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第69話【悪魔の炎5、選択】








上段に構えて一閃。

二つ首の狼を縦に裂くと、返す刀で鳥類の魔物の首を落とす。

砂食みの蛇が足元に絡み付こうとしてくるのを爆発的な脚力で払うと、左腕の腕力で叩き潰した。

一箇所に留まることなく、流れるようなステップで距離を取る。


「はあ……!」


まるで戦場のようだ、と思った。

次々と流れ込んでくる魔物の軍勢をただ一人で食い止めながらラピスは汗を拭う。

身体が重い。眩暈がした。腕が上がらなくなってくる。

未熟者め、と自嘲するように吐き捨てた。

眠れない日々が続いた影響だろう。たまに真っ黒になる意識をどうにか奮い立たせる。


「ラピス、何をやっているんですか……この数です! 消耗戦になりますよ……!」

「退けません……」


退けるものか、と気合を入れて刀を振るう。

直接的に襲い掛かる魔物を斬り捨て、あるいは片腕で掴んで投げ飛ばし、足で思い切り踏みつける。

離れたところから炎や土をぶつけてくる魔物には、破魔の剣で対抗する。

薄い桃色の袴も、健康的な肌も、髪も顔も、全てを真っ赤に染めながら鬼神の如く、剣を振るう。


「今までが情けなかった……!」


今まで胸の中に澱のように溜まっていた心情を吐露する。

口に出すことで意識を保たせるために。

己の誓いを再確認するために。


「何も出来ないのが歯痒かった! 誰かに犠牲を押し付ける自分が嫌だった!!」


父のような人も救えない護衛剣士。

彼の娘を病魔から救うことも出来なかった従者。

最後には誰かの犠牲に助けてもらい、その上に胡坐を掻いていた。


「何も出来なくて、めそめそと泣く……そんな自分に、腹が立つッ……!!」


二桁を超える魔物を斬り捨ててもラピスの勢いは止まらない。

慟哭すら感じさせる彼女の動きは神速だった。

一対多の戦いが苦手だったラピスは、己に対する憤りと火事場の馬鹿力に似た集中力で戦い抜いていた。

己の体力すら度外視した衝動的な剣舞に、守られるユーリィは息を呑んだ。


「それがしは、守りたかった! 誰がと言わず守って見せたかった!」


血潮が舞い、彼女の身体が更に染まっていく。

もはやラピスは魔物と戦ってなどいなかった。己の過去の後悔と戦っていた。


「護りたかった人がいたのに! 護ることが出来なかった! お嬢様の代になっても同じことを繰り返そうとしたッ!!」


セリナの父親。

己にとっても父親代わりだった人。

魔族公爵、ラグナ・アンドロマリウス・エルトリア。

魔族でありながら人間の捨て子に生きる道を示してくれた恩人。

彼を護りたかった。父親、というものを教えてくれた公爵を、護りたかった。


「旦那様が亡くなられたとき、誓った……! もう、こんな思いはしないように強くなると!」


百体の悪魔が攻めてこようとも。

千匹の魔物が攻めてこようとも。

万人の悪意が攻めてこようとも。

その総てから完全完璧に護りきれる騎士になろう、と誓った。


「そう誓ったのに……それなのに……!!」


無様な己の醜態を思い出す。

無力に嘆くばかりの弱い女だった自分の姿に腹が立つ。

怒りを力に変えて。恥を踏み込む力に込めて。絶望を振り払うように首を刎ねる。

勝ち目のない戦いだ。

無限に沸いてくるかのような勢いの魔物たちを相手に、一人で全てを切り捨てる力なんてない。


「ぐっ……!」


右肩に狼の鋭い歯が突き刺さる。

一度でも動きを止めれば蹂躙されるだろう。ラピスは足を止めない。

喰らいついたギアウルフを引き摺りながら地面を蹴り、飛翔するかのように跳躍した。

空中で狼を叩き落とす。狂った悲鳴をあげて魔物が地面に激突する。

直接、その身体を踏みしめて着地。


「ユーリィ……っ……!」


血を吐くような声で廃墟に避難させているユーリィを呼ぶ。

助力を頼むためではない。

助けてくれ、と叫ぶわけではない。


「今すぐに魔力を中和させてください! 方法は……それしかありません!」


元凶を消し去るしかない。

濃厚で芳醇な魔力の塊を消滅させなければキリがない。

時間は稼いでみせる、とラピスは再び刀を握り締めた。

返事は聞こえない。だが、伝わっていると信じてラピスはもう一度、魔物の群れの中へと踊りかかった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「無茶です……」


震えた声は小さく呟かれただけだった。

廃墟に身を隠すユーリィは身体を縮こめて、必死に集中しようと深呼吸を繰り返す。

壁の一部が戦いの影響で破壊され、ドガン、と凄まじい音がした。

身体が震える。集中なんてできるはずがない。


「中和には微細な魔力のコントロールが必要なんです……四方を魔物で囲まれた状態で落ち着けるはずが」


死が怖いわけではなかった。

孤独なのが怖かった。

表でラピスが命を懸けて戦ってくれている。成功させなければならないのに。

暗闇に廃墟で一人ぼっち。それが、怖い。

暗黒が彼女の心をトラウマを刺激する。滅多に表情に感情を移さない彼女が、恐怖に端正な顔を歪めている。


「ああ。落ち着かないといけないのに……集中しないと。しないと……」


深呼吸をした矢先に、ドガシャアッ、と激しい破砕音。

身体を雷に驚く幼子のように震わせたユーリィは、我慢ならないように首を振った。

今の音はなんだろう。

魔物が壁に叩き付けられた音かも知れない。

ラピスの身体が壁に叩き付けられ、赤い染みにされたのかも知れない。


「はあ……は、あ……はあ……!」


結局のところユーリィは彼女の強さを信用できなかったのだ。

自分が集中している間に防壁が破れて、一緒に食い殺されるのではないか、という不安に縛られている。

護られているのに孤独だった。

命を懸けて護ってもらえているのに頼もしいと感じられなかった。


「ごめん……なさい。ごめん……」


ユーリィが悪いわけではない。彼女の弱さは罪ではない。

誰だって魔物に食い殺される可能性があって、自分を護っているのが人間の女一人では安心できない。

疲労困憊している彼女でなくとも。

良くも悪くも彼女たち二人は心を通じ合わせた仲間、というわけではない。

絆とは今後、ゆっくりと時間をかけて育んでいくものだ。


「落ち着け……落ち着いて。大丈夫。わたくしが落ち着かなくては……いけないのに……!」


ラピスが悪いわけではない。彼女の弱さは罪ではない。

たった一人で彼女に安心感を与えられるような絶対的な英雄にはなれない。

どんなに強い人間が護ってくれるとしても、竜巻や津波のような天災を前にして絶望するのと同じように。

圧倒的な数の暴力を前にして、彼女の心まで救えるはずがない。


どうしようもない。

どうしようもないものは、どうしようもないのだ。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「善戦していますねえ、はい」

「無駄な足掻きをする。実に最低ビッチだ、さっさと肉塊に変わってしまえばいいものを!」

「魔族ならば魔力が切れた時点で終わってくれるのですが、人間の体力は無尽蔵ですからね、はい」

「愚か者が。もう待てん! 私が直接、引導を渡してくれるわ!」


がしがし、と歩いていこうとする科学者ガーディ。

赤髪は遺憾とばかりに溜息をつきながら、彼の茶色のローブを掴んで行動を阻害する。

苛立たしげにぎょろり、と睨み付けるガーディに対し、道化の商人は言う。


「私どもは秘密厳守。直接手を出すことはなりません、はい」

「むう……」

「近づいていって暴走に巻き込まれたりなどしたら、間抜け以外の何者でもないので。はい」

「むむむむー!」


言っていることは正論なのでガーディも沈黙する。

今回の件も計画の大筋から外れた、所謂『小遣い稼ぎ』のようなものだ。

遊び感覚で楽しむ任務で自滅しては、どんな罵倒の言葉を言われようとも文句は言えないだろう。


「まあ、ここで彼女の奮戦でも楽しむことにしましょう。高みから見る死闘も面白いですよ?」


奴隷と魔物を戦わせる闘技場のように。

安全なところから必死な人間の姿を見る、というのは面白いものだ、と赤髪は言う。

言葉は冗談めいた口調だが、語られる内容は背筋が凍るようなものだ。

科学者ガーディも納得するように閉口した。


「報告」


抑揚のない少女の声が響いた。

夜の砂漠に彼女の赤毛が浮かび、身につけた黒いドレス服は闇に解けている。

人工的な無表情。無機を感じさせる声色で告げる。


「南の空に飛翔体の存在を確認。検索を開始。……成功。飛龍ワイバーンと判明」


赤髪の表情が怪訝そうなものに変わり、やがて驚愕へと変貌する。

馬鹿な。有り得ない。正気ですか、と。

動揺する商人や事態を把握していない主を尻目にして、エリザは探査に引っかかった地点を見る。

光のない瞳から見る視線の先に。

紅蓮龍レギィよりも一回り小さな飛龍が、漆黒の夜空を飛翔していた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「見えました……これは!?」


彼らが観測した飛龍はもちろん、ラフェンサの相棒だ。

その背中に乗るのは三人の女性。新国家エルトリアの重鎮やオリヴァースの王妹殿下など豪勢だ。

ラフェンサ、テセラ、マーニャは眼下に広がる光景に言葉を失った。

廃墟を中心として輪を成す魔物の群れ。

宰相テセラの光魔法で周囲を照らし、ようやく目当ての護衛剣士の姿を見つけることができた。


「どういうことかの……異常じゃ、これは!」

「とにかくラピスさんを助けましょう……! 話はそれからでも遅くはありません!」

「…………周囲にユーリィの姿はないみたいだけど。事情を聞くしかないわねん」


三者同様の反応を見せて、全員が意思疎通をするように頷いた。

状況は理解できないが、ラピスを救いに来たのだ。

魔物の大群を相手に戦わざるを得ないだろう。情報も少ない。最悪、彼女を連れ戻さなければならないのだから。


「……聞こえるか、ナオよ! こちらはテセラじゃ!」

『うん……見つけた!?』

「うむ、ラピスは見つけたが魔物の大群に囲まれておる! 百体は軽く超えておる! 場所は……」


伝達魔術品シェラを使って状況を事細かに報告する。

宝玉の向こう側で驚愕に息を呑む魔王の姿が眼に浮かぶようだ。

奈緒はすぐさま声を上げて指令を下す。待っている時間でいくつもの状況を考えていたのか、判断は早かった。


『余力があれば援軍を送るよ。僕とゲオルグは街の警戒に当たる……魔物の大群が街に来る可能性もあるから』

「それがいいの。お主は絶対にこちらに来るな。援軍は余力があれば、でよい」

『近くにユーリィの姿はない?』

「分からん。少なくとも上空からは見えん! 廃墟の中に隠れている可能性もある!」

『危険を感じたらすぐに離脱して』


了解、と肯定の言葉を告げて通信をきる。

現状戦力の確認。正直なところ、あまり戦力が整っているとは言いがたかった。

ラフェンサは基本的に軍団指揮を得意としており、戦闘能力については一般兵よりも少し強い、といったところ。

マーニャは例の儀式の影響で魔力が回復しておらず、長時間の戦闘は不可能だろう。

テセラ本人も百体の魔物を相手にするというのは、凄まじくきつい。


(援軍、のう……回せる余力は、なかろうな)


となれば、現状の戦力で撃破していくほかないだろう。

覚悟を決めて前を見据える。

魔力回路を循環させ、豊潤な魔力を敵を打つ槍に変えて。一気に急降下していった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




(どうする、奈緒……!)

(正直、予想外すぎるよ……! 幾らなんでも時期が悪すぎる! 何もこんなときに!)


突然の魔物の大群の危険性に奈緒は忌々しく舌打ちした。

原因は分からないが魔物が活性化しているというのなら、兵を総動員させて警戒に当たらせなければならない。

既にゲオルグが街の治安のために動いている。現場の指揮は彼に任せよう。

赤い絨毯で敷かれた廊下を駆けながら、奈緒は思考する。


(テセラたちのほうも危険だよ……魔物の大群、ユーリィの魔族病。どちらかひとつでも、全員が危ない)

(俺たちが行っちゃいけねえのかよ……!)

(僕も行きたいよ! 行きたいけど……街の人たちも守らなきゃいけないんだから!)


魔王の責務がずしり、と奈緒の肩に圧し掛かっている。

戦争中にオリヴァース魔王カリアスに言われた。立場を理解しろ、と叱られた。

既に自分の体は一人のものではない、とテセラも言っていた。

自分の役目は多くの人を護らなければならないことだ、と説教された。奈緒はそれを破ることはできない。


(くそっ、何だか魔王になっちまうと……やりにくいな。前じゃ考えなしに先陣切ってたんだけどよ)

(仕方ないよ……それより、最善を尽くしておかないと)

(どうするんだよ)

(いや、ほんとに幸いなことに……援軍には心当たりがあるんだよ)


廊下を疾走させていた足を止める。

立ち止まったのはひとつの部屋の前だ。龍斗は木造のドアを見て、ああ、と納得の意を示した。

自分たちは出撃できないし、ゲオルグは兵の指揮がある。

ならば、彼に出撃を要請するしかない。ノックもそこそこにして、乱暴にドアを開く。



「ギレン!」



開いた扉の向こう側で予想通りの反応を返す二人の住人。

無表情のまま、ちらり、と反応だけ返すオーク族の男と。奈緒の無礼な態度にむっとした表情のオーク族の女。

本当ならここで礼儀云々に関して謝ったりするところだが、時間がなかった。

簡潔に魔王としての命令を下す。


「メンフィルの北方の遺跡で魔物の大群が発生した。皆で討伐を行っている」

「倒してくればいいのか?」

「うん。頼むよ」


話は早かった。

戦いのこととなればギレンの頭の回転は速い。

僅かに頷く素振りをすると、奴隷のセシリーを一瞥して言う。


「すぐに戻る」

「……いってらっしゃい。その、気をつけて」

「ああ」


名残惜しそうな声を聞いていると申し訳なくなってくるのだが、今はとにかく火急だ。

彼女一人を部屋に残して奈緒とギレンは部屋を飛び出した。

廊下を駆けながら現状について軽く説明する。

大体の事情は掴めたのか、ギレンはひとつ頷くと、窓を開けて外へと飛び出していく。


(……ここ、四階じゃなかったっけ?)

(簡単に脱出できるよなぁ、あいつなら……まあ、しないに越したことはねえんだけど)


相変わらずの規格外に冷や汗をかく。

ギレン本人に権力に対する欲求といったものがなくて本当に良かった、と思う。


(とにかく。いま打てる最善の手は尽くしたね……)

(ユーリィの件は進展してねえけどな)

(うん。……けど、今は)


ラピスの安全の確保。

街の住民たちの安全の確保。

首脳陣たちの安全の確保が最優先だ。

現時点で奈緒にできることは、民衆の不安を取り除くことだけだ。

奈緒はすうっ、と息を吐いて再び廊下を走り、今度は城下町へと降りていくのだった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




魔女の雷撃と宰相の閃光が奇襲の合図だった。

闇を切り裂く雷光が魔物たちを阿鼻叫喚の地獄絵図へと誘う。

空からの突然の攻撃に対応できず、魔物たちが絶叫と共に薙ぎ倒されていった。

飛龍に騎乗した女性陣は手応えを掴む。


「よし。妾とマーニャでこのままラピスを援護する。ラフェンサよ、移動は任せたぞ!」

「はい……!」


王妹殿下の駆る飛龍が漆黒の夜空を舞う。

下級の魔物たちは己の上位存在たる飛龍の姿を見ただけで、戦意を喪失させていった。

所詮は烏合の衆。統率の取れていない雑魚の群れだ。

戦い方さえ間違えなければ。

接近戦に待ちこまれなければ、敵が百体を超える魔物の軍勢であろうとも、存分に互角以上の勝負ができる。


「<稲妻の槍ぃ>!!」

「<閃光よ、貫け>!!」


ばちばち、と音を立てて電撃の槍が魔物を貫いていく。

光り輝く槍が狼の身体を捉え、一撃でその身体を爆散させた。

今宵も夜。満月には程遠いが、三日月からの魔力も趣があっていい。

良い調子だ。このまま掃討作戦を続けられれば、援軍の出番もなく、どうにか事を鎮められるだろう。


「……っ……ぐう……!」


気の緩みが一気に霧散した。

苦しげな声に気づいてテセラが背後を向くと、胸を押さえたまま苦しむマーニャの姿があった。

一瞬の動揺。何が起きたのかを分析し。

結論を出したテセラが大声でマーニャを怒鳴りつけた。


「……っ! マーニャッ!! それ以上、魔力を使うでない!!」

「…………っ!?」


びくり、と親に怒られた子供のように身体を震わせるマーニャ。

苦しげに掴まれていた胸から手を離し、集中が途切れたことで魔力が霧散していく。

荒い息を吐く魔女の肩を掴むと、テセラはそのまま真剣な表情で告げる。


「お主も。魔族病にかかるぞ」

「…………ん……」


衝撃的な一言を受け、マーニャは苦々しい表情を浮かべる。

例の儀式の影響で七割近い魔力を失っているのだ。三日月の恩恵だけで回復できる量ではない。

この状況で残る三割を使用すれば、セリナの二の舞に成りかねない。


「でも……それならお姉さんは、何のために来たのか分かんないじゃない……」

「少なくとも。ここで犬死するために来たわけではなかろう」

「…………それは」

「とにかく。これ以上の魔法行使は認めん……いいな? こんなところでお主まで死ぬ道理はない」


己を戒めるように強い言葉だった。

問答している時間もない。マーニャが納得できないなら気絶させてでも止める。

彼女の意図と思惑が伝わったのか。

マーニャは僅かに俯いたまま唇を噛み締めると、それ以上の魔法行使を諦めた。


(セリナといい、ユーリィといい、マーニャといい……若人の命が死神の好みらしいのう)


ただ一人、閃光の槍を放つテセラは舌打ちと共に悪態をつく。

死神。己にはなかなか縁のない存在だ。

百年以上を生きた自分には来なくて、二十年前後しか生きていない子供たちに容赦なく降りかかってくる。

理不尽とはそういうものだ。


(ともかく。妾一人では火力が足らん……かくなるうえは!)


作戦を変更するしかない。

我々だけでも殲滅は不可能と判断し、代替案件について纏めてみる。

間違えてはならない。テセラたちの役割はラピスの救出だ。


「ラフェンサよ。ククリを廃墟のほうに近づけてもらえるかの?」

「どうするつもりですか?」

「ラピスを救出する。一時的に魔物を追い払い、ラピスを連れて空に逃げるのじゃ。あんな数を相手にしてられんわ」


指示を受け、ラフェンサが了承の意思を示す。

彼女が己の相棒に合図をすると、飛龍ククリはキュー、と同じく了承の意思を示すように鳴いた。

似たもの同士の主従関係に苦笑するのも束の間、大きく飛龍の身体が動く。

長い首をぐぐっ、と大きく上げると、満座の魔物たちに向けて『威嚇』した。


キュイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!


耳障りにも聞こえる恫喝の鳴き声。

効果は絶大だった。本能に刻まれた核の違いを感じて、魔物たちが逃げ始めていく。

本来なら、とラフェンサは腑に落ちない表情で告げた。


「……飛龍が現れた時点で、大抵の魔物は逃げ出します。それでも立ち塞がるということは、何か理由が……」

「セイレーンの魔力に魅せられているのか、それとも……ねん」

「原因究明も後のことじゃ。今は……」


仲間の救出、それが最優先。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「あれは……」


優に二十体以上の屍を築いた剣士が、己に近づく飛龍の存在に気づく。

初めは新手の魔物かと警戒こそしたが、よく見れば誰かが乗っているのが分かる。

龍に騎乗する知人など一人しかいない。


「ラフェンサ殿……それにテセラ殿、マーニャまで……」

「見つけたぞ、ラピス! この馬鹿者が!」


遠くから聞こえる叱咤の声は宰相閣下のものだ。

厳しい口調とは別に心配そうな声で、ラピスの無事を心から喜んでいるような叱り声だった。

迎えに来てくれたのか、とラピスは心が暖かくなった。

危険を顧みず、自分などのような一剣士のために王妹殿下や国の宰相が助けに来てくれるとは。


「申し訳ありません……」


感動と申し訳なさが同時に押し寄せてきて、ラピスはその場で頭を下げた。

魔物たちはククリの恫喝で一時的に退避している。

十分に逃げ出す隙があるが、今は遠く離れた仲間たちからの言葉を待つことにする。

遠くでテセラの声が届いた。


「そこは危険じゃ、ラピス! 飛龍に乗れ! この場から離脱するぞ!」

「……っ!」


動きが止まった。

致命的なまでに頭が真っ白になった。

彼女たちは自分を救いに来たのだ。それは間違いない。

言うまでもなく。ユーリィがこの場にいることを彼女たちは知らない。


「……ま、待ってください! ユーリィが!」

「なっ……!?」

「ユーリィがそこにいるの!?」


彼女たちの間に動揺が広がる。

爆弾と化した彼女の身体。既に全員が彼女の射程距離に入ってしまっている。

魔物の大群との関連性についても思考するが、結論は出なかった。

無言を貫くテセラたちに向けてラピスが叫ぶ。


「彼女は助かるんです! 助かる術があるんです! あったんですよ!」

「っ……!?」

「ですが時間がなくて。集中ができないようで……でも、うまく中和することができれば、もしかしたら……!」


剣士の説明は端的で要領を得るものではない。

飛龍の背に跨るテセラはその言葉にじっくりと耳を傾け、何度も内容を咀嚼して理解を追いつかせる。

助かるかもしれない、と。

一縷の望みが残っていることを示す。それを理解した。理解したうえで、告げた。



「乗れ。文句は言わせん。魔王からの命令じゃ」



冷徹な言葉が響いた。

冷静な対応で答えた。

言葉を詰まらせ、信じられないといった表情を見せるラピスに対し、彼女は続ける。


「それは確実なのかの? 絶対に暴走することなく、リスクを負うことなく、救えるほど都合の良い方法かの?」

「それは……! それは……」

「妾はの、ラピス」


冷たい女だと言われるだろう。

多くの者に恨まれる決断だと、自分でも感じている。

自分だって救いたいし、助けたいが。テセラ・シルヴァは国の政治を預かる宰相なのだ。

一人の命と十人の命なら、多いほうを選ばなければならない。

上に立つ指導者とは、そうであらなければならない。


「魔王より命を受けてきた。ラピスを連れ戻せ、との」

「……」

「そして。現在、妾を含めて国の要職に付く者たちが危険に晒されておる。ラフェンサは外交問題に発展する」


友好国の王女を不慮の事故とはいえ、こちらの過失で亡くしてしまったなら。

どれほどの損害があるか。どれほどの人生が狂わされるか。どれほど主を悲しませることになるか。


「国の宰相。親衛隊長。他国の王妹殿下。セイレーン族の女。全員を、ただ一人の女のために死なせるかの?」

「……ね、ねえ、テセラ。少し待って。お姉さんに話を聞かせて……」

「悪いがの。聞くわけにはいかん。長居をする時間がない」


希望にすがる女の言葉をばっさりと切る。

何処までも鬼の形相をしているだろうな、とテセラは思った。心を鬼にしなければならない。

一言でマーニャを、ラフェンサを、ラピスを黙らせる。


「賭けをするには、あまりにリスクが大きすぎる。妾は人の上に立つ者の一人として、認めるわけにはいかん……」


首脳陣の半分近い者たちが巻き込まれて死んでしまったら。

新たな国家はどうなるというのか。

国に住まう住人たちの未来は、再び奪い、奪われる日々へと戻らなければならないのか。

絶対に許さない。

絶対にもう、オルム・ガーフィールドのような凝り固まった復讐者を生み出してはならない。


「良いか、ラピス。もう一度言おうかの? 乗れ、飛龍に。これは魔王、ならびに宰相からの最上命令じゃ」


見捨てろ、とテセラは言う。

彼女にとってユーリィ一人の命より、国に住まう多くの民たちの命が遥かに重要だ。

指導者とはそうでなければならないから。

王は血の通った人間であってはならない。何処までも。何処までも冷徹な判断を下さなければならない。



「早くせんか、親衛隊長! 誰よりも王たちの傍に控えることがお主の務めであろうが!」



痛すぎるぐらい厳しい叱責。

剣士は幽鬼のように腕をだらりと下げ、何かを諦めたかのように俯いた。

誓いが壊れていく音がした、気がした。

従者は苦渋に満ちた表情で宰相を見上げ、そして決断したかのように足を踏み出す。


「――――――、」


誰かに一度だけ、護衛剣士は呟いた。

誰に向けられた言葉なのか。

内容はただ一言。誰もが知っている当たり前の言葉。ひとつの決意が崩される言葉。



ごめんなさい。






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