第53話【クラナカルタ決戦9、友達】
金色の死神が夜空を舞う。
雷撃を纏う魔女が地上を奔る。
焔の咆哮はごうごうと竜のいななきのように轟く。
魔女のお気に入りの三角帽子が、鎌鼬によって七つの布切れへと分割された。
「っ……!!」
魔女、マーニャ・パルマーは歯噛みする。
彼女のトレードマークだった三角帽子が無残に引き裂かれ、己は焔の渦を防護するのが精一杯。
死神の鎌は龍の爪や牙を思わせ、紅蓮と旋風が容赦なく彼女の体力を奪っていく。
押されている、という問題ではない。
明らかに、防ぐことしかできない。セイレーン族の魔力を身を守ることに費やすことしか、できていない。
(これほどなんて……!)
これは、戦いと呼べるものではない。
虐殺という言葉が頭をよぎる。
矮小な魔族風情が、大嵐や地震などといった天災を相手にしているかのような錯覚を覚えた。
努力と才能を兼ね揃えた金色の死神は、マーニャの想像を遥かに凌駕していた。
「……っ……」
「くうっ……あああああ!!」
小規模の爆発が連鎖的に繰り返される。
雷撃の槍は飛翔する死神には当たらず、夜空から降り注ぐ焔と風の一撃は苛烈だ。
炎の大鎌と風の大鎌。
二種類の属性を交互に扱うその才能には、舌を巻くしかない。
「はあ……はあ……!」
ただ、その代償はあまりにも大きい。
死神、セリナの体力と魔力の限界が近い。これほどの猛攻、長くは続けられないはずだ。
体内に残っている魔力の全てを吐き出すつもりなのだろう。
危険だ。暴走する可能性がある。彼女の生命力の全てを喰らい尽くし、城塞都市は獄炎に包まれるやも知れない。
「セリナ……! 暴走するつもり……!?」
「しないわよ……そんな、こと……」
受け答えにも力がない。
単純な反応すら返せないほどの疲労と喪失感が彼女を苦しめているはずだ。
激烈なのはセリナが放つ魔法の数々。
右手の紅蓮と左手の旋風だけは、マーニャという一個人を撃滅させるために容赦なく放たれる。
「お姉さん、防ぐだけが精一杯だけど……あなたが力尽きれば、それだけでもお姉さんの勝利よ!」
「そう、ね……それよりも早く、私はあなたを倒さなければいけない」
「できると思ってるの!?」
「やるのよ」
迷いのない宣言だった。
暴走の危険性も、捕まるかもという恐怖も関係ない。
眼前の相手に全力を尽くす。
今を戦おうとしないものに、望んだ未来などやってくるはずがないのだから。
「もっと速く撃つ。もっと強く撃つ。もっと苛烈に、激烈に……マーニャの魔力を上回るほどの、炎を」
「っ……なら、お姉さんも迎え撃つわん。今までで一番刺激的で、一番激しい全力全開で」
「時間を稼げば、マーニャの勝ちなのに?」
「セイレーン族に魔法で勝つつもりなのかしらん?」
これだ。
この傲慢が不思議でならない。
マーニャの性格が油断や慢心を誘発しそうな気がするのは、何となく分かる。
だが、いくらなんでも不自然すぎた。
オリヴァースの内乱に乗じて国を乗っ取る、という策謀を考えておきながら、これほどの隙を見せるだろうか。
「……マーニャ。あなた、もしかして」
そうだ、考えてみればおかしい。
余裕の表れにしたって、セリナを捕らえるというならカスパールに任せればいいのだ。
二人で早々にセリナを無力化し、その後でゆっくりと城塞都市に旗を立てればいいではないか。
わざわざ居残り、そしてサービス精神旺盛に隙を見せ続けるマーニャ。
その理由は、まさか。
「自分の敗北を願ってる、なんてことは……ない、わよね?」
「…………」
答えは、返ってこなかった。
魔女は顔を俯かせると、身体に帯電させていた魔力を一本の鞭へと変貌させていく。
正真正銘の全力だと、一目で分かるほどの魔力の圧縮。
しなる雷撃の鞭は変幻自在にして、凄まじい威力を誇るに違いない。
「セリナ」
優しく、魔女が笑いかけた。
今まで見たこともない笑顔。妖艶な笑みではなくて、純粋に友人を案じるような表情。
死に逝く前の聖女のように。
彼女は己の友人に雷撃の鞭を掲げながら、そっと、囁くように言った。
「復讐は、辛いわよん」
「……」
「お姉さんはね。もう、復讐に疲れちゃった……色々なことにも、疲れちゃった」
魔女の独白。
己の道すら見えなくなってしまった女の静かな慟哭。
同じセイレーン族の親友がこの場にいたなら、言葉を失っていたに違いない。
「ずっと誰かを恨んで生きていくの。その誰かに後悔させてやろう、って、そんなことばかり考えて生きてきた」
「…………」
「でもね。時間が経ったら、純粋な憤りも淀んでしまうのよ……もう、お姉さんは純粋に何かを楽しむことも、できない」
復讐に身を捧げた人生。
道半ばにして訪れる絶望は、彼女の心を磨耗させていった。
だが、やめるわけにはいかなかった。
親友は未だ復讐に取り付かれており、魔女自身も復讐のために捧げた年月を否定するわけにはいかなかった。
「今回のことは、やっと巡ってきたチャンスだった」
「復讐の相手が、分かるの?」
「分からないわ。ただ、ラキアスに取り入ることだけを考えてた。この件を成功させれば……そういう希望も、あった」
本来のマーニャらしい大人びた雰囲気が霧散していた。
迷子の子供のように。
どうすればいいのか分からなくて、今にも泣き出しそうな表情で。マーニャは空を舞う死神に笑いかける。
「でも、友達を犠牲にしてまで復讐をするべきなのかどうか……迷っちゃってた」
「マーニャ……」
「ユーリィも親友。セリナも友達……結局、ユーリィを選んで。こうして戦っているわけなんだけど……」
薄っすらと笑みすら浮かべて。
意志の弱い己に対して失望するような、独白。
「お姉さん、だめだった」
選べなかった。
道を見失ってしまった。
あまりにも愚かだ。中途半端な志で色々な物を失った。
自覚した途端、急に何もかもがどうでも良くなってしまったのか。
「『普通』って、意外に重いのね……」
普通の会話、普通の生活、普通の笑顔。
それを求めて彼女はセリナと友達になることを選んだ。
復讐よりもずっと気楽で、ぬるま湯のような数週間をいつの間にか愛してしまったらしい。
自業自得、自縄自縛の魔女は慟哭する。
「まだ、迷ってるの。どうすればいいのか、分かんないのよ……!」
だから、これ見よがしに余裕を見せた。
付け入る隙を与えた。逆転の一手を打てるような状況を自ら作り上げた。
願わくば逆転してほしかったから。
復讐にも普通にも生きられない愚かな女に、終止符を打ってほしかったから。
「ユーリィは大事なの! だけど、セリナたちのことだって好きなのよ!
頭の中、グチャグチャで分かんないのよ、もう!
お姉さんはもう、信念なんてない! 何が正解なのか分からない! だから、だから……!」
だから。
理由が欲しいのだ。
自分が復讐を諦める理由が欲しいのだ。
自分勝手で愚かで、どうしようもなく自己中心的な慟哭を受けて。
夜空を羽ばたく少女が、一度だけしっかりと頷いた。
「……行くわ、マーニャ」
「お、お姉さんは……お姉さんはユーリィのためにも全力を尽くさないといけない。だけど……」
「…………っ」
「だけど本音では……もう……っ……!」
それ以上の言葉は、聴かなかった。
夜空を舞う死神はふたつの大鎌を振り上げながら飛翔し、眼前の哀れな魔女を睨み付ける。
友情の板ばさみとなった魔女は、雷撃の鞭をしならせながら迎え撃つ体勢を整える。
勝負は、決まっているようなものだった。
(……終わり、ね)
たとえ、眼前の魔族がセイレーン族だったとしても。
たとえ、彼女の魔力がセリナの何倍も上で、己の大鎌を以ってしても倒しきれない相手だとしても。
たとえ、悲哀の魔女が死神の力よりも遥か上だとしても。
「<紅蓮演舞>」
復讐の道を未だ見失わない死神と。
己の行くべき道すら見失った魔女。迷える者と迷わない者。
彼我の是非など、比べる必要もない。
一瞬でもぶつかり合いが拮抗すれば、魔女はそこで必ず敗北を求めて余裕を見せるのだから。
紅蓮の大鎌と旋風の大鎌が投擲された。
獣の咆哮のような唸り声をあげながら疾駆する凶器は、魔女の雷撃の鞭と激突する。
ばちばちばちり、と激しくぶつかり合う魔力。
拮抗は一瞬だけ。どういう原理か、凄まじいほどの魔力を込められていたはずの雷撃の鞭が一瞬で蒸発した。
紅蓮の大鎌も後を追うように掻き消えるが、旋風が魔女の身体を切り裂いた。
「……あ、は……」
魔女が倒れる間際に見せたのは、笑みだったのだろうか。
直後、風の魔法による突風で塵芥のように宙に舞い上がったマーニャの身体は、硬い城壁へと叩き付けられた。
これ以上ないほどに勝敗は決していた。
「あなたは、馬鹿よ、マーニャ……はぁ……ほんとに、馬鹿な人……」
金色の死神はぜえぜえ、と荒い息を吐きながら、ゆっくりと地上へと降り立つ。
眼前に広がる光景は、ずるずると力を失って壁に背を預ける魔女の姿。
ぴくりとも動かない。戦闘不能は明らかだ。
「私の勝ちね……」
単調な一言。
勝どきの声すら、満足にはあげられない。
気絶した魔女と同じようにがくり、と膝を突き、セリナは何度も何度も咳き込んだ。
魔力が、生命力が、根こそぎ放出されていく。
「あっ、ぐっ……!」
危険だ。
暴走してしまう。
狂うものか。我を失ってはいけない。
幸いにも夜。暗闇を照らすべき降り注ぐ月光は、魔力の光そのもの。
苦しみは少しの間だけ。
「……やったよ、ナオ」
ぽつり、と誇らしげに呟いた。
戦術的に見て己の行動がどんな意味を持つのか、そんなことは分からない。
第三勢力の指揮官を打ち破った。彼女にできたのはそれだけだ。
ただ、それでも。奈緒やラピスに守られてばかりの存在じゃないことを証明した。
彼と一緒に堕ちていくぐらいの価値は、己の中に見出すことができた。
「カスパールのこと、伝えないと……」
身体が、動かない。
相当の魔力を吐き出してしまった。身体全体が弛緩してしまって立つこともできない。
伝達魔術品も破壊されてしまったし、そもそも魔力がほとんどない状態では意味がないだろう。
遠く、遠くの夜空を眺めた。
未だ漆黒に包まれた世界だが、もう二時間ほどもすれば朝日が闇を切り裂く。
(朝になったとき、城塞都市に掲げられた旗が……ラキアスのものだったら)
政治的な意味でいえば終わりだ。
占領した意思表示。ただ旗を立てたわけではなく、ラキアス軍がこの場に訪れている。
後に奈緒がどんなに声を枯らしたとしても、世間はクラナカルタの陥落をラキアスの功績だと認めるだろう。
真実がどうであれ、リーグナー地方の覇者を相手にするような酔狂な者はいない。
(私は、もう……リタイア。ラピスに頼むしか、ないのかしら……)
だが、ラピスがここを見つけてくれるかどうかは分からない。
ユーリィを撃破してくれればいいのだが、最悪、破魔の剣の術が打ち破れた可能性も考えるべきか。
暴走の予兆に耐えながら、セリナは必死に思考を巡らせて。
キュイイイイ、と飛龍の鳴き声を聞いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……ラフェンサよ! あれを!」
「っ……!」
城塞都市の上空を飛行するのは、飛龍ククリ。
背中に乗っているのはオリヴァース軍司令官のラフェンサと、ラファールの里のテセラだ。
総司令の指令を受けて、城塞都市を制圧しているラキアス軍を討伐しに来たのだが。
その途中。東門の周辺でごうごう、と炎が燃え盛っているのを見つけた。
そして、その周辺に倒れている二人の女の姿も。
「セリナ殿に、マーニャ殿……?」
「戦いの後のようだの。とりあえず、保護しよう。あのままでは炎に巻かれてしまう可能性もある!」
「マーニャ殿も、ですか?」
「例え裏切ったのが本当だとしても、事情は聞かねばなるまい!」
そんなこんなで下降した。
壁に叩き付けられた様子のマーニャは気絶しており、すぐに事情を聞くことはできなかった。
同じように立つ力もないほど魔力を消費したセリナを保護し、事情を聞く。
「テセラと、ラフェンサ……無事だったのね」
「お主は無事とは言えんの。ラピスやユーリィはどうした。何があったのだ!?」
「別に……」
セリナはごほごほ、と咳き込むと言葉を濁した。
百年を生きた姫には生温い弁解は通用しない。何が起こったかの説明はしなければならない。
追求するような視線を向けるテセラに対し、少女は疲れきった声で言う。
「ナオの言うとおり、マーニャとユーリィは裏切っていたわ……私はマーニャを、ラピスはユーリィを倒す予定だった」
「無茶をしおって……ナオは怒るぞ」
「ええ、そうね……一通りが終わったら、怒られてくるわ……それよりも」
だが、そんなことは些細なことだ。
もっと早く、伝えなければならないことがある。
マーニャは撃破した。ラピスがどうなっているかは分からないが、ユーリィも何とか倒してくれるだろう。
問題はただ一人。己だけが知っている、あの男の背信。
「それよりも、聞きなさい……! 裏切り者は、もう一人……!」
奈緒ですら想定しなかった協力者。
魔弾の射手たる眼鏡の悪魔族は、いまごろ城の中へと到着してしまっているだろう。
セリナはもう戦えない。ラピスも恐らくリタイアだろう。
目の前の二人に最後の裏切り者を任せるしかない。仲間に、頼るしかない。
「カスパールが裏切ったわ! 城塞都市の城にいるはず……ラキアスの旗を、立てようとしてる!」
「なんじゃと……?」
「そんな……」
首脳陣の一人として柔和な笑みを浮かべていた青年を思い返す。
ラフェンサはまだ信じられない、といった様子だったが、長く生きた経験故かテセラは然り、と頷いた。
ラキアスの旗を立てようとしている意味も、その一言で得心したらしい。
「……なるほどの。あの小僧、腹に一物を持っておったか。やられたの」
「では、ゲオルグ殿は……」
「いや。ゲオルグは恐らく関与しておらんだろうよ。そうでなければ、わざわざ魔王の前に立つようなこともせん」
テセラの推理は続く。
断片的な情報をセリナから引き出し、その一方で謀反を起こした首謀者の一人であるマーニャを拘束した。
近くの民家から魔物を束縛するための荒縄を持ってきて、両手首と両足首に巻きつける。
魔法を使われれば脱出されることもあるが、逃げる心配はないでしょうね、と確証もなくセリナは思った。
「カスパールの単独犯じゃの。魔王の地位を餌に協力者となったか」
「他に協力者の可能性はあるでしょうか……?」
「動きを見ておれば予想はつく。セリナのために命を賭して行動したラピスとゲオルグは除外。お主と妾も論外じゃ」
「……偉そうで悪いけど、テセラ。早くしないと……」
「うむ、分かっておる。手柄を横取りされるのも気に食わんし、妾が主と認めたのはラキアスでもカスパールでもないわ」
マーニャの拘束を完了させ、ぱんぱんとテセラは手をはたく。
視線は首謀者から、メンフィル城のほうへ。
魔王ギレンは総司令が必ず倒してくれる、と信じて。ユーリィはラピスが抑えてくれると信じて。
自分たちの役割は、最後の裏切り者であるカスパール・テルシグの野望を止めることだ。
「セリナよ。お主はマーニャを見張っておれ。十分に気をつけての」
「ええ、分かったわ」
「よいか。妾たちがいなくなった頃を見計らって、ユーリィやカスパールが現れる可能性もある。身を隠しておけよ」
「これ以上はもう、戦えないわ」
殺し合いはうんざり、とばかりに苦笑いを浮かべてセリナは頷いた。
敵に回せばとても面倒だったセイレーン族のマーニャを撃破したことは、大金星といってもいいだろう。
これ以上の期待はかけられない。
裏切り者続出は混成軍のデメリットだ。総司令が戦力増強のために選んだ方策の尻拭いをしてこよう。
「ラフェンサよ。飛龍は、どうかの?」
「……わたくしの見立てでは、酷使はできません。既に首都カーリアンからここまで、ずっと飛んできましたから」
「そうだの……だが、もう一踏ん張りはしてもらうからの」
「ええ。……ククリ、頑張ってね」
キュイイ、と気丈な鳴き声でククリは気合を入れる。
表舞台では魔王ギレンと総司令奈緒の熾烈な戦いが繰り広げられているだろう。
彼の苦労を無駄にはしない。手柄は頑張った者の手に転がり込ませる。
最後の敵はカスパール・テルシグ。
敵の名前を心に刻み込んだそのとき、城のほうで荒れ狂わんばかりの暴風が吹き荒れた。
「……景気良く、使ってるみたいねん……」
「っ……!」
全員の顔色が変わる。
両手足首を縛られて地面に寝転がっていたマーニャが、ぼんやりと城のほうを眺めていた。
もう、自分には届かない夢を見るかのような望郷の視線で。
「大丈夫よん……もう、お姉さんに体力も魔力も残ってない……反抗する気も、ないわん」
「信用ならんの」
「そうかもね……」
当然の反応だ、とマーニャは可笑しそうに笑った。
彼女は全身の力を抜いているのか、あるいは入れることもできないのか、汚れた地面に顔を擦り付けた状態だ。
表情だけは晴れやかな魔女は、土産とばかりに語り始めた。
「カスパールは、魔力強化の腕輪を装着してるの。魔法が苦手な彼が暴風が使えるのは、それが理由」
「……?」
「しかも、回数制限があるって不良品みたいよん。一定数以上を超えて使えば……さて、どうなるのかしらねん」
「何のつもりかの?」
「お姉さん、サービス精神旺盛だから」
それ以上の言葉を放つことはなかった。
ぐったりとした様子で地面に横たわる。旋風で切り裂かれた傷が流れているが、これもそれなりに治療はされた。
問題はただでさえギリギリの服装が切り裂かれて、際どいとかそういう問題ではないぐらいの露出になっていることか。
これも幸いに周囲に男性の姿が見えないので、問題ないといえば問題ない。
「まあ、よいわ。こちらも急ぐべきだの」
「行きましょう、テセラ殿。わたくしたちの任務を!」
「うむ」
飛龍に跨って二人が飛翔していく。
民家に隠れながら雌雄を決した死神と魔女は、戦争の舞台から退場した。
後は、残りのみんなの戦いだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「……ねえ、マーニャ」
「なぁに、セリナ」
「私たちって、まだ友達?」
「…………そうね。セリナが、そうだって思ってくれるのなら」
闇に潜むように。
彼女たちは背中合わせになりながら。
お互いの想いを吐露していく。
「でも、マーニャは大変なことをしたわ。きっと、許されない」
「ええ、そうねん」
「私も助けてあげられない。あなたの裏切りで、死ななくていい人たちがたくさん死んだから」
「……そうね。自分勝手だったものね」
裏切り者には制裁を。
ラキアスとの国際関係にも発展するに違いない。
まだ内政を整え切れていないラキアスは、恐らくトカゲの尻尾切りのようにマーニャたちに責任を擦り付ける。
任務に失敗した彼女たちを待っているのは、極刑という言葉だろう。
「……ねえ、セリナ。ダメ元でお願いするけど」
「なに?」
「ユーリィだけでも、逃がしてあげられないかしら……んー、やっぱり無理よね」
「…………無理ね。むしろ、今回の裏切りは彼女が主体で行ってしまったみたいだし」
それに、それら全ては奈緒が決めることだ。
普通の国家の法律を採用するのは、見せしめの極刑。反逆者は磔の刑に処されるだろう。
セリナの、父親のように殺されることだろう。
奈緒の決めたことなら反対できない立場にいるセリナは、安易な救いなどを保障してやることもできない。
「……お嬢様? こちらですか?」
「ええ、ラピス。こっちよ、お疲れ様……そのまま、民家の護衛に入ってくれるかしら?」
「はっ……」
ラピスとの連絡はすぐについた。
飛龍で上空を見回せば、桃色の髪で袴姿の女性、という個性的な格好の持ち主はすぐに見つかるのだ。
事情は既にラフェンサたちから聞いているらしく、多くの言葉は必要ない。
「ご無事で、何よりです」
「あなたもね。……ユーリィは?」
「気絶しております」
「そう」
これで、マーニャとユーリィの二人は捕らえた。
残る障害は魔王ギレン。裏切り者の傭兵カスパール。
どちらの戦いも勝利しなければ、本当の意味での討伐軍の勝利はありえない。
(ナオ……)
無事を願う。
一番の大役を担う少年。
正確には龍斗も含めた二人三脚。
彼らは必ず勝ってくれると信じて、彼女たちは望みを繋いだ。
(頑張れ、ナオ)
後は任せた。
彼と一緒に堕ちていくことを誓った少女は祈りを捧げる。
クラナカルタを巡る戦争は、佳境を迎えていく。