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第78話【革命軍】






夜。静寂が部屋を包み込んでいた。

結婚の儀を終え、隣国の王族兄妹に別れを告げ、奈緒はセリナと共に部屋にいた。

白いシーツを敷いたベッド。書庫のように並べられた本棚しかない。

部屋の明るさは薄暗い。仄かな炎がランタンの中で揺らめいているが、光源は限りなく頼りなかった。


「…………」

「……」


当然、薄暗いのには理由がある。

本来なら光魔法を応用した魔術品など、部屋を明るくできる方法はいくらでもあるのだ。

部屋を暗くする理由は就寝の準備や、特殊な状況が理由として挙げられるだろう。

今回は、その『特殊な状況』だ。


「…………」

「……」


沈黙が続いている。寂滅と言っていい。

金髪の花嫁はベッドに腰を下ろして、じぃっ、と奈緒を見続けている。

期待するような、不安そうな瞳だ。

結婚の儀の後のこと。言葉にするまでもない。彼らは夫婦だ。誰かに気兼ねすることもない。


(……いや。いやいや……うう……)


情けなく立ち尽くす奈緒は、頭が真っ白だった。

何も考えられない。麻薬に脳をやられたように聡明な頭は働いてくれない。

心臓が爆発するように波打ち、眩暈がしてしまう。

禁忌を犯すときのような背徳感と、未知の感覚に音を立てて崩れかける理性が奈緒を狂わせていく。


――――お前、その場でヘタレたこと言ったら、最低男の称号だからな。


彼女を伴って部屋に入る直前の、親友の言葉を思い出す。

龍斗はその言葉を残すと、休眠状態に戻っていった。複雑な感情で奈緒はそれを見送った。

間もなく五分が経過しようとしている。いい加減、沈黙も限界だった。

破れかぶれだ。深呼吸を二度、三度と繰り返し、口を開く。


「その……」

「……ん」

「僕、こういうの初めてで。うまく出来ないかも知れないけど……ごめんね?」

「……それは私も一緒、だから」


緊張で喉がカラカラなのはセリナも同じらしかった。

白無垢のドレスに身を包んだままの彼女を、ぎゅっと抱きしめながら白い世界に押し倒す。

言葉はなかった。お互い、そんな余裕もなかった。

彼女の視線が奈緒を見上げる形になり、薄暗い天井と少年の顔が広がり、その距離もゆっくりと縮まっていく。





     ◇     ◇     ◇     ◇





「……よっと」


深夜。メンフィルの城を闊歩する男がいる。

長身痩躯でタバコを口に咥えた男性は、周囲をキョロキョロと見渡しながら赤い絨毯を踏みしめていた。

入り口には見張りがそれなりの数がいたが、祭りの後だからか、兵士全体の数は少なかった。

容易に、というわけではないが、彼が侵入を果たせたのにはそんな要因がある。


「ううむ。石造りの見事な城だな。文字通り、あいつも一国一城の主となってしまったのか」

「ちょっとちょっと」


男性の背後に人狼族の少女が付いて歩く。

同じく周囲を警戒心を持って見渡す彼女は、誰にも見つかりませんように、と願いながら小声で呼びかける。

夜だからこそ薄暗い廊下を進みながら、少女は焦燥感に包まれた表情を浮かべる。


「ホントに大丈夫なのよね? 見つかったら大事なのよ、分かってる?」

「フォローは任せる。頼むぞ」

「見つかる前提で話を進めてんじゃないわよ……!」

「見つかるぞ本当に」


少女の瑞々しい唇に人差し指を当て、男性……天城総一郎は瞳を細めた。

口から白い煙を吐き出し、少女が露骨に嫌な顔をして咳き込んだ。


「侵入したはいいが、肝心の魔王の居場所が分からんな」

「けほっ……こーいうときは、最上階で特に警備が重要な場所、っていうのが相場よね」

「兵士の一人でも捕まえて吐かせるか」

「それもどーかと思うわ。騒がれたらあっと言う間に囲まれて、すぐに牢獄行きよ。危険すぎるじゃない」


苦言を呈する相棒の言葉に、総一郎は逆に頷いて見せた。

牢獄行き。本来なら数年単位で出られないだろうが、それこそが狙いであるというように総一郎は頷いていた。


「そうか。それが一番良いな」

「はい……?」

「最終的にはそれが一番合理的だ。いっちょ、やってやることにしよう」


総一郎は口元に邪悪さすら漂わせる笑みを浮かべた。

半年近い付き合いで相棒のソフィアは理解している。こんなときの彼は『危険』だ。

合理的、という判断の元、常識知らずの掟破りを堂々と行う。

嫌な予感に戦々恐々としていると、総一郎はスタスタと廊下を歩きはじめ、手ごろな壁を見定めると。



「『火熊ひぐま』ッ!!」



虫と風の音しかしない深夜の城に強烈な轟音が響き渡り。

拳を叩き付けられた壁は破砕され、紅蓮の炎に包まれていく。これまでの隠密行動が台無しになった瞬間だ。

暴挙を目の当たりにしたソフィアはふっ、と眩暈を覚えて失神しそうになる。

一瞬の静寂の後、城は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなっていく。





     ◇     ◇     ◇     ◇





「うわっ……?」

「っ」


轟音と振動は彼らにも正確に伝わっていた。

唇と唇がもう一度重なり合う直前の地響きと、不自然なほどに大きな轟音や破砕音。

甘酸っぱい雰囲気が一瞬で霧散する。

身体が震えていた。唐突に我に帰って、セリナと目を合わせる。


「今の音……なに?」

「分からない、けど……でも」


続けて聞こえてくるのは雑音だ。

兵士たちの動揺する声。蜂の巣を突付いたようにざわめきが広がっていく。

寂滅は破られ、緊急事態を告げる鐘が鳴らされた。


「何かあったみたいだ……」

「……そうね」


名残惜しそうに身体を離す。

残念そうな、切なそうな表情や視線が絡み合うが、致し方ない。

奈緒は押し倒した彼女を解放すると、すぐに意識を部屋の隅にある首脳陣用の伝達魔術品シェラへと向ける。

倒れこんだセリナは起き上がると、僅かにはだけた衣服を直していく。


「セリナ、ごめん」

「大丈夫よ。慌てることはないもの……ね?」

「うん」


残念半分、安堵半分だ。

男としてはそりゃあごにょごにょ、という具合なのだが、仕方がないものは仕方がない。

幸いなことに彼女も公私の有無は理解しているようなので、奈緒は慌てながら通信を取る。

当直の情報局を設置し、火急の事態に備えさせたことがここで役に立つとは。


「こっちは魔王ナオ・カリヤ。応答を……何の騒ぎ?」

『侵入者です。城内への侵入を許したらしく、壁を破壊するなどの破壊活動を行っているようです!』

「……数は? 狙いは?」

『確認できたのは二名! 目的は不明ですが、かなりの強敵のようで!』

「分かった」


只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、奈緒とセリナの両者の瞳が鋭くなる。

相手が何者で何の目的かは知らないが、こちらに害意があっての行動であることに疑いはない。

時期が時期だけに様々な可能性が考えられる。


「セリナっ」

「準備はできてるわ。ラピスと連絡を取ったところ」

「分かった。この部屋にいて! ラピスの近衛部隊には絶対にここを死守することを指示して!」


優先順位はセリナの身の安全。

同時に国の機密文書やアキレス腱と成りかねない情報書類の死守だ。

幸いにも現在、大切な機密文書の類は魔王の執務室にある。

要するに奈緒の部屋であり、此処のことだ。


「僕が出る! 侵入者の位置を!」

『は……? は、はい! 現在は城の二階の……』


詳しい場所を聞き、奈緒は部屋を一気に飛び出した。

長い廊下を疾走し、手の中で魔力の巡りを何度も確認して準備を整える。

彼女を置いていくことに僅かな苛立ちが胸の中に灯ったが、今は何も考えないことにして、侵入者を迎え撃つ。





     ◇     ◇     ◇     ◇





「ゲオルグ警備隊長! 敵はこの先です!」

「おう! 確認しておくが、数は二人だな!? 陽動の可能性もある、周囲の警戒を怠るな!!」

「報告によれば男女二人組だそうです!」


廊下を地響きを鳴らす勢いで疾走するのは、現警備隊長のゲオルグ・バッツだ。

披露宴の日ぐらいはゆっくり休みたかったが、そうもいかない。

例の行方不明の部下たちの件がある。

今回の騒ぎは誰かの依頼を受けたオイゲンたちの破壊活動か、と予想したが、どうやら違うらしい。


「既に兵士数名が負傷! 男のほうは相当の手練だと!」

「ったく、空気を読もうぜ、くそっ!」


曲がり角を曲がった直後だった。

侵入者を発見。長身痩躯にざんばらな髪、口に白い煙を漂わせる物を咥えた無手の男だった。

背後には人狼族の少女。何故か涙目だった。

侵入者のイメージにそぐわない、何処にでもいる二人だった。


「おい、テメエ!」


警告の意味を込めて叫ぶ。

周囲には男に倒されたと思しき兵士たちが転がっている。

動くな、と告げようとした口が凍りつく。

侵入者の男が地面を縫うかのような低い姿勢で肉薄してきたかと思えば、次の瞬間には拳を繰り出してきた。


「なっ……!?」

「『氷狼ひょうろう』ッ!!」


腹の肉が抉られる感触があった。

人間に殴られた、というレベルの話ではない。

男の拳が青白く染まったかと認識したときには、氷で固められた拳が突き刺さっていた。

常人なら即死していたかも知れない一撃を受け、ゲオルグは咄嗟に叫ぶ。


「<我が領域よ、荒れ狂え>―――――二本槍ッ!!」

「―――ッ」


突如として床が躍動し、ゴゴゴゴ、と地響きが沸き起こる。

体勢を崩した男の一撃は不十分で、浅い一撃が牛男の腹部の肉を僅かに抉るに留まる。

男の表情が驚きに満ちるが、即座に彼は地面を蹴って跳躍した。

一秒に満たない時間で、ゲオルグの生み出した岩の槍が、男のいた空間を貫いた。


「ちっ」

「むぐっ……!」


両者の吐き捨てるような声音が響く。

頑強な肉の鎧を纏ったような体躯の牛頭が、険しい表情で小さな男を見下ろした。

傭兵隊長にとって人間はどいつもこいつも小さく見えるが、平均から考えれば眼前の男は長身だ。

驚愕したのはそんな小さなことではない。


「ははっ……ミノタウロスか。神話の怪物がごろごろ出てくるじゃないか。モンスターか?」

「……テメェはミノタウロス族という魔族を知らねえのか、あん?」

「知らん。ネコミミ女だけでも驚きだってのに、ファンタジー要素抜群の魔物もどきまで出てこられては困る」

「口の利き方も知らねえらしいなぁ」


生意気な獲物は長身痩躯の人間だ。

細身の体だが、引き絞るような筋肉の付き方が服の上越しから何となく分かる。

何か武器を持っている様子はない。

彼は己の肉体に全てを懸けているらしく、満ち溢れるような闘志が空気をびりびり、と震わせていた。


―――――心地のよい闘志だ。


旧クラナカルタの魔王ギレンを連想する。

人間の分際でそれほどの力を感じさせてくれるほどの『怪物』だ。

証拠はゲオルグの腹部に付けられた痣だ。不意打ち気味にゲオルグも一撃を貰ってしまった。


「……しっかし、タフだなお前は。こっちは一撃で決めるつもりだったんだが」

「生憎とな。まだまだおかわりができるぜ」

「リクエストと見た。お受けしなきゃいけないな? ソフィア、もう一度だ」


背後の人狼族の少女に振り返る。

総一郎とは一回りも背も年も違うと予想される少女は、肩を震わせて口元を引きつらせていた。


「……ね、ねー、総一郎。アンタ、何しに此処に来たか分かってる?」

「魔王に逢うためだろう?」

「なら、何で何で何で、こんなところでガチの勝負をやろーとしてんのよ? 本気で殺しちゃまずいんだって!」

「おいちょっと待てや。オレが負ける前提かよ」


呆れ半分、苛立ち半分で答えると、ソフィアと呼ばれた少女はびくりと身体を震わせた。

慌てて両手をばたばたさせ、一房飛び出た髪の毛を揺らしながら彼女は言う。


「えー、あーいや! そんなつもりもないし、敵対するつもりもないっていうか! でも総一郎って馬鹿みたいに強いし!」

「…………ほほう……」

「えー、ちょっと!? 何でそんな嬉しそうな笑みなのよ!? だ、誰かこの馬鹿たちを止めてー!」


馬鹿みたいに強い、という言葉が琴線に触れたらしいゲオルグ。

失言に動揺しながら何とか事態を収拾させようと誓うソフィアは、助けを求めるために周囲をぐるりと見渡した。

小柄な身体つきの、無愛想なオーク族が視界に入る。

助けを求めようとした少女を一瞥し、男は言う。


「貴様、強いのか。我と殺し合え」

「この城には戦闘狂しかいないってーのか、このスカタンがぁー!! あーもう、付いてくるんじゃなかった、わーんっ!」

「ソフィア……男には、戦わなきゃいけないときがあるんだよ」

「少なくとも今回は絶対違うってばーーー!!」


傭兵隊長ゲオルグと将軍ギレン。

奈緒の率いる軍きっての武闘派に囲まれて、ソフィアはえーん、と泣き始める。

女を泣かせておきながら、三人は俄かにヒートアップ。仕事や趣味で女を泣かせる典型的なダメ男の図式である。


「ぐすっ、ぐす……もう終わりなのね……ごめんね、皆……ソフィアは使者にもなれないダメ娘でした……えぐっ……」

「えーと……」


奈緒が駆けつけたのはそんな時だった。

侵入者らしき二人の姿を遠目に見て、非常に気まずい空気を感じ取る。

敵は首脳陣を狙った暗殺者か、機密情報を狙ったスパイか、などと熟考していた自分が馬鹿みたいだ。

見た目はうだつの上がらないサラリーマンの男と、獣耳が頭にちょこんと付いた少女だ。

正直、誘拐犯という見方のほうが納得できる。


「ゲオルグ、ギレン、下がって」


命令すると二人して「えー」と言わんばかりの表情で振り向いた。

言外にやる気満々だと言いたいのかも知れないが、壁や床の修繕費だって馬鹿にはならない。

本気で暴れられると城が倒壊しかねないので、二人を半目で睨み付けて黙らせる。


「おー、おー。威厳でてるなぁ……っていうか、やばいな。似てるけど風格たっぷり過ぎて似てない」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよー! アンタが知り合いだから少しぐらい粗相をしても問題ないって言ってたじゃない!」

「うーん……生まれ変わりか何かかも知れん。俺の知っている狩谷奈緒はもっとこう、女の子っぽい感じで……」

「誰が女みたいな顔だよっ!!」


地雷を踏みかけた総一郎の言葉に、形ばかりの怒りを示すと、ひぃ、と女のほうが悲鳴を上げた。

改めて二人の侵入者を見やる。

夜の闇に覆われて顔はあまり見えないが、初めて見る顔ではない気がした。

部下に頼んで光魔法で周囲を照らす。獣耳の少女は知らない。長身痩躯の男性のほうへと顔を向けて。


「ん、いや……あ、あれ……ええええ!?」


驚愕とばかりに目を見開いた。

唖然呆然とした表情に周囲の者たちは何事か、とお互い顔を見合わせた。

奈緒の反応を見た総一郎が、どうやら己の半分が間違ってなかったことに気づいたらしく、ニカッ、と笑う。


「おっ、その反応はやっぱり狩谷奈緒でいいんだな!? 俺の教え子の狩谷奈緒!」

「あ、天城先生!?」


天城総一郎は未だ名乗っていない苗字を呼ばれたことに喜び、もう一度、ニカッ、と笑って見せた。

周囲の者たちは魔王の師を名乗る男性の登場に色めき立ち。

奈緒はあまりの驚きに頭が真っ白になりながらも、心の中で睡眠を取っている龍斗を叩き起こし。

獣耳の少女は安堵で心がいっぱいになったのか、ぱたりと床に座り込んでしまった。





     ◇     ◇     ◇     ◇





急遽、応接室に明かりが灯った。

披露宴の影響でぐっすり眠っていた一部の首脳陣はそのままお休みになっている。

警備をしてくる、と言い残してゲオルグとギレンも退出中だ。

応接室に残って総一郎たちを出迎えたのは、奈緒とセリナとラピス、加えて宰相のテセラだけだった。


「別嬪さんに囲まれて幸せそうだなぁ、狩谷」

「先生……頼むから緊張なり、何なりしてよ……今の先生の立場は極めて危ないんだから」


応接室と言っても、席に座っているのは奈緒たちだけだ。

侵入者という区切りで囚われの身になっている総一郎とソフィアは、床の上に座らせられている。

少しでも妙な動きを見せれば迷わず斬る、とラピスが常に刀に手をかけていた。

夜中に叩き起こされた宰相が、妙に重苦しい声音で語る。


「不法侵入、破壊活動。ついでに傷害……妾が定めた法によれば、強制労働何年分かのう……」

「国家的な意図を垣間見ますと、十年だと、それがしは記憶しております」

「うむ。では魔王の温情ということで僅かに減刑して、六年の強制労働……以上、裁きは終わりじゃ」


宰相閣下の鶴の一声。

奈緒は何とも口が出せない。罪は罪、罰は罰。法を犯して許される者はいない。

恐ろしいことに奈緒が庇うことも想定に入れて、減刑という処分にしている。これでは文句も言えない。

と、黙って聞いていたソフィアという少女が地に頭を擦り付けて詫び始めた。


「申し訳ありません……ごめんなさい、ごめんなさい……! でも六年も時間がないんです、許してください……!」

「う、うお、ソフィア、ちょっと待て。謝るなら俺がやらんと! お前に謝らせたら立つ瀬がない」

「どうしても、どうしても魔王様にお逢いしたくて! 急ぎのご用件で!」

「…………」


涙ぐみながら訴える少女を見て、奈緒の心に僅かながら罪悪感が宿る。

魔王としては威厳たっぷりに座っているしかないのだが、視線で宰相の顔色を窺ってみた。


「……テセラ」

「何じゃ」

「話だけでも聞いてあげようよ。僕も話したいことがあるし」

「妾も尋ねたいことはあるがの?」


何やら彼女もすぐに牢獄に連れて行け、という気ではないらしいので一安心。

今日だけでも色々なことがあったので思考がうまく回らなかったが、とても大変な事態であるのは間違いない。

困ったように頭を掻く男性、天城総一郎。

奈緒にとって唯一の『元の世界の住人』であり、『世界と世界を繋ぐ重要な証人』でもあるのだ。


「では、妾の用事を先にしてもよいかの」

「あ、うん。それは」

「感謝する。さて、では人狼族の……そう、ソフィアと言ったの」


床に正座しながら頭を何度も下げている少女は、宰相の声に頷いて顔を上げた。

快活そうな顔立ちだ。布で作られた服装だが、元の世界の服装に似ている。短パンらしきものを履いていた。

人目を引くのが頭の上の耳。猫耳のようにちょこん、とふたつ。

暇潰しに読んだ魔族百科、という書物の中にあったリングス族や人狼族が該当するらしい。


「お主らは妾たちに逢いたい、と言うておったの。それは何故じゃ」

「あ……は、はい。まずは私たちの自己紹介を」

「うむ」

「私たちは『革命軍』と呼ばれる組織に属しています。宰相さまはご存知ですか?」


腕組みをしながら話を聞くテセラの眉が、僅かに反応した。

革命軍、という言葉に奈緒も瞳を細めた。それはその場にいるセリナやラピスも同じだった。


「リーグナー地方をあるべき姿に、というスローガンの下に戦い続ける傭兵団ですね」

「現在のラキアス国に反発して軍を起こしている内乱の原因」

「そうです」


現ラキアス政権を倒そうと軍事的に活動する反逆者の傭兵団。

本来は地方に点在する傭兵やギルドに所属している者が集まった、いわゆる義勇軍のようなものだ。

内乱が拡大して国は疲弊している、という話も何度も聞いた。

現在、ラキアスがまともに政治を行えない原因は革命軍にある、として軍事的な衝突が続いているらしい。


「読めたぞ。立場的にラキアス国と敵対している我が国に援助を求めようというのだな?」

「……はい」

「無理じゃ。援助はできん」


即答だった。

是非もなし、と奈緒も心の中で同意する。

革命軍への援助は火中の栗を拾うようなものだし、物資的にも新国家が潤っているわけではない。

金も兵糧も武具も人手も、むしろ彼らが欲しいくらいなのだ。


「宰相。僕から説明するよ。先生に対する礼儀でもあるし」

「……ふむ、そうかの?」

「頼むよ、狩谷。納得のいくのを」

「努力してみる」


納得のいく説明を、と総一郎は言っていた。

彼は教え子の縁に頼ってきたのだ。無碍にはしたくない、という思いもあるが。

魔王として立場はハッキリさせなければならない。


「まず、政治的な意味から。革命軍に援助をすれば、ラキアスは黙っていないよね? 情報網も甘く見れないし」

「狩谷。元々、この国はラキアスと冷戦状態みたいなものだ、と聞いているぞ」

「うん、そうかも。彼らと仲良くするつもりはないよ。だけど、まだ僕たちはスタート地点に立ったばかりなんだ」


何百年も覇者として君臨し続けてきた大国。

本日、ようやく誕生したばかりの新生国家。力の差は二倍や三倍では済まないだろう。

戦争となれば間違いなく敗北する。

火種を持ち込むのはまだ早い。絶望的なまでに早すぎる。


「援助できるほどの資金もないし、回せるだけの物資もないんだ」

「いいや、狩谷。お前は根本的な勘違いをしているぞ。『火種』は既にそこら辺に巻かれている」

「……?」


教師の言葉に奈緒は首をかしげた。

物事を大きく取り上げて大げさに吹聴するのは、総一郎の得意技だ。

結論を下すにしても十分な協議をするつもりで、奈緒は話を促した。

教師の口からもたらされたのは驚愕の情報だった。



「建国式典の帰り道。ラキアスの王族、ヴァン・バラム・リーガルが襲撃された。毒矢を受けて重体だ」



息を呑む。

瞳を大きく見開いた。

心臓が大きく跳ね、二の句を告げられなかった。

奈緒の思考が速やかに切り替えられる。事態の重さを理解するのに時間はかからなかった。





一週間ほど旅行に出かけていました。

昨日帰ってきたので、ようやく再開ですw でも夏休みがもうすぐ終わる……

将来を考えると胃が痛いですw


P・S

奈緒とセリナのシーンの有無について、二時間以上悩んだのは秘密ですw

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