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第59話【人材補強(前編)】






メンフィル城内、セリナの私室に奈緒は訪れていた。

元は貴婦人が使用していた部屋らしく、素朴ながらも貴人が住まうような装飾が施された部屋だ。

件の彼女はベッドに横になりながら、上気した息を吐いて奈緒を見上げていた。

まだ微熱があるらしく、無理はさせないように、とのことらしい。


「元気になったのね、ナオ」

「うん。だけど、セリナはまだ体調が悪いみたいだね……」


セリナが倒れた日から一週間が経過しようとしている。

無理が祟っただけならいいが、何か悪い病気なのではないだろうか、と心配になってしまう。

医者にも見せたのだが、疲労と魔力の枯渇から来る風邪のようなものだ、という診察報告しか受けていない。

確かに微熱と気だるさ、時折の頭痛は風邪の症状に近い。


「私は大丈夫よ……ちょっと、無理をしすぎただけ」

「おかしな話だけど、マーニャが心配してたよ。戦っていて痛々しかった、って言ってたしね」

「……ごめんなさい」

「説教は必要だと思ってるけど、まずは早く体調を治してね」


今日は第一回首脳会議の日だ。

一週間が経過した。これ以上の先延ばしはできない、ということでセリナは欠席することとなった。

今までの首脳陣から病欠のセリナと、裏切った三人を除いたメンバーが参加することになっている。

会議の内容はずばり、マーニャたちの処遇について、だった。


「ねえ、ナオ……お願いが、あるんだけど……」

「なに?」

「あのね……マーニャたちのこと。無理だとは思ってるんだけど……許してはあげられないかしら」

「…………」


曇ってしまった表情を見て、セリナはごめんなさい、と発言を撤回する。

現実的に考えれば不可能だ。

彼女たちの行ってきたことは看過できない。

奈緒自身は許せるにしても、他のメンバーから反論が飛び出るような気がする。


「表向きには。つまり、兵士の皆はマーニャたちの裏切りを知らない」

「……ええ……」

「カスパールが裏切った、というのは伝わっているけどね。二人が幽閉されている理由について、噂が飛んでるだけ」

「……なら」

「うん。まあ、ちょっと議論してみるよ」


個人的にも。

今後の策略的にも。

『それ』がうまくいけば、随分と楽になってくれるだろう。

白い良心と黒い打算的な心が利害の一致を告げている。


「ねえ、セリナ。どうして二人を許してほしいって思うの?」


答えは何となく分かっていたが、聞いておきたかった。

セリナは微熱に浮かされた表情を僅かに笑みとして崩しながら、自信満々に語る。


「友達だから」

「裏切ったのに?」

「何だかんだでマーニャは私を勝たせてくれたから」

「……そっか」


最善は尽くしてみよう。

一時的とはいえ、戦争は終わったのだ。

これ以上の血は流れなくていいと思う。これ以上の悲劇は必要ない、と思える。

民衆が抱くのは新たな魔王に対する畏怖ではなく、これからの生活に対する希望でいい。

それだけで、十分なのだから。




     ◇     ◇     ◇     ◇




(で、今に至るわけか。奈緒ー、感想プリーズ)

(ちょっと後悔してるよ……うう)


第一回首脳会議。

新たな国家を作るために集められた公的な場で、奈緒は集中砲火を受けていた。


「反対です! それがしは全力で反対です!!」

「ナオよ! さすがの妾も反論をさせてもらうぞ!」

「わ、わたくしも、それはいかがかと……」

「うわあ」


理由は明確だった。

奈緒の提案に対し、出席者の半数以上が異論を挟む。

凄く不安で自信を無くしてしまいそうだが、それでも何とか主張を通してもらおうと、奈緒はもう一度口にする。


「えっと……だめかな」

「様々な意味で示しが付かんわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「がっはっはっは……おおう、傷がぁ……!」

「ゲオルグー!?」


会議は紛糾していた。

議論的な意味でも混乱を来たしていたが、それ以前の問題でボロボロだった。

戦争終結から一週間。

告別式や民心掌握を行いながら、奈緒たちは今後のことに付いて意見を出し続けていた。


「では、確認します。ナオ殿。勘違いがあってはいけませんからね」

「う、うん……」


ラフェンサの弾劾のような追及。

たじたじになりながら奈緒は頷く。彼女の言葉は会議に出席したメンバーのほぼ総意だろう。

一言一言を区切るようにして、珠を転がすような美しい声色が会議室に広がる。


「あなたは。旧クラナカルタ魔王のギレン・コルボルトを、首脳陣の一人として招き入れる、と」

「うんうん」

「……更に。離反したラキアスの将兵に対して、罪を問うことはしない、と。むしろ我々の側に組み込む、と」

「…………だ、だめ?」


沈黙が会議室を覆った。

頭を抱えるようにして良識派の女性陣が溜息をつく。

想定どおりの展開だが、想像以上の甘さだった。いくらなんでも限度がある。

反対派を代表して、ゴブリンの姫が言葉を紡ぐ。


「甘い。甘すぎる。コーマの実より甘い! シーマの実よりも甘いッ!」

「えっと、チョコレートみたいな木の実と……林檎と桃が混ざったような木の実だっけ……?」

「そんなことはどうでもいいのじゃ!」

「えええ!?」


どうしよう。

いつも以上にテセラの語気が厳しい。

向こうから例を挙げたのに、と戦々恐々する平和主義者の奈緒だった。

バンバン、と机を叩くテセラは全員の意見を代表して言う。


「上層部が決まりを守らなければ、下々の者は法を守らん! 罰するべきところでは罰するべきなのじゃ!」

「うっ、泣いて馬謖を切れ、と」

「うむ! そのバショクが何なのかは知らんが、軍律の遵守が最優先! 磐石の秩序がなければ、国は成り立たん!」

「ぐっ……」

「ちなみに先代の王も、今代のギレンも、妾の助言を聞き入れず、今にいたる」

「怖っ!?」


軽く脅しにも似た言葉なのだが、正論だ。

法律のとおりにしなければいけない、というのなら、毅然とした裁断を下さなければならない。

処罰は必要、とするテセラたち。

分かってはいるのだが、個人的な感想としては惜しい、と思ってしまうのだ。


「じゃあ、なにかな。三人とも処刑、もしくは追放にしろって? 処刑は基本的にしたくないよ?」

「むう。カスパールを逃がした妾としては、そこは強く言えん……」

「それでも、無条件で許したとなっては示しがつかないことは、分かると思います、ナオ殿」


うーん、と奈緒は溜息をつきながら思う。

確かに国が法律を守らなければ、民衆も法律を守らない。守るのが馬鹿らしく思うだろう。

反逆者は許される、ということが噂でも蔓延してしまえば不穏分子たちが増え、国の治安の乱れにも繋がるだろう。

何らかの罰は必要、というのが大部分の意見だった。


「まあ、皆の意見を総合すると……ギレンはともかく、ラキアスの二人を無条件で許すのは、だめってことだね」

「殺せ、とまでは言わんがギレンも十分に危険だと思うがのう……」

「一応ですが。裏切り者と敗者の王は斬首、というのが普通です。中には例外もありますが……」

「うん。それじゃ、ひとつ。僕たちで例外を実践しちゃおうじゃないか」


何とかしてみよう。

単純にこれ以上、誰かの死を願いたくないという意味じゃなくて。

新しい国をもっと磐石のものにするために。

ラキアスという大国を相手にすることを想定して、万全の戦力を整えるという意味でも。


「……納得は出来ませんが、それが決定なら従います」

「ナオよ。重ねて言うが、無条件には許すなよ。何らかの罰は絶対に科せよ。妾たちが納得できるくらいにの」

「わたくしは他国の者なので、これ以上口は出しません。それがナオ殿の選択なら尊重いたします」

「オレはあれだ。しがねえ傭兵の身分なんで、ノーコメント」


だけどまぁ、と傷を我慢して来てくれたゲオルグが人の良い笑みを浮かべる。

豪快にがっはっは、とでも笑いだしそうな表情だ。

龍斗が三十代ぐらいになれば、こんな感じになるのかも知れないなぁ、とこっそり奈緒は思う。


「甘いっちゃ甘いけど、坊主はそれでも良いと思うぜ、オレは」


その一言に救われた気がした。

総司令から坊主に変わった呼び名は、既に自分が総司令ではないことを思い出させてくれる。

逆に言えば、戦争はもう終わった、という意味でもある。

戦争が終結したなら。これ以上、無駄に血を流す必要性はないのだから。


「ありがとう。それと、我侭言って、ごめん」

「……まったく。お主は魔王になるのじゃぞ? そんなに腰が低くてどうする!」

「あ、うん。ごめん」

「むうっ、謝るな! 指導者は謝るな! 魔王がそれでは誰も付いてこんぞ! 『俺について来い』ぐらい言わんか!」

「え、なんかさっきの脅しと矛盾してない?」


呆れた様子でテセラが説教を始める。

彼女はこれからも自分に小言を聞かせる相談役になってくれそうだった。

魔王としての心構えはよく分かっていない。これからゆっくりと勉強していくことにしよう。

だから今は、総司令としての最後の仕事をすることにした。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「こんにちは」

「……いらっしゃいませ。と言えば。良いのでしょうか?」


数日後のある日。

討伐軍の総司令だった奈緒はユーリィを軟禁した客室へと訪れていた。

新しい国家としての骨組みを作り上げている過程で、どうしても無視できない事柄がある。

裏切り者に対する裁定だ。


「えっと、悪い情報ともっと悪い情報。どっちから聞きたい?」

「……どちらも想像が付きますが。こういうときは。ネガティブなほうから聞くのが。一番でしょうね」


ユーリィは軟禁状態の中、窓をぼんやりと眺めながら呟いた。

青い髪は節々が痛んでいる。着用している衣服は戦争のときの状態のままで、薄汚れている状態だった。

マーニャは傍若無人に着替えやら水やらを要求したが、彼女は何一つ要求しなかった。

ただ無言のまま、窓の向こう側を飽きもせずに眺めるだけだ。

こちらが気になって、わざわざ食事を運んでしまったぐらいだった。


「じゃあ、もっと悪いほうから。僕たちは戦争終結と同時に、ラキアス軍の裏切りに付いて抗議した」

「……」

「まあ、抗議したのはラフェンサたちなんだけどね。僕は少し寝込んでいたから」


力の差は明らかにラキアスの側。

新国家に舐められるわけにも行かない。大国の対応は厳しいものだった。

謝るわけでもなく。開き直るわけでもなく。


「知らぬ存ぜぬ、だってさ。言いがかりはやめてほしい、って返ってきたよ」

「……それで。どうなりましたか?」

「何度かにおける協議の結果……指揮官二人の、個人的な欲望による暴走ってことで結論を出されたよ」

「…………」


さもありなん、とユーリィは思った。

リーグナー地方の半分以上の領地を持つラキアスだが、内乱の影響で国も信用は揺らいでいる。

この状況で更に汚職事件のような話題は避けたいものだろう。

指揮官二人に罪の大部分を着せて、自分たちは惚けることにしたか。


「まあ、それでもやっぱりラキアスの『国』としての責任は免れないところだよね」


くすくす、と奈緒は苦笑いだ。彼もこういう対応を何となく予想していた。

元の世界でも政治化の汚職事件などは『秘書が全て独断でやりました』などといって逃げる。

そういう意味では元の世界の人間も、この世界の魔族も変わらない。


「そこを追求したかったけど。残念ながら揉み消されちゃったよ。大国相手に外交ってほんとに辛いね……」

「それで。わたくしたちは?」

「まあ、有り体に言ってしまえば……『そちらで思うがままに裁いてくれ』だってさ」


無常な言葉にも眉を動かすことはしなかった。

当然の帰結。反逆者の末路など、そんなものだ。最期は蜥蜴の尻尾切りとして利用される。

覚悟していたことだ。そんなことは、当の昔に知っていた。

今更そんなことを突きつけられても何も思わなかった。


「えっと、それで……悪いほうなんだけど」

「日取りが。決まりましたか?」


何の日取りか。

考えるまでもない。これも当然の帰結だ。

処刑の日取り。裏切り者を処断することによって、磐石の秩序を訴える。

兵の士気をあげる、民衆たちに自分の畏怖を示す、という意味でも非常に重大な儀礼だった。


「明日? それとも明後日ですか? 今日というなら。せめて湯浴みと着替えの時間をいただきたいところですが」

「うーん。悪い報告ってのは、それなんだけど」


奈緒は困ったように頭を掻く。

わざとらしい反応ではなく、心の底から困っているらしい。

協議での鋭い対応と目の前の少年のギャップに調子が狂ってしまうが、ユーリィは毅然と次の言葉を待つ。

今更言うまでもなく、目の前の少年は怪物のようなものなのだ。


「確かに首脳陣の中でも、罰せよの声が大きいんだ。誰が、とは言わないけどね」

「…………」


むしろ、誰か庇うような人材がいるのだろうか、とユーリィは首をかしげた。

それでも話の流れを聞く限り、悪い話というのが『それ』なのは分かった。というか、分かっていた。

ユーリィは抵抗しない。

冷静に考えて逃げられるとは思えないし、野望が潰えた今、逃げ出しても行く当てが無いのだ。


「で。提案なんだけど」

「……? あの。悪い話のほうは?」

「いや。だから、罰せよっていう声が大きいって。それだけだけど?」

「…………処刑の日取りとかは」

「ないけど」

「………………」


凄く疑わしい視線を向けられて、奈緒は少しだけ冷や汗を掻いた。

いや、別にやましいことなんて考えていませんよ、と心の中で呟くと、親友の声が届いた。


(え、なに? 奴隷になるなら命は助けるって流れ?)

(龍斗、怒ルヨ?)

(片言怖ええ! おおっと、落ち着くんだ、親友。って、俺の牢獄へやの天井が迫ってくるぅぅぅぅぅぅ!!)


ズゴゴゴゴ、と心の中で大惨事が起こっているが、閑話休題。

不審がるユーリィは警戒するように僅かに距離を取り始めている。なんだか少し悲しかった。

まあ、仕方ないよね、と思いながら奈緒は尋ねる。


「司法取引って、知ってる?」

「……?」

「えっとね。捜査に協力的なら罪を減じるって感じの話なんだけど……うーん、それで通じるかな?」

「はあ……」


何となくのニュアンスは伝わった、と勝手に解釈して話を続けることにする。

奈緒は入り口のところで。ユーリィは窓を眺める位置で。

両者の距離は七歩ほど。十メートルほどの距離を保ったまま、奈緒はぽつぽつと語っていく。


「つまり、僕たちに協力してくれるなら処刑しない方向で」

「…………、」

「ユーリィにとって、多分凄く辛いことをさせると思う。もう、嫌になるくらいの……それでも、生きてみる?」


言ってて卑劣なことを言っているな、と自分でも思う。

向こうが悪いとは言え、命を盾にして強要させようというのだ。元の世界でやったら軽く犯罪だろう。

罪悪感と背徳感を感じながら、奈緒はユーリィの返事を待つ。

視線の向こう側でユーリィは己の身体を抱くようにすると、搾り出すような声で言った。


「それは。マーニャの命も許してくれると。そういうことですか?」

「うん」

「約束。してくれるのですか?」

「うん。信じて」


白々しい言葉なのは百も承知だった。

選択の余地はない。自分だけでなく、親友の命まで握られている状況で選択を迫っているのだ。

外道かも知れないけど、これは必要なことだ。

こうでもしないと、周囲も納得しない。


「……分かりました」

「よし」


無条件に許したわけではない。

彼女たちには何らかの罰が必要になる。その代わり、命は助ける、という契約が成立した。

奈緒はユーリィに向かって、白い手を差し出した。


「付いてきて、ユーリィ。早速の『お勤め』だよ」

「…………」


それが何を意味しているのかは考えないようにした。

眼鏡の縁をくいっ、とあげて青くて長い髪を整える。汚れだらけの服装は気になるが、致し方ない。

沈黙を守ったまま、ユーリィは奈緒の手をとった。

そのまま握り締められると、引っ張られるようにして部屋を飛び出していく。


「……何処に。行くのですか?」

「部屋だよ。仕事部屋」

「何を。させるつもりなのですか?」


奈緒が懇切丁寧に答えるまでもなかった。

客室のすぐ近くにある部屋。がちゃり、と扉を開けた先に彼女が知りたかった答えがあった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「……………………」

「よし」


率直に言うと眩暈を覚えた。

この感覚には覚えがある。安請け合いをして後悔したような、そんな心境が彼女の心を埋めた。

部屋の概要を見た瞬間、あまりの光景に絶句する。

隣で奈緒が人事のような笑みを浮かべているのが、妙に腹立たしかった。


「……これは」


眼前に広がる光景。

机と椅子が備え付けられているだけの最低限の執務室。

それだけならばユーリィも陰鬱な気分になどならなかったが、そんなものよりも目に入る物がある。


「……だめ……もう、だめ……お姉さん、もう、限界……や、休ませて……」


まずは親友のマーニャ・パルマーの姿だ。

自分とは違って小奇麗な服装(しかし露出は高すぎる)に身を包んだまま、ぐったりと倒れ伏して許しを乞う。

無事だったか、などと安心するのも一瞬だった。

捕らわれの幼馴染の姿よりも圧倒的な存在が、ユーリィの前に暴力のように展開されている。



紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙

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紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙紙



白い悪魔と形容するべきか。

報告書、陳情書、嘆願書。そういったものが記された、ただの紙に過ぎない。

何百枚、何千枚かも分からない圧倒的な紙の暴力。

古来より数の暴力は一人の英雄など軽々と呑み込んでしまうことを証明するかのような、惨状がそこにある。


「旧クラナカルタ領の民衆からの嘆願書もあれば、周囲を捜索することで得た情報の報告書の山だよ」


解説するように奈緒は語る。

ユーリィはナザック砦に訪れたばかりのことを思い出していた。

文官らしい悪魔族の男と雑務を行ったが、自分を見失いそうなほどの単純作業に気が滅入った。

あの時の、ざっと十倍以上はあるだろうか。

広いはずの部屋が机も椅子も床も関係なく、白い悪魔たちによって制圧されてしまっている。


「これを全部、お願いね」

「…………」


お願いね、とはどういうことか、とユーリィは怨めしい視線を奈緒に向ける。

情報の山の中には奈緒たちが作る新国家のアキレス腱になる情報だって眠っているだろう。

裏切り者の自分たちにやらせるなど、正気の沙汰ではない。

その疑念を見透かすように奈緒は続けた。


「二人に下す罰は、今後三ヶ月の幽閉生活と雑務処理。城の外には出さないから情報も漏れない」

「どういう。つもりですか……」

「君たちに償ってもらうのは、僕たちを裏切ったという『事実』についてじゃないってことだよ」


真剣な表情。

裏切ったことに対する弾劾を示していた。

奈緒にとって腹立たしいのは裏切った、という事実ではない。


「裏切ったことによって死ななくていい兵たちが死んだ」

「っ……」

「僕が怒っているのはそれだけ。二人が償うのは、裏切ったことによって生じた『結果』に対して……だから」


ばんばん、と机を激しく叩いた。

集中力が切れていたマーニャが、がばりっ、と勢いよく起き上がると、再び書類へと目を向ける。

ユーリィがここに訪れることは承知しているのか、彼女は親友を一瞥するだけに留まった。

奈緒は机の上にある書類をいくつか掴んで、ユーリィに見せる。



「だから、償ってもらう。遺された人たちの嘆願書に耳を傾けてもらう。死んだ人の十倍の人数幸せにできるぐらいに」



勢いに押されてユーリィは書類を受け取った。

記された内容は戦争で若者が死に、魔物に怯えながら助けて、と叫ぶ民衆のものだった。

次の書類には息子を失った老人の悲痛な叫びが綴られていた。

見れば見るほど、罪悪感で押し潰されそうになっていく。


「全部が君たちのせい、ってわけじゃないよ。僕のせいで死んだ人のほうが、きっと多い」


奈緒は必死に言葉を作っていた。

文字が読めない少年は民衆の悲惨な現状を直接知る機会がない。

目安箱に投稿することや、訴えることすら……つまりは、助けて、と叫ぶ気力もない者たちだって大勢いるだろう。

命が重い。背負う荷物が重すぎる。

だけど、それから眼を逸らしちゃいけない、と教えてくれた親友がいる。


「僕も逃げたくないから。ある程度のことが落ち着いたら、僕も動く」

「……」

「ユーリィもマーニャも頼むよ。償いの意味を込めて、いまは僕たちを手伝ってほしい」


稚拙だが、真摯な言葉だった。

沈黙がしばらく続いたが、やがてユーリィは書類の束をいくつか拾い上げると席に着く。

瞳だけは報告書に眼を通しながら、ゆっくりといつもの途切れ途切れの言葉を返した。


「頼まれなくても。今のわたくしたちに。反抗の余地はありません」


命を握られていますからね、と乾いた回答が続く。

奈緒は僅かに俯いた。彼女を改心させるようなことは出来ないのか、と。

所詮は二十年も生きていない子供の言葉に響くものはないのかな、と心中で落ち込んでいると。


「しかし」

「……え?」

「ただの奇麗事に聞こえますが。それはやはり。好ましい正論なのだと。思います」


驚いてユーリィの表情を盗み見る。

いつもの仏頂面というか、感情のない作り物のような表情だ。

心なしか少し顔を背けているようにも見えるが、奈緒の視線の角度ではユーリィの正確な表情は読めない。

代わりに親友のマーニャが、小さくウィンクをしてくれた。


「さあ、ボウヤ。仕事が待ってるんでしょん? 雑務を預けておきたいぐらいの、大きいのが」

「……うん。任せたよ」


奈緒は部屋から退出する。

背後で紙をめくる音。静かな、静かな音がひっきりなしに続いていく。

もう一度修復できるだろうか。

彼女たちとの関係を、もう一度肩を並べる形で修復することができるだろうか。

分からない。無駄かもしれない。また裏切られるかもしれないけど、それでも信じてみたいと思ってしまう。


(信用するんだな、奈緒ー)

(平和ボケした国に生きてたから、きっと危機感が足りないのかもね)

(違いねえなぁ、ははっ)


資料室に二人を軟禁した状態で奈緒は歩く。

扉の入り口には破魔の剣の術を体得したラピスが、ぴりぴり、とした空気で監視役を務めていた。


「ラピス。お願いします」

「……はっ。ナオ殿とお嬢様の考えなら、従います」


セイレーン族にとって彼女の奥義は天敵らしい。

願わくば彼女たちが再び対立する日が来ませんように、とそっと奈緒は願っておく。

もう一度笑い合えるような関係を気づければいいのだが。

至難の業に違いないだろうな、とそっと溜息と共に足を進めていった。


(でも、あいつらを仲間にする理由ってのはやっぱあるんだろ?)

(もちろん。これから国を作るうえで足りないものがあるからねー)

(例えば?)

(人材、物資、資金、土地、信用、兵力、畏怖。えーと、後は……)

(多っ!? てか、ほぼ全部ですねえ!)


だって仕方ないじゃないか、と奈緒は心の中で呟いた。

大国ラキアスと戦うことを前提とする、どころの話ではない。その段階まで持っていけていない。

クラナカルタと戦うだけでも、これほど膨大な時間と資源と兵力を使ったのだ。

新しい国として確立するためには、色々な物が足りない。


(そもそも、僕たち高校生。国の政治なんて分かると思う?)

(いや、無理だよなぁ)

(だから人材が必要。一番大事なんだよ。何しろ常識知らずの魔王様が君臨しちゃうわけだからね……)


自分で言ってて欝になったりする。

政治経済なんて魔界レメゲトンの常識すら知らない若輩者が扱えるわけがない。

多くの人材が必要なのだ。それは一芸に秀でたものでも問題ない。

雑務をこなす文官。戦で先鋒を切る武官。

優秀な人材を抱え込むようにして吸収しなければならない。


(ギレンもマーニャもユーリィも、優秀すぎる人材だから)

(リスクを背負ってでも仲間にしたい、ってか)

(賭けだよ、確かに。最善は尽くすけど、ダメかも知れない。また裏切られるかもしれない……けど)


奈緒は必死に思考を巡らせる。

そうだ。子供の頃、神童と呼ばれていた己を思い出せ。

己が『何の神童として周囲を騒がせていたか』を心に刻み込め。


(大義、道徳、利害、情義、信仰)

(うん?)

(人を動かし、従わせる五つの概念。相手次第によって切るカードを変えていく……って、子供の頃に教えてもらった)

(……ああ、なるほど)


あの二人に対する切り札は何か。

見極めるのは難しいけど、その話は今は置いておこう。ひとまず二人と話はついた。

残る一人は一番楽で、あるいは一番難しいのかも知れない。

何とか手を組みたい、というより従わせたいのが奈緒の本音。だが、正直怖い思いもある。


(んじゃ、あの闘争バカに対して切るカードは何だ、親友)

(………………)


単純ゆえの最強。

狂人ゆえの難解な質問をされ、奈緒は自分の黒い前髪を弄る。

答えはすぐに出ていた。

全く役に立たない答えを心中に反芻させながら、奈緒は旧クラナカルタ魔王を幽閉した部屋の前に立つ。



(そんなの、僕のほうが聴きたいよ……)






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