表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/92

第74話【建国式典の裏側で】



からから、と馬車が揺れる音がする。

華美な装飾というよりは、過剰な装飾と言っても過言ないほどの豪勢な馬車だ。

意味もなく宝石を散りばめたデザインと、一目見てすぐに分かる翼の生えた虎の紋章が、大きく刻まれている。

材質の一つ一つが各国から取り寄せた高級品で、馬車ひとつの値段で村が作れるに違いない。


「…………ふうん。砂漠ばっかりだね」

「蛮族国ですからな。荒れ果てた大地や散らばる骨を見れば、国の有り様が分かるというものでしょう」

「想像よりはずっと良いところだよ。ちょっと暑いけどね」


高級なシーツに包まれた椅子に座っているのは朴訥な印象を与える少年だった。

金色の髪を肩まで伸ばし、その内の一房がちょこん、と立っている。妖気を感じた某妖怪少年みたいなものだ。

柔らかく細められた瞳は物憂げに、何処までも続く砂漠を眺めている。

歳は三十に近いはずなのだが、物腰と言動はまだ二十歳前後ではないか、という印象を与えていた。


「ヴァン殿下、道が多少整備されているとはいえ、さすがに揺れます。ご容赦を」

「うん、大丈夫。私は気にしないよ」

「畏れ入ります」


従者はたった二人だった。

馬車の運転を命じられた従者で、護衛兵などは連れてきていない。

大国ラキアスの王族。それも嫡男を送り出すには地味と言わざるを得ないが、青年は特に気にした様子はない。

指を組ませながら、優雅な旅を楽しむように目を細めた。


「『エルトリア魔族国』か。面白いね……ここまで露骨だと笑えてくるよ」

「我が国を愚弄している証と心得ます。しかも、大罪人のエルトリア家の女を匿っているとか」

「……まあ、そういう情報は入っているよ」

「心配ですな。式典の最中や帰り道は気をつけなければなりません。何処から刺客が襲ってくるか」


至極、真面目な顔で警戒を促す従者にヴァンは苦笑いを浮かべた。

冷静に考えれば分かることだ。

一国の王子を殺害する、ということは宣戦布告に等しい。自分の命が彼らによって奪われるときが来るとすれば。

既に新国家を多大に発展させ、ラキアスと事を構えられるほど軍備を整えていなければならない。


「そうだね。『何処』から刺客が来るのか分からない」


薄っすらと含みを持たせた言葉で同意する。

ラキアス国の現魔王は己の父親だ。既に齢は晩年に差し掛かっているだけに、そろそろ世代交代も有り得る。

こんなときは兄弟で魔王の座を争う、という話も珍しくはないのだが、彼ら兄弟にとっては無縁の話だ。


「弟が心配していたよ。危険すぎる、何が起こるか分からない、気をつけてくれ、と」

「兄上想いの素晴らしい弟君おとうとぎみですな。軍事の才能といい、本当にあの方は素晴らしい」

「そうだね、自慢の弟だよ」


弟は本当に素晴らしい才能の持ち主だ、と兄であるヴァンも誇らしげに語った。

人格的にも全く問題ない。少し荒っぽいのが玉に瑕だが、民にも愛される分かりやすい性格だ。

兄弟仲も順風満帆。互いが互いを信頼するのに何の躊躇いもない。

大した才能もない、と自認するヴァンは魔王の座にも興味はなく、日々を楽しく過ごせればそれでいい。


「……まあ、私は父上から嫌われているし。弟に全てを託して早いうちに出奔すればよかったかな?」

「はっはっは、ご冗談を」

「これが冗談でも何でもないんだよ。国に私がいても何の利もないし、下手に争いに巻き込まれるぐらいなら、ってね」

「相変わらず変わっておられますなぁ」


いやいや、と否定するように手を振ってもう一度苦笑いを浮かべた。

従者に気づかれないように顔を僅かに背けながら。

誰にも聞こえないくらいの声で小さく呟く。


「……危機管理ができるだけだよ……」

「え?」

「ははは、何でもない。ここは暑いね、って思って。もうすぐ到着かな?」

「はい。間もなくメンフィルです」

「見えてきましたぞ」


馬車から顔を僅かに出して、遠くに見える堅牢な城を眺めた。

戦争で勝ち取ったと聞いているが、さて。

地方の覇者に喧嘩を売る新国家の首脳陣や政治はどんなものか、じっくりと楽しませてもらうことにしよう。




     ◇     ◇     ◇     ◇





で、その数時間後。


「ようこそ、ヴァン殿下。エルトリア魔族国へ。妾たちは貴君を歓迎するぞ」

「…………」


どう反応したものか、真剣に迷った。

眼前に十歳ぐらいの幼女が、凄く偉そうな口調で不敵な笑みを浮かべている。

出迎えに現れた彼女は小姓の類かと思ったが、それにしては威風堂々とした立ち振る舞いだ。

最初から想定外の人物に出迎えられ、ヴァンは僅かに沈黙した。


「それにしても。わざわざ殿下自身がラキアスから御出でになるとは、妾たちも驚かされた」

「……ああ、うん」


内心でこっそりと、私たちも驚かされた、と呟いてく。

魔族には見た目と裏腹に、という者もいるにはいるが、基本的には珍しい存在なのである。

特に目の前の褐色肌の幼女はゴブリン族だ。

寿命はせいぜいが五十年程度だと言うのに、目の前の女は既に百歳を越えているという。


「宰相のテセラじゃ。妾の見た目を気にしておられるようじゃが、既に百年を生きておる」

「百年……!?」

「なに、死神に嫌われておるだけよ。……と、立ち話も何だしの、こちらへ」

「驚いたな。貴女が宰相だったか……世の中は広いね」


歓談しながら城の中を案内された。

宰相自らの出迎えを吉と見るか凶と見るか、ヴァンは愛想笑いを浮かべながら思考する。

一瞬の油断が命取りに成りかねない状況なのは自覚していた。

供の二人も後ろに付いてきているが、頼りにはならないだろう。何十人も蹴散らせるほど剛の者でもない。


「それにしても御自らが来賓するとはの。重ね重ね、驚きじゃ」

「魔王の命令でもあるからね。嫡男として新国家の式典に参加してくるように、と。私自身も興味はあったけど」

「お父上の?」

「国の中は少し立て込んでいてね。重役一人も派遣できないから、役立たずの私が来たというわけだよ」

「ははっ、ご冗談を」


言葉遊びをしながら長い廊下を歩いていく。

周囲を見渡した。特に刺客が隠れられる空間はない。

彼にとって城の中は敵地に等しい、という感覚があり、戦場と同じように油断してはいけない場所だ。


(……エルトリア家の令嬢が城の中にいるとすれば、私を殺す算段は立てているだろうね)


命を狙われる理由には心当たりが在り過ぎる。

我が魔王も心無いことをする。息子を撒き餌にして『大義名分』を引っ張り出そうとしているのだ。

世間的には役立たずの嫡男。

逆に軍事の才能に溢れ、民にも慕われる次男。

片方を撒き餌に使って、これを機にリーグナー地方の統一を画策しているのかも知れない。彼の立場はとても危うい。


「…………」


護衛はたったの二人。

間違いなく、父と呼んだ魔王の思惑は『彼らに自分を殺させること』にある。

老齢であるがゆえに疑心暗鬼となっているのかも知れない。

大国ラキアスの裏事情というのは、恐らくテセラたちが考えているよりも遥かに真っ黒に汚れている。


「式典は何時からの予定かな」

「もう二、三時間といったところかの。少し時間が空いておるが、市場でも見に行くかの?」

「……いいや、部屋で休ませてもらうよ。旅の疲れがあってね」

「心得た。こちらへ」


人ごみの多いところは危険な香りもするので、丁重に断っておく。

死地に来たからといって死にに来たつもりはないのだ。最も、彼女の反応に含みは感じられないが。

警戒するに越したことはない。ヴァンは足を忙しなく動かして歩く宰相閣下の後を追う。


「…………?」


途中で物々しい武装をした人影が廊下を走っていくのを見た。

牛の頭部を持つ二メートル近い巨漢の男が、ぎらり、とこちらを一度だけ見据えると、そのまま曲がり角へと姿を消す。

刺客か、と身体を強張らせたヴァンだったが、どうやらそれ以上のアクションはない様子だ。


「……少し、騒がしいね?」

「式典の準備が遅れているようなのでな。気を悪くしたなら謝罪するがの?」

「いや……」


何の淀みもなく、スラスラと対応されてヴァンはゆっくりと瞳を細めた。

危機管理は得意だ。大国の嫡男であり、しかも実の父親から『死んで来い』という命令を下されるぐらいだ。

今回の訪問に至って、殺されても仕方がない、という負い目があるのも事実だった。

顎に手を当てて、これからのことについて思考してみる。


(……少し、探ってみようかな)


危険なことだ、と断言は出来る。

蜂の巣を突付いたり、牛に赤いハンカチを振るような自爆行為に違いないが。

宰相の背中に向けて発した言葉は止められなかった。


「少し尋ねたい……エルトリア、という名前が私たちにとって、どういう意味になるのか。あなたは理解しているのかな?」

「……ほう?」


言葉を合図に薄っすらと。

百年を生きる魔女の口元が釣り上がった。

背後で従者の二人が息を呑むなか、宰相は歩みを止めて振り返る。

二つの瞳が交わりあい、挑発的に顔つきが歪められていた。地雷を踏んだか、と内心でヴァンは舌打ちする。


「お主なら察していよう? この城に国の名を冠す者がいることぐらい」

「……なるほど。最初から友好を示すつもりはない、というわけだね? それはそれで豪気な意見なんだけど」

「全ては魔王の思し召しよ。妾は彼に付き従う臣下の一人に過ぎん」

「どんな人物か楽しみだよ、ふふ」


分かっていたことだ。

彼らが我が国に対して敵対心を持っていることは。

裏工作をして旧クラナカルタの領土を奪い取ろうとして失敗した、という情報はヴァンの耳にも入っている。

全ては父親の陰謀が原因だが、そういった事情を加味してくれ、と言えるはずがない。


「どれ、少し話し相手になろうか。護衛は部屋の外で待機させてくれると助かるがの」

「…………そうだな。それでもいい」


背後でもう一度、従者たちが驚いた様子を見せる。

眼前の宰相も受け入れられるとは思っていなかったらしく、珍しくぽかん、と口を空けて呆然としていた。

一瞬の停滞の後、テセラは不敵な笑みを見せる。

彼女の唇を動きを読めたのは、やはりヴァンただ一人。『ああ、気づいておったのだの』……と唇が動いていた。


「なるほどの。やはり、馬鹿ではないらしい」

「何のことか分からないけどね」


狸と狐の化かし合いのような愛想笑いでの対応。

知らぬ人が見れば胃を痛めてしまいそうなほどの言葉の応酬をしながら、二人は部屋の中へと入っていく。

物騒な顔つきの従者は部屋の外で警備に当たることになった。

部屋の中は質素な作りだが、必要最小限のものはある。

椅子に腰掛ける両者は、内緒話をするかのように音量を抑えて、労わるようにテセラは言う。



「お主も苦労人だのう」

「厭味はやめてほしいな、危機管理が得意なだけだよ」




     ◇     ◇     ◇     ◇





数時間が経過した。


「いよいよか……」


主だった来賓者もあらかた城の中へと集まっている。

一目、新たな魔王の姿を見ようと、城下町では増設された広場に民衆たちが集まっている。

数千人にも及ぶ魔族たちの群れと、特等席で座る王族貴族の衆。いずれも新国家を祝福する者たちだ。


(落ち着いていけよ、噛むなよ? はい、深呼吸……すー、はー……)

(……龍斗のほうが落ち着いてないよね)

(そ、そんなことはねえよ! ただ……例のクーデターの話が少し気になってるだけだっての!)

(ゲオルグたちに一任してあるよ。僕たちは僕たちの仕事があるでしょ? カンペ役、よろしくね?)


国の中で建国式に時期をあわせて、クーデターを起こそうという動きは奈緒の耳にも入っていた。

旧クラナカルタ領の貴族たちが、オークの復権を求めているらしい。

彼らはオークとゴブリンが平等だ、ということが許せないのだろう。奈緒の元々いた世界でも、同じような話はあった。

根深い問題だ。高校生風情が一年や二年で解決していける問題ではない。


(クーデターの首謀者たちはどうするんだ?)

(一度話し合って……理解を得られなかったら国外追放、かな?)

(テセラ当たりが聞いたら、甘いって言われそうだよな)

(まあ、こういう国の方針だと思ってくれれば)


腰を据えてじっくりと解決していかなければならない問題だ。

国外追放では報復の可能性も否定できない。その被害は自分たちだけ、というわけにはいかない。

選択の一つ一つが多くの人の一生を左右する。

魔王としての重責、頂点に立つ者としての責務を考えると、胃の底が冷たくなっていく感触が残るのだ。

冷たくて、暗くて、真っ黒な感情が心に宿るのだ。


「……さあ、始めよう」


広場を一望できるバルコニーへの扉を開ける。

下の階の展望台ではオリヴァース魔王のカリアスや、ラキアス殿下ヴァンなどが魔王の登場を待っている。

周囲には近衛部隊と、その隊長であるラピスが控え。

奈緒の隣には、この旅の始まりのきっかけとなった、大切な人の姿がある。


「ナオ、頑張ってね」

「うん」


背中に励ましの声を受け、勇気付けられてバルコニーの外に出た。

直後に響いたのは轟音だった。

爆発したかのような音の正体は、増設された広場に集まる数千人の民衆たちの歓声だ。


「……ッ」


気圧されたように身体を硬直させてしまう。

歓声は期待の現われだ。言い方を変えれば彼らの命を背負っていかなければならない。

一生、この重荷を背負い続けなければならないのだ。

音という名の期待感が、奈緒の肩に重く圧し掛かり……それでもなお、魔王は威風堂々としていなければならない。


(手を振ってるぜ、みんな。応えてやれよ、魔王様)

(……うん)


応じるように軽く手を上げた。

轟音は更に激しくなり、熱狂した民衆が手を上げる。

見知った顔も中にはあるのかも知れないが、この数では見つけられない。

里の住人と思しきゴブリン族の姿も多い。この熱狂的な支持の裏側には今までの悪政が横たわっている。


「…………」


眼前には演説用の伝達魔術品シェラがある。

岩、と言っても差し支えない大きな宝玉に、初めて見たときは驚いたものだ。

商人ギルドから取り寄せた品物だが、彼らから吹っ掛けられた値段にも驚かされたが。


(僕たちの仕事を、始めよう)


不意に掲げていた手を下げた。静まるように、という合図だ。

伝わるかどうか不安だったが、歓声はざわめきに変わり、やがて沈黙へと姿を変える。

口の中が乾き切っていたことに気づいて、緊張しているな、と苦笑した。

強い者が正義であり、弱い者が淘汰される弱肉強食時代の終わりを告げるべく、奈緒は宝玉に魔力を込めた。



「まずは今日、この日。エルトリア魔族国の創建と、それを支持する全ての人たちに感謝を」



心を打つような演説はできない。

高校生風情に出来ることなども高が知れているけれど。

やるべきことをした未来に、最善の結果が待っていれば……それはとても幸福なことだと思えた。




     ◇     ◇     ◇     ◇





城塞都市メンフィル某所。

奈緒が暫定的に魔王となったときから、この都市は何度も増築、改築を繰り返してきた。

活気のある町並みを作るために。民衆が住みやすいように手を加えていったのだ。

現状の奈緒に対する圧倒的な支持は、そうした民衆の生活を省みる政治の在り方にあるだろう。

とは言え、まだ一ヶ月ほどだ。増築の手がまだ届かない場所はたくさんある。


「……演説が始まったか」

「忌々しい子供だ……まだ二十も生きていないと聞く。世の中が分かってないのだよ」

「我らがオーク族に対する弾圧の恨みを晴らすときが来たな」

「十分に準備は重ねてきた。民衆たちの目の前で、悲劇の王として、彼奴は死ぬのだ」


貴族たちが潜伏する場所も、そうした改築の手の届いていない場所のひとつだった。

画策した貴族は四人。いずれも魔王ギレンを王に立て、自らはその下に付いて国政を動かしてきた。

彼らの認識では政治はうまく運行してきたつもりだ。

現にメンフィルではオーク族の富裕層が笑みを浮かべて、彼らの威光を讃えていた。それを少年は力で奪ったのだ。


「侵略者め。しかも人間風情!」

「あんな小僧の力などいらん。ゴブリンはオークの奴隷であればいいのだ。身の程を知らん」

「その通り! オルム卿が戦死なされたのは、いかにも残念だった」

「劣悪種は、何をやってもダメなのだ。無駄な資源を使って無様を晒すぐらいなら、口を開けて管理されていればいい」


狭い視野での会話だった。

己の種族に絶対の自信を持ち、だからこそ下等と見下した者に心を開けない。

同族にしか幸福を提供できず、自分たちの利権と誇りだけで生きている。それが彼らの常識であり、考え方だった。

愚か者、と罵るなかれ。『そういう生き方』が親から子へ、子から孫へと継がれていったのだ。

彼らもまた、悪しき歴史の被害者であることは間違いではない。


だからこそ、その考えは駆逐しなければならないのだ。


重い扉がゆっくりと開かれた。

扉が軋む音に驚き、四人の貴族が同じ方向へと身体を震わせながら睨み付ける。

一人の男が入ってきた。種族にしては小柄な……しかし、貴族たちと同じ種族の男だった。

全員が安堵したように口元を緩ませる。見知った顔に安心したのだ。


「ギレン王! 我が魔王よ!」

「いや、驚かされましたぞ……返事も下さらないから心配しました」

「やはり、彼奴らの警戒の目を盗むのは骨が折れましたかな? いやいや、良くぞ参られた」

「これで百人力というもの。我らも心強いですな!」


色めき立つ貴族たちは気づかない。

現れたかつての上司の瞳には、友好的な感情など一切、含まれていないのだ。

気づかなかったのも当然だろう。ギレンは元々、仏頂面の鉄面皮。戦いに生きる魔王だった。

前魔王は周囲を一度だけ見回すと、貴族たちに向けて尋ねる。


「計画の内容は?」

「ほほ、やる気ですな。なぁに、あの忌々しい小僧に死んでもらうだけですよ」

「……アレがそう簡単に死ぬのか?」

「おや、ギレン王らしくない発言ですな。まあ、正確には……この式典が滅茶苦茶になってくれればいいのですが」


貴族たちは自らの陰謀に酔いしれるように話して聞かせた。

謡うように最初の一人が言う。


「毒矢を用意しております。射手は十人、一斉にバルコニーや展望台へと射撃を行う予定です」


毒矢、とは随分と古いやり方だ。

人間たちの争いでは良く使われる装備だが、魔族相手なら魔法の一薙ぎで纏めてはらえる。

暗殺を目的とするならば効率は良いかも知れないが。

彼らが用意する毒だ。恐らくはお抱えの商人から仕入れた、即効性の強い毒矢を用意していることだろう。


「続けて、前回の戦いで雇い入れていた傭兵たちも魔法を一斉に。狙いはもちろん、あの小僧へ」


続けて二人目が引き継いだ。

毒矢と魔法による不意打ちか。クーデターの情報を掴んでいるとはいえ、危険なことには変わりない。

彼らの計画は大雑把で杜撰なものだ。

流れ矢や流れ弾が他国の来賓者や、広場に集まった民衆たちに被害を及ぼすことなど、一切考慮していない。

否、考慮するつもりがない。自分たちが正義と信じている以上、それは必要な犠牲と思っているのだろう。


「更に。我らの私兵と、新たに雇い入れたゲオルグ牛鬼軍の者たちで迅速に城を制圧」


前魔王の眉が、ゲオルグ牛鬼軍、という単語に僅かに反応する。

己の計画を自慢げに語る貴族たちはやはり気づかない。

作戦開始を前にして気分が高揚しているのだろう。三人目から四人目へと引き継がれていく。


「もう一度、政権を取り戻し! この都市をあるべき姿へと戻すのです! 言うなれば浄化! 消毒!」

「すぐにでも作戦開始の合図を出そうぞ!」

「ご安心めされい、ギレン王。手紙に綴った通り、もう一度あなたが魔王に君臨する。我々がもう一度!」

「興が乗ってきおったわ! ふふ、くふふふふふふふふふっ……!!」


饗宴というより、狂宴という表現が正しかった。

偏見と傲慢な優越感が生んだ思想の根元は、ここまで歪んでいる。

貴族の彼らだけではない。民衆の中にも潜在的にこういった考えを持つ者がいるに違いない。

逆に。そうした傲慢なオーク族を蔑視するゴブリン族も数多いだろう。

長い時間が掛かりそうだな、と。それを理解したうえで奈緒は魔王の地位に座ったのだ。



「おっとー、夢見がちな思考は乙女な姉ちゃんたちだけで十分ってなぁ?」



直後に。

今度こそ貴族たちの心臓が凍りついた。

前魔王ギレンの背後に、更に巨大な人影が現れる。

貴族たちもオーク族だ。小柄なギレンに比べれば大きい体躯の持ち主だが、その彼らよりも更に大きい。


「旧貴族の別荘か。悪巧みには持って来い、だよな。下手なことがない限り、完全な治外法権だしな」

「き、貴様……ゲオルグ・バッツか!? 何の用だ! ああそうか、貴様も我々の尻馬に乗りに来たのだな!?」

「逆だ、戯け。オレがテメェらみてえなポンコツの下に付くかよ。傭兵時代でもお断りだ」

「何だと、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」


貴族の一人が腰から太い造りの剣を取り出して突撃した。

彼らも体躯に恵まれたオーク族だ。前政権で文官の地位に付いていたとはいえ、戦闘には自信があった。

突撃した貴族は四人の中でも、特に武勇に優れた者だったが。


「ああん?」


何の容赦もなかった。

右手で握り締めていたトレードマークの大斧を一閃した。

貴族の大剣は呆気なく弾かれ、斧は何の抵抗もなく、貴族の身体を腰から上下に裁断した。

蟲を払うような気だるい動きで、呆気なく白い床が朱に染まっていく。


「あ……?」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!」


何が起こったのか分からないまま、貴族の一人が絶命する。

恐怖に引きつった中年男の叫びが別荘中に響く中、ゲオルグは伝達魔術品を取り出した。


「あー。こちら、ゲオルグ。奴らの計画はちゃんと、そっちに繋がったな?」


野太い声に呼応するように。

今回のクーデターを止めるために奮闘している仲間たちの声が届く。


『マーニャよん。今は階段を一所懸命に登ってるとこ。この群衆の中でバルコニーに射撃できる場所にねん』

『報告。エリザは魔力感知により、魔法の狙撃手たちの位置を把握。これより制圧に入ります』

「おっしゃ。うちの傭兵団の奴らもいるみてえだから、そっちはオレがやっておく」


報告を受け、牛男の口元がにやりと笑った。

絨毯を赤黒く染めた状態のまま、腕を何度か回して具合を確かめる。

怪我の後遺症にしばらく苦しんでいたのだが、先ほどの件を見る限り、気になるところはない。

貴族たちは狼藉者の登場に恐れおののき、かつての上司へと縋る。


「ギレン王! あなたなら!」

「この男を殺せ! 我らは作戦開始の合図を……!」


返答は言葉ではなく、行動だった。

無言のまま魔力を練り上げ、紅蓮の色が逆巻き、炎の剣を精製する。

男たちが頼もしいとばかりに笑った直後。何の脈絡もなく、それを貴族の一人の胸に深々と突き刺した。


「あ、……があああああああ!?」

「ひいっ、な、何を!?」

「…………」


畏怖に当てられて尻餅をつく貴族たちを無表情で見下ろすギレン。

心底つまらなさそうな表情だ。

貴族たちの思想も。魔王の地位も。彼にとっては等しく無価値なものでしかないのだ。

故に『これ』は作業である。楽しみすら感じない、義務感から振るわれる暴虐であり、殺戮だ。


「分からんな。お前たちは何を言っている?」

「は……?」

「我が魔王の地位に固執しているとでも思ったか? 我がゴブリンを下等として見下していると思っていたのか?」


答えは否だ。彼らの考えが理解できない。

貴族たちは己の利権とプライドを取り戻そうと躍起になっているだけだ。

己が異常者だからか。利権もプライドも等しく無価値にしか思えなくて、男たちの会話が気持ち悪かった。


「き、き、貴様っ、は……貴様は……!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」


亡骸が悪臭を放ちながら燃え尽きていく。

無造作に死体を床に放り投げ、新たな標的の胸に剣を突き刺すべく、一歩前に出る。

頼みの綱だった前魔王までが敵であることを知り、彼らの顔色に絶望が灯った。

残り二人。泡を食って子供のように癇癪を起こす男に近づいていく。


「い……異常者めっ! この異常者! 怪物めが……!」


吐き捨てる男は尻餅をついたまま動けない。

言葉の数々がギレンの僅かに残っている疑問へと昇華されていき、その事実に心が痛む。

異常者。分かっていることだ。

正常な魔族などではないことぐらい。いつも狂っている……そんな、馬鹿げた思考の持ち主であることぐらい。


「そうだな」


肯定するように首を縦に振る。

剣を振り上げた状態で止め、背後を見た。傭兵隊長が静かに動向を見据えている。

全員殺すのか、と視線で尋ねた。

牛頭を一度、縦に動かした。追加するようにゲオルグは告げる。


「うちの魔王様はきっと殺せないからな」

「だから殺すのか?」

「こういった輩を逃がすと陰湿な仕返しが来るんだよ。セシリー嬢を狙ってきたりとかな」

「ふむ」


一度頷くと同時に刃を振り下ろした。

情けない悲鳴が屋敷に響き渡り、肉を貫くつまらない感触を無感動に処理した。

残り一人も転がるように逃げ始めるが、ギレンは獣のような俊敏さで男の背中に迫り、即座に背中を貫いた。

紅蓮が亡骸を燃やし尽くし、灰へと姿を変えていく。


「終わったぞ」

「仕事が早くていいな。オレの傭兵団が健在ならやっぱりスカウトしていたぜ」

「こういうのも傭兵の仕事なのか?」

「国として、綺麗な仕事と汚い仕事ってのは必ずついて回んのよ。今回のもそういう一環だぜ」


彼の仕事もどうやら終わりを見せたらしい。

宝玉から「隊長、隊長!」と暑苦しい声が充満しており、ゲオルグは僅かに辟易した顔を見せる。

説得は完了した。クーデターの首謀者も全員、処断した。

後は式典を卒が無く終わらせるだけだ。


「……あん?」


宝玉から聞こえる部下たちの言葉。

報告として耳に入れた事柄に、ゲオルグは僅かに首をかしげることになった。

行動を共にしていた傭兵団のメンバーだが、直後に数人の姿がなくなっている、という不可解な報告だった。


「オイゲン、ドロス、タールの三人がいねえ? ちょっと待て、そりゃどういう……」

『仕事の前に突然、消えちまったんでさぁ! しかも、毒の染み込ませた武具も幾つか無くなってるみてえで……』

「……んだとお!?」


噎せ返るような匂いに包まれながら、ゲオルグは声を荒げる。

仕事の前に消えた、というだけなら任務を放棄して逃亡した、と考えられるが、今回は別だ。

毒を染み込ませた武具が入用になった。

誰かを暗殺する任務でも帯びたのかも知れない。そしてそれは、まだ誰も止められていない。


「お前ら! 今すぐ町中を捜索してオイゲンたちを見つけ出せ! 急げよ!」


傭兵としての勘が告げていた。

新国家を取り巻く陰謀は、まだ終わっていないのだ、と。

裏に蠢く策謀の影を知ることなく、外から新魔王の演説に対する大きな喝采が聞こえていた。

表と裏の住人の違いが、一枚の壁で大きく隔たれているのを感じるのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ