。完全に気圧されてしまっているらしい。
「らん、らん……って、おや? イラとアケディアとルクスリアは?」
「イラは周囲の見回りをするってよォ」
「んー、『やってられるか、ぶっ殺すぞこの野郎』とか言いながらー、アケディアはどっかに行っちゃったよー」
「女たらしのルクスリアは、その辺の女でも連れ込んでるんじゃないノ?」
軍師として彼らを率いる少女は、あちゃー、と困った顔をしていた。
自由奔放の部下たちを取り纏めるのは大変ですよー、と唸るようにして言う。
全員を連れてきた意味はなかったなー、と残念そうだ。
痺れを切らしたフォルゴは壮絶な顔を向けて、重苦しく口を開く。
「それで、何の用だ。スペルビア」
「大敗したらしいですね。ラキアスの精兵が蛮族国の連中に」
「…………うむ」
認めたくないが、事実は事実だ。
眼前の少女が率いる部隊の存在を知ったのは、ほんの数ヶ月前のことだ。
首脳陣で彼女を知らない者と言えば、精々が将軍職に付いている皇子殿下ぐらいのものだろうが。
薄黒いことを裏で行う非公式部隊の長は、天使の笑顔を浮かべる。
「あ、いいんですよ、将軍。作戦立案をした参謀たちが悪いのですから」
「彼らの作戦を許可したのは……」
「御志はご立派です! ですが、将軍も口裏を合わせていただかないと……参謀たちを処分した理由が、ですね。えへへ」
何がおかしい、という言葉をぎりぎりで飲み込んだ。
場を制圧しているのは彼女だ。
刺激すれば残りの参謀たちも処断されてしまう恐れがある。
部下の命を護るためにも口を噤むフォルゴの顔を覗き込んだ軍師は、珠のような声を転がす。
「今後、将軍は私の指揮下に入っていただきます、です」
有無も言わさぬ断言形。
眉根を寄せる将軍の眼前に、魔王直筆の命令書が広げられる。
内容は単純明快だ。
軍師スペルビアに全軍の指揮権を委譲すること。フォルゴ将軍はスペルビアの手足となって働くこと。
「将軍は使われるほうが有用のご様子ですからね」
「…………無礼な」
「無礼結構、どんとこいです。魔王直々のご命令、よもや反抗するとは言いませんですよね?」
反抗の言葉はない。
軍師という地位に就いた彼女の権限は、三大将軍よりも大きいのだ。
軍部の宰相閣下、と言っても差し支えない。
魔王直々の命令というのであれば、フォルゴに否と言える権限はないのだった。
「それで、どうするというのだ。勝算があるのであるか?」
士気の落ちた兵士たち。
焼かれた兵糧と砂漠という慣れない環境が牙を向く。
軍師といえどそう簡単に陥落させられるとは思えない、というのがフォルゴの忌憚ない意見だったが。
「楽勝ですよ」
神童は薄く微笑んでいた。
天使の笑顔が悪魔の嘲りのように見えて、背後の参謀たちがひっ、と声をあげる。
薄暗い明かりが照らす本陣で、スペルビアは言う。
謡うように。らん、らん、らん、と可憐な少女のような心地良い声音を転がしながら。
◇ ◇ ◇ ◇
会議が終わり、エルトリアの首脳陣も解散した。
残っているのは総一郎と龍斗の二人だけだ。残りは早々に自室へと戻っていった。
彼らは砦の外に出て、見回りを兼ねた散策活動を行っている。
当然、建前だった。
「ニードルードが……そうか」
内容は敵軍の指揮官の一人に革命軍の同志と思しき者の姿を見た、というもの。
向こうも総一郎とソフィアのことを知っていた。
残念ながら他人の空似であったり、兄弟である可能性も皆無だ。
総一郎は懐から取り出したタバコに火をつけ、煙を口から吐き出して思案顔だ。
「先生、前に言ってたよな。革命軍の隠れ家が露見した理由が、分からねえって」
「…………ああ」
「ああっと、何ていうか。そういうこと、なんじゃねえかな……」
仲間を売った。
導き出される言葉はそれだ。
間違いはないのだろう、という確信もあった。総一郎も同じ可能性を考えていた。
「ソフィアには伝えるな」
「はい?」
「あいつは今でも革命軍を信じてる。同志は家族だって思ってる。その幻想は壊したくない」
父親がリーダーのスレッジで。
兄や姉たちが革命軍の幹部たちで。
一緒に戦う仲間たちは家族の一員で、保護した小さな子供たちは弟や妹だ。
家族は裏切らない。家族は、無条件で仲間なのだ、と。
「あいつは、家族を失ったんだ。残ったのは半年前に家族になったばかりの俺だけ」
「…………」
「あいつの中では綺麗な家族でいい。勇敢に戦って、力及ばず倒れた……そんな自慢の家族でいいんだ、革命軍は」
男の勝手なエゴに近いかも知れないが。
彼女の夢を壊したくない。家族は絶対だ、家族は信頼できる仲間だ、革命軍とはそういう場所だった。
幻想に過ぎなくても。夢幻に過ぎなくても。
護りたい。
「先生、ソフィアが好きなのか?」
「馬鹿者。教師が子供たちを護るのは当然だ。そして、大人が子供の夢を護るのも、当然だ」
総一郎の芯はそこにある。
大人になった以上、子供たちを護るために戦うのは当然のことだ。
世界中の大人は、そうなのだ。
剣を振り上げたり、盾を構えたり、上司に頭を下げたり、残業を続けるのも全て。護りたいから、戦うのだ。
「ニードルードは俺が倒す」
「破剣の術の師だったんだろ? 出来るのかよ、ソフィアの付与もなくて」
「ケジメは付ける」
勝てる、でもなく。
出来る、でもなく。
決意だけを表明して、総一郎はタバコを砂漠の中へと放り投げて。
護るべき生徒の一人に「ポイ捨て禁止」と注意されて、苦笑いを浮かべながら回収するのだった。