表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/92

第45話【クラナカルタ決戦1、皆殺し宣言】



夜。

赤い月が哂っていた。

三日月の形をした赤は残酷に哂う口元のようだ。

これから起こる最後の戦いを観戦する存在として夜空に君臨していた。


「いやぁな形だなぁ」

「おう。見張り、ご苦労さん。どうしたんだ?」

「いや、月を見ろよ。何だかニヤニヤ哂っているみてえじゃねぇの。不吉だなぁ、ってな」

「はっ、一ヶ月に一回はあんな感じだろがよ」

「そうなんだけどよぉ」


正規兵の二人は見張りの交代をしながら雑談する。

視線は未だ沈黙を保つ南門だ。

あれさえ見張っていれば大丈夫だ。もしも、あの堅牢な門が開けば、そのときこそ最後の戦いが始まるだろう。

逆に言えば、南門以外の場所から攻撃してくることはないと考えていた。

これは一般の兵士だけではなく、指揮官のセリナたちも、そして総司令の奈緒も同じような意見だった。


その概念を現実はことごとく打ち砕く。


最初に気づいたのは地響きだった。

次に気がついたのは雄叫びだった。彼らから見て南門の方角ではなく、まったく逆の方向だった。

ラファールの里……つまり、背後からの雄叫びに、兵士たちの顔色が真っ青になる。


「お、おい……」

「冗談、だろ。あっちってラファールの里じゃねえか。まさか、ゴブリン族が反乱……?」

「そ、そんなわけねえよ! なんで今更、あいつらが俺たちに……!」


疑問はすぐに氷解する。

闇夜を切り裂くような絶叫が聞こえたのだ。

続いて金属音。戦いの音が響き渡っていることに気づいたとき、兵士たちは状況を理解した。


「違う……違う、ラファールの里の奴らが襲われてるんだ……!」

「なんだ!? 魔物の大群か何かか!?」

「分からねえ!! とりあえず、非常事態だ! 敵襲、敵襲ーーーーーー!!」


南門封鎖部隊が、蜂の巣を突付いたような騒ぎになっていく。

ラファールの里に残っていた民衆たちの悲鳴が響く。断末魔が耳にこびりつく。

相手が何者なのか分からない。

何が起こっているのか分からない。そんな彼らの疑問に答えるかのように、陣の背後から『敵兵』が迫ってくる。

暗視の能力を持った兵士の一人が、彼らの正体を看破した。


「オーク、族……」

「はあ!? 馬鹿な! あいつら、メンフィルに立て篭もっているんじゃねえのか!?」

「くそ、どっから沸いて出やがった……!」

「分からないが、事実だ! 伝令! 背後からクラナカルタ軍が出現だ、すぐに指揮官に伝えろ!!」

「敵襲だ、敵襲ぅううううううう!!!」


舌打ちをし、絶叫をしながらも兵士たちは隊を動かして迎撃体勢に入る。

一番警戒していた時間帯だということは、既に指揮官たちによって通告されていたので行動は早かった。

たとえ背後から奇襲攻撃を仕掛けてこようと、迎え撃つだけの準備は整っている。

しかし、彼らの自信を打ち砕くように絶叫にも似た報告が闇を切り裂く。


「お、おい……南門が、開いて……!」

「なにい!?」


ゴゴゴゴゴ、と重苦しい門が開いた。

巨体を誇るオーク族の兵が何百人も、地獄の門を開いて襲い掛かってくる。

先頭に立つのは、クラナカルタ最強の戦士。

絶叫にも似た雄叫びと共に、自分たちを滅ぼすために攻め寄せてくる。


「や、やべえ! 挟み撃ちか!? く、くそ、どうすりゃあ……!」

「隊を二つに分けろ! 片方は背後の敵を掃討、片方は南門からの部隊を迎撃だ!」


的確な指示が飛ぶ。

だが、奇襲攻撃によって隊が崩れている状況では不可能だった。

ばらばらになった兵士たちが、それぞれの役目も分からずに南門へ、あるいは背後へと突貫していく。

こうなっては指揮も何もあったものではなかった。


「ぐぁぁぁ!!」

「ギャァァアアア!」


あっという間に兵士たちは倒れていく。

南門からクラナカルタ軍が出撃した。全員がオーク族、その数は五百名以上だ。

先頭に立って指揮を執るのは、他ならぬ万夫不当の豪傑である魔王ギレン。

龍斗やラピスを圧倒した戦闘力を遺憾なく見せつけ、次々と討伐軍の兵士たちを打ち破っていく。


「く、くそ……! うおおおおらああああああ!!!」

「邪魔だ、木っ端」


ぐしゃり、と壮絶な音と共に兵士の身体が十メートル以上もノーバウンドで吹っ飛んだ。

力任せに棍棒で殴られた、としか表現ができない。

たったそれだけの行動で兵士一人の身体が宙を舞い、そのまま地面へと激突して絶命する。

威圧的な言動も含めて、魔王ギレンは完全に現場を掌握していた。


「魔王ギレン」

「オルムか。後方からの襲撃がうまくいったのだな」

「はっ。既に我々はラファールの里を強襲しております。『敵勢力』の撃破も徹底的に」


オルムは抜け道を使った背後の部隊の指揮官だった。

ラファールの里の民衆に部下を襲い掛からせ、自らは南門封鎖部隊の襲撃に当たったのだ。

あっという間に南門の部隊。オリヴァースから来た遠征軍の兵士は散り散りになってしまった。

自棄になって襲い掛かってくる者たちも、一人、また一人と倒れていく。


「らぁぁぁぁぁ!!!」

「ふん」


斧を振りかぶったゴブリン族の男が、背後からオルムへと襲い掛かる。

オルムは腰から二振りの剣を取り出すと、左手の剣で斧を受け流し、右手に持った剣で男の肩を貫いた。


「ぐあああ……!?」

「死ね、劣悪種」


その後は単純な作業だった。

激痛に転がるゴブリン族の男に対し、両腕に持つ剣を交互に突き刺していく。

腹を、胸を、腕を、足を、頭をズタズタに切り裂いていく。

男が動かなくなった頃には、オルム・ガーフィールドの口元に残虐な笑みが浮かんでいた。


「存外、呆気ない」

「ふん。所詮は寄せ集めでしょう。我々、精鋭部隊の相手には役者不足」

「まあ、いい。雑兵に興味はない。我は指揮官を捜す」

「では、私めは雑兵どもを掃除して参りましょう」


クラナカルタ最強の戦士、ギレン・コルボルト。

クラナカルタ三番目の戦士、オルム・ガーフィールド。

率いるは合計して八百人以上のオーク族の猛者たち。士気は上々、気合も十分。

さあ、一人残らず皆殺しにしてくれる。




     ◇     ◇     ◇     ◇




西門封鎖部隊。

ラファールの里から集まった義勇軍とクラナカルタの降伏軍が集う陣も風雲急を告げる。

南門が奇襲攻撃を受けたこと、敵は抜け道を使ってきたこと、という情報を手に入れたテセラが唸る。


「ちぃ……抜かったわ。何故、思い至らなかったのか……!」


百年を生きた彼女が抜け道に思い至らなかったのには理由がある。

今までナザック砦は難攻不落の要塞だった。

城塞都市メンフィルまで攻め寄せてくる者がいなかった。抜け道を塞ぐことだって、やったことがなかった。

だから、新たに抜け道を作る、という選択肢があったことに気がつかなかったのだ。

もちろん言い訳であり、今となっては後の祭りでしかない。


「すぐに援軍を出すぞ! 急げ、早くしなければ南軍は全滅する!」

「へい……!」


テセラの近くにはいつものゴブリン三兄弟に加え、降伏してきたオーク族が五人。

それぞれが軍を率いる小隊の隊長だ。

戦の支度をしながらテセラは考えを巡らせる。西門の守備にどれくらいの兵力を割くか、南軍は無事なのかどうか。

しかし、その考えは打ち消さなければならない事態へとなっていく。


「な、なんだ、お前ら……?」

「へっへっへ」


ロダンが困惑の声を上げていた。

サハリンやグリムが怯えすら感じさせる様子で、一歩二歩と後方へと下がった。

視線の先にいるのはオーク族の将校たちだ。

急いで支度をしていかなければならないのに、彼らはまったく戦の準備をすることなく、各々の武器を構えている。

狙いは言うまでもなく、テセラの命だろう。


「……なるほどの。お主ら……オルムの手の者だったのだの」

「ははっ、誰が降伏なんてするかよ。テメエらみてえな劣悪種の下に、オーク族が従うと本気で思ってたのかよ?」

「まったく、おめでたい奴らだったなぁ」

「ぎゃはははは!! ほらほら、そっちこそ、さっさと這い蹲ってくれねえかなあ!」


えげつない策を立てる男だ、と奈緒はオルムを評したことがある。

その通りだ、と思った。内部分裂という意味合いだけではない。それだけなら、奈緒だってナザック砦で敢行している。

彼らは気づいていないのだろうか。

たった五人で、ゴブリン族とはいえ、三百人以上を相手にするつもりなのだろうか。

彼らは気づいていないのか。捨て駒として扱われていることを。テセラの足止めとして利用されていることに。


「こいつら……!」

「ロダン、良い」

「はあ!? 良いってなんだよ? このまま大人しく捕まれってか!? 殺されるに決まってんでしょうが!」

「そういう意味ではないわ、たわけ」


急がなければならない。

こういった事態にも備えて、東門でも援軍の準備がされているはずだ。

頼みの綱はゲオルグか。

少なくとも、ここでテセラたちがじっとしているわけにも行かなかった。


「ロダン、サハリン、グリム。お主たちは一軍を率いて、セリナたちの援軍に向かえ」

「お、おう……って、はあ!?」

「妾はこやつらを片付けてから行く。良いか、それまで『持ちこたえて』見せよ」


恐らく、急襲した部隊は魔王ギレンもいるだろう。

ゴブリン族たる彼らには……いや、誰であろうと、かなりの無理を言っていることは百も承知だった。

それでも護らなければならない。

総司令の奈緒に恩を返す、ということ。ラファールの里の恩を返すためにも、セリナたちを護らなければならない。


「できるか、小僧」


だが、それは本来、テセラの役目だ。

彼らに背負わせるにはあまりにも重いものだ。

逃げるのならば構わない。テセラはそれを止めることも、責めることもないだろう。

生きていればやり直せる。再起を信じて、闇に紛れて逃げ出したっていい、と思っている。


「はっ……ふざけやがって。舐めんなよ、やってやるに決まってんじゃねえか……」

「うぎーっ! ぎー!!」

「まーかーせーとーけー!」

「……ふむ。頼もしいの、お主ら……ふふ」

「てめえらああああ!!」


直後、黙っていられないオーク族の一人が踊りかかってきた。

テセラの舐めた態度が気に入らないらしい。

いかにクラナカルタで四番目に強い、とされる第四席の彼女とはいえ、ゴブリン族で、しかも見た目は子供だ。

そんな彼女に雑魚扱いされれば、自尊心の高い彼らが飛び掛ってくるのも不思議ではない。


「空気の読めない奴じゃの……小僧ども、目を瞑っておれ!」


テセラが小さな手を相手に向けてかざした。

庇おうとするロダンたちをもう片方の手で制して、余裕を感じさせる表情のままに告げる。


「<爆ぜよ、閃光>」


眩い光が漆黒の闇を切り裂いた。

夜の闇が昼の明るさになるほどの強烈な光がオーク族の眼球を貫いた。


「あっ、あああああああ!!! 目が、目がぁぁあぁあああ!!!」

「当たり前じゃ。暗闇の中で突然、光の奔流を受ければ、それだけに失明することもある」


テセラが引き起こしたのは、ただのフラッシュに過ぎない。

条件さえ揃えば、それだけで瞳から光を失わせることだって可能になる。

たった今、襲い掛かってきたオーク族は目と頭に強烈な痛みを抱えているに違いない。

脳が視界からの情報を受け止めきれずに、ぐちゃぐちゃになるのだから。


「行け」

「へいっ! ご無事で!」


その隙を突いてロダンたちはその場から離脱する。

混乱しきっている部隊の指揮は難しかったが、それでも補佐官の命令を義勇軍は聞いてくれた。

どうすればいいか分からない状態なら、指揮官の指示に盲目的に従うからだ。

三人が離脱し、百人ほどを率いて南軍の援軍へと向かったのを見ながら、テセラは残りのオーク族たちに語りかける。


「さて……」

「……ぐっ」

「次はお主たちの番よな。先に忠告しておくが……妾が、あの程度などと思うでないぞ?」


属性、光。

闇と対を成す極々稀少の属性。

闇を切り裂く刃にして、暗黒を打ち消す唯一無二の魔族の法則。

才能を開花させたゴブリン族の姫は、ただ掌から光を生み出す程度にあらず。


「心して掛かってくるがよい、小僧ども。妾は見かけよりも甘くはないぞ」


四方から雄叫びが響いた。

オーク族がそれぞれ、テセラを囲んで思い思いの武器を振り上げていた。

テセラは余裕を崩さない。冷静な思考で、自分が南のほうに援護に向かえるのは、三十分後だろう、と考える。

そして、この状況すらも、軍師オルムの予想通りだろうことも。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「カスパール副隊長! 報告です!」

「何でしょうか」

「西門の兵は内部分裂により、動けません。偶発的なものか、作為的なものかは不明!」

「そうですか……」


眼鏡の悪魔族、魔弾の射手たるカスパールは東門から動いていない。

援軍は既にゲオルグが部隊の半分以上を率いて向かっている。

東門から新たな敵軍が来る可能性もあるので、ここから動くわけには行かないのだろう。

南軍には仮の総司令としてセリナがいるが、基本的にはゲオルグに任せるしかないだろう。


「ちょうどいいですね。精々、頑張って貰いましょう」


味方の危機にも関わらず、カスパールは笑って見せた。

余裕を感じさせる、といった表情ではない。

むしろ、何か偉大なことに挑戦するような、不思議な高揚感すら漂う顔をしていた。


「障害は魔王ギレンと軍師のオルム。そして……」


続けて、何人かの名前が挙げられた。

カスパールに従う傭兵たちにとっても、その名前は耳に慣れ親しんだ者たちだった。

不穏な空気が流れる。

自由を心情とした魔族の傭兵は、不敵な笑みを浮かべながら戦況を見つめ続ける。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「っ……お嬢様、ご無事で!」

「ラピス……」


天幕は既に徹底的な破壊を受けていた。

奈緒が先日まで在住していた空間は、野蛮な力で容赦なく叩き潰された。

金髪ツインテールの一日指揮官は、物陰に身を隠しながらシェラで連絡を取り合っていた。

軍の指揮を執るとき、奈緒はこうしていたのだ、ということを思い出しながら。


「ラピス……皆と連絡が取れない。大丈夫かしら」


セリナは握り締めた宝玉に視線を落とす。

西軍、東軍、そして北軍からも応援を要請しようとしたが、残念ながら全員と連絡がつかなかったらしい。

奇襲攻撃が何処から行われているのか、それすらも分かっていない状況だ。

万全の警備体制を敷いていたにも関わらず、南軍は呆気なく瓦解してしまった。


「……私は、指揮官失格ね」

「そんなことはありません。今回の奇襲はナオ殿ですら、予測できなかったでしょう。今は再起を図ります」

「どうするの?」

「逃げましょう。生きていればやり直せます。ここに留まるのは危険です」


ラピスの言っていることは正論だ。

局地的な敗北をしたとしても、生きていればやり直しは利く。

南門の軍勢も皆殺しになったわけではなく、西や東の軍と合流したに過ぎない。

セリナも彼らと同じように、どちらかに撤退して態勢を立て直せばいい。

だが、少女はゆっくりと首を振った。


「まだ、だめよ……ラピス」

「お嬢様?」

「まだ、逃げ遅れた兵たちがいるもの。見捨てて逃げることはできない」


仮にも、彼女は指揮官なのだ。

部下を見捨てて戦場から逃げる指揮官になんて、誰もついていかない。

感情の問題だけでなく、これからのことを考えても逃げることなんて許されない。

ラピスは一度だけ身体を硬直させると、同じように首を振った。

諭すように護衛剣士は言う。


「……恐れながら申し上げます。今はお嬢様が生き残ることだけを考えてください! そのような余裕などありません!」

「それでも!」


知っている。

誰かを助ける余裕なんてない。

オーク族の精鋭、合計して八百人だ。セリナやラピスの奮戦でどうにかなる相手ではない。

更に魔王ギレンを含めた主要人物たちも出撃している。

勝ち目はないのは明らかだった。それでも、セリナは叫ばなければならない。


「ナオなら見捨てない! 私だって見捨てたくない!」

「……お嬢様。敢えて厳しいことを言います。お嬢様は、ナオ殿とは違います!」

「そんなの当然分かって……!」

「あなたでは! 味方を守ることも! できませんっ!」


一言ずつ、区切るようにしてラピスは叫んだ。

従者の怒号など初めて見たのだろう。セリナは呆然とした表情のまま、やがて俯いた。

セリナ一人が奮戦したところで何になるだろう。

百人の敵兵を相手にできるわけでもない。味方を救う起死回生の策があるわけでもない。

そんな彼女が志だけで戦うには、世界は少しばかり厳しすぎた。


「っ……っ……」

「……行きましょう、お嬢様。これ以上の問答の時間もございません」


最悪、当身を食らわせて気絶させてでもセリナの身柄を守るだろう。

こんなところで失ってたまるか。

父のように仕えたラグナ・エルトリア公爵の一人娘。ラピスにとっては妹であり、絶対に護らなければならない宝だ。

彼女の命を護るためならば、己の命など投げ捨ててくれる。


「幸いにも敵は地上部隊。お嬢様の飛行能力なら、難なく逃げられましょう」

「……ラピスは?」

「それがしは……破剣の術がございます。蛮族どもの追撃など、易々と振り切れるでしょう」


もちろん、容易なことではない。

数百人のオーク族の壁を乗り越えて行かなければならない。

一人一人はラピスの敵ではないが、数の暴力は戦場において何よりも強い切り札となる。

現実的に考えて、ラピスが無事に突破できる可能性は……四割といったところ。

それでも表向きは余裕そうな表情で、ラピスは告げて見せた。


「お嬢様は先にお逃げください。東でも西でもいい、まずは安全な場所へと避難を」

「…………」

「援軍を連れてきてください。それがしも兵士たちも、それで命を落とさずに済む者たちが増えます」

「……分かったわ」


それが、兵たちの命を救う唯一の手段だと言うのなら。

どんなに情けなくたって。どんなに無様だとしても。それしか手がないならやらなければならない。

逃げるのではない、助けを呼びに行くだけだ。

自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、セリナは歯を噛み締めて呟く。


「貴族は、誇らしくあれ」

「はっ。お嬢様のご無事をお祈りしています」


ふわり、とセリナの身体が空中を舞う。

主は名残惜しそうにラピスを見やり、従者は早く行きなさい、とセリナを目で諭す。

彼女の蝙蝠の翼が、ゆっくりと羽ばたいて。

従者の絶叫が響いた。



「お嬢様、危ないッ!!!」



えっ、とセリナが振り向いた先に。

既に何メートルも上空に飛んでいる彼女に向かって飛んでくる、黒い影。

黒い影が人型であることに気づいたときには、既に回避できる状況は通り過ぎていた。

従者が獣のように絶叫しながら跳躍し、セリナの身体を力任せに弾き飛ばす。

少女たちの身体は地面に叩き付けられた。


「うあっ……!?」

「ぐぎぃ……!」

「…………」


倒れた少女たちの姿を見ても、黒い影は無表情だった。

僅かに袴姿の桃色の髪の女を見やると、少しだけ興味深げに息を吐いた。

オーク族だとか、敵兵だとか、そういう段階ではなかった。

ラピスは知っている。自分たちを叩き落とした小柄なオーク族の正体……一度だけ、彼女は彼と戦っている。

一方的な蹂躙を受けた、という意味で。


「ほう。貴様、ナザック砦のときにベイグと戦っていた女か。始末されたと思っていたが、よく生きていたものだ」

「っ……魔王ギレン……!!」


ラピスは咄嗟に主の身体を背中に隠す。

現れたオーク族……クラナカルタの魔王、ギレン・コルボルトは無骨な棍棒を右手で掴み、堂々と眼前に立っていた。

危うくセリナの華奢な身体は、あの棍棒によって肉の塊へと変えられるところだった。

破剣の術、身体硬化がなければラピスも同じ運命を辿っていただろう。

かろうじて受け流した棍棒の一撃は、かすめただけでもラピスの左腕に尋常ではない激痛を与えていた。


(……左腕、折れたか……)


最悪だ。これ以上ないぐらいに。

ギレンの尋常ではない身体能力を相手に戦える状態ではない。

セリナだけでも逃がしたいが、恐らく先ほどの二の舞となって地面に叩き付けられるのが関の山だろう。

絶体絶命、とはこのことか。


「ふむ。貴様とは一度、正々堂々と戦ってみたかったが……残念だ。今ので負傷したか」

「ぐっ……」

「後ろの小娘を護ることを否定はしない。それが貴様の生き方なのだろう。なればこそ、その生き方に殉じてみよ」


言われなくても。

命に代えてもセリナだけは逃がしてみせる、とラピスは右手一本で刀を構えた。

我武者羅に突っ込んでいけば、捨て身で戦えば数秒間だけでもギレンはラピスと全力で対峙するしかない。

その数秒間さえあればいい。

主が命を繋げられる数秒間のために、己は立派に命を捨ててみせよう。


「お嬢様……」

「ラ、ピス……?」

「援軍を、お早く。いいですね」


別れの言葉を告げたかった。

告げたら彼女はここを動かない、と思った。

だから、告げるのは希望。命を繋げる、という幻想をちらつかせる。

それが最期の言葉になるのは残念だな、などと余裕めいた感想すら浮かんだ。


「はああああああああああああああああっ!!!!」


突撃する。

踏んでいた地面が爆発する。

破剣の術、身体強化。目に見えぬ速度で障害へと肉薄した。

男は無言のまま、棍棒を振り上げた。

魔王は同じように地面を踏みしめると、彼女の身体を肉片に変えるために凶器を振り下ろした。


その直後。


地響きが起こった。

ぐらり、などという生易しいものではない。

縦揺れで繰り広げられる大きな地震だ。とても立っていられないほどの地震だった。

激突しかけたラピスとギレンも、顔をしかめて思わず距離を取ってしまう。


「地震……」


背後のセリナが呆然と呟いた。

彼女には感じられなかった。不思議なことに『ラピスとギレンの半径数メートル』で地震が起こったのだ。

不自然な地震は自然現象などではない。

地の魔法だ。しかも、それを局地的な地震を起こすレベルまで昇華した者を、セリナは知っている。


「それじゃ、これって……」


局地的な地震。

セリナもラピスも憶えている。一度だけ、これを受けたことがある。

傭兵の野営地に奈緒と共に訪れたときに。

奈緒と、セリナとラピスとラフェンサの四名を相手に一歩も引かなかった、あの傭兵隊長が。


「貴様……」


ギレンが敵意を持って『牛頭の男』を睨み付けた。

オーク族よりも更に巨大な体躯の持ち主である傭兵隊長は、身体に見合う大きな斧を担いでいる。

彼は不敵に笑っていた。強敵を前にした高揚感すら感じていた。

セリナが、そしてラピスが、彼の名前を叫んだ。


「ゲオルグ・バッツ……!」

「ゲオルグ殿……」

「いやぁー、遅くなっちまったなぁ。ちょーっとばかり足止めされちまってよ……まあ、間に合ったんならいいよなぁ?」


ゲオルグが、大きな足を踏み鳴らしてラピスたちの前に立つ。

二人を庇うようにして、大きな巨体を揺らした。

視線は一度も外すことなく、オーク族にしては小柄なギレンを油断なく見据えている。


「ようよう、魔王さんよぉ。女の子二人ぐらい、見逃す心の広さはねえってのかい?」

「愚問だな。戦場に出てきた以上、女子供も関係ない。いずれも等しく、命を賭けて殺し合う戦士たちだ」

「へえ……いや、全くその通りじゃねえの。オレも同意見だぜ、傭兵としての観点なら」


だけど、とゲオルグは続けて言う。


「オレ個人としちゃあ、女を殺すのは目覚めが悪りぃと思うんだがなぁ……」

「確かに直接的に女を殺したことはない。我に歯向かってくるのは男ばかりでな。まあ、間接的にならいくらでも殺した」

「お前さん、素直だなぁ」

「そうか。よく分からんが」


それよりも、とギレンが無表情のままに語る。

視線はもはや少女二人ではなく、新たに現れた強敵にしか向けられていない。


「貴様、強いか?」

「ご覧の通りのミノタウロス族だ。オーク族よりも、更に上位種だぜ」

「『貴様』は強いのか、と聞いている」


にやり、とゲオルグが笑った。

今までで一番陽気で、一番頼もしくて、一番酷薄で壮絶な笑みだった。

戦人いくさびととして、傭兵の流儀を背負う怪物が不敵に笑う。

怪物と怪物が壮絶な顔つきで互いを睨み付ける。


「試してみろよ」

「そうさせてもらおう」


激突は必至だった。

牛頭の傭兵はギレンからは見えない角度に左腕を回し、ラピスたちに合図をした。

しっしっ、と追っ払うような手の動き。

今のうちに逃げろ、と彼が語っているのに気づいて困惑する。

困惑したが、お言葉に甘えさせてもらうことにした。ラピスは刀を鞘にしまうと、右手でセリナの身体を抱える。

ゲオルグに小声で礼を言うと、そのままラピスは南軍を後にした。


「さあ、楽しくなってきやがったぜ、おい!」


ゲオルグが大きな斧を振り上げながら地面を蹴った。

ギレンも同じように棍棒を構えると、砲弾のような速度でゲオルグへと肉薄する。

両者とも、もはやセリナたちのことなど頭にない。

眼前の敵を叩き潰すことだけしか頭にない。


「うらぁぁぁぁああああああ!!!」

「はあああああ!」


獰猛で。

勇猛で。

野蛮な戦いの幕が開ける。




今まで書いてた続きのデータが吹っ飛びましたorz

ああ、欝だ……何も完成した瞬間に消えなくていいのに。泣きたいw

申し訳ありませんが、定期的な更新が難しくなりました。

こんな状態ですが、これからもお付き合いくだされば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ