第60話【人材補強(後編)+心温まる企み】
ギレン・コルボルト。
奈緒たちが知る限り、最強の一角に相応しい男だ。
先の戦争ではゲオルグを打ち破り、傷が回復するまでもなく龍斗たちと殺し合った化け物。
二人の脳裏に、とある担任教師がよぎったが、それはもう関係ない話である。
とにかく、魔界でも屈指の戦人が扉の向こう側に控えているのだ。緊張もする。
「こ、こんにちは」
「死ねばいいのに」
「いきなり罵倒された!? しかも予期せぬ伏兵から!」
「ノックもしないなんて非常識よ。常識を知らないのね、一回死んで出なおしてくるといいと思うわ」
立場とかそういった概念など、眼前の彼女には通用しないのだろう。恐ろしい話だ。
健康的な褐色の肌はゴブリン族の女性と変わらない。
ただ、全体的に小柄なゴブリン族の女性とは違い、彼女は奈緒と同じくらいの身長を誇っている。
額にはティアラ。着用している衣服は奴隷のものとは思えない、白と青を混ぜ合わせたドレス。
「セシリー。控えろ」
「あなたは黙ってて。私は彼に言いたいことが山ほどあるの。紙に書いていたら数日は時間が潰れるくらいに」
ベッドの上に座り込む女性を、壁に背を預けたかつての魔王はセシリーと呼んだ。
正式な名前は奈緒も知らない。彼女は自己紹介をせず、ギレンも愛称のような名前を呼ぶだけだ。
テセラをゴブリンの姫と表記するならば、彼女はオーク族の姫君と評するべきだろう。
ギレンが魔王の座を奪い取ったとき、先代の王の娘だという。
(どうしよう……龍斗。女の人に嫌われている、って凄く心が痛いよ……)
(女の免疫がねえからなぁ……耐性も付かんわけだ)
(代わってくれない?)
(やだ。慣れろ)
心の中で奈緒はこっそり涙を流すことにした。
初めて出逢ったとき、貴族出身のセリナは『彼女が一番、王族らしい王族』だと語っていたことを思い出す。
オリヴァース王のカリアスは元々奔放な性格で、妹のラフェンサも少なからず影響を受けている。
個人的にラフェンサは『お姫様らしい喋り方』のように思うのだが、実際の王族の女は、こういうものらしかった。
「えっと。今日はギレンに用事があるんだけど……」
「一週間も放っておいて、いきなりね」
「いや、ごめん……その、こっちも色々あって……」
何だろう。凄くこの人が苦手だ。
敵意が篭もった冷たい視線。今まで敵対していた相手は男性だったから気にならなかった。
よくよく考えてみれば女性は苦手な奈緒。敵意を持たれると少し悲しくなる。
当のセシリーはというと、突然気弱に謝りだした奈緒を見て、目を丸くする。
「……あなた。ほんとに軍の総司令?」
「一応……」
「本当だ。我を打ち破ったのは紛れもない、そこの新たな魔王よ」
「……人は見かけによらないのかしら。それとも、ギィが早く死にたいがために手加減でもしたのかしら?」
ギィ、とはギレンの愛称らしい。
他の誰かがギィ、と呼ぶと烈火の如く怒り出すので、セシリーだけの愛称だ。
何だろう、この二人。
主人と奴隷の身分なのか、恋人同士の関係なのか、全く分からない。
主導権が何故か、この場において全く関係ないセシリーに握られている。文句を言いたいが、彼女は苦手だ。
「で、話を元に戻すけど」
「……うむ」
「ギレン。僕の下で働く気はないかな。えっと、協力してくれると……」
「分かった」
「嬉しいんだけど……って、あれ? え? 解決した?」
速攻だった。一瞬だった。
ユーリィの時のように多少の苦労と舌戦を想定していただけに間抜けな顔をしてしまう。
ぼんやり、というより呆然とした表情をしてしまう奈緒。
ギレンは眼前の少年の対応に僅かに首をかしげると、いつもの無表情のまま、言う。
「……む。どうした。配下になれ、と我には聞こえたのだが」
「あ、ああ、うん、そうなんだけど……え? いいの?」
「構わん」
一番面倒な問題があっという間に解決した。
ギレンは壁に背を預けたまま、泰然自若の様子で新たな主を無表情に見つめている。
お付きの奴隷であるセシリーが、ぽつり、と悪態をついた。
「……言うことを聞かなければ命はないでしょ。死ねばいいのに」
「うわぁ」
信頼関係も何もない主従関係が形成されていた。
元の世界で楽しく遊んでいたシミュレーションRPGを思い出していた。
敵を味方にして戦力増強、というのが主流なため、奈緒には違和感がないが……現実に生きる彼らには馴染みがないのだろう。
人材はそうやって増やしていくもの、と考える奈緒はやはりまだまだ子供なのだった。
「いや、でも、まあ。承諾してくれたのなら嬉しいよ、うん」
「我は何をすればいい?」
「……えーと」
ギレンが出来ること。
戦争で敵をばったばったと薙ぎ倒していく光景しか思いつかない。
魔王でありながら、奈緒と同じように常識や政治など知らなさそうだ。戦争なら彼の独壇場だろうが。
ただ、それ以上に彼には『象徴』としての仕事をしてもらいたい。
「オーク族の取りまとめを」
「……?」
「旧クラナカルタ領の民衆の九割以上が、オーク族とゴブリン族だよね? だから、架け橋になってほしい」
ゴブリン族のテセラが、ゴブリン族の民衆を取り纏めることが決定している。
ただ、今回の戦はゴブリン族とオーク族の戦いだった、という側面もあった。つもり、両種族の溝が広がっているのだ。
敗者となったオーク族は、どのような扱いをされるのか不安がっている、という報告もある。
ギレンを仲間に引き入れたい理由は、オーク族の長としてその不安を取り除いてもらう、という意味合いがあるのだ。
「テセラをゴブリンの長、ギレンのオークの長に。両種族がいがみ合う、という概念を打ち砕きたい」
「無理ね」
口を挟んだのは、やはりオーク族の王族だったセシリーだ。
彼女はベッドの上に座り込んだまま、冷ややかな視線を奈緒に突き刺している。
理想と現実。幻想と真実。
それらを改めて突きつけるため、彼女は鈴のように凛とした声色で語る。
「ゴブリン族はオーク族に劣等感を抱き、オーク族はゴブリン族に差別の目を向けているわ。
種族同士の仲たがいは、あなたが少し頑張った程度で改善される問題じゃない。
百年、二百年といった長い歳月で熟成された種族問題を、あなたみたいな子供がどうにかできると思ってるの?」
思い上がりも甚だしいわね、と笑みすら含んだ表情を浮かべる。
奈緒は何も言い返せない。
元の世界だって肌の色が違うだけで差別があり、それは百年以上続いてもなお、根深い問題となっていた。
確かに難しいだろう。自分のような子供が解決できることじゃないだろう。
でも。だけど。
「やらないと、何も変わらないと思うから」
それだけは絶対だ。
無理だから諦めていい、という理由にはならない。
不可能だから目を逸らしていい、なんて理由にはすり替わらない。
無様でも、無駄なことでも、無意味な願いでも。
やらないよりは、何かの手を打って最善を尽くしたほうが何倍もいいに違いない。そう、信じている。
「そうはいっても、ギィに取り纏め役って無謀だと思わない?」
「…………」
「…………」
おい、あんなこと奴隷に言われてるぞ、的な視線をギレンに向ける。
ギレン本人は大して気にした様子もなく、さもありなんと言わんばかりの表情すら浮かべる。
確かに彼に指導者の立場はどうだろう、と思わんでもないが、一応は魔王だ。
人の上に立っている、という利点を存分に生かしてほしい。
「セシリーはオークの元王族だ。二人でやればどうとでもなるだろう」
「ふ、二人で……」
無表情で告げたギレンの一言に、今まで流暢だったセシリーの気勢が殺がれた。
一瞬だけぼんやり、とした様子を見せるが、すぐにキッ、と鋭い視線を奈緒に向ける。
どうしたのかなぁ、と奈緒は首をかしげ、心中の龍斗は何故かニヤニヤと笑っているご様子。
「と、とにかく。話がそれだけなら、さっさと出て行ってほしいわ。あまり見たい顔でもないし!」
「…………う、うん。それじゃ、そういうことでよろしく……」
地味に罵倒されて心が折れそうな奈緒だった。
それでも苦労することなく、ギレンと協力を取り付けることができたのだから御の字だろう。
ギレン本人よりも奴隷のセシリーのほうが十倍手強かった気がするが。
女性って怖いなぁ、と溜息をつきながらギレンの部屋を後にするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……という結果になったわけだぜ!」
「ご苦労だの」
「お疲れ様でした」
久しぶりに現世へと復帰した龍斗は、手の空いている二人に改めて報告をする。
オリヴァースの王妹殿下とゴブリンの姫は応接室でお茶を楽しんでいるところだった。
雑務の大半をマーニャとユーリィに押し付け、ようやく休憩時間ができたらしい。
当然のようにキリィの葉を煎じた紅茶をいただきながら、龍斗は言う。
「コーラが飲みてえ……」
「え? コーマの実ですか? それなら、ここに……」
「いや、違うんだよ……ここは、こう、しゅわっ、と来る飲み物なんだよ……あるわけねえけど」
地味にホームシックになり気味な龍斗だった。
キリィの実(紅茶)やシーマの実(桃)などの代表例で緩和されているが、やはり思うところはある。
元の世界で雑っぽく飲んでいたコーラや、何の疑問もなく食べていたカレーライス。
ふと食べてみたくなり、元の世界のことを何となく思い出してしまうのだ。
「はあ……生き返りてえなぁ……」
「いえ、現在も生きていらっしゃるとお見受け致しますが……」
「いやいや。俺たちはこの世界の生まれじゃねえから……って、凄く可哀想な目で見んなよ、二人とも! 正気だよ!」
思えば仲間の中で異世界の人間だと知っているのは、セリナとラピスの二人だけだった気がする。
良い機会なので教えておくことにした。
最初は信じなかった二人だが、やがてそういうこともあるのか、という評価にいたる。
『ひとつの身体にふたつの魂』という概念や『魔法と破剣の術を扱う』などの特異性があるため、信じてくれたのだ。
「というか、それが本当だとしても」
「ん?」
「いま、帰られると、妾たちは路頭に迷うことになる。帰られては困るのう」
「いやいや。どの道、帰れねえから。この世界でしか生きていくしかなさそうだし」
奈緒は帰りたい、と思うだろうか。
分からない。両親も一人息子の心配をしているに違いないだろうな、と思う。
己の両親は『また女のところから帰ってないのか、あの放蕩息子が』で解決してしまいそうなのが怖いところだろうが。
今から帰っても従姉に殺されそうな気がするので、あまり考えないようにした。
「……リュート殿。ひとつ、よろしいですか?」
「うん?」
「リュート殿たちの世界に現れたザルバードの群れですが、セリナさんたちと出逢ったときにも遭遇したのですよね?」
「ああ、そうそう。野生で野放しかよ、あの山羊、とか思ったよなぁ」
はっはっは、と今だからこそ笑い話で済まされるが、当時は大変だった。
奈緒もあれから闇魔法なんて危険なものを使うことなく、ようやく落ち着いたもんだなぁ、と思い返すが。
ラフェンサは硬い表情のまま、告げた。
「そんなはずは、ないと思います」
「……は?」
「魔獣兵が出没するなんて。有り得ないはずなんです」
耳を疑った。
あの山羊の化け物は一般の魔物と同じ。
今までは偶然、出逢わなかっただけで。トロールやギアウルフのように、たまに出没するものと思っていたのだが。
「正確に言うと、ザルバードは野生では有り得ない、だがの」
「……え? なんだよ、それ。テセラまで」
「うむ……」
言い辛そうにテセラは視線を逸らす。
なんだ。百年を生きた魔女がここまで言いよどむのは、どういうことだ。
嫌な予感がした。何だか途轍もなく、恐ろしい因果律を垣間見ようとしている。
「ザルバードはの、人工の魔物での。野生で出没はせん」
「……誰かが放棄した可能性は?」
「その可能性もないわけではないが、一番考えられるのは……お主が遭遇した魔獣兵は、誰かに使役されていた」
「心当たりはありませんか、リュート殿?」
問われる。
この世界に来て、命を狙ってくる相手に心当たりはないか、と。
龍斗は顰め面をした。
奈緒がもしも、心の中で眼を覚ましていたなら違和感に気づいただろう、僅かな動揺。
「……ねえよ」
あるはずがない。
魔界の世界の物語は、砂漠のど真ん中で奈緒が目を覚ますところから始まったのだから。
それ以降、初めて出逢うことのできたのはゴブリン族のロダンや、セリナたち主従だけだ。
それだけのはずだ。
奈緒が『眼を覚ます以前に起きた出来事』さえ、なければ。心当たりなどあるはずがない。
「……リュート殿?」
「どうしたのじゃ。突然、恐ろしい顔をしてからに」
「…………いやいやいや! あるわけねえっしょ! 第一、俺たちが狙われる理由が分からんし」
がっはっは、と豪快に龍斗は突然、笑い出した。
言っていることは間違っていない。
突然、この世界に連れてこられて、いきなり命を狙われる理由が分からない。
女性二人は顔を見合わせるが、それ以上の追求はしないことにした。
「それにしても、リュート殿の世界にザルバードが現れた原因はなんでしょうか?」
「むしろ、魔物がいない世界のほうが不思議だがの。今まで潜伏して機をうかがっていただけ、ではないのかの?」
「いやー、それはねえと思うぜ。まあ、色々と不思議な伝説は残ってるけどよー」
妖怪や怪物、神話の魔物から都市伝説。
様々な与太話が伝承として残っている。その中のひとつに『悪魔』という項目もあり、それが魔獣兵に酷似している。
存在しない、とは言わない。龍斗はどちらかというと、信じてみたい派だ。
現実に魔界で色々な魔物と触れ合っているので、結構満足はしているが。
「……異世界。異世界のう。もしや、万華鏡のことかの」
「ウツシヨ? なんだそれ、食べられるのか?」
「食べられないと思いますよ……」
万華鏡は並行世界、理想世界を意味するらしい。
魔界を生きる人々が願った世界。願う力が何億人も集まって生まれる、とされる世界。
善行をした者、徳を積んだ者は死後、その世界へと招聘される、という伝説があるらしい。
聞いたことがあるので、龍斗は口を挟むことにした。
「それって、天国みたいなもんか?」
「そうとも言われておるの。魔物のいない世界、争いのない世界、願われる世界は十人十色じゃよ」
「一説に、ですが」
ラフェンサは口元に人差し指を当てて考え込みながら、少しだけ頭に乗せた葉っぱの冠を弄る。
表情が僅かに柔らかいものに変わる。どうやら落ち着くらしい。
彼女は少しだけ逡巡した様子を見せると、思い出したように手を打った。
「そう。万華鏡の世界へと行くことのできる魔術品が、あるという噂も」
「えっ、マジで! あるんか!?」
「あ、あくまで噂ですが……ラキアスの国宝の魔術品には、異世界へと対象を飛ばす、というものがあると」
またラキアスかぁ、と龍斗は少し辟易した。
どうにもリーグナー地方の伝承も、ラキアス由来のものが多い。国の権威を高めるためのデマの可能性もある。
話半分に聞いておくことにしよう、と心に決める龍斗だった。
ずずず、と横でテセラがキリィの実を煎じたお茶に舌鼓を打ちながら、ほうっ……と感嘆の溜息をつく。
「ところで、ナオは寝ているのかの?」
「おう。ぐっすり、と」
「ふむ……そろそろ役職でも決めて、本格的に建国の作業に入るつもりなのだがの……」
「あ。それについては、指示が出てるぜー」
えーと、何処にやったかなー、と龍斗は胸ポケットやズボンのポケットをまさぐり出す。
整理しろ、と心の中で呟くテセラは苦笑の表情だ。
やがて、あったあった、と同じく苦笑いと共に取り出されたのが、何事かを書いた書類だった。
「ほい」
「うむ。……って、何を書いてあるのか、分からんぞ」
渡された紙を見たテセラが、眉を寄せた。
紙は龍斗や奈緒に馴染み深い日本語で記されていて、テセラには解読できなかったようだ。
日本語の言葉は伝わっているのに、不思議な話だよなぁ、と龍斗は思う。
代表して改めて龍斗が紙を受け取り、内容を読む。
「えーと……エルトリア魔族国、宰相……テセラ・シルヴァ」
「ち ょ っ と 待 て」
想像以上の反応に龍斗は腹を抱えて大爆笑した。
突っ込みどころ満載の報告書だったのだろう。テセラは紅茶を零しかけると、ぱくぱく、と口を開閉する。
隣では王妹殿下が、まあ、と驚いて口に手を当てている。上品な驚き方だった。
「はっ、はははは! げほっ、ごほ……な、何か問題でも? ひーっ、ひひひ……!」
「何処から突っ込んでいいのか、迷うぐらいじゃ!」
「えー」
「『エルトリア魔族国』だと!? それはクラナカルタに代わる国名か! 他の名前ではまずいのか!?」
小さな身体を一生懸命に使って抗議するロリ宰相(暫定)。
彼女の抗議も最もだろう。エルトリアはセリナの苗字であり、リーグナー地方の民衆からも知名度は高い。
アンドロマリウスの変、のエルトリア公爵だ。
その名を冠して国を建てるというのなら、ラキアスが黙っていない。
「あー、大丈夫大丈夫。ラキアスは前の外交の件で借りがあるからなー、抗議は黙殺できるって」
「……まあ。確かに国の名前如きで、騒ぎ立てても仕方ないが……」
「つーか、どの道。セリナが公爵家のご令嬢なのは向こうにもバレてるし、いまさら気を使っても仕方ねえよ」
「…………むう。どう転んでも、ラキアスと中立以上の関係は結べんのう」
最初からラキアスとは不倶戴天の敵同士。
もしも彼らが国を挙げてセリナの身元引渡しを要求してきたとしても、奈緒は断固として拒否するだろう。
友好な関係は結べない。ラキアスにとっては目の上のたんこぶだ。
だがそれは、セリナの正体がバレてしまった以上、仕方がない。
「……いや、しかしもうひとつだ。宰相だと? 妾が、か?」
「最適の人選だ、と奈緒自身が大満足していたぜ」
「い、いや、待て。落ち着け。良いか、リュートよ。宰相というのは、政務を担当する者の最高位であってだな!」
「だからテセラが適任だって」
宰相とは日本でいう内閣総理大臣のようなものだ。
政務を行う文官全てのトップであり、事実上、政治において国を動かすのも宰相の役割とされている。
当然、政治に詳しく、人の上に立つことに慣れていて、責任感のある者が就かなければならない。
「ラフェンサは国に帰っちまうし。セリナやラピスが政治に詳しいってわけじゃねえし」
「む……いや、しかし、妾は敵側の降伏者、いう立場で、だな……」
「俺たちは聞いての通り、異世界の人間で常識も知らねえし。あれか、ゲオルグにでもやらせろってのか?」
最も政治と程遠そうな例を挙げると、テセラは諦めたように俯いた。
ユーリィは政治に詳しそうだが、いくらなんでも裏切った人間に政務の全てを任せることはできない。
ギレンやマーニャも同様の理由で却下。残ったのはテセラしかいないのだ。
幸いにも国内で強い影響力を持ち、百年以上を生きて経験も豊富。彼女以上の適任はいないだろう。
「まあ、正式な決定は今度らしいけど……ああ、そうそう。テセラが人事担当も務めるからな」
「妾を過労死に追い込むつもりか!」
「奈緒が目ぇ覚ましたら、一緒に必要な役職についてアドバイスしてほしいってよ。俺たち、そういうのがよく分からんから」
「む、むむむむ」
頭を抱えだすテセラは、紅茶を一気飲みすると立ち上がる。
あらあら、とこれまた上品な驚き方をするラフェンサに頭を下げると、テセラは慌てた様子で言う。
「すまぬ、ラフェンサ。妾はこれから大至急で人材を捜す。お茶は美味かった、また誘ってくれ」
「ふふっ……はい」
「ま、まったく、厄介ごとを……ぶつぶつ……」
ばたんばたん、と物音を立てながら小さな身体は応接室を飛び出していく。
寝耳に水で重職に抜擢されたものだから、内心はかなり動揺していることだろう。
能力は問題ない。彼女以上の適任はいない、というのは龍斗も奈緒も、同じ意見だった。
「……ところで、リュート殿?」
「うん?」
「セリナさんやラピスさんたちのような、最初から一緒にいる方たちはいかがするのですか?」
「ああー……確か、ラピスは近衛隊長として働いてもらうつもり、とか何とか」
紙を見ながら説明する龍斗に、ラフェンサは珍しく悪戯そうな笑みを浮かべた。
年上らしい妖艶さと子供っぽい無邪気さが内包されたかのような、不可思議な表情。
くすくす、と可愛らしく、それでいて気品を失わないような笑い方をしながら、ラフェンサは言う。
「それで……セリナさんは皇后さま、ですか? ふふっ」
「…………ニヤリ」
意図が伝わったらしい。
龍斗もまた、同じように悪戯っ子のような笑みを浮かべると、声を潜める。
ああ、それは何だか楽しそうだ、と。
親友の驚愕の表情を脳裏に浮かべて、これ以上ないほどの『企んでいる笑顔』で龍斗は言う。
「やっちゃいますか」
「やっちゃいましょうか?」
「ふふふ、王妹殿下。お主も悪よのう……」
「いえいえ、リュート殿ほどでは……」
あれ、通じた!? などと内心で驚愕する龍斗。
心温まる企みはこの後、首脳陣たちを巻き込んで面白い方向へと転がっていくのだが。
それはまた、別の話。
なんと、ユニーク数が200,000を超えました!
自分でもここまで来れるとは驚いています……応援してくださっている皆様のおかげです!
今後とも精進していきます!
本当にありがとうございます♪ これからも宜しくお願い致します!