第29話【ナザック砦攻防戦5、波状攻撃】
深夜、再び。
ナザック砦の鉄の門が開かれる。
先頭に立つのはナザック砦の本来の主、ベイグ・ナザックだ。
巨大なオーク族の中でも一際大きい身体の持ち主は、ギザギザの棍棒を片手に進軍する。
動員する兵は四百。砦には百の兵を残し、今日こそ皆殺しのつもりで夜襲をかける。
「前回ハ、攻メキレナカッタガ。今回ハ違ウゾ」
今回はベイグ自らが先頭に立って中央を突破する。
彼は蛮族国の第二席であり、それは強さが全ての国にとって二番目に強い男を意味する。
現に以前の夜襲でも最初はベイグが先陣を切り、敵軍の第一陣を打ち破った。
第二陣で足止めを食らい、左右から攻撃を受けたので退却したが、今回は一気に総大将の首を取るつもりだ。
策など労する必要はない。真正面からいつもの通りに叩き潰す。
「ベイグ司令官。砦の守りは?」
「魔王ギレン自ラガ指揮シテイル。心配ハアルマイ」
攻撃面はベイグが夜襲を仕掛けて、軟弱なる小国の軍を討ち滅ぼす。
万が一、敵の別働隊が留守のナザック砦を攻め落とそうとしたところで、魔王の力を見せ付けられるだけだ。
敵軍を今度こそ壊滅させ、そのまま一気にクィラスの町を落とす。
それぐらいの気概でベイグは息を巻きながら、雄々しい雄叫びをあげて指令を下した。
「全軍、前進! 奴等ヲ叩キ潰スゾッ!!」
おおおおおおおおお、とオーク族の者たちの雄叫びが響いた。
魔族の中でも魔法の扱いではなく、肉体強化という面で一日の長を持つのがオーク族、という種族だ。
反面、魔法関連には才能に乏しい者が多い。
クィラスの戦いのように焦った彼らの軍が魔法を暴走させ、自滅したのは記憶に新しい。
だからこそ、彼らの戦いは人間と変わらないものがある。基本的には直接殲滅する、というスタイルだ。
「殺セ! 奪エ! 欲シイ物ハ自ラノ手デ掴ミ取レ!!」
地響きを鳴らしながら進軍していくベイグたち。
恐らくは己の勝利に疑いもなく、負けるなどとは微塵も思っていないだろう。
その驕りゆえに彼らは気づかない。
自分たちに従軍するゴブリン族たちの士気の低さにも。そして、彼らを遠くから眺めて口元を歪める者にも。
「こちら、第五部隊ですにゃ。クラナカルタ軍は出撃しましたにゃ」
『ご苦労様。そのまま待機していてね』
「にゃん♪」
やられっぱなしでは終わらない。
総司令として、軍師として、狩谷奈緒たちの戦いが始まる。
◇ ◇ ◇ ◇
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
クラナカルタ軍、ベイグは討伐軍の第一陣を僅か十数秒で制圧した。
炎の魔法で宿舎を燃やし、天幕を破壊し、敵を防ぐための柵を一撃で粉砕してみせた。
まさに縦横無尽の大暴れだった。
本当ならこれ以上ないほどの成果で、このままの勢いをもって第二陣、第三陣を突破してみせるつもりだった。
「オオオ……ッ……?」
だが、ベイグの雄々しい絶叫は空気の抜けた風船のように萎んでいく。
背後で怒号の声を上げていたベイグの部下たちも同じだった。
全員が全員、第一陣を簡単に陥落して見せたというのに、納得のいかない表情をせざるを得なかった。
その理由を示すように、ベイグの側近のオーク族の一人が呟いた。
「誰も……いない」
「馬鹿な」
「ソンナハズガ、アルマイ! ヨク捜セ!」
ベイグの苛立たしげな命令が飛ぶが、どんなに捜しても結果は同じだった。
第一陣の宿舎は見張りの意味合いも込めて広々としている。
戦いとなれば最前線となるだけに警戒も強め、後続の陣にはいかせないようにするのが定石だ。
だが、第一陣は陣だけが敷かれているにも関わらず、誰一人としていない。
あまりにも呆気なさ過ぎて十数秒で制圧が完了してしまった。
「何処にもいません!」
「チッ……夜襲ヲ察知シテ、逃ゲオッタカ……」
ベイグがそう楽観するのも無理はないだろう。
十年以上もの年月、今まで一度もナザック砦を落とされたことはないのだ。
大国ラキアスですら攻めあぐねて放置するしかなかった要塞。それを小国オリヴァースの軍が落とせるはずがない。
早々に諦めて、これ以上の被害が出ることを防ごうとした、と考えるのも無理はなかった。
現に勝てないというのであれば、このタイミングでの撤退は絶妙なタイミングとも言える。
「軟弱者ドモガ!! オノレ、逃ガスカアアアアアッ!!!」
だが、ベイグはその賢明な判断には納得いかない。いくはずがない。
弟の仇を討つために、こうして夜襲を仕掛けるという攻勢に出たのだ。逃げられては仇も討てなくなる。
ボグとて蛮族国では第五席の男だ。雑兵に殺されたとは思っていない。
だが、討伐軍の首脳陣が誰なのか、という情報すら仕入れていないベイグでは、誰が殺したのか分からない。
こうなれば雑兵を捕らえて拷問し、この部隊を指揮していた部隊長全員を吐かせてやる、と息巻いた。
だが、新たな一歩を踏み出そうとしたベイグの身体が止まった。
彼らが突き進む予定の第二陣の方角に、一人の少年が立っていた。
黒髪の小柄の人間だ。彼はまるで散歩を楽しむかのような無防備さのまま、不敵な笑みでベイグを見据えている。
唖然とするベイグたち四百名という人数を眺めて、少年が口を開く。
「こんばんは」
討伐軍、総司令。
全体的な軍を統括し、纏める役割を持っているはずの少年が。
狩谷奈緒が、両手をかざしながら冷徹に微笑む。
「<氷の嵐、拡散>」
直後、赤い月の魔力を補充された奈緒の両腕から拳大の大きさの雹を交えた嵐が巻き起こる。
狙いはベイグ単体ではなく、四百の兵へと向けられた牽制の氷魔法だ。
硬い氷の塊の顔面を強打したり、風に巻かれて飛んでいく兵たちを見て、ベイグが泡を食ったように叫ぶ。
「ガッ……貴様、何奴ダアアアアアッ!!」
「クラナカルタ討伐軍の総司令、ナオ・カリヤ。君がナザック砦の司令官で間違いないね。情報どおりの外見だし」
睨むだけで人を殺せそうなほどの眼光を放つベイグ。
危害を加えてきた以上、間違いなく目の前の少年が己の敵だと定めたのだろう。
人間のように見えるが、擬態している可能性がある……とか、そういう考えは一切頭の中には浮かばなかった。
それよりもベイグの頭の中で、何かが符合した。
「総司令……ダト……? 氷使イノ、子供……マサカ、貴様ガ……」
ベイグはクィラスの町の詳細について、ゴブリン族の生き残りを尋問して吐かせたことがある。
曰く、氷使いの黒髪の子供が現れた、とか。
曰く、ボグが乗っていた大型魔獣キブロコスは、その子供によって葬られた、とか。
つまり、それはどういうことなのか。ボグの切り札だったキブロコスを葬ったのは、目の前の少年だということだ。
「……貴様……カ……」
つまり、ボグを殺した憎き仇は。
たった一人しかいない肉親をベイグから奪い去った悪党は。
「貴様カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!」
ベイグが一息で奈緒との距離を詰めた。
背後にいる四百もの部下たちをけしかけよう、とか。そんな考えは浮かばなかった。
己の手で肉塊に変え、全力でぶち殺すことしか考えられなかった。
奈緒は翡翠色の瞳を僅かに驚かせると、続けて言霊を告げる。
「<雷弾>!」
ばちり、と奈緒の身体が帯電する。
そのまま右手を大きく振りかぶって、野球のピッチャーのようにして雷の球のようなものを投げつけた。
数は三つ、冷静さを失っていたベイグに避ける術はなく、右肩と両足の太ももへと命中する。
「ガッ」
直接的なダメージではなく、一時的に身体の自由を奪うもの。
右肩を撃ち抜かれてトゲ付きの棍棒を取り落とし、両足の自由も利かないままに地面へと倒れ伏した。
イメージとしては何時間も正座したあとの足、といったところだろう。
どうにか立ち上がろうとするベイグだったが、痺れる両足はその巨体を支えることができない。
「オノレ、カカレェェェェェェェェッ!!!」
ここでようやく、部下への指示を下すベイグだが、部下たちの足取りは重い。
目の前で司令官が無力化された、という事実は士気を落とすことに繋がるのだ。
奈緒がベイグを無力化できるのは、時間にして数分もない。
だが、そうした事情を知らないベイグの部下たちの中で、奈緒に対する畏怖が高まっていく。
それでも命令されたからには戦わなければならない彼らは、奈緒へと殺到していった。
(龍斗、パス。逃げるよ)
(了解、親友。任せときなって!)
心の中で出番を今か今かと待ち続ける龍斗に一言、声をかける。
一度に五人以上で掛かれば怖くない、とでも思ったらしく、敵兵たちが数人まとめて向かってきた。
奈緒は両手を左右にあげて、言霊を叫ぶ。
「<突風、逆巻いて竜巻に>!!」
襲い掛かったオーク族の兵たちが、その大きな身体を空中へと飛ばしていく。
砂漠の砂が巻き上がり、それが奈緒の姿をくらませた。
かしゃり。
このタイミングで奈緒は龍斗への身体の所有権を譲渡する。
龍斗は紅蓮色の瞳を楽しそうに輝かせると、一目散に逃げていく。
いかに魔族のなかでも身体能力が総じて高いとされるオーク族とはいえ、破剣の術は更に上を行く。
追撃するナザック砦の兵たちも士気が低く、追いつく者はいなかった。
「さあて、それじゃあ……」
第二陣へと到着する龍斗。
そこに待っていたのはオリヴァース軍、約八十名。
ラフェンサから借り受けた半分ほどの兵が、思い思いの武器を構えて龍斗の指示を待っていた。
彼らの表情に今までの厭戦気分はなかった。
この前の奇襲攻撃で殺された戦友の仇を討つため、頼もしい表情で総司令の言葉を待つ。
「てめえら。せいぜい騒がしてやろうじゃねえかっ!!」
「おぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
武器を掲げて叫ぶ兵たち。
その先頭に立って指揮する龍斗は、クロノスバッグから鉄塊の大剣を引っ張り出す。
未だ動揺が収まらないらしいナザック砦の夜襲部隊を見据え、誰よりも前に立って龍斗が叫ぶ。
「作戦開始だ! 時の声を上げろおおおおっ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
龍斗率いるオリヴァース軍が、第一陣で停止しているナザック砦の兵たちへと襲い掛かった。
ベイグたちの手によって徹底的に破壊された第一陣に進入することは容易だった。
手始めの魔法攻撃。属性は地、雷、風の奇襲攻撃だ。
指揮官を一時的に戦闘不能へと追い込まれた敵軍はあっと言う間に恐慌状態へと陥る。
「オ、オノレェェェェェ!!」
「ベイグ様、一度後方に下がりましょう……!」
ナザック砦の副指揮官にして、ベイグの側近の一人だったオーク族の男は賢明な男だった。
即座にベイグの近衛部隊、十人を指揮すると動けないベイグの体躯を持ち上げてその場から退避する。
残った三百名以上の兵たちでも、十分に撃退は可能だと予想したのだ。
近衛部隊は歯軋りするベイグを宥めすかしながら、逸早く戦線を離脱した。
(龍斗、敵将が逃げ出した!)
(俺たちで追うか!?)
(ううん、ほっといていい。それよりも、ここで一気に動かそう! 勝負どころだよ、龍斗!)
(っ……! よっしゃ、『勝負どころ』だな!)
二人で決めた合言葉だ。
勝負どころ。ここで一気にナザック砦を陥落させる。
計画の最終段階。ここで絶対に決める、と軍師としての奈緒が采配を振るった。
龍斗は迫ってくる敵兵たちを薙ぎ払いながら、ポケットからシェラを取り出して叫ぶ。
「勝負どころだ!! 出てきやがれ、ゲオルグ、カスパールッ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「へへっ……」
その合図を待っていた。
牛頭の巨体、ミノタウロス族の傭兵隊長ゲオルグ・バッツが獰猛に吼えた。
右手に握る巨大な鉄の斧を振るい、己の手勢である四十名を鼓舞する。
「おう、てめえら!! いよいよ、出番が来たみてえだぜ!!」
「おうっ!!」
「舐めてやがったナザック砦のクソ野郎どもに、てめえらの恐ろしさを味わわせてやれ!!」
「おうっ!!」
「たとえ生き残っても、何年経っても忘れられねえぐらい、奴らをびびらせてやれ!! 分かったか、てめえら!!」
「おおおおおおおおっ!!!」
正面を龍斗たちの部隊と表記するのなら、ゲオルグの部隊は右手のほうだった。
夜襲部隊三百名の横っ腹を突くような位置に彼らはいる。
砂漠という地域は普通に考えれば隠れる場所というものはない、ように思えるが実は違う。
常に砂漠が平地とは限らない。砂の積もり具合によって、大きな段差ができるのだ。そこに伏せていれば夜は見えない。
「はっはあ!! 盛り上がってきたぜ、畜生! オレたちの手で! あのナザック砦を叩き潰すッ!!」
戦う彼らの横っ腹に、ゲオルグ率いる傭兵団の伏兵部隊が襲い掛かる。
己の勝利条件を確信する者と、指揮官を一時的に失ってどうすればいいか分からない者。
彼我の優劣の是非など、わざわざ考えるまでもない。
少人数という不利な条件など微塵も感じさせないまま、ゲオルグ部隊は敵部隊の右側を貫いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……隊長も突撃したみたいですね。やれやれ」
龍斗の部隊を正面とするならば、左手。四十名の部隊がカスパールに率いられていた。
彼は眼鏡の奥から戦況をじっくりと見据える。ゲオルグとは真逆に冷静だった。
顔色には喜色にも似た愉悦が浮かんでいる。
彼もまた、これから訪れる無限の可能性を見せられて気分が高揚しているのだが、そうした感情は伏せている。
「副隊長、我々も!」
「そうですね。皆さん、怪我はしない程度に。ボクたちは最低限の仕事をこなしましょう」
「はっ!」
カスパールに課せられた最低限の仕事は、夜襲部隊の壊滅だ。
ゲオルグと同じように敵の左側に部隊をぶつける。
三方向から一気に押しつぶし、夜襲を仕掛けてきた愚か者たちに思い知らせてやるのだ。
「ボクは先鋒をきるタイプじゃありません。後方から援護します、後は任せました」
「ははっ!!」
威勢の良い掛け声をあげ、四十名のカスパール部隊が一気に敵の左側に喰らい付く。
カスパールは一人孤独に弓を構え、確実に一人一人の命を奪っていく。
矢の数が、相手の命を奪う数だ。
一矢一殺に集中しながらも、カスパールの脳裏には今後のことに対する利害を計算する余裕があった。
(さあ、楽しくなってきましたよ)
口元に浮かぶ笑みは、奈緒に似て純朴にも関わらず邪悪に見えた。
彼の見ている前でどんどん敵の兵力が少なくなっていく。夜襲部隊はそれほど時間を置かずして壊滅した。
カスパールの仕事が終わるのに、それほどの時間は掛からなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「統制を失った軍ってのは、ここまで脆いんだな……」
龍斗は戦いを終えて一息をつきながら、自分が立っている戦場を見渡した。
オーク族やゴブリン族の死体、もしくは魔物たちの亡骸が転がり、血の匂いが蒸せる。
死体のほとんどがナザック砦の者だった。
指揮官を失い、前と左右から攻められた夜襲部隊はどうしていいか分からないまま、呆気なく崩れた。
前に出すぎた者は戦死し、後方にいた者は命からがら退却していく。
「何十人かは降伏したぜ、大将」
「おう、ゲオルグ、お疲れ様ー。降伏した奴らは武装解除させてから、丁重にジェイルのとこにな」
「だけど、百人以上はナザック砦のほうへと逃げちまってるぜ」
「んじゃ、セリナとラピスの出番だな。俺たちも追撃するぜ」
龍斗はゲオルグに兵を取りまとめるように言うと、シェラを取り出した。
第一陣を少し後方へと移しているため、逃亡した夜襲部隊がナザック砦に戻るには少し時間が掛かるだろう。
敵将もまだナザック砦には帰還していないに違いない。
(追撃の手は緩めない。ここで決める)
(……それが、最終的な犠牲が少なくなる、ってな)
(泥沼の戦いは避けるよ。頼むね、龍斗)
(おうよ、親友)
口元を歪めてシェラのスイッチを入れる。
既に奈緒の魔力を込めている宝玉がきらきらと輝き、次なる作戦を持つ者たちへと繋がった。
「セリナ、ラピス、ラフェンサ。飛行部隊と切り込み隊の出番だ、今度はこちらが仕掛けるぜ」
『了解、待ちくたびれました』
代表してラピスが応えた。
命令としてはそれで終了だ。もはや合図を送るだけで敵軍を狙うように配置されている。
だが、龍斗は敢えて言葉をもうひとつ。
「……気をつけろよ、ラピス」
『え? あ、はい!』
相手の反応を楽しんだ龍斗は、再び口元に獣のような笑みを浮かべた。
背後ではゲオルグが百名ほどの部下を纏めて待っている。
オリヴァース軍でまだ戦っていない残りの百名だ。さっきまで戦っていた者たちはカスパールが纏めている。
「んじゃ、カスパール。降伏した奴らを本陣に」
「分かりました。ご武運を」
出撃するのはまだ戦っていないオリヴァースの正規軍たち。
残りの半数は本陣に降伏した蛮族たちを護送する任務だ。武装解除はするが、魔法で反撃する可能性もある。
それなりの部隊を割かなければならないだろう。
それに追撃だけなら、この百名ほどで十分だ。にやり、と龍斗はゲオルグに笑いかけた。
「さあて、と」
「行くかい?」
「おうよ」
龍斗を総司令として大将に、副将にゲオルグがついた接近部隊、約百名。
今から走ったところでナザック砦に逃げ帰る敵軍には追いつけないだろうが、その心配も既に手を打っている。
追撃、という名目ではあるが、この百名の部隊はナザック砦を落とす最重要戦力だ。
全部隊の中から炎と氷の使い手だけを揃えた、鉄の門突破用の精鋭たち。
「行くぜ! ナザック砦を落とすっ!!!」
「おおおおおおおお!!!!」
◇ ◇ ◇ ◇
「なんてこった……」
クラナカルタ軍の司令官、ベイグの側近の一人は惨状を見て凍り付いていた。
四百もいた味方の兵のうち、四分の一にあたる百名以上が戦死し、同じぐらいの数の兵が逃亡した。
全体の二割ほどはオリヴァース軍に降伏した、という報告も受けている。
ベイグたちの下に残ったのは百人にも満たない。負傷兵も多く、とても戦える状態ではない者たちまでいる、らしい。
らしい、というのは、伝令からの報告を受けたからであり、ベイグの周囲には側近の十名ほどしか残っていないのだ。
「事実上の壊滅……ナザック砦の兵の半分以上が、いなくなっちまった……」
「クッ、ウゴオオオオオオアアアアアアアアアッ……!!!」
改めて事実を再確認され、敗戦の将となったベイグは憎々しげに咆哮する。
頼みの綱だったクラナカルタ軍第二席の実力を誇るベイグは、総司令と名乗る者にしてやられている。
今は万全の状態で戦えるが、その頃には大勢が決まっていた。
残り百名にも満たない敗残兵を集めたところで、もう一度、闇に紛れる敵軍の中に突っ込んでいくことはできない。
「クソ、クソ、クソ、クソォォォォォォォォォ!!」
「落ち着いてください!」
「コレガ、落チ着イテ、イラレルカア……! アノ軟弱者ドモニ、コノ俺ガァァ……!」
クラナカルタで二番目に強い男の名も地に堕ちた。
側近たちも今の憤るベイグ相手にどうすればいいのか、を思案しながらも今は砦へと引き上げる。
砦にはまだ百名の兵が残っているし、増援だって集められる。
もう一度兵力を補充し、改めて戦うことは十分可能と判断した側近たちは、ナザック砦へと帰還していた。
だが、その行動を彼女たちは許さない。
夜空が急に明るくなった。
星のせいではない、月のせいでもない。単純にそこに何者かがいたからだ。
見上げたベイグも、側近たちも凍りついた。
月と夜空を背景にして、空を自由自在に羽ばたく彼女たちの存在を視界に収め、絶望の声を上げる。
彼らが気づいた光は、彼女たちが繰り出そうとしている魔法の光だった。
「あっ……あ……」
「ごめんなさいね」
キュイイイ、と大空を飛翔する飛龍が戦の狼煙をあげるように鳴く。
その背中に乗っているのはオリヴァース遠征軍の将、ラフェンサ・ヴァリアーと、切り込み隊長のラピス・アートレイデ。
見ればセリナたち飛行部隊もそれぞれ、十メートル付近で切り込み部隊を抱えている。
セリナを初めとした切り込み隊を支えていない飛行部隊が、思い思いの魔法を構えて呟いた。
「<炎の鎌、切り苛め>!」
言葉を合図として、何十もの魔法が十人ほどのオーク族へと襲い掛かった。
夜だというのに眩い閃光が光った。それは間違いなく、ベイグたちを殺し尽くす死の光だった。
ベイグも側近たちも圧倒的な魔法の攻撃によって吹き飛ばされる。
「ぐおおおおおおッ!!!」
「ぎゃあああああっ!!」
「ナ、メルナァァァァ!!」
ベイグは何とか一撃を凌ぐ。
これでも実力主義の国で二番目に強いオーク族の将軍だ。雨のような魔法を凌ぐ実力もあった。
だが、側近たちの何人かは今の一撃で絶命した。
何とか反撃の機会を掴もうとするベイグが中空を見上げ、そして自分の下へと降ってくる人影の存在に気づいた。
「ナッ、バ……!?」
「シッ……!!」
飛来してきたのは、ラピスを初めとした切り込み部隊だ。
リンクス族のように身のこなしの軽い彼らは十メートル先から落ちていき、そのまま敵の頭上から攻撃を仕掛けた。
魔法攻撃で手一杯だった側近たちも、残らず切り込み隊の奇襲攻撃で絶命した。
ただ一人、残ったベイグだけはラピスの刀の一撃を棍棒で防ぐ。
「むっ……!?」
「グッ……!」
防がれた、とラピスは驚愕した。
魔法攻撃を防いだことによる一瞬の安堵の瞬間を狙い、的確に攻撃を加えたつもりだった。
現にラピス以外の切り込み部隊は仕事を遂行し、ベイグの側近たちを倒している。
ラピスは目の前のオーク族へと警戒をあらわにした。
「こいつ……強い」
「図ニ、乗ルナヨ小娘ガアアアアアアアアアアッ!!!」
大きく振り上げた棍棒が、ラピスの少し横を通り過ぎた。
ごおっ、と風を薙ぐ音と共に強烈な風圧がラピスを襲い、顔を歪めながら距離をとった。
(身体能力は破剣の術を使ったそれがしよりも、上、か……?)
信じられないことだが、破剣の術を使う人間よりもベイグの身体能力は強いらしい。
正面から戦うよりは搦め手が有効に違いないが、どうにも相手の怒りが頂点に達しているらしかった。
ふーっ、ふーっ、と鼻息を荒くし、目を血走らせたベイグが叫ぶ。
目の前の相手が真実の意味での『弟の仇』とは知らないが、彼の中では既に関係ないことだった。
「弟ヲ殺シタ奴ラガ……俺ノ弟ヲ殺シヤガッテ……殺シヤガッテエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
叫ぶベイグの背後から砂漠を走る土ぼこりが見えた。
良く見ればそれは夜襲部隊で生き残った蛮族たちだ。ナザック砦へと逃げ帰る途中なのだろう。
ラピスたちの役割は逃亡した者たちを止めることだ。
しかし、どうやらラピスにはその余裕を見つけることは出来そうにない。
「お嬢様!」
「ええ、了解……私たちが止めるわ」
「ラピス殿。ご武運をお祈りしています」
飛翔するセリナとラフェンサを見送り、改めて刀を正眼に構えた。
敵将はベイグ。折りしもクィラスの町で撃破したボグの兄であり、強い因縁を持つ相手だった。
ベイグは憤怒の表情でラピスを睨みつけ、凶悪な牙を剥きだしにして吼える。
「死ネエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!」
「はああああああっ!!」
お互いがほぼ同時に地面を蹴り、一気に距離を詰めた。
ラピスが振るう神速の刀と、ベイグの豪腕が振るう激烈な棍棒の応酬が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
『ナオ、リュート。ラピスが敵将と交戦中よ!』
「……ちっ、了解ぃ!」
進軍していく龍斗は舌打ちをひとつすると、破剣の術で速度を上げた。
実力主義のクラナカルタでは敵将が強い、という方程式が成り立つのは周知の事実だった。
ラピスが負けるとは思えないが、早く到着するに越したことはないだろう。
「ゲオルグ! 部隊は任せる、俺は先に突っ込むぞ!」
「お、おお……!? わ、分かった、しっかりな」
突然、指揮を丸投げされたゲオルグの慌てる声も龍斗の耳には届かなかった。
ゲオルグが返事をするときには、彼の身体は声の届かないぐらい遠くへと消えていくところだった。
仕方ねえなぁ、とぼやくゲオルグは、その巨体を震わせて味方を鼓舞した。
「さあ、てめえら! 思う存分に暴れるぞ、全軍前進ーーーー!!」
おおおおおおお、と威勢の良い掛け声がナザック砦まで響いた。
砦を巡る攻防戦。
戦いの終結のときは、近い。
風邪をひきましたorz
執筆速度が大幅に下がって、はわわ、な状態に。
出来ることならもう少し毎日更新を続けたいところですが、果たしていつまで持つことかw
そんな状況ですが、これからも宜しくお願い致します。