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第52話【クラナカルタ決戦8、破魔の剣の術】




(最悪……)


ラキアス遠征軍指揮官、マーニャ・パルマー。

傭兵団副長カスパール・テルシグ。

討伐軍の首脳陣に名を連ねる二人の裏切りに、地面に横たわるセリナは歯噛みした。

最悪だ。状況は限りなく、最悪に近い。


「……っ、痛いわね。紳士の風上にも置けないわ」

「余裕ですか、セリナ殿。ボクの風で無様に地面に激突したっていうのに、まだそんなことを言う元気が?」

「あなたとは覚悟が違うのよ、覚悟が」

「あはは……大貴族のご令嬢は、もっと淑女らしく儚げかと思っておりましたが、意外にたくましい」


どうすれば、いい。

マーニャ一人でも骨が折れるというのに、カスパールまで裏切っていたとなると厳しすぎる。

救いを求めるためのシェラは破壊され、絶体絶命の危機にある。

護衛剣士のラピスはと言えば、ユーリィの氷の牢獄に繋がれている状態だが……そちらは心配していない・・・・・・・


(ラピスには、アレがある……だから、大丈夫。問題は私のほう)


この窮地をどうやって乗り切るか。

風を掌握されてしまうとなると、セリナの飛行能力の正確さも怪しいものだ。

一発逆転の切り札は、ある。

ああ、あるとも。炎の大鎌の更に上を行く、取っておきの切り札が。セリナとて、何もせずに過ごしていたわけではない。


(大丈夫。落ち着きなさい……冷静になって。焦らないで、胸を張りなさい……)


今までの己の努力と共に自分に言い聞かせた。

奈緒が罪悪感と重圧と責務に、身体を蝕まれていく間にも。

龍斗が精神的外傷トラウマを克服するために、炎の鎌を相手に何度も向かっていく間にも。

ラピスが己の剣捌きを更に鋭くする鍛錬を行っている間にも。

セリナだって修練してきた。自分のできることについて、一切の妥協はしなかった。


(貴族は、誇らしくあれ)


思い出せ。

自分の復讐にかける想いはこんなものだったか。

眼前に立ち塞がる敵よりも、脆弱で不安定な気持ちだったのか。

否だ、断じて否。

多くの人を巻き込み、道連れにし、不幸にしながらも、己の復讐を遂行することを誓ったではないか。


(私は誰よりも、私自身を信じなさい……!)


奈緒は信頼してくれた。

庇護の対象ではなく、共に背中を預ける仲間として認めてくれた。

好きな人に信頼してもらった自分の努力と才能と覚悟を、他ならぬ自分自身が信じてやらなくてどうするというのか。

眼前に立ち塞がる敵など、喰らい尽くして然るべきなのだ。


「おやおや。まだやるんですか?」

「……セリナ」


裏切ったというのに、全く悪びれないカスパールの態度。

むしろ彼の背後に佇む主犯格のマーニャのほうが、複雑そうな瞳でセリナを見やっていた。

華奢な身体に、ゆっくりと力が込められていく。

彼女たちがどんな理由で裏切ったのか、は分からない。もはや、そんな些細なことはどうでもいい。


「やる、わよ。やるに決まっているじゃない……」


奪わせるものか、この命を。

否定させるものか、この想いを。

踏み躙らせてたまるか、この覚悟を。

勝算と覚悟と、そして希望さえあるならば、どんなに打ちひしがれても人は立ち上がれる。


「……ねえ、カスパール。お仕事を頼んでもいいかしらん?」

「…………何でしょう。死に損ないの相手ですか?」

「それはお姉さんがやるわよ。一応はラキアスのお仕事だからねん。そうじゃなくて、もっと大切な仕事よ」

「……旗を立てよ、と?」

「ご名答」


旗? とセリナは荒い息を吐きながらマーニャたちの会話に耳を傾ける。

ぼんやりとしていた脳がふと、電流が走ったかのように活性化し、彼女たちの最終目的を思い出す。

城塞都市の城に、ラキアスの旗を立てること。

クラナカルタの領土はラキアスの占領地になる、という意思表示。それは政治的に大きな意味を持つことになる。


「それこそ、ラキアスのお仕事じゃないんですか?」

「お姉さん、ケジメは付けておきたいのよん。一応は友達だったんだから……少しは構ってあげないとねん」


ギリ、とセリナの歯が噛み締められるが、マーニャは気にした様子を見せない。

カスパールはふむ、と少しだけ考える素振りを見せると、笑顔を貼り付けて頷いた。


「報酬は魔王の地位、ですよ? 男に生まれた以上、頂点を目指すのが夢でしてね」

「ラキアスはこんな荒れ果てた大地に興味はないわん。ただ、リーグナー地方の全部が欲しいだけでしょ」

「属国の魔王など、誰でもいい、と」

「まあ、お姉さんたちも女だから魔王にはなれないし。あなたが魔王になっても、何の問題もないってわけ」


開けっぴろげな会話には余裕が感じられた。

ラキアスの狙い。カスパールの目的。本来ならば隠匿すべき事柄をセリナの前で平然と口に出す。

彼らは判っているのだ。

もはや討伐軍は壊滅状態にあり、唯一の希望である奈緒たちもクラナカルタの魔王と激突しようとしている。

漁夫の利を得るには、今が好機だということに。


「では、行ってきましょう。旗は軍からお借りしますね」

「一人でやりなさいな? 信用の置けない部下を使われて、裏切られたら面倒よん?」

「やれやれ、人使いが荒いですね」


カスパールが肩を竦めながら去っていく。

セリナは動けなかった。カスパールに追撃を仕掛けるような余力は残されていない。

裏切り者、と叫ぶ元気すら彼女にはなかった。


「さあ……」


マーニャが、妖艶な笑みを浮かべてセリナを見た。

三角帽子を目深に被りなおし、相変わらずの余裕綽々の態度を見せながら、口元に微笑を浮かべている。

二回戦の始まり。

それは一方的な戦いワンサイドゲームだと信じ込んだ、勝者の愉悦すら感じられる態度だ。


「お嬢ちゃん。あなたにこれ以上、どんな反撃の手があるの?」


飄々と告げる大人びた声色に対して。

貴族の少女が返したのは。


「ふふっ……」


不敵な笑み。

挑戦的な笑み。

絶望など感じられないほど、小さく笑っていた。

小さく笑えるほど、状況は変わっていた。


「ねえ、マーニャ。あなたの悪いところは、勝てる戦いになると手を抜いちゃうところじゃないかしら」

「……お姉さん一人なら、勝てるとでも言いたいわけ?」


はは、とマーニャが鼻で笑った。

この状況で逆転の一手があるとでもいうのか。

炎の大鎌ですら傷ひとつ付けられなかった相手を前にして、そんなことが言えるのは強がりか。


「ハッタリがお好きかしら、お嬢ちゃん」

「嫌いじゃないわ」


態度は尊大に。

最悪の展開は動くまでもなく好転した。

二人を相手にするのは不可能だ。それぐらいの判断は簡単につく。

だが、一人なら。後のことを気にすることなく、目の前の相手だけに本気を出すことができたなら。


「『アレ』が本気だなんて、誰かが言ったかしら?」


夜空を見上げながら、弛緩しそうになる足の筋肉に力を込める。

今夜は良い月だ。魔力が身体にみなぎってくる。

今日なら大丈夫。

身体中の魔力を空っぽにするほど使っても、生死に関わるようなことは、ない。


「あなたの間違いは、ふたつ」

「……」

「ひとつは万全を期してカスパールと一緒に私を捕らえなかったこと。もうひとつは……」


すう、と息を吐く。

月の光を全身に浴びて、体内で魔力をフル回転で生成していく。

いくらあっても足りない。容量いっぱいに魔力を蓄え、それを一度の行使で消費しきってみせる。

額に流れる汗を拭いながら、少女は自信を持って告げる。



「ラピスとユーリィを二人きりにしてしまったこと、かしらね。彼女、死ぬわよ」



マーニャの表情から色が消えた。

思わず背後を見てしまうが、かなり彼女たちとは離されてしまった。城門前があまりにも遠い。

セリナの体内の魔力を必死に生成しながら、絶対の自信と共に宣告した。


「余所見はだめよ、マーニャ。ちゃんと相手しなさい」




     ◇     ◇     ◇     ◇




「…………」


親友と標的の戦いを、見守ろうとは思わなかった。

一緒に肩を並べて戦ってきた相手で、少なからず大切に思っていた少女を裏切った自分たち。

マーニャは強いと思う。最後まで悪役に徹する、というのは強さだ。

自分にはそんな強さはない、とユーリィは思う。だから、自分は彼女たちと距離を置いて接してきたのだ。


「……っ……どうして、裏切ったのですか、ユーリィ……!」


氷の牢獄に捕らわれた護衛少女は唇を噛みながら、食って掛かる。

理由を聞かれても困る。己の願いのために、としか答えられない。

そんなことを聞かされてもラピスにはどうしようもないだろう。

首を振って、感情を表に出すことなく、ユーリィは言う。


「理由を。語らなければならない理由が。ありません」


事務的な返答に諦めたのか、ラピスは身体を振って氷の戒めを解こうとする。

牢獄の中で氷の鎖の縛られた彼女は、徐々に体温を奪われていく。

蜘蛛が餌の体力をゆっくりと奪っていくかのような緩慢な死に、ラピスは必死に抗おうとするが。


「大人しく。主が来るのを待っていなさい。どの道。あなたに反抗の手段は。ありません」

「試して、みますか……?」


ぎしぎし、と破剣の術を使用して力ずくで鎖を引きちぎっていく。

両腕を縛っていた戒めが外れかける。

オーク族の成人男子ですら砕けないはずの強度を強引に千切っていくのはさすがだが、ユーリィの表情は変わらない。


「諦めなさい」


直後、新たな鎖がラピスの右腕を雁字搦めにした。

左腕は骨折しているらしいので放っておく。先ほどよりも力を込めて縛り付けたため、彼女の口から苦痛が漏れた。

ラピスが氷の鎖を破壊したとしても、新たな戒めが彼女を苛むだけだ。

死刑宣告を突きつけるような冷たい声で、ユーリィは言う。


「人間が。セイレーン族の氷を打ち破るなど。不可能です」

「…………っ」

「こうしている間にも。あなたの全身を氷漬けにすることができる。そしてあなたは別に。生かす必要もない」


彼女を一思いに殺さないのは、その必要性すら感じないからだ。

大人しくしないというなら容赦はしない。

彼女たちと親しくすることもしなかった自分なら、マーニャと違って迷いはしない。


「少しばかり馬鹿力でも。少しばかり身体が硬くなろうとも。わたくしの氷は。関係ない」

「……」

「率直に言う。あなたは。間違いなく助からない」


純然たる事実。

ユーリィはこの状況からの逆転など有り得ない、と考えている。

どんなに頑張っても、どうにもならないことというのが、世の中にはいくらでも転がっている。

ユーリィもマーニャも、過酷な人生の中でそれを学んだ。

二十歳にも満たない人間の女には、そんなことは分からないのだろう、と。


「…………ぐっ……」


氷の牢獄に捕らわれた少女が、苦痛の呻き声をあげた。

鎖に身体を締め付けられたからでは、ない。

折れた左腕を無理やりに行使して、腰に挿した刀を取り出していたからだ。

緩慢な動作で行われたその行動は、見ている者からすれば痛々しい。ぐにゃり、と腕が嫌な方向へと曲がる。

刀を何とか取り落とさないようにしながら、ラピスは歯を食いしばって刀を掴む。


「何の真似ですか?」

「……っ……少し、勉強不足が気になりますね、ユーリィ・クールーン……っ……」


痛々しい吐息と共に吐き出される強気の言葉。

最後の希望とでも言いたいのか。左腕はカタカタと震えながらもなんとか刀を振るう形になっている。

氷で拘束してやることもできるが、面倒なのでやらなかった。

刀で少し切りつけた程度で砕かれる牢獄ではない。

利き腕の右腕で振るわれるならともかく、そんなボロボロの左腕でいったい、何をしようというのか。


「あなたは破剣の術を、ただの身体強化の術、としか考えていないようなので」

「……どういう。意味ですか……?」


雰囲気が変わる。

氷を支配しているはずのユーリィの背中が凍りついた。

ラピスの瞳には挑戦的な色が浮かんでいる。

強がりじゃなくて、ハッタリでもなくて、確固たる自信に裏打ちされた完璧が笑みが浮かんでいる……!


「……っ、アレの正式名称はご存知ですか?」


緩慢な動作で、左腕を振るった。

子供でも避けられそうな一撃。紙も斬れないのではないか、と思えるほどの弱々しい動きだった。

狙いは右腕を拘束している氷の鎖のようだが、そんな投げやりな一撃で断てるほど柔ではない。

だというのに。護衛剣士はニヤリと絶対の自信を持って、告げる。



「即ち――――破魔の剣の術」




     ◇     ◇     ◇     ◇




神話の時代の物語。


神はこの世に人間と魔族を生み出した。

魔族は神の眷属と呼ばれ、人間よりも強大な力を有していた。

人間は神の作りし人形で、神の寵愛を受けていた。

魔族は嫉妬に怒り狂い、人間たちを淘汰した。


神は人間に才能を与えた。


魔族に抗えるように。

人間と魔族が対等の存在でいられるように。

神は、人間に魔族の強大な力を打ち消すことのできる力を授けた。


即ち、破魔の剣の術。


現代では破魔を扱える人間は数少ない。

一人の護衛少女は、とある魔族の公爵から、魔を打ち消す力を学んだ。

公爵の一人娘であり、少女の主となるだろう存在を守るためだ。

例えばいま、このとき、この瞬間のために。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「え……?」


眼前の光景に、眼鏡の奥の瞳が見開かれた。

緩慢な動作、物憂げで痛々しい一撃が右腕を戒める氷の鎖を断ち切ってみせたのだ。

単純に力で捻じ伏せた、というものではない。

まるでバターにナイフを入れるかのように、スルリ、と刀が鎖に食い込み、そのまま両断して見せたのだ。


「あ、なっ……!?」

「驕りましたね、ユーリィ・クールーン……!!」


右腕が自由になった瞬間、刀を右腕に持ち替える。

直後に旋風が巻き起こり、セイレーン族の魔力で創造した氷の牢獄が容易く両断された。

豪腕など必要ない。ただ、刀を滑らせるだけで魔法が消滅していく。

氷の牢獄から脱出してみせたラピスは、一気に地面を蹴った。


「くっ、氷結アブソ―――」

「―――遅いッ!!」


どぐしゃあっ、と壮絶な音が響いた。

ラピスは刀の柄の部分でユーリィの腹部を殴打し、彼女の華奢な身体はピンボールのように弾き飛ばされた。

二度、三度と地面をバウンドして、ようやく停止する。


「何故。お嬢様があんな挑発をしたのか、マーニャとあなたを引き離したか、気づきませんでしたか?」


聞こえているか聞こえていないか、ラピスには分からない。

ユーリィの身体は硬い地面に横たわったまま、ぴくりとも動かなかった。

十分に距離をとり、油断も怠慢もせずにラピスは語る。


「破魔の剣の術は、あななたちセイレーン族にとって天敵。魔力を一切合財を消滅させる切り札です」

「………………っ」

「一対一、という状況下。あなたたちに油断があれば、必ず隙はできると思っていました」


今までの戦いでは、オーク族や大型魔物ばかりで使う機会がなかった。

破魔の剣は魔族という存在にとって天敵だ。

例え奈緒の強大な魔法を相手にしても、彼女の刀は魔力を切り裂いて消滅させる。

人間に許された最上級の力。魔族に対抗するために、神から授けられた才能を、彼女は開花させたのだ。


「ぐっ……ぁ、ぁぁぁあああああ!!!」


勢い良くユーリィが立ち上がった。

彼女らしくもない絶叫と、セイレーン族に相応しい魔力を使った氷の鎖が放たれる。

油断が招いた危難を前にして、正常な判断ができないのだろう。

鉄面皮の顔の裏側に溜まっていた感情を吐き出すかのような叫びを上げながら、ユーリィは鎖を操る。


「負けられないのですよ……! わたくしは。復讐を……家族を殺した奴らを。見つけて……!!」


言い聞かせるかのような叫び。

己の存在理由を。

戦う理由がなければグチャグチャになってしまいそうな心を無理やりに繋ぎ合わせて、ユーリィは喉を枯らす。

対してラピスは迷わない。昔の今も、己の存在理由は変わらない。


「参ります……!!」

「ああ、ぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」


地面を強く、強く、強く蹴る。

爆発する足元。あまりの脚力に粉塵が舞い、ラピスの身体は弾丸のように突き進む。

彼女を捕らえようとした氷の鎖は狙いを外し、あるいは弾丸の直線状を阻んで消滅していった。

弾丸と化したラピスの身体は、鋭くユーリィへと肉薄し。



「それがしの勝ちです、ユーリィ・クールーン」



全力を込めた体当たり。

刀を使うまでもなく肉弾戦に持ち込み、先ほど以上の衝撃にユーリィの身体が跳ね上がった。

高速を走る車に轢かれた、と表現するのが適切だろう。

弾丸に身体を吹き飛ばされたユーリィの身体は、十メートル以上も先にある民家へと叩き付けられた。

壁にヒビが入るほどの衝撃と共に、女の身体から力が抜けていった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「ねえ、マーニャ。あなたは言ったわよね。誰にでも背負っているモノがある、って」


ぱちぱち、と炎の気配を見せながらセリナは言う。

三角帽子を被り直した、かつての仲間を見やりながら貴族の少女は不敵に笑い続ける。

片や無傷のセイレーン族。

片や今にも倒れてしまいそうなほどボロボロの混血ハーフだ。

勝敗ははたから見てもマーニャの圧倒的有利だというのに、周囲の雰囲気がセリナに味方しているように思えた。


「だから、マーニャにも背負っているモノがあるんでしょ?」

「……セリナ。お姉さんの話なんて……」

「ええ、裏切った理由なんて聞かないわ。マーニャ個人の理由は知らない。だけどね、ひとつだけ、聞きたいのよ」

「…………仲良くなろうとした理由?」


ええ、とセリナは肯定の意思を示した。

最初から裏切るつもりなら、仲良くなんてならないほうがいい。

それがただの『お遊び』だったというのなら、それで納得もしたが……マーニャの言動を見る限り、そうとは限らない。

自分で仲良くなっておきながら、彼女はセリナと友達になってしまったことを後悔しているようだった。


「ユーリィにも聞かれたわねん……そんなこと、今更聞いてどうするの?」

「私はあなたたちを裏切るつもりだったから」


告げられる告白。

マーニャの表情が一瞬だけ驚きに固まり、そして説明されるまでもなく納得する。

眼前の少女はラキアスの大罪人と呼ばれた少女。

ラキアスという国は彼女の親の仇。いずれ、セリナとマーニャはこうして争うことになっていたに違いない。


「マーニャは、どんな気持ちだったのかな、って。それを聞きたいの」

「……お姉さんたちの仲って、結構薄っぺらい関係だったかしらね。ユーリィ以外の友達って、初めてだったから」

「そんなことないわよ」


そうだ、そんなことはない。

本当に楽しかった。彼女と朝まで語りあった時間は、もう二度とないと思っていた『普通』の出来事だった。

恋する女の子の会話。セリナが本来、手に入れるはずだった『普通』の楽しみ。

きっと、セリナとマーニャは同じ立場に立っている。

彼女だって楽しかったから、何度も足を運んでくれたのではないだろうか、と。そう思いたい。


「お姉さんはね、普通の生活をしてみたかった。普通の女の子の友達がほしかった。……それだけよ」


やっぱりだ。

自分たち二人はそっくりだ。

背負っているモノの違いや、お互いの立場の違いはあっても、本質はまったく同じ。

ホッとした。こうして争わなければならないことが悲しすぎるけど、その事実だけは救いのように思えた。


「楽しかったわよ、マーニャ」

「……そう」


話は終わりだ。

道は分かたれた。友達と呼んだ相手を倒していく。

セリナは立ち塞がる強敵を打ち倒さなければならない。己の復讐を目的として。

マーニャは眼前の少女を捕らえなければならない。己の願望を叶えるために。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「<炎の大鎌>」


ごうっ、と炎が立ち昇る音がして、セリナの右腕に紅蓮の鎌が創造された。

周囲の民家ごと敵を吹き飛ばす、大型魔物専用の切り札。小規模の爆発すら起こす獄炎の死神。

魔力の心配ならいらない。今日は本当に良い月だ。

後のことは全部、ラピスに任せるつもりで。今度こそ全力を込めてマーニャ・パルマーの願望を打ち砕く。


「それだけじゃ、お姉さんを満足させられないわよん」

「そうね。だから」


左腕をかざす。

空気が、風が、大気の流れが一箇所に収束していく。

何度目か分からないマーニャの驚きの顔。

彼女の眼前でバチバチと砂利が舞い上がり、破壊の渦が手中に収められる。

完全に制御を完了させたセリナの左腕には、烈風で創造されたもう一振りの鎌が握られた。


「<風の大鎌>」


右手には荒々しいほどの焔を背負った紅蓮の鎌。

左手には逆に静か過ぎるほどの風をまとった旋風の鎌。

空気は圧縮されたことによって熱を持つ。

視覚すら許された風の刃は、炎の刃と同等以上の殺人兵器と化すのだ。


「……お嬢ちゃん。あなた、意外に努力の人だったのね」


呻くようにマーニャが言う。

炎と風を同時に武器として創造する、ということ。

右腕と左腕で同時に別々の物を書く、という作業を想像してくれればいいだろう。

彼女はこの地点に到達するまで、どれほどの努力をしてきたのか。


「二双の大鎌。私の正真正銘の全力よ」


身体中の魔力をごっそりと奪われる。

生命力を奪われるに等しい行為。額には玉のような汗が流れている。

多くの時間をかければ自滅してしまうのではないだろうか、と思うほど息も荒い。

文字通り、命を削った最後の大技。捨て身や相打ちすら覚悟した、二振りの魔鎌デスサイズ


「一週間近く、魔力を溜めていないと使えないの。だから私、いつも月の光を浴びているのよ」


身体中の魔力を根こそぎ消費する行為は危険だ。

奈緒にも語ったことがあるが、それは暴走すら引き起こす。奈緒の闇魔法と同じぐらい危険な行為なのだ。

無理をするな、と言っていた奈緒の言葉を思い出したが、心の中で謝った。

女にだって、無理と分かっていても、通さなければならない意地はある。


「マーニャ、私の友達」


ぴくり、とマーニャの肩が震えた。

殺し合いの状況下においてなお、友達と呼んだ。

お互いの道は分かれてしまった。最初からこうなる運命だった薄っぺらな関係だったとしても。

普通というものに憧れ、友達を求めたのはお互い様だったから。


「私の背負っている業――――もう一度だけ、受け止めてみて」


今度は本気だから。

容赦も油断も慢心も、ない。

首長竜キブロコスですら一撃で葬る自信がある。

暴走の危険性があるから、使う機会なんて今までなかった最高にして最悪の一撃。

再び翼を動かして飛翔したセリナは、眼下の友人を真っ直ぐに睨み付けて一言。



「先に言っておくけど。マーニャのこと、嫌いじゃなかったわ」

「……ええ。お姉さんも、セリナことは大好きだったわよ」



心情を吐露すると、心の中が凪のように穏やかになっていくような気がした。

二振りの大鎌を構えたセリナに対し、マーニャは全身をこれまで以上の魔力で帯電させる。

勝負は一瞬、十秒に満たない時間で決着がつく。

一瞬の静寂。嵐の前の静けさに音が死に……両者は計ったかのように同時にお互いの全力を繰り出した。






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