第57話【戦後処理】
「……ふう」
戦後処理、というのは大変だ。
奈緒は心の底から、戦争というものの無残さを知った気がした。
魔王ギレンとの激戦が終わり、朝焼けの空を見つめながら睡眠を……三十分ほど。
速攻で叩き起こされた奈緒は、落ちそうになる意識を奮い立たせた。
全身の筋肉痛と睡眠不足に悩まされながら、戦争の後片付けの指揮を執り続ける。
「総司令。戦死者の推計が出ました」
「……どれくらい?」
「敵味方を合わせて約七百人ほど。我が軍も南軍の兵たちの半分が戦死したようです」
「…………」
もしも、という仮定の言葉を使わせてもらうなら。
総司令の自分が最前線を飛び出さなければ、ここまでの被害にはならなかったのではないだろうか。
少なくとも味方の兵たちは、百人規模が助かったはずだった。
狩谷奈緒が、間接的に殺したようなものだ。
「ナオよ。あまり気負うでないぞ。戦争に参加した以上、誰もが覚悟していることじゃ」
「……それに。南軍の指揮を執ってたのは、私よ。ナオのせいじゃないわ」
ゴブリンの姫は死に慣れすぎているからか、表面上は涼しい表情だ。
セリナは奈緒と同じように心を痛めていた。
この戦争の原因はクラナカルタ勢だが、それを利用したのは自分たちだ。それが多くの人の死を誘発した。
二人には、それが大義ではなく私怨のためだ、と分かっていたから。
「ううん。これは、目を逸らしちゃいけないものだから」
奈緒はふらふら、と覚束ない足元のまま、伝令の兵士へと尋ねる。
生気がごっそり落ちたような幽鬼のような表情に、僅かに兵士の口元が引きつった。
申し訳ないなぁ、と思うのだが、こればっかりは気持ちの整理をつけられるまで、このままだと思う。
「正確な人数を洗い出して。……えっと、戦死者の扱いはどうなるのかな?」
「はっ……出来るだけ纏めて火葬にします」
「分かった。明日の午後に告別式を行おう。えっと、お坊さん……じゃなくて、僧侶さん? そういう人はいるの?」
「魔族にはないわ」
背後のセリナが答えた。
僧侶のように死者を運ぶ役割や、神に仕えるといった考え方は人間族のものらしい。
魔族は戦死者は土に還り、それが魔力と変換され、残された者たちの力となる。
そう信じられている、とセリナは解説した。
「あ、でも王侯貴族ならそれなりのお葬式は行われるわね。でも、基本的に戦死者の告別式ってあまりやらないわ」
「そっか……うん、でもやるよ。死者を尊ぶことは、間違ってないと思うから」
どんな時代でも。
どんな種族でも。
死者を尊び、惜しみ、悲しみの声を上げる。
それに間違いはない。自分のために散っていった者たちに敬意を示すことに、間違いはない。
「僕はよく段取りとか分からないから、後で聞くね」
「分かったわ」
「それじゃ伝令、そのように皆に伝えて。告別式は全員出席だよ、欠席は認めないから」
「はっ」
走り去っていく伝令を無意識に眺める。
戦争は終わった。幸いにも自分たちの勝利で終わった。
終わった途端に身体が震えてきた。何処かで判断が間違っていたら、自分は死んでいたかも知れない。
死、という言葉は身近なものじゃなかった。
自分が。もしくは近しい人たちが、殺されるかもしれない恐怖……それは想像以上に奈緒の心に影を落としていた。
「ナオ……」
セリナがそっと、震える奈緒の手をとった。
柔らかい感触には気遣いと優しさがこもっている。彼女の赤い瞳もまた憂いを秘めていた。
そっと握ると、同じように握り返してくれた。
少しだけ気持ちが楽になった、気がした。ふぅ、と小さく溜息のようなものを吐いて、雑念を消す。
「ありがとう……うん、大丈夫」
「そう……無理はしないで」
「……うん。ていうか、セリナ。無理はしないで、で思い出したけど」
ぎくり、とセリナの肩が震えた。
奈緒は逃げられないようにセリナの手を掴んだまま、半目でじとぉ、とセリナを見る。
居心地が悪いように目をそらす彼女に、奈緒は言う。
「あれほど無理はするな、って言ったのに。暴走寸前までマーニャたちと戦ったって?」
「あ、あれは仕方なかったのよ。ラピスを人質に取られていた以上、逃げられなかったんだし」
「それでも僕に教えてほしかった。テセラたちに任せることもできたし、僕が直接行くことだって……」
「……ナオ」
それ以上の言葉を許さないかのように。
真面目な顔をしたセリナは、真っ直ぐに翡翠色の瞳を見つめ返して。
「私だって戦うわ。私だけ仲間はずれは、嫌よ」
「……むっ」
「少なくとも、ナオが援軍に来るのはダメよ。私があなたの作戦の足を引っ張るなんて、ごめんよ」
持ち前の気の強さを前面に押し出して、彼女はそんなことを口にする。
個人的な気持ちとしては危険な目に合ってほしくないのだが、セリナも責任感を感じているのだろう。
それでも、恐ろしかったのだ。
最悪、彼女を失うことになれば。自分たちはこれから、どうすればいいのか、分からなくなってしまう。
「とにかく。もう絶対に無茶はしないって約束してよ」
「……そうね。善処するわ」
「煮え切らないなぁ」
ぼやく奈緒は説得を諦めた。
彼女が無理をしなくてもいいような作戦立案を考えればいいのだ。
まだまだ若輩者の己だが、ようやく一息がつける。膨大な時間を己の研鑽に使わせてもらおう。
国を手に入れた、という実感はまだ沸かないが。
「……ナオよ」
「なに? テセラ」
「そろそろ裁定のほうを行っておこうかと思っての。裏切り者の件、承知しておるじゃろ?」
「…………ああ、そうか」
裁定、裁き。
王としての仕事のひとつが、早速奈緒に課せられる。
ラキアスの裏切り者。マーニャ・パルマーとユーリィ・クールーン。
加えてカスパール・テルシグの裏切りもあったが、これも含めて二人の責任は大きい。
彼女たちが唆さなければ、腹に一物があったとはいえ、カスパールはまだ味方であったのだろうから。
「でも、それは後にするよ。まずは色々とやることがあるからね」
「メンフィルの牢獄に投獄しておけばいいのかの?」
「牢獄、あるんだ……うーん」
個人的な感情を言えば、女性を牢獄などという場所に放り込みたくはない。
甘いとかそういう問題ではなく、未だに奈緒の倫理観は元の世界から構成されるものだからだ。
拷問とか処刑とか、そういうのは出来ないなぁ、というのが正直な感想だった。
(俺……結構、牢屋に入れられてるぞ、おい。お前の心の中で)
(龍斗は入れてもいいんだよ、うん)
(即答!?)
心の中で葛藤に似た何かがあったが、閑話休題。
悩む奈緒に向けて、百年ものあいだ人の上に立ったゴブリンの姫は澄ました表情で進言する。
「客室もある。一応はラキアスからの援軍だからの、対外的な意味で軟禁しておくのも良いかも知れんが」
「それ、逃げられない?」
「二人を別々の部屋にすればよいじゃろ。魔力を封じる魔術品でもあればいいのだがの、さすがにない」
「うーん。よし、それじゃ、そういう感じで」
了解した、とテセラもまた奈緒の下を去る。
戦後処理は大変だ。
今は怪我の手当ても含めて、メンフィル周辺は慌ただしい。
少し目を向けてみれば死体が目に入るし、大怪我をして悲鳴を上げている味方の姿も見える。
パンパン、と両方の頬を叩いて気合を入れなおした。
「そういえばラフェンサ。カスパールもラキアスに協力していたって?」
「はい……テセラ殿が追放処分にしています」
「うん、分かった」
発した言葉はそれだけだった。
ラフェンサは内心で驚く。テセラの独断に憤るような様子がなかったからだ。
奈緒は裏切り者の処分がどのように行われるのか、その常識を知らない。
だからこそ、裏切り者は追放処分になる、というのが魔界の常識なのかなー、と思っただけだった。
百年も生きたテセラなら、間違いはないだろう、と。少なくとも二十年も生きていない自分よりかは。
「ナオ殿。少しお休みになってください。そのまでは倒れてしまいます」
「……うん」
満身創痍の身体を見て、僅かに奈緒は嘆息した。
二十四時間以上動いた身体は、ギレンとの壮絶な戦いの影響もあってギシギシと軋みをあげている。
頭がぼんやりしていて、段々とまともな思考ができなくなっている。
これ以上無理をしていても、きっと最善の指揮を執ることはできないだろう。
「ごめん。それじゃ、僕も休むよ……ラフェンサも無理しないで」
「はい。お休みなさい」
次々とあがってくる報告書に目を通しながら、ラフェンサは柔らかく笑って総司令を送り出した。
書類はさすがに漢字や平仮名、というほど甘くない。
奈緒が目を通しても読めない。セリナが訳してくれなければ文章も読めない、というのは致命的だ。
色々とやることが残されているなぁ、と思いつつ、セリナとラピスの両名を連れて城内へと姿を消すのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「…………」
ラフェンサは奈緒たち三人が姿を消したのを確認し、改めて報告書のひとつへと目を通す。
感情のない瞳。無言のまま、それを見つめ続ける。
奈緒に報告するべきかどうか、迷った。
彼の死が確認されたこと。それを、総司令に報告するべきかどうか。ラフェンサは迷っていた。
(いずれ……分かることでしたか)
書類に記された異国の言語。
魔界に住む者ならある程度が読める魔族共通の文字。
書かれていた内容は、とある男の死。
メンフィル城外の外れで、何者かによって殺されていた、というのが死体をもって確認された。
「……」
殺された男性の名前は。
討伐軍の傭兵団所属の、男。
首脳陣の一人として、兵たちの指揮を執っていた男。
書類はただ、純然たる事実だけを告げていた。ラフェンサは確認するように、その内容を口にした。
「傭兵団、所属……」
◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ……はあっ……」
数時間前のこと。
夢破れた男、カスパール・テルシグは一心不乱に歩いていた。
網膜をやられたのか、瞳は真っ白で固定されている。朝日すら見えない瞳は役に立たない。
前に進めているのは、風の魔法を使って周囲の障害物との距離感を掴んでいるためだ。
「くそっ、憶えていろ……あの女ども、どいつもこいつも……後悔させてやる……必ず……」
時間が経てば視界もある程度は回復してくれる、はずだ。
右腕を失った激痛もあって、うわごとのように恨み言を呟く。そうすることで理性を保っている。
手探りで止血は終えた。いつも携帯している治療用キットのおかげだ。
視力と右腕を失った今では、弓も使えない。
現実的には本当に手詰まりだったが、執念深く復讐の好機を狙うことにするつもりだった。
(まずは身を隠しましょう……この広大な砂漠なら、容易に見つけられるとは思えない……)
何より、本来ならその場で殺されるところを追放にされたのだ。
命は拾った。だが、テセラに対して恩情を抱くことはない。
この激痛を、この苦痛を、この屈辱を、この悔恨を、必ず次の機会に晴らしてやろう、という意気込みだけがある。
ゆらゆらと進み、たまに足をとられて転倒しながら前へ進むカスパール。
(兄と連絡を取ろう……全ては、ラキアスに亡命してから、……っ……!?)
その足が、物理的に止められた。
真っ白だった視界が真っ黒に変化したと思った矢先、硬い壁のようなものにぶつかったからだ。
昇ろうとする太陽の光を遮断するように、ぬっ、と人影が現れたらしい。
尻餅をつくカスパール。硬い壁が逞しい筋肉のそれだと気づかずに、首をかしげた。
「な、なんだ……?」
周囲を風による探査機能で警戒していた。
壁にぶつかる、ということは有り得ない。つまり、目の前に立ち塞がっているのは人か何かだ。
魔物の可能性も思い至ったが、本当に魔物なら既に襲い掛かられている。
死体にでもぶつかったか、などとくだらないことを考えたカスパールの頭上から、声が投げかけられた。
「おい」
「…………え?」
聞こえてはいけない、声だった。
何年も聞き慣れた男の野太い声色に、カスパールの心臓が跳ね上がる。
聴こえるはずがない。
幻聴だ、とカスパールの理性は叫ぶ。ありえない、ありえない、とうわ言のように呟いた。
「嘘だ……そんなはずがない……」
カスパールの呻き声を、巨漢の男は一蹴した。
尻餅をつく部下に向けて。
右肩から左腰にかけてバッサリと切り裂かれ、胸からも鮮血が滲み出た満身創痍の身体を引き摺って、言う。
「死体くれえ確認しやがれよ、間抜け。何年、オレの下に付いてやがったんだ、テメエ」
耳を塞いでしまいたい。
地獄から届いてきたかのような、凄味のある声が恐ろしい。怖い、怖い、怖い。
両腕を耳に当ててしまいたいが、片腕は既に失っている。その声を聞こえないようにすることすら、できない。
それに視力を失った青年に、聴力まで放棄する勇気はなかった。
「な、なんだ、それは。おかしい。そんなはずがない……だって確かに、ボクは……!」
「ミノタウロス族の生命力はなぁ、魔族でも最強なんだよ」
「ふ、ふざけるな! いくらなんでも、限度ってものが……」
「まあな、当たり前だ」
魔族でも最高の生命力を誇るとはいえ、限界はある。
即死しなかったとはいえ、十分に致命傷だった。そう判断してカスパールも死体確認などしなかったのだ。
種明かしをする牛頭の巨漢は、眉間に皺を寄せながら言う。
「『毎度ありがとうございますです、はい』……だとよ」
「は……?」
「治療してもらったんだよ。フード被って飛龍に乗った自称商人によ。オレの有り金全部と引き換えにな」
止血の薬と痛み止めを処方してくれただけだが。
一命は取り留めたものの、本来の請求額の三十倍以上も治療代をせびられてしまった。
そういった裏事情があるのだが、カスパールにとっては悪夢にしか見えない。
傭兵隊長、ゲオルグ・バッツは大斧をゆっくりと構えなおす。
「ひっ……」
カスパールを恐怖が包み込む。
光を無くした青年は想像という名の怪物に食い散らかされていく。
駄々をこねる子供のように、カスパールは手足をバタバタと振り回した。
ささやかな抵抗も、眼前で仁王立ちする巨漢の男は、許さない。決して赦そうとしない。
「いいか、クソガキ。傭兵団の掟を覚えているか?」
のしり、怪物が近づいてくる。
青年と男の距離は三歩ほど。腰を抜かした哀れな青年は逃げられない。
荒い息を吐いて、青年は我武者羅に首を振った。
「た、隊長……やめ……」
「傭兵は信用が第一だ。裏切るような兵隊に金を払う雇い主がいるとでも思ってんのか?」
「ぎっ、ひ……はあ、はあ……!」
「テメェは、オレの団の信頼を地に堕とした。何十人、何百人もの仲間がこれから先、路頭に迷うことになる」
一人の責任は全軍へ。
自由を標榜する傭兵でも、決して破ってはならない鉄の掟。
それを破った者に対する処置は、ケジメを付ける血の制裁。
テセラが僅かな望みを残して追放処分にするなど、生温い。団の失態は己の手で晴らす。
「落とし前、つけてもらおうか」
ぐしゃり、と肉が潰れる壮絶な音が響いた。
制裁の音。骨が砕ける音。
大斧から滴る血液の匂いが周囲に充満する。青年は物言わぬ骸となって地面に転がった。
傭兵の流儀。今日の寝床が明日の墓場、その覚悟さえあるならば。
誰かを裏切るという行為。この結末さえも覚悟せよ。
「……馬鹿野郎が」
◇ ◇ ◇ ◇
「副長カスパール・テルシグの死亡を確認……」
ラフェンサは書類の内容を読み終えると、テセラの横顔を盗み見る。
彼女は部下のゴブリン族に指示を下しながら、色々な些事を取り纏めている。
追放した青年は数時間も経たないうちに死んだ。
分かっていたことだ。両目の視力を失って、死の砂漠に追放するなど……死刑とそれほど変わらないことを。
「テセラ殿」
「……うむ?」
「カスパール殿が、亡くなられたそうです」
「…………そうか。そうだろうの……」
彼女の行った裁きは残酷なものかも知れない。
一思いに処断したほうがまだ、マシになっていたかも知れない。
だけど、ラフェンサは何となく彼女の考えが読めた。理由は複数、考えられた。
「僅かでも、生きる可能性を与えたのですか?」
「……」
「カスパール殿は風の使い手。瞳に光を失っても、周囲の様子を風を当てて判断することはできます」
「……うむ。結局、妾は残酷なことをしたの」
違う、と王族として汚い闇も見たことがあるラフェンサは思う。
彼女はどちらかというと、甘い。若者には生きてほしい、と願ってしまう。
重ねて言うようだが、裏切り者はどんな方法で処断されても文句は言えないのだ。
「この件は物議を醸し出しますね」
「覚悟はしておるよ」
「まあ、ナオ殿は全く問題にしていなさそうですが……戦後処理。大変になりそうですね」
「……うむ」
因果応報。
犯した罪の報いを受けよ、と言うのならば。
いずれ業が己の身を焼くだろう。彼女たちもそれは分かっていた。
それは、彼女たちだけでなく、自分たちを指揮してきた総司令の少年にも言えることだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやはや。中々有意義な戦でしたね、はい!」
道化が笑う。
道化が哂う。
道化がワラう。
戦場から遠く離れた旧クラナカルタ領で、件の商人は上機嫌だった。
「資金もそれなりに集まりましたし! 戦力も少し増強できそうです、はい!」
砂漠の上空を飛翔する飛龍。
ラフェンサの飛龍よりも更に大柄の竜に跨りながら、商人は笑顔を振りまいている。
背後には縛り付けられたまま気絶する、元クラナカルタ第二席のベイグ・ナザック。
その茶色い皮膚をぺしぺしと叩きながら、商人は笑う。
「しかし、やはり問題なのは彼の魔王です、はい。どうにかこの戦乱を拡大していただきたいもので」
「グゥゥゥルルル……」
「ああ、レギィ。ええ、そうですとも! 我らが主のために、私も犬馬の労は惜しみませんです、はい!」
レギィ、と呼ばれた飛龍は地鳴りのしそうな唸り声をあげて翼を上下する。
一人、興奮するように商人は両手を広げて高らかに微笑む。
狂信者、という言葉が連想される。
「種は仕込みました。新しい国家の要職に就くだろう人材と面識を持ちましてね、はい!」
「グアウ!」
「アンドロマリウスの変ではどうなることかと思いましたが。セイレーン狩りも無駄ではなかったわけで、はい!」
「グゥゥ……?」
「言ってる意味が分からない? ああ、良いですよ、レギィ。君は君の仕事をしていただければ、はい!」
まるで道化の一人芝居。
飛龍に対して語られる言葉は不穏な意味合いを多く持つ。
フードを被った商人は、僅かに見える細い瞳に狂気を灯しながら、くつくつくつ、と愉快に肩を揺らす。
さあ。さあ、さあ、お立会い。
「ラキアスを滅ぼしていただきましょう。そのためなら、私は商人の立場からの協力は惜しみません、はい」
邪魔な国家を葬るために。
新国家として誕生する勢力を支援したのだ。
使い続ければ自爆する腕輪を売り、やがて裏切りの主力メンバーが自滅するように仕向け。
旗を立てさせないように、わざわざマーニャたちの下に現れ、セリナたちが訪れる時間を稼いでみせた。
言うなればベイグ・ナザックの回収はついでだ。何かの役に立てばいいが。
直接支援はしない。少女たちが好機をものに出来ないのであれば、最初からラキアスなどとは戦えないからだ。
「期待通り。期待通りです、はい」
利害関係の一致。
それがあればこそ、道化師は彼らの支援に協力は惜しまないだろう。
今後、彼らの主力になるだろうミノタウロス族の男を治療したのも、そうすることでラキアスの脅威となればこそ。
全ては計画通り。何もかもが思うがまま。
「さあ、真王様の降臨はいつのことか。我が神に悪夢の安息を」
彼の言葉は不明瞭。
幻惑と幻想と幻覚が混ざったかのような夢物語。
道化師は踊り、人々に笑われながら笑顔を振りまいている。
仮面の向こう側で、どのような表情をしているのかは、狂った道化だけが知っている。