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第41話【掌の上で踊る者たち】

「おい」


オリヴァース左将軍、エリック侯爵は筋骨隆々の悪魔族だ。

先代のオリヴァース魔王の時代から仕える貴族であり、オリヴァースの二大貴族の一人でもある。

貴族制度が浸透したこの国では、二大貴族がそれぞれ将軍職を拝命していた。

即ち、左将軍エリック侯爵と、右将軍ブージ侯爵だ。


「おい、貴様。聞こえんのか!」

「は、はいっ! いかがしましたか!?」

「兵は集まっておるか。この国の現状を憂う勇士たちは集まっておるのだろうな?」

「……はっ! 各地の町からも徐々に援軍が」

「よろしい」


エリック侯爵は首都カーリアンに聳え立つ牙城を見上げながら、満足げに頷いた。

彼らは内乱を起こしていた。謀反、と言い換えてもいい。

本人たちからの言葉を用いるとするならば、革命。

国の現状を憂い、今の魔王ではだめだ、という判断を下した者たちが、勇気を振り絞って立ち上がるという演出だ。


「いかんのだ……これほどまでにあっさりと崩れかける王家など、いかんのだ……」


エリック侯爵の胸に去来するのは、ひとつの光景だった。

黒髪の少年。五色の魔法を扱う異端ミュータントによって、国の面子は目に見えないところでボロボロになった。

忌々しげにエリック侯爵は己の片腕を見やる。

白い包帯が巻かれ、首にかけて吊るし上げている状態だ。

あの一件で、彼は片腕の骨折だけでなく、プライドまで奪われてしまった。貴族としての体裁を叩き潰された。


「この国は末期だ」


その言葉に嘘はない。

確かに五色の異端ミュータントに対する恨みはあるが、それだけではない。

命よりも名誉を重んじるのが貴族だ。

表向きの体裁よりも、国を案じるのが貴族としての正しいあり方なのだ。


「他国の侵攻に脅え、ポッと出ただけの小僧に国ごと敗北しかけ、脅される形で兵を貸し与えるなど……」


エリック侯爵の独り言は、誰の耳にも入らない。

彼の思考は冷静と情熱の間で渦巻き、自分自身でもよく分からないものへと昇華されていく。

冷静の青は、国を憂う一人の忠臣として。

情熱の赤は、私心として貴族の名誉を傷つけられたことに対する、憤りの証でもあった。


「我々が、この国を作り変えるのだ」


今の王族ではダメだ。

魔王カリアスは人の上に立つ逸材ではなかった。

いや、王の器ではなかった、ということにしなければならなかった。

エリック侯爵を突き動かすものは、冷静の青だけではない。情熱の赤だけでもない。

欲望の黒。己が国の頂点に立ちたい、魔王になりたい、と思う心もある。


「この私が、新たな魔王となる! 革命のとき、来たれり!」


ひとつの信念など持ち合わせていない。

たったひとつの想いで行動しているわけではない。それが、普通の人間であり、普通の魔族だ。

国を立て直してみせる、という思いがある。

黒髪の小僧に一泡吹かせてやりたい、という思いがある。

己が魔王の地位を手に入れたい、という思いすらある。彼は多角的な願いで革命を実行した。


故に。


大義名分が白々しい。

欲望が見え隠れするような行動に、人は付いてこない。

彼に付き従う兵士たち二百名は、全員がエリック侯爵の私兵だった。

エリック侯爵が王位に付けば、それなりの出世や褒美が約束されている『同志』だった。

逆に言えば、国のためを思って決起した兵たちではなく、一面を見れば欲望の黒に目がくらんだ者たちだ。


「……おい、やべえんじゃねえか」

「…………かもなぁ」


だからこそ、勢いに乗せられなかった兵たちの士気は上がらない。

先ほどエリック侯爵に『援軍の兵が集まっている』と報告した悪魔族の兵士は、僅かに顔をしかめて頷いた。

援軍なんて来なかった。カリアス魔王のところにも、エリック侯爵のところにも。

周囲の町は様子見を決め込んだのだ。


「つーか、計画じゃあ、一気に謁見の間を襲撃して、魔王倒して終わりだったじゃねえか……」

「裏切り者が出たらしいぜ……先にリークされてたらしい」

「おいおい、クーデター失敗ってやつじゃないのか」

「侯爵は援軍が来たら、一気に攻め寄せる計画らしいが……」

「来ねえよ、畜生」


出鼻が挫かれた以上、革命は失敗に終わったと考えていい。

それでもエリック侯爵に焦りはない。何かの策を用意している、と考えるのが妥当かも知れないが。

危機感を持たない指揮官に一抹の不安を覚えながらも、兵士たちは彼に付き従うしかない。

賽は投げられたのだ。

クーデターに失敗したとしたら、彼ら兵士の命はない。反逆罪によって処刑されるだろう。


「くっ、くくく、クハハハハ! 私の時代が、もうすぐ来るのだ! ははははは!!」


指揮官と兵士たちの温度差が虚しかった。

不安に駆られる兵士たちをよそに、カーリアンの城の前で大貴族の哄笑が響き渡る。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「あ、あの、ブージ候……本当に、よろしいのですか?」

「よい、よい」


ミオの町。

クィラスの町の隣に位置する、比較的穏やかな町も不安に駆られていた。

カーリアンでの騒ぎを聞きつけた商人が町民たちに情報を流布し、今では様々な憶測が飛んでいる。

曰く、革命。曰く、人間たちが襲撃してきた、などなど。

国の要職である右将軍の地位につく老将は、町の混乱を鎮めることもせずに宿屋でお茶を楽しんでいた。


「民衆は不安に駆られています。魔王側、エリック侯爵側のどちらにつくか、で各町も揺れています」

「よい、よい。勝手にやらせておけばよい」


兵士たちには全く取り合おうとはしなかった。

老将ブージは好々爺な態度を崩すことなく、最も高価な宿でゆっくりと腰を下ろしている。

彼の表情に浮かんでいるのは、余裕の笑みだった。

まるでこの国の行方すら、老人の身を滅ぼすことはない、と知ってるような。

兵士は一礼すると、部屋から退出していく。


「どうだった。ブージ侯爵はなんだって?」

「いや、勝手にやらせておけばいいって……」

「はあ?」

「どういうことだ……?」


部屋の前で待っていたのは、ブージ侯爵の共をしていた兵士たちだ。

十人以上が今回の主の動向に注意を払っていた。

ミオの町の警備兵も混ざっていたし、町でそれなりの地位につく文官もいた。彼らはオリヴァースの現状を憂いていた。

煮え切らない態度の老人の反応に、彼らは首をかしげていた。


「様子見なんて、馬鹿げているぞ? 革命が成功するにせよ、しないにせよ、立場は明らかにしなければ……」

「ああ……加担しなければ、勝者から責められるのは当然だろうに」

「ブージ侯爵が腰を上げれば、それだけで勝敗の決着はつくのだぞ? どうして動こうとはしない?」

「ご老公には、なにか考えがあるのか……?」


魔王カリアス派とエリック侯爵派、そのふたつに別れた内乱だ。

兵の数があるとはいえ、実力は拮抗していると考えるべきだろう。ならば、ブージ侯爵が片方に手を貸せば終わりだ。

互角の力関係は完全に崩れ、ブージ侯爵の力を得ることの出来なかった派閥が敗北する。

逆に言えば、どちらに恩を売るにしても絶好の機会になるのだ。

故に宿屋でゆっくりお茶を楽しむ、という選択が、どれほど腑に落ちないものか、それは言うまでもないだろう。


「俺は、魔王派だと思ったがな。クーデターが成功したところで、ブージ侯爵に得がねえしなぁ」

「確かにな。国に忠誠を誓うってのを示すためにも、エリック侯爵の暴挙を阻止するべきだが」

「いや、待て。逆に考えればだ。なんでエリック侯爵はこのタイミングに兵を挙げたと思う?」

「何でって……」

「いや、考えたんだけどよ……」


しぃー、と兵士の一人が声を潜めるようにして言う。


「二つの侯爵家が手を組んだ、って可能性」

「……お、おいおい」


兵士たちの声が揃って小さくなった。

滅多なことを口にするものではない、と言わんばかりに顔を見合わせる魔族たちだが、話は続けられる。

ブージ侯爵が滞在している宿からぞろぞろと出て行く兵士たち。

他の誰の目があるかを警戒していた彼らは、こっそりと先ほどの話に食いついていく。


「クーデターは、ブージ侯爵とエリック侯爵が組んで行ったってのかよ……?」

「そう考えれば辻褄が合うだろ……」

「ああー……ブージ侯爵の態度が決まらねえから、各町の代表も返事を決めかねているよな」

「それこそが狙いだとしたら……」


実行するのはエリック侯爵。

牽制するのはブージ侯爵、という役割だと仮定する。

成功すれば魔王カリアスを廃し、新たなる魔王が君臨する。恐らくは表向きで実行したエリック侯爵になるだろう。

失敗しても実行犯ではないブージ侯爵ならば、証拠を掴まない限り、問題になることはない。

どちらになっても侯爵の一席が消え、ブージ侯爵は貴族の最上位となり、公爵家へと位をあげられるのでは。


「いや、確かに考えられるが……少しおかしくないか?」

「何がだよ」

「だって、革命が成功すればエリック侯爵が魔王になるんだろ? ご老公は、あいつに跪くのに納得してんのか?」

「……ふむ」


今まで対等として接していたエリック侯爵に、命令される側となってしまうこと。

ブージは見ての通り、オリヴァース国最大の年長者であり、国が創立されたときからの重臣だ。

今、この瞬間に公爵家になってもおかしくない、そんな人なのだ。

わざわざ、そんな回りくどい真似をしてまで公爵家を目指すとは、あまり考えられない話だった。


「まあ、俺たちが考えても、どうかなるもんじゃねえか」

「違いない」


お偉いさんの思考など、一兵卒の自分たちに分かるはずがない。

彼らは仕事と家族と趣味のことを考えることだけで精一杯なのだ。革命や内乱も、彼らの知らないところでやればいい。

そんな結論に結びつけようとした兵士たちに、一人の文官が走りよってきた。


「おーい! 聞いてくれ!」

「なんだー? 俺たち、たった今考えることを放棄して自由に羽ばたこうとしてんだけど」

「いや、文字通り羽ばたいてどっか行こうとすんな。仕事しろ、帰ってこいよ」


蝙蝠の翼で夜空を舞おうとする兵士を止めながら、文官は汗を拭う。

よほど急いできたらしく、喘息持ちのように息が荒いのが窺える。

たった今、入ってきた情報は瞬く間にミオの町へと広がっていく。


「クィラスの町が、魔王派に属することを表明したぞ!!」




     ◇     ◇     ◇     ◇




ジェイル・コバールは息をつく暇もなかった。

遠征軍参謀は後方支援役として、前線部隊とナザック砦、そしてクィラスの町を往復していた。

知らせが入ったのは、クィラスの町でゴブリン族たちに仕事を斡旋している、そんなときだった。

オリヴァース国の内紛、左将軍エリック侯爵の反乱。


「町長! 魔王カリアスを支持する声明は出しました!」

「よし、ご苦労だった」


首都カーリアンからの援軍要請は受けていた。

最前線の奈緒たちの軍へ知らせを入れたのも、ジェイルの手の者だった。バード族が比較的多いのがクィラスの町だ。

クィラスの町は最初から、奈緒の支持を表明している。

魔王カリアスと奈緒は盟友のような関係だ。奈緒がこの場にいたなら、必ず声明を出すだろう。

故にジェイルはどの町よりも早く、各町に魔王支持を表明した。


「おのれ……後一歩でクラナカルタが落ちるというのに、このタイミングで……!」

「いかがしますか、ジェイル町長!」

「援軍要請は受けた。我々も出撃しなければなるまい……幸いにも、クィラスの町にクラナカルタの襲撃は、もうない」

「はっ!」


クィラスの町に残っている守備兵は、僅か二十名ほどだ。

彼らはクィラスが蛮族たちに攻められたときに負傷し、遠征軍に加わることの出来なかった者たちだ。

今では通常の業務には影響がない程度に傷は回復している。

僅か二十名程度でしかないが、それでもやらなければならないだろう。


「ミオの町を経由して兵を集める。ボールデンの町にも援軍を要請しよう。シギリアの町は……」

「シギリアの町はラキアスの国境です、不可能かと」

「そう、だな……だが、まあいいだろう。私はこれから出撃する。ボールデンの町に援軍要請を送ってくれ」

「はっ!」


クィラスの兵力は二十人ほど。

ボールデンの町とミオの町から兵を借りることが出来れば、百名程度にはなるはずだ。

急がなければならない。

首都カーリアンが落ちれば、その瞬間、クィラスの町はオリヴァース国全てを敵に回すことになってしまう。


「……私は、クィラスの町長だ」


ぽつり、と。

ジェイルは確かな事実を、大切なことのように口にした。

補足するように、ジェイルは続けた。


「私は、オリヴァース国の、クィラス町長だ。王に従う者であり、町を守る者だ」


故に失敗は許されない。

魔王派と表明したからには、町民たちのために戦わなければならない。

長剣を握る。瞳に覚悟を宿す。

戦闘が得意なわけではない。一端の傭兵風情よりも脆弱な男だが、それでも譲れない者はあるつもりだ。


「やらせるものか」


出撃の準備が整いました、という声が届いた。

ジェイルは静かに頷くと、領事館の外に出る。そこに立っていたのは寡兵と言わざるを得ない者たちだ。

たった二十人。敵戦力はざっと二百名以上、という報告を聞いている。

そんな絶望的な状況であろうとも、恐れてはならない。


「町の者たちを不安に陥れるというのであれば、侯爵であろうと敵だ……やらせる、ものか」


内乱の犠牲者はいつでも民や兵たちだ。

戦争の犠牲者はいつでも弱い者たちから搾取されていく。

革命の犠牲者はいつでも脆弱なる者から何もかもを奪い尽くしてしまう。

認めることはできない。

認められるはずがない。これはただ、それだけの話だった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




最前線、城塞都市メンフィル周辺。

大柄の龍が夜の闇に紛れて待機していた。ラフェンサの飛龍ワイバーンだった。

主であるラフェンサ自身も、その隣にいた。

緑色を基礎とした彼女の服装は闇に紛れ、隠密のようにうっすらと影を潜めていた。


「……ククリ、飛べる?」


キュイイ、と快活な返事が聞こえた。

ラフェンサの相棒である飛龍ワイバーンのククリは、主の求めに喜んで従う意向を見せた。

柔らかく彼女は微笑んだ。頼もしい相棒の頭をそっと撫でた。

それでもラフェンサの表情から、陰りが消えることはなかった。


「…………」


彼女は今、大罪を犯そうとしている。

軍の指揮官として、最もやってはならないことだ。軍の法律に照らし合わせれば、死罪すら有り得る。

罪状は敵前逃亡。

ただの兵士が侵すのではなく、指揮官である彼女がやることになればどうなるか、ラフェンサは正しく理解していた。

それでも、ジッとしていることは出来なかった。

唯一の家族が、兄が殺されるのではないかと思うと、居ても立ってもいられなくなったのだ。


「……行きましょう、ククリ」


キュイ、と返事がひとつ返ってきた。

彼女は闇に紛れて飛龍の上に跨った。目指すはオリヴァース国の首都、カーリアン。

飛龍ククリの速度なら、数時間で到着することが出来るだろう。

それでも遅いぐらいだが、兄なら持ちこたえてくれると信じることにする。

そうして、彼女の相棒が夜空を羽ばたこうとした、そのときだった。


「待て、ラフェンサ」

「……っ!」


心臓が凍りつくかと思った。

身体が可愛そうなくらい、露骨に震えた。

ラフェンサの背後に人の気配があった。足音の主はもう一度、同じことを口にした。


「待てよ、オリヴァース軍の指揮官」

「…………」


今度は名前ではなく、役職で。

己の立場を理解しているか、という問いだった。ラフェンサは答えることができなかった。

それどころか、振り向くことすら勇気が必要だった。

ギリ、と歯を噛み締めた。背後に居るだろう人物を、ラフェンサは振り向くまでもなく、知っていた。


「……総司令」

「おう。今はもう一人のほうだけどな……悪りぃけど、アンタの独断を親友は読んでたよ」

「監視、されてましたか……人の悪い方」

「そうかもな……」


否定はしなかった。

奈緒から龍斗に身体の所有権を移したあとも、ラフェンサには監視をつけていた。

行動を起こすのなら、夜だとも思っていた。

彼女の行動を理解できるからこそ、思考を読むのも容易かった。


「セリナとラピスもいるぞ。強引に突破しようものなら、飛龍が傷つくかもな」

「…………酷い人」

「まったくだよ」


飛龍が傷つけられれば、ラフェンサが援軍に駆けつけることも出来なくなってしまう。

ラピスの破剣の術の速度ならば、ラフェンサが逃げようとした瞬間に捕らえることも可能だろう。

セリナの飛行能力と炎魔法を使われれば、飛龍ククリも無事ではすまない。


「……オリヴァース軍の兵たちは、お任せします。わたくしは、兄の下に行きたいのです」

「そいつが無責任な言葉だってのは、分かってるよなぁ?」

「……ええ」

「軍法会議に出席することを覚悟の上で、お前は行こうってんだよな?」

「…………ええ」


別にラフェンサは奈緒たちの部下、というわけではない。

それでも軍律は守らなければならない。法律を疎かにする軍は暴徒と何も変わらないからだ。

敵前逃亡の罪を覚悟の上で、彼女は唯一の家族の命を救いたいと願っている。

気持ちは分かる。理解も出来る。同情もしよう。

それでも許されることではない。


「見逃しては、いただけませんか……?」

「悪りぃけど出来ねえわ」


このまま、彼女を行かせてはならない。

ラフェンサは敵前逃亡という罪を受け、オリヴァース国との仲すら険悪なものになってしまうからだ。

彼女自身が受ける罪、それを決めるのも奈緒の役割だ。

軍規に違反したというのなら、先駆けの者には重い罪を背負わせなければならない。

そんなことはしたくなかった。


「……セリナ」

「なによ?」


突然、龍斗は一人の少女の名前を口にした。

闇の中でも一際輝く金色の髪の乙女が、ぶっきらぼうな口調で応対した。

その背後には恐らく、従者としてラピスの姿もあるに違いない。


「一日だ。お前に全軍の指揮を任せても大丈夫か?」

「…………」

「えっ?」


反応は様々だった。

龍斗の言葉を何となく予想していたセリナは、無言のまま瞳を閉じた。

ラピスは僅かに驚いたようだったが、主が動揺していない姿を見て、己も毅然であることに決めたらしい。

一番驚いたのはラフェンサだった。彼女は龍斗が何を言っているのか分からなかった。

驚愕に呆然とするラフェンサを尻目に、彼らは話を進めていく。


「それは、ナオの言葉かしら?」

「おう」

「分かったわ、一日ね」

「早っ!」


なんて現金な奴だ、と龍斗は苦笑した。

奈緒はいま、休息している。奈緒の言葉でもあり、計画の一端ではあるから嘘ではない。

本来ならあまりやりたくなかったことだが、止むを得ないだろう。

セリナに全指揮権を委譲した龍斗は、まだ混乱しているラフェンサに告げる。


「オリヴァースは、俺たちのスポンサーみたいなもんだ。内乱でも起こされて引っ繰り返されたら、討伐軍も離散する」


物資補給は主にオリヴァースに受け持ってもらっている。

もちろん、等価交換の原則に従って交流を持っているのだが、国の首脳陣が入れ替われば困ることになるのだ。

お金はあっても、店が品物を売ってくれないのと同じように。

新しい首脳陣が討伐軍の存在を認めないというのなら、直ちにラファールの里の一万人が飢えに苦しむことになる。

せっかく信用を築いてきたゴブリン族たちも、再び蔑視の対象になるだろう。


「既に主な首脳陣の許可は取ってある。ゲオルグにマーニャ、それとユーリィか。一日くらいなら許可を貰っている」

「……そ、それでは」

「おう。一日の間なら、クラナカルタも動いて来ない……かも、知れない。時間がねえ、すぐに発つぞ」


一日の時間は決定的な隙だ。

戦力が少ない状態で敵の総攻撃を受ければ、無事ではすまない可能性もある。

しかし、物資補給の面を見て、協力国のオリヴァースを見捨てるわけにもいかない。

ラフェンサだけに任せてはいけないのだ。

いかに飛龍ククリと共に行くとしても、城の中にまで龍を連れて行くわけにはいかない。

白兵戦だけならば、ラフェンサは少し腕が立つ程度の女性に過ぎないのだ。だからこそ、白兵戦に強い者が必要だ。


「リュート……やはり、それがしが同道するべきではないでしょうか。総司令まで離れてしまうのには、不安が」

「いや、ナオが手に入れた情報だと、敵は四倍の戦力って言うじゃねえか」

「…………はい」

「ラピスは一騎打ちになったら強ぇえけどさ、複数に襲われた場合はそういうわけにはいかねえんだろ?」


その通りだ。

破剣の術は身体能力を高める人間専用の術。

確かに一対一ならば確実な性能を誇る。

だが、相手は魔族だ。複数の魔族から魔法を乱れ撃ちでもされれば、ラピスでも無事で済むはずがない。


「俺たちとラフェンサで、戦況を引っ繰り返してくる。一日で戻る……それまで、頼んだぞ」

「もしも、クラナカルタが出撃してきたらどうする?」

「それは……ん? ちょっと待て、奈緒が替わる」


かしゃり、と紅蓮色の瞳が穏やかな翡翠へと切り替わった。

どうやら休息が終わったらしく、切り替わった奈緒の顔色は少し血色がいい。

ラフェンサは奈緒と龍斗の違いの真実を知らないので、人が変わるときはたまに混乱することがある。

二重人格、という慣れない単語で納得しているのだが。


「えっと、おはよう」

「おはよう、ナオ。それで……もしもクラナカルタが襲撃してきたらどうすればいいのかしら?」

「今、城塞都市メンフィルは南門をセリナとテセラ、東門をゲオルグとカスパール、西門をラピスとラフェンサが囲んでいたね?」

「ええ。でもまあ、ラフェンサは抜けてしまうのだけど」


申し訳なさそうに身体を小さくするラフェンサ。

奈緒は柔和な笑みで気にしないで、と言うと、地面に絵を書くようにして図解していく。


「まず、敵の狙いは僕たちの撃滅と兵糧の奪取」

「そうね」

「兵糧があるのは南門が一番近い。多分、勇猛な彼らは正面突破を仕掛けてくると思うんだ」

「つまり、戦場になるのは南門なのかしら?」

「うん」


西門や東門、それに北門から出てくる可能性は薄い。

あまり城塞都市を留守にしたくはないだろうから、迅速を求めてくると思うのだ。

ならば南門を一点突破して兵糧を奪取し、南門の軍隊を壊滅状態に追い込んでから引き上げるだろう。


「南門の扉が開いたら、牽制代わりに魔法の乱れ撃ちをしてほしい。うまくいけば、一日は諦めてくれる」

「うまく、行かなかったら?」

「東門と西門から大将を一人ずつ援軍として派遣してもらって、三方から囲んで叩いてもらうよ」


その他、南門の兵たちは無理に敵を倒すのではなく、時間を稼ぐ戦い方をすること、などを指示した。

本格的な戦いは奈緒とラフェンサが帰ってからがいい。

一日が何事もなく終われば、それでよし。

もしも攻めてきたなら時間を稼ぐ方法を使わせてもらおう、と言って作戦の指示は終わる。


「それじゃ、行こうか、ラフェンサ。僕も飛龍ワイバーンに乗せてもらうよ」

「は、はい……し、しかし、本当に?」

「何が?」


キョトン、と小首をかしげる奈緒だが、ラフェンサの心情は戦々恐々としたものだった。

総司令自らが助けに来る、という。彼女の常識では考えられないことだ。

自分一人でも助けに行きたい、と思う心すら大罪だというのに、彼はそれを罰することなく、むしろ手を貸してくれる。


「ですから……その、わたくしに力を貸しても、本当に良いのですか……?」

「うーん……確かにちょっと問題はあるんだけどね」


奈緒は困ったように苦笑いを浮かべた。

彼は事の重大さを分かっているのだろうか、と思わざるを得ないような笑みだった。

だけど、その表情には優しさが感じられた。

打算もあるし、狙いもあるし、下心もあるに違いないが……そういう事情を超えてもなお、浮かべた笑みだった。


「カリアス王は、何ていうか、この世界初めての友達……みたいな感じだから。助けたいな、って思うんだ」

「…………」

「それに、僕も無関係じゃないみたいだしね。精一杯、協力させてもらうよ」


それが、狩谷奈緒の本音。

決して美談で語られるような理由でもない、純朴な決意がそこにある。

飾らない言葉が彼女にはありがたかった。


「ありがとうございます……」


言葉は社交辞令のようなものではなくて、自然から出たものだった。

言わなければ気がすまないぐらいの感動だった。

自分に協力してくれる、という事実が嬉しかった。

唯一の家族である兄を、友達だから、と言う理由で助けてくれる、と言ってくれたのが嬉しかった。


「ありがとう、ございます……」


二度目の礼と共に、二人を背に乗せた飛龍ククリが翼を広げた。

見送るのはセリナとラピス、二人の女性。

飛翔する飛龍ワイバーンの背中に跨る奈緒とラフェンサは、すぐに彼女たちの視界から消えていった。





なんと、小説ランキングで35位になりました!(一月〜三月分)

ううむ、無名の一書き手が大躍進です。わーい!w

これも全て評価してくださった読者の皆様方、読んでくださった皆様方のおかげです!

本当にありがとうございました!

今後とも結果に満足することなく、更に上を目指していきたいですw

これからも応援よろしくお願い致します! ありがとうございます♪

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