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第38話【蛮族たちの里、ラファールの集落】



ラファールの里。

アズモース渓谷の更に先に広がる砂漠の一帯に作られた集落だ。

砂漠全体の四割ほどの規模を持つ、とまで言われているほど広大な集落だと、ロダンは話してくれた。

ただ、広大な土地であるだけに魔物に襲われて命を落とす者も多いのだ、と。

食糧問題、水の問題、魔物の問題、気候の問題など、様々な要因が重なって死者が出ない日がない集落なのだ。


「…………」


ラファールの里を訪れたセリナが周囲を見渡した光景は、はっきり言って悲惨だった。

活気も無く、力も無く横たわるゴブリン族の少年少女。

地面の上で倒れたまま動かない老婆。生まれたばかりの子供を抱えながら、ただ彷徨うばかりの女もいる。

彼らの顔には生気がなく、気力という気力を全て奪われたような虚ろさがあった。


「エリスさん。言っておくけど、水は分けてやるなよ?」

「……どうして」

「暴動が起きる。水を奪い合っちまうし、手に入れられなかった奴らが最後の力を振り絞って、エリスさんに襲い掛かる」

「…………」


ロダンの声にはただただ、悲惨な事実だけが込められていた。

蝙蝠の翼を広げて空を舞う。

地上は歩くな、とロダンは言った。少し苦しくても、人のいるところで降りてはいけない、と言っていた。

理由はもちろん、食料を求めて襲撃してくる危険性があるからだ。


「砂漠だから水もねえ。独裁国でもあるから、商人だって寄り付かねえ。たくさんあるのは、砂と魔物と人だけだな……」

「ここの人たちは、どうやって生活してるの……?」

「魔物を食ってる」


ロダンは苦しそうな顔で言った。

緑色の肌をした小柄な体躯のゴブリン族の男は、弟分に視線を向けながら語る。

セリナの部下であるバード族の男に抱きかかえられながら、ただ事実だけを話す。


「生で食える魔物を、魔法の火で炙ってできる限り毒を落とし、それで食いつないでいる」

「……水は?」

「そっちも魔法で、なんとか……つっても、人だけはどんどん増えていくから、正直、足りてねえよ」


生命の危機を感じると、子供を残そうとする本能が働く。

ゴブリン族の数が多いのは、いつも死の危険性を感じているから本能が働くのだそうだ。

その意味合いを深く考えて、セリナは僅かに顔を赤くする。

何だか降って沸いたような妙な感情を振り切るように、首を大きく振って雑念を掻き消した。


「まあ、だから、なんだ? 今の総司令には俺らも国を変えてくれるかも、ってことで期待はしてんだよ……」


そこには、ロダンという男の本音が込められていた。

強大な力があるわけでもない、ただの脇役風情に過ぎないゴブリン兵。

力も知恵も無いその他大勢である彼らだが、一人一人には正義と主張と願望がある。

これが何千人、ともすれば何万人にもなるだろう。

願いを託されるのは重い、とセリナは思う。復讐のために全てを捧げる、とまで誓ったセリナには重すぎた。


「子供の頃は喉が渇いていた記憶しかねえ。隣人が次の日には動かなくなって、それを当たり前のように受け入れて」

「ぎゃーっ! ぎーぎー!」

「あーあー! オマエらとの出会いは覚えてんよ! だから騒ぐんじゃねえ!」


別のバード族に運ばれている弟分のサハリンの文句を、ロダンは笑って受け流す。

ロダンは面白おかしく口元を緩ませていたが、告げられる言葉は深刻なものだ。


「サハリンもよ。生まれつき声帯に異常があって喋れねえわけなんだけどよ……」

「あー! あー!」

「医者でもいりゃあ変わってたかも知れねえなぁ……まぁ、無理な話だってなぁ、分かってんだけどさ……」


それは悲痛な恨み言だった。

それは運命に対する嫌味だった。

それは、環境に対する客観的な事実であり、一人の脇役の精一杯の咆哮でもあった。


「グリムも。食い扶持を削るために捨てられたのさ。こいつがとろいのは、夜の砂漠に置き去りにされて頭に障害が、な」

「…………」

「捨てた奴が悪りぃわけじゃねえ。そうしなきゃ、生きていけなかっただろうからな」


ロダンはサハリンと同じように飛行部隊に抱きかかえられ、ぐっすりと眠ってる弟分に一瞬だけ視線を向けた。

寝言でロダンのことを呼んでいたように聞こえたが、風に巻かれて聞こえなかった。

セリナは口を閉ざしながら、ロダンの言葉に耳を傾けていた。

大貴族として生まれたセリナは、彼らのような壮絶な幼少時代を過ごしていたわけではない。


「誰も悪くねえ。ただ、そういうことが、あちこちにあるんだよ……この、ラファールの里は」


だから、諦観したかのように呟くロダンの姿をまともに見ることはできなかった。

何も苦労を知らない小娘が、彼らを見下すことなどできなかった。

蛮族、と軽蔑していた時代が彼女にもあった。

生産性もなく、暴力だけで解決するような野蛮な魔族。魔族の面汚しだ、と……そう思っていたのだ。


ごめんなさい、とは言えなかった。


同情の言葉が何の慰めになるだろうか。

彼女にできることは認識を改めることだ。蛮族などではなく、れっきとした魔族の一員なのだ。

ただ、そんな生き方しかできなかった。

それだけの事実に打ちのめされたセリナは、心を痛めながらもラファールの里へと飛んでいく。

里の最高責任者にして、ゴブリン族の信頼を一手に集めている『姫君』と呼ばれる責任者の下へと。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「……ここが?」

「ああ、きっとな。以前はここに住んでいたはずなんだけどよ」


セリナは呆然と、目の前に広がる光景を見ることしかできなかった。

ゴブリン族の長、という紹介だった。

クラナカルタの第四席であり、ラファールの里の長でもあるはずの女性の住まいに、案内してもらっていたはずだ。


「本当に、ここなの……?」


言うなれば責任者のようなものだった。

いかに生きることが大変なラファールの里とは言え、それなりの寝床と食事と水はある、と思っていた。

なんだこれは、とセリナは思う。

目の前に広がっていたのは洞窟だった。岩盤を切り裂いて作った、雨風を凌ぐためだけの住まいだった。

もっとも砂漠では雨は降らない。そういう意味では住居、というものに意味はないのかも知れないが。


「エリスさん。どんなの想像してたか何となく分かるけど、よく考えてくれよ」


ロダンは解説役として、ラファールの里の現状を教えてくれた。

そのときと同じように、ただ事実だけを突きつけてくる。本人はなんでもないことのように言う。


「食料や水が姫の下にあるってんなら、死にかけた奴らは最後の力を振り絞ってでも、姫を襲うじゃねえの」

「…………」

「上も下も関係ない。姫も、いつ死ぬか分からない環境で、魔物を狩って生計を立ててる」


姫、という言葉がまるでか弱く感じなかった。

セリナの知っているお姫様は何もできない子供のような少女だった。

穢れもなく、無垢で純粋で世間知らずな王族の娘のことを姫、と呼ぶのがセリナのなかの常識だった。

ラファールの里は違う。ここでの姫は『女性の指導者』のことだ。

女王に近いニュアンスを感じた。ゴブリン族が姫、と崇める女性は、洞窟の中で貧困生活を送っている。


(…………なんだろ。すごく、惨め……)


父を殺された。

家族も知り合いも皆殺しにされ、命からがら逃亡した。

不幸のヒロインを気取っているつもりはなかった。

それでも、やはりそれは持つ者の甘えであり、傲慢であり、自己陶酔に過ぎないのだと気づかされた。

最初から何万セルパという大金を持たされ、貧困に喘いだこともない彼女には分からなかった。


(私は、何をしてるのかしら……)


無言のまま立ち尽くすセリナに、部下が怪訝そうな表情を浮かべた。

蒸し暑い世界だった。太陽はじりじりと容赦なく、セリナたちから水分を奪っていく。

聖者にも外道にも分け隔てなく、太陽の光は降り注ぐ。

この強烈な日光だけでも、命は消えていくのだ。たったそれだけのことで、セリナの顔が大きく歪んでいた。

声がかかったのは、そのときだった。


「誰かの」


声の主は洞窟の奥にいるらしい。

女性の声だった。それはセリナの想像よりも遥かに幼く聞こえた。


「物乞いではないの。どれ、入ってこんか?」


言葉は歓迎を表していた。

口調は老人のような好々爺としたものだったが、幼い声色が違和感を覚えさせる。

トーンの高い女性特有の声でありながら、威厳を感じさせるような何かを持っているようにも見えた。

無警戒にも見える言葉だったが、セリナはそれがありがたかった。


「初めまして」


洞窟の入り口でセリナは礼を取った。

それは貴族が目上の者に対して行う尊敬の礼を示していた。

これほどの地獄の中にいて、長でありながら民と同じ生活をし続けている、ゴブリン族の姫。

彼女に対するこれ以上の礼を、セリナは知らなかった。


「クラナカルタ遠征軍の将の一人、エリス・セリナです。ゴブリン族の長、テセラ様ですか?」


その声を聞いた洞窟の中で、僅かに沈黙が広がった。

言うまでもないが、お互いの関係は険悪な敵対関係だ。セリナの素性を知った途端に襲い掛かってくる可能性もあった。

ぬっ、と洞窟の中からゴブリンの姫が姿を現した。

僅かに身構えたセリナは、初めて逢うことになるゴブリンの姫の姿を視界に収め、動揺した。


(子供……)

「いま、子供じゃと思ったろう?」


ズバリ言い当てられ、セリナは困った顔をした。

ゴブリン族は男と女で肌の色に違いが出る。

男はロダンのように緑色であり、女は目の前の女性のように褐色の肌なのだ。

少女、と表現するよりも幼女に近い気がした。

身長は百四十センチもない。褐色の肌に平坦な胸、へそなどを露出する服装をしている。

彼女こそが、クラナカルタ第四席にしてゴブリン族の姫。


「妾がテセラ・シルヴァじゃ。楽にせい、我が怨敵よ」


幼い顔立ちを不敵に歪ませ、ゴブリンの姫と呼ばれたテセラ・シルヴァが名乗りを上げた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




(どんな展開にもってくつもりだよ?)

(交渉だよ、交渉)


ラファールの里への道中、奈緒と龍斗はこれからのことについて話していた。

総司令、という立場はよほど重要らしく、今では馬車に乗って移動している奈緒たちだった。

砂漠の道では車輪が引っかかるのでは、と首をかしげるが、どうやら地の魔法を応用した魔術品の車輪らしい。

馬車を牽引している馬は二本首の頭を持つ、調教された魔物だ。


(ラファールの里は、戦術的にはそれほど強敵じゃない)

(ふむふむ)

(むしろ、非戦闘員が多すぎる。普通に戦えば……ほら、兵士以外の人もかなりの数が犠牲になると思う)


それでは、クラナカルタと何も変わらない。

民衆にまで危害を加えるのでは、討伐のための軍ではなく、侵略のための軍へと変貌してしまう。

言葉遊びとは断じて違う。

制圧と解放の言葉の意味、その違いを正しく認識しなければ、大義名分の戦争など起こせない。


(できれば、ラファールの里は僕たちの陣営についてほしい)

(協力するように説得するわけかよ?)

(うん。最悪も里を素通りさせてくれればそれでいいんだけど。ラファールの里を抜ければ、城塞都市は目の前だし)

(後ろから攻めてくる危険がねえか?)

(それは、ない)


妙に確信したような断言だった。

馬車の中で瞳を瞑り、肉体を休眠状態にしながら二人は心の中で会話をする。

奈緒が生前、住んでいた部屋をイメージされている心の中に作った部屋だ。

その中で奈緒と龍斗の二人は、向かい合うようにして言葉を紡ぐ。


(情報によると、ラファールの里は国から見捨てられた人たちの集落だから)

(……国に対しての忠誠心、なんてものはねえ、と?)

(それ以前に、衣食住も提供できない国に誰が義理立てするのかな、って話だけど……まあ、要するに)


一息、奈緒がもったいぶるように会話をとめた。

龍斗が耳を傾けていることを確認し、片目を閉じながら奈緒は口の端をわずかに上げる。


(クラナカルタは、もはや瓦解寸前の国ってことだよ)


民の信望などあるはずがない。

国を立て直すほどの財産があるわけでもない。

沈みかけた泥舟のような不安定な国。寂れて消えていく運命を免れることはできないだろう。


(だから、そこに隙がある。暴動を起こすことも、できるから)

(……おいおい)


暴動。

多くの民衆が犠牲になる手段。

国への不満を持つ者たちを決起させる、という作戦。

言うまでもなく、多くの犠牲が出るだろうことは間違いなかった。


(しないよ)


奈緒はきっぱりと告げる。

小さく、短く、そして力強く告げた。


(暴動は起こさせない。民衆に手を出しちゃいけない。それはきっと、自分の首を絞めるようなことになるから)

(……そう、だな)

(だからこそ、民衆を敵に回したくない。僕たち側でいてほしい。そのためにも、僕は交渉をしたい)


ゴブリンの姫、と呼ばれた女性を仲間に引き入れる。

ラファールの里の一万人の民たちを仲間に引き入れたい。

戦え、などと言うつもりはない。

敵に回らないでくれ。我が道に立ち塞がらないでくれ。たった、それだけの願いでいいのだ。


(敵は、魔王ギレンと軍師オルム。彼らを倒してクラナカルタを崩壊させる)

(そのあとは……)

(僕たちが国を立て直す)

(いや、簡単に言える台詞じゃねえけど……大体さぁ、お前)


龍斗は、親友に向けるにしては珍しく、強い口調と瞳で続けた。


(俺たちはそもそも、セリナの復讐の手伝いをするんだろ。クラナカルタの再建なんて、やってる場合じゃねえだろ)

(……うん。そうかも知れない)

(大体、砂漠の国をどうやって立て直すってんだよ……俺たち、ただの高校生だぞ)


痛い言葉だった。

五色の異端ミュータントと持て囃されていた奈緒の思い上がりを打ち砕く。

狩谷奈緒はただの高校生だった。

運動が苦手で、勉強は得意で、昔は神童と呼ばれていた。それぐらいの少年に過ぎないのだ。


(お前、できんのか? 一万人の命を背負えんのかよ……)


数十人の兵士の死に、心を閉ざしかけた心の弱い奈緒が。

何万人もの人たちの命を、人生を、命運を背負うなんてことができるのか、と問う。

奈緒が目指すのは王様ではない。

魔王、という最終地点に存在しているのは、畏怖によって支配された小国家だ。

言葉にすればちっぽけな言葉でも、実感してみればどれほどの重圧が、親友の小さな肩に圧し掛かるのだろうか。


(じゃあ、誰が助けてあげられるのさ、龍斗……)

(あん……?)


反論は、搾り出すような苦渋に満ちたものだった。

窘めようとした龍斗は、弟分としてずっと見てきていた親友の、静かな決意を投げかけられた。


(僕がやらなきゃ、誰に重圧それを背負わせるのかな……)

(……そいつは)

(僕がやらない、誰もやらない。そんな押し付け合いをしているあいだ、戦争で荒廃した亡国の民はどうなるのかな)


強い口調だった。

傲慢な言葉にも思えた。

全てを救うことなどできない、と訳知り顔の大人は語るだろう。

それが子供の詭弁であると、知識あると自認する者たちは蔑むかも知れない。

だが、それは。


(この戦争は、僕の主導で始めた)


それは、悪いことなのか。

もっと多くの人たちを守りたい、と思うことはそんなに悪いことなのか。

身の程知らずの子供が語る、青臭い夢だと笑ってしまっていいのか。


(僕には、やらなきゃいけない責任がある。多分、そうなんだと、思うんだ……)


笑う者がいるのなら。

目の前で貧困に喘ぐ子供を見て笑え。

生まれたばかりの赤ちゃんが日に日に力を失っていく姿を見て、笑え。

子供一人も守れないのか、と慟哭しながら死を見取る母親を、嘲笑いながら言うがいい。

彼らを救うことが、子供にできるはずがない。だからやめておけ、と。


そんな残酷なことが言えるぐらいなら、救える手段の一つにでも頭を働かせろ!


奈緒が何も見てきてないはずがない。

ラファールの里で何人もの物乞いが、恥も外聞も捨てて、命を繋げるために縋ってくるのだ。

動かぬ赤ん坊の亡骸を抱えて放心する母親がいたのだ。

私はいいからこの子だけでも、と涙ながらに訴えてきた女もいた。褐色の肌以外は人間と何も変わらなかった。


(龍斗。僕は確かに子供で、ただの高校生で……何でも抱え込めるって信じてるような、身の程知らずだけど)

(…………)

(見捨てていい理由には、ならない。僕が子供だから、大人なら、とか。そんな事情が理由には摩り替わらない)


やらなければならない。

クラナカルタという国を作り変えなければならない。

それは本来の目的とは違う、余分な事情だと知っていても。

子供のような高校生だからこそ、目的には関係ないと割り切るような残酷なことはできない。


(無謀なことだよ? そんなことは知ってる)

(……おう)

(大変なことだってことも、僕みたいな子供が易々と口にしていい言葉じゃないってことも、ほんとは分かってるよ?)

(…………)


生産性など欠片もない砂漠の国。

魔物は絶えず徘徊し、雨も降らず、恵みもなく、人々は常に生死の狭間を生き続ける。

地獄のような世界を作り変えることなど、容易なことではない。

別世界の学生風情は、そんなことなど覚悟の上で、きっぱりと決意を言い放つ。


(僕は、魔王に成り上がる)


いつからか、そう思えるようになっていた。

最初はセリナの軍師として。それだけでいい、と思っていたけど。

今では、あの少女を守りたいと思う。彼女を他の誰かに渡したくない、という願望すらある。


(成り上がるからには、全ての責任を果たしてやる。それが、僕が定めた魔王の形だよ)


だからこそ、魔王を目指す。

目指すのならば、そこに生じる責任の全てを受け止める。


(背負うよ、一万人)


人の肩に圧し掛かるにはあまりにも多い人命の数々。

総司令として数百人の命を預かる少年は、静かに十倍以上もの人々を守りたい、と宣告した。

そうだ、守りたいと思うことに何の間違いがあるだろうか。

言葉遊びなどで責任逃れをすることよりも、何倍も上等ではないか、と奈緒は思うのだ。


(背負うよ、国を)


砂漠の国を変えてみせる。

この戦争に勝利し、枯れ果てた砂漠に命の恵みを降らせてやる。

何年かかるかも分からない。

セリナの目的と相反することを承知の上で、それでも救いたい命があるのなら、救わなければならないのだ。


(背負うよ、龍斗……好きな人たちの願いを)


その言葉に圧倒され続けて、龍斗は絶句していた。

奈緒は引っ込み思案で、少し気が小さくて、頭はいいけど女関係については堅物で。

小さい頃から、そんな親友だったのだ。少なくとも龍斗は今までそんな人物だと、信じ込んでいた。

読み違えていたらしい。

狩谷奈緒は、立派に指導者へと成り上がっている。その姿が聖人なのか、それとも魔王なのかは分からない。

分かることはただひとつ、奈緒はこの一ヶ月ほどの時間の間で、成長しているという事実だけだ。


(そっか……)


龍斗は口元を歪めた。

目元を隠すように右手を額に当てると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


(そっか……安心した)


その言葉の意味が、奈緒には分からなかった。

好きな男の子の話をする娘を見る父親のような、そんな表情を龍斗は浮かべていた。

かたかたかた、と歯車が回り続ける。

奈緒の体を乗せた馬車は、大勢の軍に守られながら、地獄の世界を闊歩していく。





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