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第73話【建国式典】




城塞都市メンフィルは活気に包まれていた。

早朝から人々が市場を行きかい、城下町は早くも商人たちの激戦区となっている。

国の文化を示すように紋章のついた飾りが町中に施され、褐色の肌の魔族たちが溢れ返っていた。

盛況な市場は国の在り方を表す、というが、他国の者が見たならば感嘆の声をあげるに違いない。


「ほう……」


王族特有の礼服に身を包んだ隣国の魔王、カリアスもそれは同様だった。

活気のある町の風景は政治の在り方の良い例として見て取れる。

創立したばかり、ということも一因ではあるが、人々に希望や笑顔が垣間見えるのだから、無粋なことはなしだ。

いらっしゃい、安いよー、とゴブリン族の若い女性が堂に入った売り文句を口にしている。


「おう、らっしゃい、お兄さん。何か摘んでいくかい?」

「そうだな……シーマの実をひとつ貰おうか」

「毎度あり! サハリン、シーマの実、取ってきておくれ! 右の袋に新しいのが入ってるから!」

「ぎーっ、ぎー!」


姉御肌、という印象を与える明るい笑顔の女性と、三人のゴブリン族の青年が店を切り盛りしているらしい。

一人が「あー、もー、だめだ……疲れた」と座り込んだところで女性から凄まじい拳の一撃で吹っ飛んでいく。

ナイスパンチだ。心の中で喝采を送っておく。

兄弟らしきゴブリンの一人が「あーにーきー!」と地面に引っ繰り返って痙攣している仲間に手を貸す。

魔王はそんな彼らの姿を見て、これも活気のある証拠か、と無理やりプラスに捉えることにした。


「はーい、どうぞ! 百イルサだよ」

「うむ」

「お客さん、式典に参加するのかい? 隣国の貴族さん?」

「ああ、そんなものだ」


正しくは王族なのだが、余計に取り繕うつもりも家柄を自慢するつもりもないので、曖昧に頷く。

売り子の女性はニカッ、と人懐こい笑みを浮かべた。

商人に在りがちな打算的な笑顔ではなく、単純に彼女の機嫌が良いからなのだろう。

魔族、エルドラド族は人の心の機微や空気をそれとなく理解するのが、特に上手い種族なのだ。


「うちの孤児院のオーナーもさ、新しい国の貴族様なのさ。見た目は小さいけど、良いお人だよ」

「君はその若さで孤児院を切り盛りしているのか?」

「まあ、成り行きってやつさね。妹のリィムってやつも、この国でオーナーの補佐とか、魔王様のお付きとかやってんの」

「ほう……そうか。向こうで会えるかも知れないな」


あたしの妹だけど、あんまり似てないから分かんないかも、と愉快そうに笑顔を向ける。

自然な笑顔だ。未来に対する不安が緩和されている証拠だ。

周囲を見ても、そんな笑顔の民たちで溢れている。

新たな魔王が期待されている証だ。


(さて、我が友人はこの期待に応えられるかな?)


代金を渡して女性と別れ、カリアスは大通りをゆっくりと歩いていく。

人ごみは暗殺の危険性がある、ということで部下ジェイルから強く言われていたが、今のところは問題ない。

魔法による大規模な暗殺は民衆の被害も考えれば断行できない。

……まあ、カリアスを暗殺したがる者が周辺にいることは考えにくいので、こうして魔王一人で歩いているのだが。


「ん……?」


視線を感じてカリアスは僅かに顔をそらし、目線だけで周囲を探る。

物陰に複数のオーク族の男たちが市場をじぃっ、と窺っているのを発見した。

どうやら、カリアスを見ていたわけではなく、たまたま視線に王族の礼服が目に留まったのだろう。

何処か楽しそうな顔ではなく、面白くない、という憮然とした表情をしている。


(…………政治は上手くいっている。だが、悪心というものは消えてなくならないものか)


一国の王として何度も感じていること。

政治がどんなに理想的なものになって、犯罪が激減することになったとしてもゼロにはならない。

心の隙間から欲望や妬みや嫉みといったものが、容易く心を黒く染め上げてしまう。

何事もなければいいが、と内心思いながら、カリアスは城のほうへと歩いていく。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「カリアス王!」


城の中に入ってすぐ、自分を呼び止める声に気づいた。

見れば何時ぞやの護衛剣士が佇んでいる。腰に刀を挿したまま、いつもの袴姿で軽く会釈をしていた。

記憶を探り、セリナの従者であることを思い出して端整な顔立ちを綻ばせた。


「確か、ラピス殿か。我の妹がすっかり世話になったな」

「とんでもございません。それがしのほうこそ、ラフェンサ様やカリアス様の力を多くお借りしました」

「いいや。おかげで隣国の脅威というものが消えた。我が国が頭を抱える問題のひとつが無くなったのだ」


蛮族国クラナカルタの滅亡は大きな意味を持つ。

彼の国に侵略しようとしていた国は滅び、代わりに友好国が創建されることになったのだ。

敵が味方に引っ繰り返った、というのは本当に在りがたい。

力を貸して出兵をしてよかった、と今なら心から思うことができる。


「こちらへ。ラフェンサ様もお待ちです」

「ああ」


案内されるままに城の奥へと足を踏み入れる。

周囲を見渡せば、ここで決戦が行われたとは思えないほど整然とした造りの床や壁だ。

修復にも随分と資金がかかったに違いない。

蛮族国崩壊から一月近くも経つ。式典が中々行われなかったのは、こうした準備に時間がかかったからだろう。


「……セリナ殿が病に倒れた、と妹から聞いた。お加減のほうはどうだ?」

「しばらく寝たきりで体力を多く失っておいででしたが、どうにか今は歩くぐらいまで回復してきたご様子です」

「それは良かった。……本当に、良かった」


魔族病を発症したことはカリアスの耳にも入っている。

妹から情報を受け、国内で政治をこなしながらジェイルを使って魔力を取り出す魔術品を捜索していたのだ。

残念ながら見つけ出すことは適わなかったが、結果的に彼女は助かった。

病気の後遺症もなさそう、ということで安堵の溜息をつく。


「それで? 次期魔王は何をしている?」

「式典での演説の練習を、宰相のテセラ殿と。本人はあまり演説というのが得意ではないそうで」

「嘘をつけ。我の国で大臣たちを前に罵倒しながら演説をしていたぞ?」

「戦場でも指揮を取っていたのですが。どうやら、気負っておられるようでしたね」


やれやれ、と彼女の桃色の髪を追いながら口元を歪めた。

あの少年がカリアスの前に現れたのは数ヶ月も前のことになる。早いようで結構な月日が流れていた。

逆に言えば、僅か数ヶ月でオリヴァース国を長年脅かしていた問題を解決してしまった、とも言えるのだが。


「こちらです」


従者が広い廊下の途中にある扉で立ち止まる。

扉をコンコン、と叩いて合図をし、中から女性のどうぞ、という声でノブを回した。

中は応接室となっているらしく、個室よりも広い部屋が広がっており、中には木造のテーブルと椅子がある。

椅子のうちのひとつに腰掛けた数人の女性を見て、カリアスは柔らかい笑みを浮かべた。


「いらっしゃい、カリアス」

「兄上。いらしたのですね?」

「…………」

「キュム」


病人服やタオルではなく、記憶に新しい黒い衣服に身を纏った金髪ツインテールの少女が微笑んだ。

優雅に紅茶を楽しみながら笑いかける彼女、セリナの姿を認めてカリアスは会釈する。

彼女のティータイムに付き合うように向かい合う席にラフェンサが座り、少し離れたところで見覚えのない幼女が座る。

少女は銀色の髪を肩まで伸ばし、耳の長い蒼色の動物と戯れていた。


「セリナ殿もラフェンサも元気そうで何よりだ。……セリナ殿は少し痩せたな?」

「少し不養生したからね。少しずつ生活リズムを取り戻していくつもり」

「兄上、こちらにお座りになって。一緒にキリィの葉を楽しみましょう?」

「ああ、ご馳走になるよ……ところで」


すっ、と目線を彼女たちから離れたところで戯れる幼女へと向ける。

見た目は人間に見える。年の程は十歳といったところか。無感動そうな瞳に一抹の不安すら感じる。

礼儀に対してどうこう言うつもりはないが、一国の魔王が現れても、あまり興味を示そうとしない。

何者なのだろう、という疑問は当然だった。


「彼女は誰かな? 首脳陣の誰かの子供か?」

「商人ギルドの人だそうよ。私たちで預かっているの。……あ、ラピス。コーマの実も持ってきてくれる?」

「はい、お嬢様」


コーマの実(チョコレート味の木の実)を取りにいくため、ラピスは一礼をすると部屋から退出していく。

人使いの荒いことだ、とからかい半分に言ってみる。

それでこそ私らしいでしょ、とおどけた表情でセリナは返す。

彼女らしい返事に満足しながらキリィの葉を煎じた茶を一口含み、香ばしさを楽しむ。


「キュー、キュー」

「……きゅー」


離れたところでは魔導人形エリザが中庭で拾ったリキュームの頭を撫でていた。

すっかり気に入ってしまったらしく、エリザは一心不乱に撫で回している。リキュームのほうも大人しい。

警戒心の強い動物から信用を得るために涙ぐましい努力をしたに違いない。

微笑ましい光景に目を細めながら、セリナは指を組んで顎を支え、微笑んだ。


「可愛いでしょ。マスコット役みたいなものかしら?」

「瞳が既に母親のそれだな」

「んっ……!」


けほっ、と紅茶を気管に流し込んでしまい、軽く涙ぐんで咳き込むセリナ。

恨めしげに上目遣いでカリアスを睨み付けると、彼も苦笑とも微笑ともつかない笑みを浮かべる。


「カリアス!」

「兄上、もう。セリナさんは病み上がりなんですよ?」

「いやあ、すまない。はははは!」


微笑ましい、と正直に思う。

高嶺の花だった公爵時代の彼女が、こんなにも身近に感じられるのは嬉しかった。

本当の意味での笑顔は自分には向けられない。

前から分かっていたことだ。彼女が本当の意味で笑顔を浮かべられるのなら、それが一番なのだ。

彼は父親が好きな男の子の話をする娘を見るような、そんな笑みを浮かべていた。


「それで、来賓者はどんな顔ぶれが?」


何気ない言葉のつもりだった。

意図に反して彼の質問に対して返ってきたのは、黒い感情を宿した声だった。



「ラキアスの王族が来るわ」



空気が一変した。

笑みが崩れ、眉を動かし、視線が一斉に音源へと向けられる。

泥を含んだようなセリナの声だった。

既に情報として聞き入れてあるのだろう。彼女もまた鉄面皮のように無表情になりながら、吐き捨てるように言う。


「リーガル家の嫡男が来るらしいの。度胸のある話よね、公爵家わたしがいるって向こうは知ってるはずなのに」

「…………豪気だな、それは」


新国家の名前はエルトリア魔族国。

大国ラキアスはおろか、リーグナー地方全体を敵に回しかねない名前だ。

半年近く前のこと。アンドロマリアスの変でラキアスの王族は死に、黒幕とされた公爵家は一族郎党、処断された。

公爵家の生き残りであるセリナが、ラキアスに復讐を誓っていることなど、容易に想像がつくだろう。


「セリナさんは……どうするつもりなのですか? その……」


復讐を成し遂げるつもりなら。

お膝元にやってきた仇の家の嫡男を逃すはずがない。

言いよどむラフェンサの言葉に、セリナは曖昧に首を振った。


「……何もするつもりはないわ。何もね」


表情から見ても納得しているわけではないのだろう。

理屈では分かっているが、感情では分かっていない。そんな闇を秘めた返答だった。

創建したばかりの国家が、わざわざ戦争の火種を拾うわけにはいかない。

決定は既に奈緒の口から告げているはずだ。


「それにしても、ラキアスのご嫡男も物好きだな。恐らくは来ないものと踏んでいたが」

「リーグナー地方の覇者を自負している以上、新国家の式典に参加して存在をアピールしたいのかしらね?」

「……そうなると、ご嫡男は何らかの交渉、ないし勧告をしてくる可能性もありますね」

「ナオが返事で『来るなら軍隊なんて連れてこないように』って返事出したらしいわ」


初めから喧嘩腰だな、とカリアスは一抹の不安を覚える。

自分たち二つの国を総合したとしても、ラキアスの国力や武力には及ばないことは百も承知だ。

表立っての謀略などはしないとは思うが、ラキアスにとってはエルトリア魔族国は目の上のたんこぶになる。

意外と事態が動くのは早いかもしれない。


「それで? リーガルの一族は何人くらいいるんだ?」

「知らないの?」

「当主の……現在は魔王か。ウォルバート・バラム・リーガルぐらいしか知らないな」

「ウォルバート侯爵の時代に逢ったことがありますが、何といいますか……策略家としてのイメージが強いのです」


既に六十歳を越えようかという老貴族の顔が全員の頭に過ぎった。

お世辞にも善人とは言えない。アンドロマリウスの変がリーガル一族の仕業だ、とする声も多いのだ。

反抗組織レジスタンスが各地に点在している、という噂もある。

ラキアス国内が大きな動きを起こすことが出来ないのも、反抗組織レジスタンスの対応に追われているからだ。


「それと、子供が二人いるのよ。兄弟でね。式典に出席するのは兄のほうよ」

「……む、それだけか?」

「カリアスも二人だけの王族でしょ? 細かい血族の違いはあるだろうけど、真っ当な血筋では兄弟二人だけよ」


逆に言えばセリナの仇は当主のウォルバート侯爵と、二人の兄弟ということになるだろう。

複雑なにおいを感じ取ってそれ以上の追求は取りやめた。

柔らかかった雰囲気が霧散してしまったのが残念だ。

話を変えるかのように、ラフェンサはにこり、と微笑んで、ぱんぱん、と手を打った。


「さ、せっかくの席です。今は楽しいことを考えましょう?」


王妹殿下はくすくす、と悪戯っぽく微笑んで見せると、傍に置いてあった鞄の中から服を取り出して見せた。

黒服が多いなかで一層映える白いフリルのドレスだった。

華美な装飾が施してあり、着付けも苦しくないように生地を柔らかい糸で包んでいる。

良く見ればサイズ違いでもう一セット用意しているらしい。ラフェンサは淑やかな笑みを浮かべてセリナを見る。


「セリナさんとエリザさんのドレス服です。数日前から編んでいたのですが、ようやく作り終えました」

「て、手作りなの!?」

「ラフェンサは王族の癖に、そういうのが得意だ。炊事、洗濯、掃除、裁縫……そして、槍」

「兄上! 最後ので台無しです!」


意外にも家庭的な王族にセリナが目を白黒させる。

家事などは一切できない彼女は内心で、花嫁修業というものをやらなければならないのだろうか、と思案中。

純白のドレスを手にしたラフェンサは、期待に胸を膨らませて言う。


「それでは、着替えてくださいね。エリザさんも」


その言葉が合図だった。

突然、扉が力強く開かれ、メイド服に身を包んだ女性たちが現れたのだ。

数は三人。可愛らしいカチューシャなどを頭につけた彼女たちだが、良く見れば見知った顔ばかりだった。


「お着替えということで、私たちメイド部隊の出番ですねっ!」

「……(びくぅ)!」

「うふふ、逃がさないわよん、エリザ。大人しく捕まっちゃいなさいな?」


一人は見慣れたメイド服の少女。治癒隊ヒーラーを兼任しているリィムだが。

残りの二人はというとメイド服に身を包んだマーニャとユーリィだ。

マーニャなどはメイド服を豪快に切り裂いて豊満な胸の谷間を露出しており、何だかいけないメイドさんになっている。

その背後で顔を背けながら、静かに涙するユーリィの呟き。


「何故。……わたくしまで。こんな格好を……」


何というか、彼女を知る者ならば貰い泣きしてしまいそうなコメントだった。

突然のメイドたちの乱入に呆気に取られるカリアスを尻目に、彼女たちとエリザの対立は続いていく。


「…………手伝いなど必要ありません。エリザはこの服で十分です」

「ノンノンノンっ! 可愛い女の子と可愛い服があるのに、何という暴論! 天は許しても私たちは許しませんっ」

「……この子が怖がります。あっち言ってください……」

「ふふ、いやよいやよも好きの内……ってねん? 大人しくしちゃいなさいな……?」


一触即発の展開についていけず、目を白黒させるカリアスの肩が叩かれる。

見ればコーマの実を持ってきたラピスが苦笑いを浮かべているところだった。

彼女はあくまで冷静な口調で言う。


「……カリアス様。お嬢様たちがお着替えになられるそうなので」

「…………あ、ああ、すまない」


紳士として不名誉な渾名をつけられないうちに。

意味の分からないメイドと人形の凌ぎを削る戦いに巻き込まれないためにも。

魔王は席を立ち、逃げるようにして応接室を出て行く。


「ああっ、逃げました! そこ、右ですっ!」

「通さないわよん!」

「くっ……まだです。エリザはあなたたちの好きにはなりません。この子と一緒に自由を手にするのです」

「……あの。この服。もう着替えていいですか……?」


中からは怒号とも歓声ともつかない声。

何処となく楽しそうな雰囲気が舞い戻り、部屋から追い出されたカリアスはもう一度苦笑いを浮かべるのだった。

騒がしい日常。こういったものも悪くない。




     ◇     ◇     ◇     ◇




……などと思っていた矢先のことである。

何やら艶のある肌の女性が、少しばかり急いだ様子で廊下を走っていた。

オーク族の少女か。肌の色で当たりをつける。

彼女の身体がどん、とカリアスの腕に接触した。おっと、と大して気にしてないように態勢を立て直すカリアスだったが。


「……」

「危ない、気をつけるべきじゃないか?」

「そちらこそ紳士を気取るなら女の通り道は確保するべきよ。死ねばいいのに」


予想の遥か斜め上を行く暴言が、グサリ、とカリアスの心臓を貫いた。

女性に対してはほぼ紳士的な対応を取ることが心情のカリアスとしては、いささか強烈な出会いだったらしい。

怒るところで怒れずに困った顔をするカリアスに、女性は軽くそっぽを向いた。

本人もどうやら自分に非があることは理解しているらしい。


「……まあ、でも。急いでいた私も悪かったわ。ごめんなさい」

「あ、ああ」


女性はもう一度、薄い青色のドレスを立派に着こなしながら走っていく。

貴族の少女なのだろう。雰囲気には高貴さが隠されていた。

何者か分からないが、オーク族であることを考えると旧クラナカルタの没落貴族と考えるのが妥当か。

色々と詮索して暇を潰していると、廊下の向こう側から新たな人影。


「……確かかよ?」

「嘘を言って得をするというの? 少しは頭を働かせなさい、脳まで筋肉なわけじゃないでしょ?」

「相変わらずセシリー嬢の毒舌はキツイなぁ……まあ、そいつはいい」


珍しい、とカリアスも思わず視線を止めた。

女性と話しているのは絶滅危惧種のミノタウロス族だ。世界でもセイレーン族と同じく百名に満たない。

妹の情報と照らし合わせて、傭兵隊長のゲオルグ・バッツ、という名前を引き出した。

少し興味が沸いて、盗み聞きしてみると。



「旧クラナカルタ貴族どものクーデターか。ちっ、式典まであまり時間がねえってえのにっ……」



息を呑む。

空気が凍りつき、厳しい表情になってしまう。

傭兵隊長はそこまで言ってカリアスの存在に気づいたらしく、げっ、と露骨な声を上げた。


「……クーデターか。建国の日に日程を合わせるとは考えているな」

「…………あー、まあ、なんだ。あまり耳に入れて欲しくはなかったな、兄さん。国の沽券に関わる」

「安心しろ。我はオリヴァースの王族だ、クーデターなら人事ではない」


確か、前回オリヴァースでエリック侯爵が引き起こしたクーデターは奈緒の活躍で鎮圧された。

奇しくも逆の立場となったらしい。因果とは本当に面白いものだ、と思う。


「あなたには関係のないことよ。口出しの必要はないわ」

「そうか? 一応、魔王の耳に入れておくべきだとは思うが……第一、そんな情報をどうして君が知っている?」

「私たちにもお誘いの手紙があったからよ。それがなに?」

「…………」


セシリー嬢、と呼ばれた女性の言葉に、カリアスは額に手を当ててあ〜、と声を漏らす。

新国家の魔王の顔を思い出し、改めて言葉を反芻してみた。

目の前の女性もまた、カリアスの予想通りに旧クラナカルタの貴族ということだろうが。

そんな火種を放置しているとは。

彼の甘さから考えれば、納得もいくというものだが。


「手紙では『もう一度立ち上がり、オーク主権の国を作り直す』とか書いてあったけどね」

「君も貴族ってわけか」

「いいえ、王族よ。クーデターを成功させたら、王族を再び魔王に成り上がらせて、復権しようとしてるんでしょ」

「女は魔王になれないだろう?」

「『私たち』って言ったでしょ? もう一人、男の王族がいるのよ。魔王候補はそっち」


謎が解けた、とばかりに指を鳴らす。

反乱を起こしたあと、旗印として王族の彼女に声がかかったらしい。

正確には男の王族に手紙が渡り、その内容が彼女にも伝わって、結果として今に至るらしい。


「差し出がましいが、君はクーデターに協力しないのか?」


何気なく言った言葉だったが、セシリーは大仰に目を逸らした。

何か裏があるのか、と疑ってみるが、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「別に……私は現状に満足してるもの。べ、別に今の政権がどうなろうと、私の知ったことじゃないけどね!」

「……?」

「だっ、だから! 私は今が一番幸せなの! 変化も権力もいらないの、それだけっ!」


捲くし立てるように告げて、彼女は突き飛ばすように来た道を戻っていってしまう。

確かに伝えたからね、後は好きにやって、と投げやりな言葉をゲオルグに言うと、そのまま走り去ってしまう。

件の牛頭と目を合わせると、くっくっ、と何かを堪えるような笑み。

一人だけ置いていかれたカリアスは首を傾げることしかできなかった。女性はやはり難しい。




     ◇     ◇     ◇     ◇




城塞都市メンフィル、某所。


「準備は整ったか?」

「まだだ。確実に成功させる必要があるからな」

「兵は集まったのか? 城塞都市の兵力は数百を超えるぞ?」

「なに。魔王さえ倒せば、後は同族の住民たちが決起してくれるさ。ギレンの力も借りれば百人力よ」


悪意が交差する。

偏見と利権にしがみ付く亡者たちの宴が繰り広げられる。

不敵な笑みと馬鹿にした笑み。

現状の平和を唾棄するべきもの、と位置付けた者たちの決起集会だ。

身の程を知らないというか、固有概念に囚われた貴族たちの会話に、男たちはうんざりしていた。


「……そう上手くいくわけねえだろ、戯け」

「隊長ぉ、いいんですかいぃ? クーデター、成功するわけねえじゃねえですかいぃ」

「食い扶持がねえんだよ。戦争も終わっちまったし、頼みのゲオルグ傭兵団は解散と来たもんだ、くそっ」


頬に大きな傷のある中年の男だった。

見た目は山賊みたいで、太い腕とがっしりとした身体つき。極めつけは腰に挿した手斧だ。

彼らは解散したゲオルグ牛鬼軍の傭兵の一部だった。

仕事を無くした傭兵たちは、少しでも多くの戦力が欲しい、というオーク族の貴族たちに雇われてここにいる。


「貴族の馬鹿どもは、魔王軍の恐ろしさを知らねえんだ。本人たちは町の隅で震えてやがったからな」

「不意をつければ勝てるとでも思ってんのかねえぇ」

「ケケケ。命がいくつあっても足りねえだろうさ。おいらたちも焼きが回ったかね」


早くも傭兵たちの間からは厭戦の雰囲気が流れている。

決起と同時に武器を捨てて投降しそうな勢いだ。残念ながら傷跡の男は団を纏めることもできないらしい。

仕方がないだろう。今まで頼もしい味方だった隊長が今度の敵なのだ。

士気があがるはずがない。誰が新しく上に立っていても、結果は同じだっただろう。


「オイゲン隊長よぉ、どうすんだよぉ」

「黙ってなって……おい、ドロス、タール。少し外に出ようぜ。風に当たって考えてえ」

「ケケケ、へいへい」


間延びした嫌らしい口調のドロスが「あーぁ、どうすんのかねぇ」と不満そうにしながらも追従する。

仲間のタールはケケケ、と特徴的な笑い声をあげながら先導する形で外に出る。

隊長代行のオイゲンは、背中まで伸びた茶色の髪をがりがり、と掻きながら、面倒そうに外を出た。

外に出たからと言って良い考えが浮かぶわけではなかったが。



「そこの三人組……ちょっといいかしらネ?」



呼ばれて振り向くと、正体不明の妙齢の女性が立っていた。

髪は美しい銀色で瞳の色は吸い込まれるような蒼の双眸。紫の長いコートを羽織っている。

特徴的なのは額に付けたティアラで、華美な装飾が施された豪勢なデザインとなっている。

一目見て何処の成金貴族か、とオイゲンは眉を潜めた。


「おぉ、良い女ぁ」

「ケケケ。なんだい、お嬢さん。遊んで欲しいのかい?」

「違うのヨ。ちょーっとお兄さんたちに頼みたいことがあるノ。早い話が仕事の依頼ってわけなんだけどネ?」


女は色目を使う傭兵たちに対し、蟲惑するように瞳を伏せる。

良く見れば彼女のティアラに紋様が描かれている。

翼の生えた虎が大空を舞う、というモチーフは……とあるリーグナー地方の覇者の旗と、まったく同じ物だった。



「殺してほしい人がいるノ。とーっても簡単な依頼なんだけど、引き受けて貰えないかしらネ?」



物語の歯車が。

再び。今までよりも早く加速していくような。そんな錯覚を覚えた。





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