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第49話【クラナカルタ決戦5、造反】




戦況は徐々に不利になっていった。

元々の兵力で劣る討伐軍は奇襲にも善戦したが、もはや限界が近づいていた。

一時間にも及ぶ殺し合いに精神が疲労していく。

セリナ、ラピス両名は立ち塞がる少数の敵兵たちを蹴散らしながら、マーニャたちの所へと走る。


「っ……混戦状態ね」

「お嬢様……真実かどうか把握しかねますが、連絡が」

「何かしら?」

「ゲオルグ殿が、敗北したという情報が出回っています。それがしには、信じられませんが……」


従者の報告に、少女の顔が歪む。

ゲオルグは自分たち二人を逃がすために、クラナカルタ最強の戦士へと挑んでいった。

あの傭兵隊長なら、と信じるしかなかったが。

見殺しにしてしまった事実が、セリナの精神を蝕んでいく。ぐらり、と身体が揺れた。


「お嬢様、しっかり!」

「……大丈夫よ。私は、大丈夫。急ぎましょう……」


真実かどうか分からない。

ただ、ゲオルグの敗北は討伐軍の士気を大いに下げることになるだろう。

奈緒とラフェンサはいない。

ゲオルグは敗北。テセラは単独行動で指揮を執っていないし、カスパールの報告も聞かない。

自分たち二人も指揮を執れる状態じゃない。見事なまでに分断されてしまった。


「マーニャのところへ」

「ええ、もう少しです。それがしに付いてきてください」

「……でも、ここからどうすればいいのか、私には分からない……」


奈緒ならどうしていただろう。

どんな手を使って危機を乗り越えていくのだろうか。

心細い、寂しい。彼がいないだけでこんなにも不安になってしまう。

今までの戦いは奈緒が指揮し続けてきた。常に勝ち続けた。セリナ自身も臆することなく戦えた。


(ナオ……)


総司令の重圧なんて耐えられるものではなかった。

こんなにも重いものを奈緒は今まで背負い続けてきたのか。

泣き言も言わず、精神的な疲労を抱え、潰れそうなほどの罪悪感を背負いながら、それでも笑顔を見せていたのか。

強いと思う。五色の異端ミュータントという意味ではなく、人間としても強い。


(ナオ、早く、帰ってきて……)


自分はこんなにも弱かっただろうか。

彼がいないだけで、こんなにも頼りない考えしかできない女だっただろうか。

復讐に身を焦がしていたときは、奈緒と出逢うまでは何もかも怖くなんてなかったのに。

泥を啜ってでも、草を噛んででも、殺されようと辱められようと怖くなかった。自暴自棄のような思いすらあったのに。


(……ナオ)


その時だった。

ぶつり、ぶつりとセリナとラピスの衣服の中から反応があった。

一瞬呆けた彼女たちは慌てて服の中をまさぐる。この特殊のノイズは、伝達魔術品シェラだ。

しかも兵士たち用の伝令用ではなく、指揮官と総司令を繋ぐために用意された宝玉。

その意味は、言うまでもなかった。遠くから飛龍の鳴き声が聞こえてきた。


「っ……!」

「お嬢様!」


伝達魔術品は指揮官用だけでなく、軍全体に行き渡るようになっている。

総司令だけが持つ特別な宝玉。

響いた声は一日だけの別れだったのに懐かしく感じられるような、黒髪の少年の声だった。



『討伐軍総司令、ナオ・カリヤが全軍に告ぐ!』




     ◇     ◇     ◇     ◇




「討伐軍総司令、ナオ・カリヤが全軍に告ぐ!」


城塞都市メンフィルの上空。

夜の闇のなか、赤い月を背景に背負って飛龍が旋回する。

総司令である少年は飛龍を扱う少女の肩に掴まりながら、善戦する味方を鼓舞するために声を張り上げた。


「オリヴァースで起きた内乱を鎮め、再びこの地に舞い戻った! 全軍、今こそ反撃のときだ!!」


伝達魔術品シェラを掴み、己の存在をここに示す。

良くぞ、ここまで持ち応えてくれた。皆の戦う意思の強さに感謝する。

既にラファールの里の時点で、テセラから大体の話は聞いていた。情報の把握は十分のはずだ。


「高度を下げます……! ナオ殿、テセラ殿、しっかり掴まっていてください……!」

「うむ、承知した……!」

「くっ……!」


同席するのはオリヴァースの王妹殿下とゴブリンの姫。

首脳陣の三人を乗せた飛龍ククリは高度を下げていく。南軍とクラナカルタ軍が戦っている激戦区だ。


「いたいた、いたわ」

「ナオ殿の読みどおりですね。兵糧置き場が荒らされています」


その端っこのほうで、予想通りの光景が広がっていた。

兵糧を蓄えていた蔵が襲撃され、オーク族の兵たちは思い思いに空腹を満たしている。


「良く、ここまで耐えてくれた! もう我慢する必要はない! 今こそ奮起せよ! 戦争の勝敗、この一戦にあり!!」


未だ数で劣り、更に前後から攻められた南軍の兵たちが壊滅していない理由がここにある。

要するに敵を殲滅するより、空腹を満たすほうが重要だったのだ。

逆に言えば、兵糧置き場は敵兵たちを誘き寄せる絶好の場所となるのだ。

狙わない理由はない。

反撃の狼煙をあげるため、五色の異端ミュータントとゴブリンの姫の魔法が放たれ、敵兵を飲み込んでいく。


「ぎゃぁぁあああ!!!」

「な、なんだあ!?」

「上だ! ちくしょう、逃げ……!!」


兵糧置き場は大混乱に陥った。

二百名以上の敵兵が密集した空間は、まさに的という表現が正しかった。

奈緒の大嵐が身体を切り裂いていき、テセラの光の槍が着実に命を奪っていく。

食料すら一緒に吹っ飛ばしてしまうぐらいの気持ちで、挨拶代わりに敵兵二百人を戦闘不能へと追い込んでいく。


「既にクラナカルタ軍師、オルム・ガーフィールドは討ち取った! あとは、魔王ギレンのみ!!」


周囲の気配が凍りついた。

味方にとってはこれ以上ないほどの吉報。俄然、士気は高くなっていく。

敵兵にとっては聞きたくなかった訃報。これで必然的に、自分たちが頼る相手は魔王だけだと知る。

後は、魔王ギレンを打ち破るのみ。それで戦争は終わる。


「剣をもう一度とれ! 足をもう一度踏み出せ! 今が唯一の勝機! 一気呵成に攻め立てよ!!」


敵軍を排除しながら味方を鼓舞していく。

自分たちが勝っている、と思い込ませること。疲労した兵たちにもう一度活力を与えるには、それしかない。

現に奈緒、ラフェンサが帰還し、オルムは戦死した。

流れは確実にこちらに来ている。兵たちにとっての唯一の懸案は、もちろん自分が排除しよう。


「魔王ギレンは我が倒す! 諸君らは目前の敵に目を向けよ!!」


カリアスの口調を真似るようにして、威厳のある宣言をここに。

自分の役割は心得ている。

魔王ギレンの撃破。それこそが、奈緒たちがやらなければならないこと。

沈黙がどよめきに変わる。総司令の登場に敵味方の兵たちが、畏怖を覚えて息を呑む。


「……返事はどうした、討伐軍!!」


その言葉に突き動かされるように。

一瞬の停滞。その後に、大地を響かせる奮起の雄叫びが轟いた。

叫びで形成された轟音は、味方に勇気を与え、敵に恐怖を刻み付けた。

反撃のときは、訪れた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「まったく。全ての手柄を奪いかねない登場だの」


テセラは飛龍の背中で奈緒の身体にしがみ付きながら苦笑する。

奈緒は今更ながら偉そうな言葉を口にしたことを恥じるかのように、気まずく頬を掻く。

やっぱり慣れない。昔の奈緒は悪く言えば、無気力な生活を送っていたから、余計に慣れないのだろう。

誤魔化すように奈緒は叫ぶ。


「文句は後にしてほしいかな、テセラ。今は……撃って撃って、撃ちまくれ!」

「良かろう!」


テセラは不敵に笑うと、奈緒と共に月の光から魔力を補充していく。

魔王ギレンの撃破は最優先事項だが、見つからない間は少しでも戦況を有利に進める行動をとる。

飛龍ククリがいる限り、制空権はこちらにある。

空中から魔法を放って一方的に攻撃させてもらう。卑怯という言葉は考えない。


「ラフェンサ。南軍の上空を旋回して。僕とテセラで攻撃して、敵の隊列を乱す!」

「はい!」


ラフェンサの手綱に操られ、飛龍が更に高度を下げていく。

標的は敵軍の兵士たち。

殺す必要すら感じない。この戦争は、総大将同士が決着をつければいいはずだ。


「テセラ、牽制で十分だよ!」

「良かろう、と言いたいところだがの……妾の魔法は、暗闇では敵味方関係ない。飛龍が驚いてしまうからの」

「ああ、そっか……なら、当てなくていい。乱雑に光の槍を撃って牽制すればいいから」

「それで良いのか?」

「うん。この襲撃は、敵の隊列を乱すだけが目的じゃないからね」


奈緒は苦笑いのようなものを浮かべると、眼下に蠢く兵たちへと手を向ける。

属性は風、特性は嵐。刃を交えた竜巻が敵兵たちを蹂躙していく。

続いて、属性を氷に変更。

雹の嵐が降り注ぎ、氷の弾丸の掃射を受けたオーク族の男たちが、悲鳴を上げて引っくり返る。


「な、ナオ殿! それほどの魔法を使っては、魔王ギレンとの戦いの前に消耗してしまいますよ!?」

「大丈夫……今は夜だから、常に月の魔力を蓄えることが出来るし……」

「しかし!」

「戦況を引っ繰り返すために必要なことは『流れを掴むこと』だから……少し無理をしてでも、皆を援護しないと……」


奈緒が離れている間にも、多くの将兵が殺されてしまっただろう。

現在進行形で兵たちは死んでいく。敵も味方も関係なく、生き残るためにお互いを殺していくだろう。

それを防ぐ方法はない。戦争なのだから、そんな奇麗事はない。

ただ、軽減させる方法なら、あるというだけの話。


「圧倒的な戦力差を示すっ……! それが最終的に、犠牲者の軽減に繋がる……!」


風を、氷を、雷を、地を嵐へと変貌させながら奈緒は血を吐くように叫ぶ。

圧倒的な畏怖。魔王ギレンすら超える力の差。

それが幻想であろうと、張子の虎であろうと、関係ない。そうであると思い込ませれば、それは真実へと進化する。

敵兵は恐れおののいて戦意を失い、味方は頼もしさを得て更に奮起する。


「しかし、それでは本末転倒じゃ。お主がギレンを打ち倒さねば、どの道、勝利はないぞ」

「既にゲオルグ殿が敗北したという報告も受けています。この上でナオ殿まで消耗してしまうとなると……!」

「大丈夫」


力強く告げ、彼女たちの不安を押し留めた。

そうだ、勘違いしてはいけない。

狩谷奈緒がやらなければならないことは、戦況を引っ繰り返すことだ。魔王ギレンを倒すことではない。

その仕事は、狩谷奈緒の役割ではない。


「心強い味方が、僕の心の中にいる」


鎖倉龍斗が、いる。

小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた親友が、いる。

生前の奈緒を守るために、命を捨ててくれた……誰よりも信頼の置ける味方がいる。


(へへっ、言ってくれんじゃねえの)

(龍斗。ほんとに、良いんだよね。相手は魔王ギレン……今までで一番強い敵のはずだけど)

(なぁに、生意気を言ってやがる。忘れんなよ?)


心の中で出番を待つ親友が、不敵な笑みを浮かべている、気がした。

心強かった。誰よりも彼が味方でいてくれるのが在りがたかった。

だから奈緒は、親友に全幅の信頼を置く。


(俺たちは二人で、魔王候補だぞ?)


魔王候補。

随分な言い様に笑いがこみ上げてきた。

ああ、そうだとも。

五色の異端ミュータントにして、破剣の術の使い手。

人間にも魔族にも到達不可能な地点に自分たちは立っている。負けるはずが、ない。


(頼むよ、親友)

(任せろよ、親友)


役割は決まった。

奈緒は全力で形勢を逆転させるべく、後先も考えずに魔法を連発する。

悲鳴が、絶叫が奈緒たちの世界を浸食していく。

逃げていく雑兵たちには目もくれない。立ち向かってくる者に対して、奈緒は全力を尽くす。


「テセラ。このまま派手に行くよ! 魔王ギレンを誘き寄せられるようにね!」

「なるほどの、了解した!」


宿した才能をフルに活用しながら、奈緒は総司令として矢継ぎ早に指示を出していく。

控えるように龍斗は無言のまま、呼吸を整えた。

出番が来るそのときまで、龍斗は静かに瞑想を始める。


「そういえばテセラ、さっき少し聞いただけだったけど、セリナは無事なんだよね?」


当然の疑問。

この戦争は有りのままに言ってしまえば、彼女のために起こした戦いでもある。

セリナが無事である、というのは大前提の話。

テセラはもちろん、と首を縦に振り、敵の戦意を生まれ持った魔力で削り取りながら、語る。


「うむ。今頃はラキアスの者たちに保護してもらっておるじゃろう。マーニャとは、仲も良かったしの」

「…………っ!」


問題はない、と告げたつもりだったが。

途端に奈緒の顔色が変わった。感情を削ぎ落とし、驚愕に顔色が真っ青になっている。

しまった、と奈緒は顔をしかめた。

テセラは、セリナの復讐の因果の件を、知らない。それもひとつの問題だろう。

だが、それ以上の問題が降りかかっている。奈緒は慌てた様子で懐からシェラを取り出し、セリナへと繋げた。



「セリナ! こちら奈緒! 応答できる・・・・・!?」




     ◇     ◇     ◇     ◇




「ナオ……」


心強い声が響いていた。

誰よりも待ち望んだ人。不安だった心に勇気が宿っていくのを感じた。

現金なものね、と笑いすら込み上げてきた。

奈緒が帰ってきた。

威厳のある声が、何よりも頼もしかった。それが凄く頼もしくて……逆に、セリナの心に影を落とした。


「戻りましたか、ナオ殿……!」

「……ええ」


駄目だ。また、彼を頼ってしまった。

一緒に堕ちていこう、と言ったのに。結局は重要なところで彼の存在に甘えてしまった。

何をやっているんだろう、とセリナは表情に陰りを見せる。

護衛剣士ラピスは主の様子がおかしいことに気づいたようだが、言及するつもりもなく、別の話題を提供した。


「これで安心ですね、お嬢様。後はマーニャ殿と合流して、ナオ殿を援護しましょう」

「……そう、そうね。私にもまだ、できることはある」

「ええ、その通りです。急ぎましょう!」


気持ちを切り替えよう。

まだ出来ることはあるはずだし、戦場での気の迷いは命の危機に繋がる。

迷惑は隣を走るラピスだけでなく、奈緒たちにまで及ぶに違いない。

セリナは心の奥に燻る気持ちを抑えて走り出す。


(……?)


走っている途中で、気づいたことがある。

ラキアスが率いる北軍も戦いの音を奏でているのだ。それも、城塞都市の中で。

ラピスに断りを入れてから、セリナは空高く飛翔した。

城塞都市メンフィルの現状を把握するために、矢や魔法の流れ弾に注意しながら、その光景を見やる。


(……! マーニャたちだけじゃなくて、カスパールも動いてる……!)


北門で待機していたはずのラキアス軍と、東門で待機していたはずの傭兵団がメンフィルを苛烈に攻め立てていた。

城塞都市での攻防は市街戦へと突入しているらしい。

既に北門、東門は破られている。このまま城塞都市中央に聳え立つ、敵本陣の城を攻略するところだった。

これらの情報が意味することは何だろうか。


「ラピス、飛ぶわよ」

「え? お、お嬢様!?」

「北門にマーニャたちはいないわ。城塞都市の中にいる……合流するなら、そちらに行きましょう」

「は、はい!」


左腕を骨折しているラピスを労わるようにしながら、腰を支えて翼を広げる。

二人では十メートルが限界だが、何とか城壁を超えることに成功した。

市街戦は混乱を極めていた。何しろ民衆たちが住まう市街での戦いだ。

幸いにも女子供の亡骸が放置されているわけではないが、逃げ惑う人々の姿には絶望すら感じ取られる。


(……酷いわね)


戦争だから仕方がない。

民衆の犠牲者が少なそうなのが、幸いか。

それでも犠牲者がゼロということは有り得ないし、民家の一部は魔法の流れ弾を受けたのか、燃え盛っている。

隣を歩くラピスも絶句した様子で、その光景を見やっていた。


「……マーニャ殿は、主力部隊が出払っている隙に本陣強襲を考えたのでしょうか」

「多分ね。だけど……」


何かがおかしい。

これは奈緒の策略だろうか。彼の指示だろうか。

それにしては違和感を感じる。奈緒の策略なら、最低でも民衆に逃げ場を作っているような気がした。

民衆たちは最も戦いの気配がない西門へと移動しているようだが、それも偶然に過ぎない。


「マーニャとユーリィを捜しましょう。とにかく彼女たちに逢わないと、話も進まないわ」

「はい」


不安を抱えながら、セリナたちは戦場の中を進んでいく。

基本的には敵兵との遭遇はなかった。戦力のほとんどが出払っている城塞都市の中では、ラキアス軍が優位らしい。

カスパールの傭兵部隊も遊撃として駆け回っており、セリナたちの姿を見ると軽く頭を下げてくる。

マーニャたちの居場所を兵士たちから聞いて回りながら、ようやくその姿を探し当てた。


「マーニャ! ユーリィ!」


彼女たちは前線で戦っていたらしい。

大仕事を終えた後のように、額に汗を掻きながらも、ようやく訪れた休息に息をついているところだった。

周囲は破壊された瓦礫に加え、所々が凍り付いている。

戦いの跡だということが一目で分かった。


「あらん。こんなところまで、来てしまったのねん……」

「マーニャ」

「……ええ、分かってるわよん。お姉さんを軽く見ないの、ユーリィ」


僅かに弛緩していた空気が、再び引き締まった。

二人だけにしか分からないような会話。お互いが目配せをしながら、それでも無防備にセリナたちへと近づく。

彼女たちに向けて、セリナは金色の髪をなびかせながら言う。


「これは、ナオの策略? それともマーニャの独断? 民衆が逃げ切れてないわ、少し乱暴すぎる」

「…………」


詰問に対して返ってきたものは、無言。

返事は言葉ではなく態度で返ってきた。背後のユーリィが、ゆっくりと手をかざす。

それが何を意味しているのか、セリナには分からなかった。

己に迫る危機すら感じ取ることができないまま、ユーリィの言霊を待ち続けるしかできなかった。



氷結牢獄アブソリュート



周囲の気温が急激に下がっていく。

脳では何が起こっているのか理解していた。ユーリィが、セリナに対して氷の魔法を使っている。

今までユーリィが戦うところなど見たことがなかった。戦えるかどうかも知らなかった。

一瞬の停滞が運命を分ける。


「お嬢様っ!!」


切り裂くような悲鳴が響き、背中を思い切り突き飛ばされた。

従者の遠慮のない一撃を受けてセリナは地面を転がり、軽く咳き込んだ。

だが、それでユーリィの魔法の射程圏内から抜け出すことが出来たらしく、針を刺されるような寒気から抜け出せた。

主は抜け出すことが出来たが、従者は突き飛ばすのが精一杯だったが。


「がっ……ぐ……!」

「ラピス!?」


魔法が完成する。

それは氷の牢獄、と表現するのが正しいだろう。

白銀の檻が十重二重と囚人を包み込み、氷点下にも近い気温を保った牢屋へと変貌していく。

捕らえられたラピスの身体は、氷で出来た鎖で縛られ、締め付けられて苦痛の声を漏らす。


「あらん。ラピスのほうが捕まっちゃったわねん」

「ま、マーニャ……? ユーリィ……?」


声が震えていた。

搾り出すような声しか出なかった。

この時になって、ようやくセリナの懐に入っていた伝達魔術品シェラから応答がある。

ぶつ、ぶつ、とお互いの魔力が繋がるような音がして、黒髪の少年の声が届いた。


『セリナ! こちら奈緒! 応答できる!?』




     ◇     ◇     ◇     ◇




「な、ナオ……」


囚われたラピスと、突然害意を向けてきた仲間たちを交互に見やりながら、かろうじて返事をした。

向こう側で奈緒が安堵したような空気があった。

奈緒は当人たちが傍にいることに気づかず、焦燥に駆られた声で必死に叫んだ。


『良かった! まだ間に合ったみたいだね。いいかい、セリナ……ラキアス軍には近づかないで!』


心臓を鷲掴みにされるような感覚があった。

遅すぎる。決定的に遅すぎる。

既にラキアス軍には接触しているし、現にマーニャたちと逢い、こうしてラピスが拘束されてしまった。

奈緒のせいではない。今はただ、奈緒の言葉に耳を傾けるしかなかった。

何が起こっているのか、それを知りたかった。


『不自然だったんだ! この状況タイミングでオリヴァースに反乱が起きるなんて! こんな簡単に内乱が終わってしまうなんて!』


確かに不自然だ。

一日で終わる内乱。住民が起こした一揆ならともかく、大貴族の反乱だ。

権力も力も兵力も財力もあるはずのエリック侯爵。どれほど愚かであろうとも、一日で終わるとは思えない。

例え奈緒が介入したところで、それが引っ繰り返るとは常識的に考えられない。


『別の狙いがあったんだよ! エリック侯爵は利用されていただけなんだ!』


別の狙い。利用されていただけ。

違う。それを聞きたいわけではない。セリナが知りたいのは、どうしてマーニャが敵意を向けているかということだ。

いや、心の中では何となく分かっている。嫌な予感として、想像がついている。

だけど、信じたくなかった。全体像を提示されるまで、その事実を信じたくはなかった。


『エリック侯爵を言葉で操った人物の目的は、僕が前線から離れることだったんだ!』


狩谷奈緒が前線から離れることの意味は何だろう。

重要戦力の離脱。

総司令不在によるリーダーシップの減少。客観的に見ればこんなところだろう。

得をする者たちといえば、もちろん敵対しているクラナカルタだろうが……奈緒は否定の言葉を被せる。


『考えて、セリナ! 僕がいなくなることで得をするのは、敵軍のクラナカルタ……もしくは』


もしくは。

もしくは。

もしくは。

目の前の光景と奈緒の言葉と嫌な予感が、全てひとつに繋がった。

繋がって、しまった。


『僕たちから手柄の全てを奪おうとする、第三勢力!』


第三勢力。

遠回しな言葉だと思った。

マーニャもユーリィも、奈緒の推理を静聴していた。彼の推理を楽しんでいた。

余裕綽々の態度。悪びれた様子は何一つない。


『常識的に考えて、エリック侯爵が蛮族と蔑む相手と交渉するとは思えない。つまり、クラナカルタじゃない!!』


全てが繋がっていく。

客観的な事実が状況証拠として組み立てられていく。

クラナカルタとオリヴァースに繋がりはない。

ならば、エリック侯爵のような国の貴族と繋がりを持てる存在。幾つかの条件がひとつの答えへと符合していく。


『オリヴァースの上層部にも強い影響力を持ち、なおかつ手柄を奪うことができるのは――――!』


リーグナー地方最大の国、ラキアス。

周囲の国に多大な影響力を持ち、蛮族国討伐の手柄を奪うことができるのは。

友軍として参戦してきた目の前の二人。

証明されてしまっている。

現に、城塞都市は独断で攻略され、近づいてしまったセリナたちに敵意を向けているのだから。


「マーニャ……ユーリィ……」


呆然とした呼びかけ。

否定してほしかった総司令の言葉に対して、セイレーン族の指揮官は笑顔を向けた。

肯定の笑みは、少女の心に強い衝撃を与えるには十分だった。

振り払うように首を横に振ったセリナに対して、マーニャは妖艶さを漂わせる常時の態度を崩さないまま、トドメを指す。



「正解ぃ♪」





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