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第83話【ラキアス開戦1 始動】







ラキアス領内、蒼藍宮。

首都ラーズの東北側に建造された王族のための宮だ。蒼色の輝きが建物全体を覆っている。

本来なら魔王ウォルバートの住宅のひとつだが、彼は滅多に謁見の間と私室を離れようとしない。

暗黙の了解として、表には公表できない作戦会議の場として利用されていた。


「何故だ!」


建物の中を切り裂くような怒号が駆け巡った。

門番の兵士が身体を震わせるほどの、剥き出しの殺意すら感じさせる叱咤だ。

覇者の国が誇る三大将軍の一人。

青い鎧を身に纏ったアルフ殿下が、何人かの首脳陣を相手に気を吐いていた。


「何故、先鋒を俺にさせん! 殺された兄貴の仇を取らせてくれんのだ!」

「フォルゴ殿では信頼できん、と言うのでございますか? 誇り高き将軍の座に叩き上げで就任した英雄でございますよ」


懇請丁寧な口調の女が、静かに諭すような口調で言う。

腰まで届く紫の長い髪と、藍色と蒼が混ざった司祭の服装に身を包んだ女だ。

線の細い大人びた印象で、荒事に向くような格好ではない。だが、静かな威圧感は神秘的なものを感じさせる。

食い下がるようにアルフは叫ぶ。


「宰相殿!」

「殿下のお優しい心は分かります。ですが、貴殿はもはやラキアス唯一の跡取りでございます」

「左様。殿下にもしものことがあれば、国中が悲しみますぞ」

「大将軍まで……!」


宰相と呼ばれた紫電の女は表情を変えることなく、首を振った。

大将軍と呼ばれたのは大柄の男だった。

獅子族と称される壮年の男性は、金色の鬣のような髭を扱き上げ、黄色の鎧を僅かに揺らした。

何十年もの長い時を、ラキアスと共にあった生ける伝説は厳かに言う。


「聞き分けなされ、アルフ殿下。もはや御身は貴殿の一人のものではないのです」

「ぐっ……」

「フォルゴ将軍は実直で腕も立つ。平民から貴族にまで成り上がった彼の実力を、信頼してやってもいいだろう」

「卿の力を疑っているわけではない! 仇は……俺が取りたかった! それだけだ」


既にフォルゴ将軍率いる一軍は一週間ほど前に出陣している。

早ければ今日にも宣戦布告を始めることだろう。

今更文句を言っても仕方がないところではあるので、それ以上のことをアルフは口にしなかった。

獅子将軍は蒼藍宮から窓の向こう側、美しい景色を眺めて。


「仮に敵の魔王を生け捕りにできたならば、殿下が切って捨てればよい」


今頃は戦いが始まっている頃かも知れん、と獅子は髭を扱きながら唸った。

負けるとは思っていないが、苦戦はするかも知れない。

難攻不落のナザック砦と一面に広がる砂漠、という劣悪な環境。

短期決戦で勝負を決めなければ足元を掬われることになりかねん、と長年の経験は告げていた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「魔王様だ……」

「陛下がいらっしゃった」

「これで安心だ」


周囲のどよめきと緊張感が伝わってくる。

敵軍の出陣の知らせがメンフィルに届いたのは、今から五日前のことだ。

奈緒は即座に出陣を決めた。

誰かに前線を任せて後方で待機するなど、彼や彼の親友の性に合わないのだ。


「ナザック砦か……久しぶりに来たよ」

「我もだ。砦が王に陥落させられて以来だな、感慨深い」

「お姉さんも久しぶりに外に出られたわー」


本拠地の守りは宰相のテセラに一任した。

皇后のセリナは付いてくる、と言って聞かなかったが、魔族病の病み上がりの件もあって留守番だ。

近衛部隊のラピスたちも置いてきたし、万が一のためにゲオルグも温存した。

魔王自らの防衛戦の戦力は、ギレンとマーニャを連れてきた。


「砦に駐留できる兵力は五百だったね。残りの三百人は後方支援バックアップを任せよう」

「結構、掻き集められたわねん」

「戦える人の有志による義勇軍だけどね。何とか被害は最小で食い止めたいし、しばらくは持久戦かな」

「戦争はお金が掛かるわよん。そっちは大丈夫なの?」


もちろん、大丈夫ではない。

内政にお金を回して国を発展させていきたいぐらいだった。

奈緒は苦笑いを浮かべて頭を掻く。


「国力の差はそこで来るよね……まあ、何とかしてみよう」

「敵の数は千五百と聞いたが」

「難しいね。前の戦いではゴブリンやオークばかりだったから、肉弾戦での戦いがほとんどだったけど」


今回はいわゆる魔族のオールスターだ。

空を飛ぶ兵がいたり、魔法をぶっ放してくる兵がいたり、地面に穴を開けて侵入してくる兵がいるかも知れない。

兵士一人一人がこれなのだから、骨が折れる。

策はいくつか用意したが、これで足りるだろうか、という不安も頭を過ぎっていた。


「……報告。東の方角からたくさんの魔族が来るのを感じます」

「あれ、エリザも来てたの?」

「エリザの魔力感知は正確です。必ずお役に立てると思います」

「……うん、分かった。頼むよ」


奈緒本人も彼女を招集したつもりはなかったが、情報は何よりの武器になる。奈緒の持論だ。

彼女を傍に置いておけば何かと役に立つだろう。

戦力は多いに越したことはない。


(戦争、か)


戦いはギレンとの一戦以来だ。

拙い軍の指揮で良く勝てた、と思う。だが、此度の敵は規模も質も大違いだ。

暇なときは魔族が嗜む兵法書を読んで勉強していたが、実践で何処まで通じるかは分からない。


(不安かよ、奈緒)

(そりゃあ、不安にもなるよ)

(最近は必要最低限の運動しかしてねえしなぁ、うまく身体が動かせるかどうか)

(龍斗の出番はまだないと思うけどね)


東の地平線を見据えた。

軍服に身を包んだ魔族の群れが、ナザック砦を十重二重にも包囲するだろう。

作戦はどうするか。策は何を用いるべきか。

奈緒の思考がかしゃり、かしゃり、と切り替わっていく。想定された展開の全てに目を通すために。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「暑いであるな」


千人以上もの魔族の先頭に立つ男は、額から流れる汗を拭って呟いた。

二つ首の馬に騎乗した赤い鎧の男だった。

茶の髪に僅かに白髪が混じった中年の男性。眉間に皺を寄せている姿は日常的な光景だ。

険しい顔を常に浮かべる将軍。背中にはバード族を示す逞しい隼の両翼が生えている。


「過去、蛮族国を討伐しようとして失敗した先人の気持ちも分かる。敵兵よりも先に環境が行く手を遮るであるか」

「フォルゴ将軍」


声を掛けたのは竜人ドラゴニュート族の男性だ。

緑の鱗を身体全体に生やし、肉体を橙色の鎧に包み込んでいる。額には見るも無残な深い傷跡が刻まれている。

千人を束ねる将軍の補佐、副将軍の地位に就いた男は言う。


「某が進言いたします。我が兵は砂漠の強行軍で疲労しているかと」

「魔物に襲われたという報告もある。真の敵は自然と環境、というわけか。蛮族国が生き残るわけであるな」

「重ねて進言いたします。一戦を交える前に休息を取らせるべきかと」

「問題があるのである」


赤い鎧の将軍は、視線の向こう側。ようやく見えてきた黒い砦を睨み付けた。

難攻不落のナザック砦だ。

国の威信を掛けて攻め落とそうとして敗北した砦。現政権はそれを陥落させたというが、信じられない気持ちも強い。


「長期戦になればなるほど、彼奴らが有利になる。遠征軍であるワシらは補給という弱点があるのである」

「某が考えるに。一日の違いは大したものではないかと」

「汝の言いたいことは分かる。だがしかし、この砂漠は彼奴らの領域。どんな罠があるか分からん」


周囲一帯をフォルゴは見回した。

一面砂漠だ。かつて人が住んでいたことを示す廃墟が点在しているぐらいだ。

砂漠での戦いは初めてだ、という新兵も多い。行軍の時点で体調を崩す軟弱者も中には見られた。

先人たちを苦しめた劣悪な環境だ。フォルゴはこれを軽く見ない。


「ワシが敵ならば夜襲を仕掛ける。地に足を取られる戦いを強いられては、どのような備えも意味を成さんのである」


偶然にもフォルゴが出した結論は、かつて奈緒が下したものと同じだ。

短期決戦がナザック砦を陥落させる手段だと。

長い目で見た戦いになればなるほど、敵の思う壺となることを彼は一目で悟った。


「地の利は彼奴らにある。後手に回れば回るほど、ワシらは不利になるのである」

「……御意」


竜人族の副官は仰々しく頷いた。

機械的な受け答えに見えるが、後方へと飛んで一戦の意思を伝える副官は鬼教官のように厳しかった。

感情を上司の前で表には出さない性格なのだろう。


「……一揉みで一気に勝負を決める。短期決戦であるっ」


進軍の足は止まらない。

千人を超える魔族の足音が暴力的に繰り返され、一気にナザック砦を包囲していった。

覇者の国ラキアスと新国家エルトリアの戦いが始まる。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「ではまず、第一局」

「……」


秘境のように巧妙に隠された屋敷、その一室。

籠の鳥のように囚われた姫君の前には、透明の水晶と常に微笑を浮かべる商人の姿がある。

机の上に置かれた水晶は高級な魔術品だと、商人は言った。


「水晶の向こう側では、いよいよ世紀の一戦が幕を開けようとしています。ちゃんと見えますか?」

「原理は分からないけど。見える」

「不思議なものでしょう? あなたの世界にこんな便利なものがありましたか?」

「漫画やアニメの世界じゃお約束。ついでに似た機能に監視カメラがある」


身の蓋もない発言に、商人は露骨にガッカリした様子を見せた。

彼の願いとしては感動なり、驚きなりの反応が欲しかったらしい。意外に子供っぽい性格である。


「そ、そうですか。まあ、いいです。いいですとも、はい」

「監視カメラは末端価格で五十セルパから百セルパもあれば……」

「やめてください、八千セルパもしたのですから!」

「私の世界では十万円ぽっきり。この世界では八百万円。高い買い物をした」


半年近い付き合いで理解したことがある。

商人は打算関係で『損をした』と感じると、こちらが愉快になるほど落ち込むのだ。可愛いくらいに。

怒らせるようなことを言っても暴力を振るわれたこともない。

遠慮なく文句を言い連ねても許される。幽閉されているのは嫌だが、意外と不便なわけではない。


(唯一の問題が、彼が純然たる悪人であることに間違いはない、ということだけど)


両軍の陣営に手の者を送り込み、戦争の火種を植え付けたのは彼だ。

戦争の行方は彼の手に委ねられている、と言ってもいい。

情報は武器であり、戦況を引っ繰り返す兵器だ。彼がその気になればどちらの陣営も勝たせてやれる。

気分がさぞかし良いだろう。本当に癪に障る。


「落ち込んでないで話を進めて。壁の隅で体育座りはやめて」

「……こほん」


軽く咳払いをしてやり直し。

哀しそうに眉根を下げていた顔が、ニカッ、と笑みに早変わりした。

道化師のようにころころと表情を変える姿は、掴みどころがなくて不気味だ。


「では、第一局。マナはどちらの陣営が勝つとお思いですか、はい?」

「…………」


どう答えるべきか。

心情としては当然エルトリア側だ。対して商人は中立だが、ラキアス側寄りかも知れない。

彼女が「エルトリア側が勝つ」と言えば、商人は嫌がらせの意味でラキアスに加担するかも知れない。

真に遺憾なことだが、この戦争の勝敗は彼が握っている。


「エルトリア側が勝つ。当然」

「よく言ってくれました!」


結局、それ以外に答えようがなくて口に出したが、商人は喜びの色を強めた。


「私はマナと賭けがしたいのです。この戦争を題材にしたゲームがね」

「……どういうこと」

「実に簡単な賭けですよ、はい」


愉快そうに商人は口元を歪めた。

危険な兆候だ、としばらくの付き合いだった少女は警戒心を強めた。

本当に楽しそうな表情で。人と魔族が殺し合う戦争を題材にしたチェスのゲームが宣告される。



「エルトリアが勝てば貴女の勝ち、ラキアスが勝てば私の勝ち」



何だそれは、という露骨に嫌な顔をした。

商人は変わることなくニコニコと笑みを零しているが、胡散臭さがうなぎのぼりで急上昇だった。


「馬鹿げている。私にも貴方にも何の得がある?」

「暇潰しです、はい」

「新しい本を読むからそろそろ出て行って」


冷たく言い放つと、商人は苦笑いを浮かべた。

諦めるつもりはないらしい。違和感を覚えた彼女は内心で彼の狙いを考えるが、全く理解できない。

彼は打算的な性格だ。自分の利にならないことはしない。

彼女自身も結構打算的な性格なので、自分の得にならないことはしない。


「私が勝ったら幽閉から解放してあげる、ぐらい言わないと」

「では、そうしましょう」

「はい?」

「幽閉から解放。『彼ら』のところに送り届けて差し上げます、はい」


理解ができない。

商人が何をしたいのかが分からない。

彼女は人質だ。いずれ訪れる契約の履行のために必要な駒だ。

手放すというのか、本当に。そこまでして『賭け』をしたがっている理由はなんだ。


「私が負ければ?」

「別に何も。罰ゲームが欲しいというなら考えますが?」

「ふざけてる話」

「約束を守らない、とお考えですか? では、私が何故賭けををしようと言っているのか教えましょう、はい」


商人は大仰な動作で悲しそうな顔を作る。

少女は彼の動作を無視して本棚から本を取り出し、話半分に聞くことにした。

道化師は無視されると死んでしまう生き物なのだ。ウサギみたいな可愛らしさはあまりないが。

彼の口から語られる言葉が本当だという可能性のほうが少ない。


「私は本日、ケーニスクのメンバーに『法王宣誓トップオーダー』を下しました、はい」

「……」

「汝、望むことを行え、と。『己の命を捨てて戦争を掻き混ぜ、混沌とした戦乱を引き起こせ』とね」

「は……?」


驚愕の表情で商人を見る。

意味が分からない。戦争を左右することの出来る立場にありながら、それを放棄したのか。


「ただし、私どもの情報は絶対に漏らしてはならない、と」


混沌とした戦乱を起こせ、と。

敵でも味方でもなく、個人個人で動く第三勢力となるというのか。


「私には必要なのですよ、混沌とした世界が」


善悪もなく。

利害もなく。

表裏もなく、ただ混沌とした世界を作り上げる必要が。


「心が躍りませんか? この戦争はもはや私の予想できるものではありません。メンバーは私の手を離れた」

「……っ」

「私の同志は私を入れて9人。さて、どのような結末を迎えるか」


ああ、そうか、と。少女は事態を理解した。

忘れていたが。本当に今の今まで忘れていたわけだが、不思議なことに。



「ほら、賭けのひとつはしたくなるものでしょう? はい」



―――――この男は純然に狂っていた。刹那的な愉しさに身を委ねながらも計算を重ねる怪物だということに。




     ◇     ◇     ◇     ◇




砂漠と山に囲まれた死地に築かれたナザック砦。

天然の要害を利用した要塞としてリーグナー地方に名高い砦を包囲したラキアス軍は一息を入れていた。

宣戦布告の準備の時間だけ、兵たちに休息を取らせることにしたのだ。

指揮官のフォルゴ将軍は今頃、厳かな雰囲気を醸し出しながら、戦場へと足を踏み入れる準備をしているだろう。


「…………」


副官の竜人族は腕組みをしながら、事の成り行きを見守ることにしていた。

鬼教官としても知られる彼に近づく兵士はいない。

数ヶ月前を副官は思い出していた。あの時も部下の傭兵たちに恐れられた教官であった、と。

昔を懐かしむ副官の背中に、何者かの声が掛かる。


「ニードルード」

「……?」


名前を呼ばれた副官が後ろを振り向いた。

白衣を着た中年男性の人間族が、長身痩躯の人形を引き連れて立っていた。

驚愕にギョッとした竜人族の副官、ニードルードが言う。


「何故、貴殿がここにいる、ガーディ」

「何故だと? 愚問だな、実に愚問だ。そんな微妙ビッチな質問はどうか思うぞ」

「某が思うに。ケーニスクの命令か」

「汝、望むことを行え、とな。ふふ、実にア、レルヤ、だ! 見よ、ニードルード。我が同志よ!」


人形師ガーディ。

商人ギルド『ケーニスク』所属の魔導人形開発者だ。

背後に立っている長身痩躯の青年は彼が開発した人形だろう、無感情な瞳には何も映っていない。


「魔導人形だ。エリザと違って廃墟処分寸前の物だがな、それでも戦力にはなる」

「某は疑問に思うのだが。貴殿ならエリザを回収すると思っていた」

「面白い報告を受けたのでな。ふふ、エリザは最高傑作だ。彼女となら心中してもいい。父親の心境だよ」


何が父親か、とニードルードは内心で吐き捨てた。

人形に愛を捧げる異端の人間。汚らわしいとまで思う。ガーディは内心で軽蔑している男だった。


「で、お前はラキアスで何をしている」

「貴殿には関係ない」

「ふん、大方、立身出世が望みか? 革命軍を売って軍部の将軍補佐にまで出世したのだしな」

「……そう、だな。そういうことだ」


俗っぽい答えにガーディは失望の溜息をついた。

組織の者たちは全員、己が望みを抱いている。それを叶えるために魂を捧げている。

眼前の竜人族は社会的立場の向上が目的だったのか。

残念だ、実に残念だ、と小声で口にしてガーディは歩き去っていく。


「ガーディ」


呼び止められたので足を止める。

橙色の鎧をがしゃり、と動かしたニードルードは視線を僅かに逸らして。


「貴殿の望みは何だ」

「神の所業に手を掛けることよ。ふふ、お前と違って実に神秘的だろう?」


ア、レルヤと愉快そうに呟いてガーディと魔導人形は去っていく。

忌々しげに舌打ちしたニードルードは小石を蹴っ飛ばすと、苦虫を噛み潰したような顔で呻く。

思い返すのは昔のこと。

未来はなくても希望があった、過去の居場所が目にちらつく。


「某の願いは、確かに低俗だな」


フォルゴ将軍による宣戦布告は間もなくだった。

副官として従軍している竜人は、砦のほうを見据えて瞳を細めると、戦いの準備を整えに行く。




     ◇     ◇     ◇     ◇




一刻後。

宣戦布告が始まった。

砦に使者を遣わせて魔王に此処まで訪れるようにラキアス側は言う。

要望通りに砦の上に奈緒が姿を現すと、敵側は動揺した。

総大将自らが既に最前線まで到着している、などということは珍しいのだ。


「汝には三つの罪があるッ!!」


臆することなくフォルゴは叫んだ。

童顔の少年が本当に魔王なのかどうか信じられないところはあるが、噂には聞いていた。

覇者の国を代表した指揮官は赤の鎧を揺らして、奈緒の罪を言及する。


「貴国の式典に訪れた我が国の皇子を、卑劣にも騙まし討ちにしたこと!」


将軍はそれが絶対の真実だと信じている。

表側に立って兵を統率する戦人いくさびとに細かい陰謀や策略などを心優しく教える意味がない。

奈緒は冷めたような視線で二つ首の馬に騎乗した男を見やると、ますます彼は憤った。


「兵を掻き集め、武具を整え、平和を乱す準備を着々と進めていること!」


一方的な物言いにカチンと来る。

喧嘩を一方的に売っておいて、喧嘩の理由はこちらにあるというのか。

なるほど、彼は実直な性格なのだろう。

実直すぎて物事を深く考えず、国から告げられたことが全て真実に違いない、と決め付けている。


「最後に! 大罪人エルトリア家の生き残りを匿い、見当違いの復讐のために戦争を起こそうとしていることである!!」

「言いたいことはまだ続くの? いい加減、聞くに堪えないんだけど」


底冷えするような声音が耳に届いた。

将軍フォルゴは熱のこもった演説を中断し、口を何度かぱくぱくと開けている。

宣戦布告は魔族の儀式だ。

途中で中断させられることは、敵を侮り、下等に見ている証として最大級の侮辱と捉えられている。


「ヴァン殿下は、そちらが戦争の口実を作るために自分たちで殺したんでしょ。こちらのせいにされても困る」

「貴様……何と言った」

「僕たちのせいにするな、と言っているんだよ。身勝手な理屈を押し付けないでよ」

「言うに事を欠いて、そのような戯言を言うのであるか」


赤い鎧がかたかた、と震えた。

怒りが爆発しそうな兆候だ。低い声音に圧倒されたのは自軍の兵士たち。

屈辱と憎悪で身体を奮わせるフォルゴを見て、奈緒は瞳を細めた。


「戯言かどうかの区別くらい、付けてほしいものだけど。盲目だよね、将軍」

「良いだろう。これ以上祖国を侮辱するなら、後悔させてやろうではないか」

「侮辱じゃなくて真実だよ。そっちこそ僕たちを侮辱している」

「口を閉じよ、小僧」


フォルゴの手が虚空に挙げられる。

俄かに殺気立つ兵士たちの気配を感じ取って、奈緒も同じように右手を挙げた。

静寂が包み込む。

寂滅が彼らの世界を閉ざしていく。

戦争開始の合図は呆気ないほど静かな、小さな手の動きで始まった。

魔法と矢が空を覆い尽くし、圧倒されるような怒号と悲鳴と絶叫が静寂を一気に打ち破った。



――――――開戦。




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