第5話【危機一髪】
セリナは焦燥と混乱の境地にいた。
自称、異端の人間の存在。人でありながら魔の業を扱う者がいること。
砂漠地帯には現れない魔物、ザルバードが複数で彼女たちの前に現れたこと。
ナオと名乗った異端が悪魔たちの姿を確認した瞬間、彼の態度が急激な変化を遂げたこと。
全てがセリナの想定外のことだ。
異端とは人間の身で魔法を使える者のこと。
稀に人間たちの中でそういった人種が生まれ、魔族の血を宿した忌み子として扱われる。
人と魔は対立している。互いを憎しみあっている。
故に魔を宿す人は人として認められないらしい。セリナの眼前にいる奈緒もそういった存在なのだろうか、と思う。
「<凍れよ、化け物>!」
「<燃え尽きなさい、下郎ども>!」
奈緒とセリナの両方が同時に叫ぶ。
魔族の一員であるセリナは当然、魔法を使うことが出来る。
彼女は炎と風の宿し子だ。それぞれに属性があり、大抵は一人につきひとつの属性を宿す。
才能に恵まれたセリナは火と風の両方を扱えるが、ふたつ以上の属性を宿せる魔族は稀有な存在だ。
右方向に業火の塊が燃え盛る。
左方向に氷雪の嵐が吹き荒れる。
先制攻撃は予想外だった悪魔たちは逃げ遅れ、炎と氷の奔流を受けて咆哮する。
「ちっ、浅いわね……!」
セリナが舌打ちする。
不意打ちを成功させたにも関わらず、直撃を受けたザルバードたちの傷は浅い。
一撃で命を奪うまでには届かなかった。
(どうして、接近に気づかなかったのかしら……!)
ザルバードは魔物の兵隊のようなものだ。
普通の魔物と違って御しやすく、知能もそれなりにあり、そして戦闘能力も高いことから兵隊として扱われる。
彼らを使役する者がいるはずだが、それがこの近くに潜伏しているとは限らない。
そして更なる疑問。
深い森や建物ならともかく、見通しのいい砂漠で接近されることに対してだ。
気配を消して近づかれるなどは計画的なものを感じる。
誰かの作為を感じ取りながらも、セリナは攻撃を続ける。今は何かを考えている場合ではない。
(奈緒、どうだ!?)
(厳しいね……囲まれているから、四方から炎なんて吐かれたら一巻の終わりだよ)
ザルバードの一体に与えた損害は左腕一本だけ。
今の一撃で数を減らすことが出来たならよかったのだが、どうもそう甘くはないようだった。
元の世界で戦ったときよりも明らかに早い動きをする。
どこまで魔法を扱えるかどうかが分からない奈緒は、勝算を計算することすらできない。
(思ったんだけどさ)
(なに?)
(ゲームでは魔法使いって色々な魔法が使えるじゃねえか。氷だけじゃなくて炎とか雷とか)
(…………この土壇場で試してみろ、って?)
龍斗の期待感にも似た言葉を受けて溜息をつく。
何だか熱くなっていた自分が馬鹿みたいだった。だが、そのおかげでもっと周りを見渡すことが出来た。
今回、奈緒が落ち着いていられるのには理由がある。
彼はついさっきまで周りも見えないほど激昂していたのだが、ひとつの理由で急激に冷めてしまった。
――――――馬鹿っ! 奈緒、そいつは味方だろうが!
背後で炎の気配がした。
氷の一撃を撃ち終わった奈緒が振り向くと、金髪の少女が炎を使ってザルバードに攻撃していた。
炎だ。炎だ。炎、炎、炎、炎炎炎炎炎炎炎炎。
強壮観念にも似た何かに突き動かされ、奈緒は少女に向けて手をかざしてしまったのだ。
龍斗が慌てて叫んでくれなかったらどうなっていただろうか。
間違いなくセリナという少女は氷漬けになっていたに違いない。共に戦ってくれていた彼女を殺していたかも知れない。
それを理解した瞬間、冷や汗がどっと身体中から溢れた。奈緒の思考はそれで元に戻ることができた。
(……一応、試してみるけど)
(おお、なんだ? 炎か、それとも雷か!)
(炎は絶対に使わない。見たらまた冷静さを失いそうになるよ)
そう言う奈緒だが、隣の少女が遠慮なく炎を使ってくれるので引きつった笑みになった。
相手のザルバードですら口元には赤い焔が見える。
奈緒と龍斗の精神衛生上、これ以上悪い敵と味方というのも存在しないかもしれない。
「……さて、行くかな」
狙いは左腕を凍らせた悪魔だ。
残り三体のザルバードたちにも注意を払いながら、奈緒は何が一番有効かを考える。
自分が踏んでいる地面に目をつけると、よし、と頷いた。
右手でザルバードの立っている地面を指差し、言霊を告げる。何事も魔法というのはイメージを顕現させるのが大事だ。
「<巻き上がれ、砂塵>!」
その瞬間、この場に存在する誰もが驚愕した。
奈緒本人も、龍斗も、後ろで戦っているセリナも、ザルバードたちもが驚きで一瞬動きを止めたのだ。
砂漠の砂が巻き上がり、ザルバードを襲う。
直接的な攻撃能力はないが、激しく吹き荒れる砂嵐はザルバードの動きを止めるには十分すぎた。
(よーしっ! 今日からお前は魔法少年ナオだ!)
(嫌だよそんな箒にでも乗って空でも飛びそうな名前!)
興奮気味に叫ぶ奈緒と龍斗。
奈緒の背後で戦っていたセリナは驚きで開いた口が塞がらない。
「嘘……だってさっき、氷を使ってたのに、今度は地……?」
「<氷の刃よ、刺し貫け>!」
動きを封じた悪魔を逃がす理由はない。
実験も兼ねて氷の刃と叫んでみると、確かに中空に直径十センチくらいの氷柱が顕現した。
それは奈緒の腕の合図に従って飛んでいくと、動けないザルバードの胸を正確に貫いた。
悪魔は断末魔の叫び声をあげると、そのまま動かなくなった。
(すげー、この世界すげー!)
(なんだろうね、この快感。この世界って思い通りに自然を操れるのかな……?)
(よし、まずは雨を降らせよう! 喉が渇いた!)
(雨って衛生上、あまり飲まないほうが良いらしいよ)
完全にこの世界がすごい、というのが二人の共通認識になっているが、違う。
その証拠として魔族のセリナは驚きで言葉が出ないのだ。
氷と地。異なる属性の併用をやってのけるなんて、魔族でもできる者は少ない。
しかも真昼の砂漠という氷使いにとっては最悪の環境で、氷の刃を生み出すことの異常さを彼女は知っている。
(よーし、この調子で行ってみようぜ! 次は雷! 雷を希望!)
(完全に少年に戻ってるね、龍斗……)
しかし、雷というのは難しい。
氷の刃は氷柱を、砂の魔法では砂嵐をイメージしたのでやり易かった。
だけど雷というのは雨雲がなければ発生しない。自然の法則を無視して雷を生み出すというのは無理がある。
イメージも雷自体をあまり見たことがないので、現実性のあるものが想像できるかは分からなかった。
ブオオオオオオオオオオッ!
しかし、躊躇している時間はないようだった。
悪魔たちの咆哮が再び響く。最も厄介な敵として奈緒の評価を改めたらしく、二体が一度に迫ってきた。
残りの一体はセリナが足止めをしてくれているのだが、二体でも十分な脅威だ。
(き、来た来た来た!)
(奈緒、一回替われ! 俺が距離を取る!)
(う、うん! 切り替われ!)
かしゃり、と人格が入れ替わる。
奈緒の身体を借りた龍斗は疲労で震える足を踏ん張ると、即座に横に飛んだ。
ラグビー選手が相手のタックルを避けるような動きでザルバードの爪と体躯を掻い潜り、その背中に向けて蹴りをくれる。
突撃の勢いも合わさって、悪魔は砂漠の砂と熱い抱擁を交わした。
(はっはあ! 俺はラグビー部の助っ人で花園に導いた男だぜ!)
(それは凄いけど、もう切り替えていい!?)
(おっしゃ、頼んだ!)
紅蓮の瞳が翡翠の色へと変化する。
奈緒は手をかざすと転倒したザルバードへと向けて魔法を放つ。
属性は雷、イメージは電磁波。静電気にも似た力を二メートルもの悪魔へと向けて叫ぶ。
「<感電しろ>!」
ばちばちっ! と電撃が奈緒の両手から生み出され、ザルバードは悲鳴を上げた。
ニュアンスとしては心臓マッサージ。電気の力を借りて心臓に強い衝撃を与え、悪魔の巨体を吹き飛ばす。
恐らく、自然の雷を連想していたならうまくいかなかったに違いない。
人工的な、科学としての電気を想像した結果、奈緒の右手は止まった心臓に強い衝撃を与える凶器となった。
止まっていた心臓が動き出す心臓マッサージも、動いている心臓には有害以外の何者でもない。
(何でもありだね、この世界……)
(すげーすげー! まあ、モンスターみたいなのがいるんだから、これくらいの特典はあっても罰は当たらねえよ)
(まあ、そう言われてみればそうなのかな……?)
ともあれ、これで二体を倒した。
これだけの力があれば元の世界で死ぬこともなかっただろうになぁ、と思わないでもない。
もう一方で戦っているセリナへと視線を向けると、そちらでも勝負が決まっていた。
「<切り裂きなさい、旋風>!」
風の鎌と表記するのが正しいのだろう。
視認できない刃が舞い、ザルバードの全身を余すことなく切り裂いた。
悪魔の右腕が肘から焼け焦げて消滅しており、蓄積されたダメージも相まったのか、ついに力尽きて倒れた。
セリナは荒い息を吐きながら、奈緒のほうを見た。
「あなた、ほんとは何者なの?」
「え……?」
「普通じゃない。こんなの有り得ないわ。ただの人間なんてとても信じられない」
そんな言葉が投げかけられた直後のことだった。
残った最後の一体がセリナの背後に立ち、山羊の頭をした怪物の口が炎を湛えて開かれた。
奈緒に注目していた彼女は背後の様子に気づかない。
それに気づいたのは彼女と向かい合っていた奈緒と、周囲を見渡すことの出来る龍斗だけだった。
「危ないッ!!!」
「え?」
セリナは奈緒の叫びで背後の存在に気づく。
蝙蝠の翼を広げて飛び立とうとするが、それよりもザルバードが放つ炎のほうが早かった。
あっ、と呆然としたセリナの声。どう考えても助からない、と悟った。
魔獣兵の炎は人間も魔族も関わらず、その身体を飴玉のように溶かせることも炭のように燃やしてしまうことも可能だ。
事、炎のぶつかり合いならばセリナの炎などあっと言う間に呑みこんでしまうに違いない。
死ぬ、ということを如実に理解した、そのときだった。
セリナを背後から抱きとめる存在がいる。
驚いて最後の瞬間にその主の顔を見ると、決死の形相をした奈緒が雄叫びをあげながら手をかざしていた。
目を見開いて驚くセリナだが、奈緒はもはや彼女を見ていない。
迫り来る赤色の死の奔流、彼はそれだけを見ていた。
炎。
炎炎炎。
炎炎炎炎炎炎炎炎炎―――――――!
「<炎の存在を滅ぼせ>!!」
それは血を吐くような叫びだった。
手負いの獣が叫ぶような咆哮で、余裕のない者が叫ぶ絶叫で、単純に感情を叩き付ける暴力だった。
この世全ての『炎』という概念を赦さないかのような言霊。
それと同時にザルバードの吐く業火の炎が、奈緒とセリナへと迫ってくる。
そして圧倒的な蹂躙が始まった。
それは炎による奈緒たちの蹂躙ではなく、炎に対する自然の一方的な破壊だった。
砂漠の砂や岩石が。
空気中の酸素から取り出された水が。
僅かに帯電する静電気の集合体が。
奈緒の周囲に流れる風が。
説明不可能としか言いようのない黒い渦が、命を奪う炎という存在を消し去っていく。
ブオオオオオオオオオオオ……!
悪魔の吐いた炎はこの世から完全に消滅した。
それだけでは飽き足らず、ザルバードの体内に残っている炎すらも蹂躙していく。
地が、水が、雷が、風が。
悪魔の身体を押し潰し、破壊し、切断した。
凄惨な処刑、圧倒的な虐殺によって悪魔の身体は完全に消滅した。この世に存在する証拠すら残されなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……………………」
唖然。驚愕。呆然。
地べたにも関わらず座り込んでしまうセリナの感情はそれだった。
例えるなら圧倒的な災害を前にした人の姿。思考が停止してしまい、ぼんやりと眺めることしかできない。
有り得ない光景を目の当たりにしたかのように。
「地、氷……雷に、風……それに、闇……?」
有り得ない。
五色の属性なんて有り得ない。
しかも魔族ではなく、ただの人間が使えるなんて有り得ない。
そんな常識を心の中でひとつひとつ壊していきながら、セリナは躍動する心が止められなかった。
「彼なら……」
奈緒は倒れていた。
身体に残っている魔力の全てを使い果たしたのだろう、とセリナは予想した。
魔法を扱うために必要な魔力。
体力や生命力と強い結びつきがあるため、それを使い切った時点で身体のほうも限界を迎えたのだろう。
魔法を使う者は体力と精神力、そのどちらかが力尽きた時点で敗北する。
今の奈緒は精神力を使い果たしたことにより、気絶している。
「彼なら、私の願いを叶える力を持ってる……!」
希望が彼女の心を強く動かした。
何年も捜し求めなければならなかっただろう、百年の一人の逸材。
そんな存在とこんなにも早く巡り合うことが出来るだなんて。
(魔の神よ、運命の導き手よ。あなたがたに最上の感謝を……私に、チャンスを与えてくれてありがとう……!)
興奮冷めやまぬ彼女だったが、物事は往々としてうまくは行かないらしい。
セリナは奈緒を抱きかかえ、とりあえずこの場から離れようとしたところで気づいた。
自分が倒したはずの悪魔と、彼が倒したはずの悪魔が立ち上がっていた。
「なっ……!」
業火でその身を焼かれ、風で全身を切り裂かれたザルバード。
そして奈緒の雷によって心臓に一撃を加えられ、失神していたザルバードの二体は未だ生きていた。
確かに瀕死に近い傷を負っているのだろうが、それでも十分に活動は可能だ。
彼らはもはや迷わなかった。口を開き、業火の炎をセリナたちに吐き出そうとしていた。
こんなところで死ぬわけにはいかない。やっと見つけた希望をこんなところで失うわけには行かない。
何とか奈緒の身体を抱きかかえ、蝙蝠の翼を羽ばたかせて逃げようとする。
そんなセリナの想いも虚しく、悪魔たちの炎が口から噴射しようとして。
「お嬢様、伏せてくだされ!」
聞き覚えのある声に反応して、そのまま奈緒に覆い被さるようにして伏せた。
横たわる彼女たちの上を袴のような茶色の装束に身を包んだ女性が疾走していく。
彼女は凡そ人間には有り得ない速度で悪魔たちへと距離を詰めると、腰に挿した刀を閃かせた。
鮮血が桜のように舞い、炎を吐き出そうとしていたザルバードの胴体が真っ二つになる。
悪魔の口から漏れていた禍々しい炎が、空気に溶けるようにして霧散していった。
もう一体、セリナが仕留めそこなったほうのザルバードは突然の乱入者に気を取られ、硬直する。
その絶対的な隙を彼女は見逃すことなく、返す刀で山羊の頭を縦に切り裂いた。
ブオオオオ……
断末魔が響く。
今度こそ絶命した悪魔たちに視線を向けることなく、乱入者はセリナのところへと向かう。
セリナは自分たちの危機をいつものように救ってくれた護衛剣士の姿を認め、嬉しそうな声を上げた。
「ラピス!」
「お嬢様、ご無事で!」
主の姿と無事を確認し、そしてラピスは臣下の礼を取って跪く。
頭を下げながら彼女は言う。
「ラピス・アートレイデ、ただいま帰還いたしました。遅くなりまして、お嬢様を危機に招いたこと、ひらに」
「そんなことないわよ、助かったわ。もうダメかと思ったぐらいなんだから」
彼女の父が信頼していた剣士。
桃色の髪を後ろで纏め、茶色の袴を羽織った侍のような格好の人間の女性にセリナは飛びついた。
あっと言う間に一撃で二体の悪魔を叩き切った彼女に向け、セリナは言った。
彼女の目線は力尽きて横たわる奈緒へと向けられている。
「早速だけど彼を運んで。できる限り丁重に、私の命を助けてくれた人よ」
「……はっ、しかしお嬢様。それがしの目には、魔族ではなく人間であるように拝見いたしますが……」
「私も信じられないことに人間らしいのよ。詳しいことは道中で説明するわ」
困惑するラピスに向けてセリナは主としての命を下す。
主従関係で結ばれている以上、ラピスも命令に従った。第一、主を守ってくれたというならラピスにとっても恩人だ。
彼の身体を抱きかかえると、ラピスは報告を始める。
「しばらく蛮族国の領域でしたが、ようやく砂漠の旅も終わりとなりそうです」
「町が見つかったのね?」
「はっ、もう少し頑張れば隣国のオリヴァースの領土へと入ります。国境の町も確認してまいりました」
砂漠の国、クラナカルタ。
リーグナー地方で最も国土の荒れた国であり、蛮族と呼ばれる者たちが治めている国だ。
そこを抜けた先にオリヴァースと呼ばれる小国がある。
この近辺で最も緑と水が溢れる国として知られている。セリナたちの旅の目的はひとまず、そこだった。
「行きましょう、ラピス。忙しくなるかも知れないわ」
「はっ、お嬢様のお心のままに」
ラピスは名も知らぬ主の恩人を抱えると、やはり人とは思えない速度で走り始める。
主のセリナはラピスが買ってきてくれた水を飲んで水分を補給すると、その蝙蝠の翼を広げて飛翔した。
空を飛んで移動するセリナが圧倒的に早いはずなのだが、ラピスの身体能力は彼女の速度と遜色ない。
こうして奈緒たちは本来ならもう半日歩かなければならない道のりを、楽して移動することができたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
(…………)
奈緒の心の奥で、龍斗はじっと彼女たちの会話を聞いていた。
奈緒本人は無理のしすぎで気絶しているようだが、龍斗は奈緒の許しもなく表には出てこれない。
彼はいつになく真剣な表情で事の次第を眺めていた。
(なあ、奈緒。俺は重荷になっているのか?)
炎を見たときの反応を思い出す。
セリナが危ないと悟ったあのとき、恐らくは炎に巻かれて死んだ龍斗が重なったのだろう。
魔法を使うときに酷い頭痛がする、と彼は言っていた。
恐らくはあの瞬間、頭痛なんて問題じゃないくらいの激痛が奈緒を苛んでいたに違いない。
(今の俺じゃ、お前の力にはなれないか?)
自問してから、間違いなく力にはなれない、と結論を出した。
龍斗と奈緒。荒事をする役は魔法という未知の力によって、龍斗の存在意義を奪っていく。
彼は高速で移動する、見た目は人間らしいラピスを見ながら思う。
(この世界では、アレが当たり前なのか? だとしたら)
龍斗はあまりにも力不足だ。
鍛え方の問題もあるだろうが、そんなことは言い訳にもならない。
砂に足を取られるはずの砂漠で車と遜色ない速度で走るラピスを見て、龍斗の目が細くなる。
(俺は、その方法を探りたい)
自分のために怒ってくれる親友のために。
この世界では役立たずにも関わらず、我を忘れるほど憤ってくれる親友のために。
鎖倉龍斗は強く、強くそれを心に刻み付けた。