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第2話【一心同体の僕たち】



「うえ……」


がり、と口に苦いものを感じて狩谷奈緒は目を覚ました。

突然の異物の侵入に思わず跳ね起きて、口の中に入ったそれを吐き出した。

どうやら石ころらしい。何の変哲のないそれを見て、奈緒は欝な気分になる。

二センチくらいの小さな黄土色の石が風に転がされて、横たわっていた奈緒の口に放り込まれたのだろう。


「……なんで僕は、外で寝てるんだっけ……?」


寝起きで煩雑となる思考を回転させる。

何だか思い出したくもないほどの悪夢を見ていた。寝汗がべったりと背中に流れて服が張り付いている。

悪魔に襲われて、親友を殺されて、そして自分も殺される。

だからこそホッとした。やっぱりあの非常識な出来事は全て夢だったんだ、と安堵した。


だが、彼の希望は即座に打ち消されることになる。


ぼんやり、と目の前に広がる光景を眺めていた。

奈緒の知っている世界というのはコンクリートの道路があったり、緑色の木々が生い茂っているもののはずだ。

外で寝ているのなら、最悪でもそのラインぐらいはクリアしてほしいところだったのだが。


「……廃墟?」


眼前の光景を見て最初に零れた言葉がそれだった。

コンクリートの道路などなく、荒れ果てた剥き出しでひび割れた大地がずっと続いていた。

緑色は愚か、青や赤といった色すら見受けられない。

崩れたレンガ造りの民家らしきものがあるくらいで、周囲は砂漠と岩石の一帯となっていた。


「え、なにこれ」


疑問の声を上げるのも無理はない。

奈緒は野宿すら経験はないし、野宿をした覚えすらない。

そもそも奈緒が今まで住んでいた街には、こんな深刻な水問題でも抱えていそうな大地は存在しない。

もちろん言うまでもなく狩谷奈緒はこんなところを知らない。


周囲を見渡してみるが、認識できる光景は変わらない。

ごしごしと何度か眼を擦ってみるが、夢から覚めることはない。

古典的な方法ではあるけど、などと呟いて頬をつねってみるが、目の前の光景は変化しない。


「えーと、現実?」


奈緒は誰に聞くでもなく、ぼそっと呟いた。

何が現実で何が夢なのか、その判断が付かなくなり始めて頭を抱えた。

もしかしたら若年性の新たな認知障害か幻覚症状だろうか、と真剣に奈緒は悩みながら立ち上がる。

身体をぽん、ぽん、と軽く叩いてみるが、怪我をしている様子はない。


「……あれは、夢だった、のかな」


少なくとも目の前の光景だけは夢ではないらしい。

どうやら自分は誰かによって知らないところに連れて来られたらしい、と奈緒は結論付けることにした。

あの悪夢に比べればずっと信じるに値する仮説だった。

いくら何でも炎を吐く化け物の大群に襲われて、親友ともども殺された、なんて言うのは現実とは思えない。

ていうか、思いたくない。事実、奈緒は生きているのだ。


「それにしても、どうしよう……龍斗はいないのかな……おーい、龍斗ー……」


小声で呼んでみるが、期待はしていない。

周囲には隠れる場所はないし、龍斗なら奈緒を置き去りにして何処かへ行こうとはしないだろう。

あの悪夢の中の龍斗ですら、奈緒を護るために勝ち目のない戦いに突っ込んでいくのだ。

果たして龍斗からの返事は。


(ほーい)


奈緒の脳に直接、響き渡った。

まったく緊張感を感じさせない龍斗の声だが、驚愕に言葉を失ったのは奈緒だ。


「な、え……ええ!?」

(聞こえるかー、俺の声。奈緒ー、奈緒ー? 小学校に入るまで俺の嫁になるとか言ってた奈緒くーん?)

「んな昔のこと引き合いに出すなーーーーー!!!」

(おう、聞こえてるらしいな。良かった良かった)


混乱から僅か数秒で回復する奈緒。これは龍斗の好判断ファインプレーというべきか。

奈緒は頭の中から聞こえる龍斗の声に、今度は文字通り頭を抱えた。


「も、もうダメかな……僕はおかしくなってしまったみたい……」

(いや、割と正常だから安心してくれ)

「何に対して安心しろって? 最悪の悪夢に、知らない土地で、龍斗の声が頭に響くんだよ!」

(混乱したい気持ちは分かるが、まあ落ち着け。何ていうか、客観的に見たら今のお前は精神異常者だ)


廃墟のど真ん中で独り言を呟き、ときおり絶叫する奈緒の姿は確かに異常者のそれだ。

頭の中に住まう龍斗は奈緒に深呼吸を勧め、言われた通りに奈緒もそれを実行する。

落ち着くことに必死な奈緒に対して、とりあえず龍斗が言葉をかけていく。


(多分、心の中で会話できると思うぜ。試しに心の中で呟いてみろよ)

(こ、これで、いい……?)

(おう、聞こえるぞ)

(僕の頭の中の龍斗は、本物よりもう少し賢いといいなぁ)

(よし、奈緒。ちょっとお前と友情を深め合いたい、拳で)


とりあえず、心の中で会話することは可能らしい。

何度も大きく息を吸い込んだことで、奈緒にも余裕らしきものが生まれ始めたようだ。


(それで、どうして僕たちはこんなことになってるの?)

(ああ、それなんだがな……)


何やら言いよどむ親友の声に、奈緒は自然の首をかしげた。

もしや龍斗はエスパー少年で、離れたところから念を飛ばして通信を可能にしているのでは、などと奈緒はこっそり思う。

考えておいてなんだが、有り得ない。

馬鹿な考えを振り払っている間に、龍斗が覚悟を決めたらしい。



(どうやら俺たち、地獄に落ちたらしい)



真剣な声色で、脅すようにそんなことを言われた。

奈緒は言われた意味がよく理解できなかったらしく、周囲を改めて見渡した。

どう見ても荒れ果てた砂漠と岩石と廃墟を一纏めにして、奈緒が問いかける。


(ここが……地獄?)

(天国には見えないな。何ていうか、今まで俺たちが生活していた場所じゃないってことだよ)

(はっはっは、そんな馬鹿な)


真剣な顔でそんなことを言う龍斗が可笑しくて、思わず奈緒は笑ってしまう。

そんな彼に向けて厳しく龍斗は突きつけた。



(憶えてるだろ。俺たちは殺された・・・・んだ)



その言葉で奈緒の表情から笑みが消える。

男にしては可愛らしい顔立ちの奈緒が、その表情を苦悶に歪めて呻くように言う。


(ゆ、夢でしょ?)

(夢じゃない。現に俺は死んだ。化け物に吐かれた火を喰らって、焼け死んだ)


奈緒はその光景を思い出してしまった。

意味がないというのは何となく理解していながら、思わず耳を塞いで叫んだ。


「やめてよっ! 思い出させないで!」


憶えている。

親友が自分を護るために犠牲になったこと。

炭になって燃え尽き、倒れた衝撃でバラバラになったあの凄惨な光景を。

もう二度と思い出したくない光景だった。あんなのが現実だと信じたくなかった。


(奈緒、受け入れろよ。アレは現実だ)

(でも、僕はまだ生きてる……龍斗だって声がする以上、生きてるんでしょ?)

(うーん、理屈はよく分からんのだけど、生きてるぞ)


これは俺の仮説だけどな、と龍斗が説明を始める。


(俺の身体は燃え尽きちまったけど、魂だけはお前の中に避難できた……って感じじゃねえかな)

(龍斗の、魂……?)

(そうそう。現に俺の身体は何処にもねえもん。起きたときにはもう、お前の中だった)


奈緒はその言葉を聴いて、混乱している脳を整理していく。

ここは龍斗曰く、地獄もしくは別世界。

奈緒と龍斗の二人は悪魔たちに殺されてここに送り込まれた、と推察したほうがいいのかも知れない。

だが、身体を失った龍斗は魂だけがこっちに来ている状態だ。

霊と言っても過言ない鎖倉龍斗は、この世に確立するために奈緒の身体へと避難した。


「……うん、ないよ、これは」


真面目に推察しておいてなんだが、やっぱり信じられない。

この説を肯定するには、地獄と悪魔と魂の存在に加えて、親友の死をも認めなければならないのだ。

生まれたときからずっと一緒に過ごしてきた龍斗の死は、奈緒には俄かに信じたくなかった。


(いや、否定されたら困るんだけどよ……)

(出て行くことはできない?)

(ひどい! 俺を捨てるのね! 俺とのことは遊びだったのね!)

(本気のほうがずっと危険な香りがするんだけど……)


ひとつの身体に二つの魂が存在している。

元の身体が奈緒のモノなので、龍斗は彼の意識の中で話すことくらいしか出来ないそうだ。

まだお互いに扱いに慣れていないが、もしかしたら身体の所有権の交換とかもできるかも知れない。


(ねえ……龍斗)

(なんだ、親友)

(もう龍斗は生き返られないのかな……?)

(……それは分からん)


とりあえず、文字通り一心同体となってしまった親友はいつも通りだ。

己の死に悲観することもなく、ただ自然体のままそれを現実として受け入れていた。

それが妙に悲しくて、奈緒はそんなことを呟いていた。

対して龍斗はほんの少しだけ寂寥感の漂わせる言葉を言うと、屈託なく彼の心の中で笑う。


(ところで、心の会話には慣れておいたほうがいいぜー)


なんで、と奈緒が言葉を返すよりも早く。

龍斗の悪戯をする子供のような忍び笑いが、奈緒の頭の中に届いた。


(プライバシーも何もあったもんじゃねえぞ? なになに、狩谷奈緒くんは隣のクラスの女の子が少し気になる……)

(なっ、わわわ、こら、龍斗っ!)

(どうやら心の中をちょっと制御するだけで、伝えたい意思と知られたくない意思を選別できるからさ)


むう、と何だか指摘されるまで心の中を覗かれていた奈緒は納得のいかないまま、練習してみる。

イメージするのは牢獄と鍵。知られたくない情報には鍵をかけてしまう、というのをイメージした。

ちなみに牢獄は勝手に空けようとする龍斗のための施設だ。


(……いや、牢獄は勘弁してください、奈緒さま)

(プライバシーの侵害。少しそこで反省してること)


顔を少し赤らめ、奈緒は少し不機嫌な顔つきでそう宣言する。

龍斗は何か言いたそうだったが、それ以上彼を説得する言葉は持っていなかった。

実刑で禁固一時間の刑に処された親友を心に宿したまま、奈緒は歩き始めるのだった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




さて、奈緒は最初の廃墟を後にし、周辺を散策してみることにした。

地獄と銘打たれたこの世界を知らなければならないと思ったからだ。

人ぐらいはいるだろう、と高をくくっていたのだが、歩いても歩いても人はおろか動物すら見つけることが出来ない。

砂に足を取られ、固い岩盤を踏みしめた奈緒は疲労していた。


「人がいない……誰もいないなぁ」


独り言で暇を消化しながら、それでも周辺の捜索をやめることはない。

大体一時間ほど時間をかけたが収穫はなかった。

奈緒は額に汗をにじませて、自分の置かれている状況がとても厳しいことをようやく悟る。


(龍斗、龍斗)

(どうした?)

(大変だ。ここら一帯は砂漠になっていて、人も住んでいないんだ)

(見りゃ分かるよ、それがどうした)


それは奈緒に改めて言われるまでもない。

龍斗は人がいないのならいないでも別に問題ない、と楽観していたが、そういうわけにはいかない。

奈緒が続けた言葉で今度こそ、龍斗が凍りつく。


(ここは砂漠だよ? このままじゃ、水や食料を手に入れられない)

(な、なんだとお!?)


人が生きるために必要な水や食事が手に入らない。

言うまでもなく重大な問題だ。龍斗はただの人探しだと思っていたようだが、奈緒は違う。

食料や水の確保は出来るのか。この周囲には町があるのか。

それらを確認するのが探索の目的なのだが、どうやら龍斗はそこまで考えていなかったらしい。


(まあ、龍斗は魂だけだから空腹とか考えなくていい、ってのも分かるけど)

(お、おう……)

(僕が餓死したら必然的に龍斗も死ぬだろうから、ちょっと真剣に探そうよ。僕も苦しいし)

(サー、イエッサー!)


狩谷奈緒と鎖倉龍斗。

学校では龍斗が先導しているように思われていたが、その実態は違う。

奈緒が龍斗の手綱を握って誘導していたりすることが多い。

言うなれば黒幕とか裏ボスとか、そういうポジションなのだった。世の中は恐ろしい。


奈緒と龍斗の探索は続く。

範囲は廃墟を円の中心として、その半径を回って周辺を探索するだけに留めておいた。

土地勘のない状況で闇雲に進んでいっても、迷子になるのが落ちだからだ。

時間帯をもう一時間追加したところだった。

奈緒と違って全方位を見渡すことのできる龍斗が、奈緒に死角の方角に気づく。


(……奈緒、奈緒)

(何か見つけた?)

(左後ろ、遠くから誰か来る。人影っぽい)

(……本当?)


そちらの方向を振り向くと、確かに人影らしきものが見える。

見渡しの良いのが幸いしたらしく、一直線にこちらに向かってくる。向こうもこちらに気づいているようだ。

人影の数は三つほど。どちらかというと小柄な体躯の人影に見えた。

ようやく人を見つけることが出来た、と奈緒は喜びをあらわにしようとした。


だが、しかし。

彼らとの距離が近づくにつれて、その顔が険しいものへとなっていく。

同じく龍斗もしばらく沈黙を守っていたが、耐え切れなくなって口を開く。


(言っていいか……?)

(……はい、龍斗くん)

(俺の目に狂いがなければ、アレは俺の知っているホモサピエンスという種族とは若干、違うように見える……)

(………………うん)


近づいてくる人影を見て、奈緒は冷や汗を背中に感じた。

人と同じく顔と両手、両足はある。布地で出来た服は文化を思わせた。

ここまでは合格点だったが、まことに遺憾ながら無視できないところを見つけてしまった。

全員総じて小柄なのは目を瞑ることができる。

普通の人間と比べて目と鼻が大きいというのも、凄く好意的に見ればギリギリ許容範囲だ。

ただ、いかに寛大な奈緒たちといえど、肌が緑色で牙を生やした人型の生き物を人間とは認められない。


(ああ……せめて肌が緑色じゃなけりゃなぁ……)

(実は民族伝統の工芸か何かで、全員肌の色を緑色の塗料で覆い隠しているって線はないかな)

(それはそれで素敵な民族交流の予感がするけど、あいつらどっちかって言うと……)

(うん、分かってる。完全に僕たちのイメージ通りの化け物モンスターだよね……はあ)


落ち込む奈緒だったが、やがて首を振った。


「いや、固定概念に捕らわれるな」


それは狩谷奈緒という存在の可能性を妨げることになる。

奈緒の座右の銘でもある口癖をぽつり、と呟き、勇気を振り絞ることにする。


(お、出たね、狩谷節)

(僕たちはこの世界に生まれ落ちたばかりの存在に過ぎない。世界で生きていくには協力が必要なんだ)

(……まさか、あのいかにも量産型の雑魚っぽい奴らに協力を頼むのか? 無理だろ、常識的に考えて)

(だから、そう考えることが固定概念なんだよ)


得意そうに奈緒が語る。

確かに彼らの見た目は肌の緑色が小鬼、といった風貌だ。

目つきも悪いが、だからと言って害悪だとは限らない。彼らは彼らでこの世界の住人なのだ。

ならば彼らに対して一方的な嫌悪感を抱くのは間違いのはず。


(素朴な質問だけどよ、日本語って有効なのか?)

(……………………)


龍斗の問いかけに奈緒の動きが止まる。

だが、奈緒が何かを反論するよりも早く、小鬼らしき人たちが奈緒を呼び止めた。


「おぉぉおおおい、そこのテメエッ!」

「よしっ、最大の難関クリアー!」


思わず奈緒はガッツポーズ。

良くある異世界の漫画のように、相手の言葉が分からなくて、という問題は解決した。

可愛らしく拳を握り締めて喜ぶ奈緒に龍斗も惜しみない拍手を心の中で送る。


(おめでとう、おめでとう。俺たちはいま、確かに大きな一歩を踏み出したぜ!)


言葉の問題、というベルリンぐらい高い壁を呆気なく乗り越えた二人は歓喜した。

そっちの喜びが大きすぎて、彼らの呼びかけの内容など耳に入らない。

改めて三人の中でも先頭に立っている小鬼が叫ぶ。



「聞いてんのかテメェ! 命が惜しけりゃ身包み置いていけ!」



喜びも束の間のことだった。

協力はおろか、完璧な追い剥ぎ発言にしばらく気まずい沈黙が降りる。

やがて心の中で奈緒が呟く。


(ごめん。やっぱり無理だった)

(頑張った! お前は頑張った、だから泣くな!)


一心同体の二人はそっとお互いを慰めあうと、改めて目の前の問題へと取り掛かることにするのだった。






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