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第23話【認められたいのなら畏怖を示せ】




ざわざわ、と傭兵たちが集うクィラスの町の郊外が騒がしくなった。

理由としては総司令からの命令とされて百人規模の傭兵たちが、一堂に会することになったからだ。

いったい何の用だ、と物凄く気だるそうに集合する傭兵諸君。

郊外であるために広々とした空間を利用し、奈緒は百人以上の強面たちの前に立つ。


(うーん、壮観。なんていうか、ほら。ヤクザたちの事務所に殴りこみ?)

(いや、まんま傭兵だからな? しかも皆様ご丁寧に魔族ばっかりだしなぁ)

(何だかモンスターを従えた魔王、っていう実感が少し沸いてきたよ。いや、魔物じゃなくて魔族だけど)

(それもアレだよなぁ……俺たちの既存のイメージが……っていうか)


うん、と心の中で龍斗は一度頷くと。


(魔族も人間も根本的なところは変わらんよなぁ)

(カリアスの言っていた舞踏会の話なんて、普通に貴族の人間たちに有りそうな感じだよね)

(うーん、姿はおっかないけど、やっぱりどっちも同じようなもんだよな)

(見た目だけの違いで、話はちゃんと通じるしねえ)


閑話休題。

今は魔族と人の違いについて分析している場合じゃない。

奈緒は百人の傭兵たちの前に立ち、全員の顔をうかがってみる。

総司令として現れた奈緒を見た傭兵たちを反応は冷ややかなもの、というしかない。


(やっぱり、僕みたいなのが指揮官だと、えーっ、って思うだろうねえ)

(あれか? 後輩が上司になって命令されたりとかがやり辛い、とか、そーいうのか?)

(そうかも。警察とか普通にそういうの、ありそうだよねえ)


もっとも、彼らが集まった理由のひとつとして大型魔獣キブロコスを打ち破った者がいるから、というのがある。

強い指揮官に従えば命の危機は少ないし、だからこそ戦力差二倍以上の敵軍相手でも戦う。

言わば今の傭兵たちの大半が奈緒を見て失望している、という状況だろう。

確かにお世辞にも狩谷奈緒は強そうには見えない。

これでは勝算を見込んで集まってきた傭兵たちは、これからどうしたもんか、と頭を抱えているだろう。


(で、これから奈緒はどうするんだっけ?)

(あはは、味方の幻想を叩き潰すに決まってるじゃない)

(いや、あのな? そんな真顔で言われてもな?)


逆に言えば、彼らが安心して戦えるように奈緒の力を見せ付けなければならない。

傭兵たちの不満を抑えるためには、力技のほうが都合が良いのだ。

この辺は人間とは違い、魔族はさっぱりしている。

もっとも強い者が正義、というのはクラナカルタだけではない。決まり、という枠組みにさえ囚われなければ有効だ。


(要するにゲオルグがリーダーだと認めさせればいいんだよ)

(それと叩き潰すことと、どう関係があんだよ?)

(傭兵たちは強い指導者がいればいい。つまり、傭兵たちもまた強い者がもっとも偉い、ということになる)


強い、という単語が力が強い、とかそういう問題ではないのだが。

総合的に見て指導力カリスマがある、ということが必要だ。特に法律無用の荒くれ者たち相手なら。


「さて、みんな集まったかな?」

「集まったみてえだけどよぉ……こっからどうすんだよ、ナオ総司令?」


奈緒の隣に仁王立ちするのはゲオルグ・バッツだ。

彼ら二人の背後に控えるような形で、セリナたち三人が待機している。彼女たちの出番はない、はずだ。

実際に働くのは奈緒と龍斗、そしてゲオルグということになる。


「傭兵諸君。僕が総司令のナオ・カリヤだ。君たちの雇い主、ということになるね」

「………………」


ざわざわ、と再び彼らがざわめきたつ。

顔には不満というものがありありと浮かんでいるが、奈緒は今は気にしない。

一応、奈緒と彼らの関係は主と兵隊だ。彼らが一方的に文句を言える立場ではない。

まあそれでも、口の減らないものからは罵倒にも似た言葉は飛ぶが。


「早速だけど、この百人以上もの傭兵たちを纏め上げるリーダーが必要だと思ってね」


奈緒は隣に立つゲオルグを一度だけ見て。

残りの傭兵たちの顔色を楽しむようにしながら、口元を歪めてあっさりと言う。


「ゲオルグ牛鬼軍のゲオルグ・バッツをリーダーにすることにした。今後は彼の指示に従うこと」

「……おいおい」

「なんだよそりゃ」

「俺たちは俺たちだろぉ、他の奴らに従えだってえ?」


予想通りの文句だ。

特に傭兵団を引き連れてきたリーダーたち三人が不満顔だった。

規模がもっとも大きいのがゲオルグなのは分かるが、それでも納得いかない部分はあるだろう。

何しろ同じ傭兵がリーダーということは、彼が死んで来い、と言えば死ぬしかないのだ。


「不服かな?」

「当たり前だー! こっちは命かけて戦ってんだぜ!」

「対等の奴らの命令なんて聞けるかよぉー!」

「くそ、キブロコスを一人で殺った奴がリーダーだから、って来てみれば、ただのガキとはなぁ!」

「勘弁してくれよ……ったく。デマを掴まされたぜ……」


好き勝手放題に言ってくれる、と奈緒は苦笑した。

背後のセリナやラピスがどんな顔をしているのか、と思ったが振り向かない。

とりあえず、ひしひしと殺気にも似た何かを感じ取っているが、これはやっぱり殺気なのだろうか。

後ろから『下賎な傭兵風情が』とか『斬っていいですか?』とか色々と声が聞こえてくるが、気にしない。

気にしたら負けるような気がしたからだ。


「動かせるのは口だけかな? その筋肉は見せ掛けだけかもね」

「あん?」

「君たちは身体を張って戦う傭兵のはずなんだけどな……どうやら達者なのは口だけの人が多いみたいだ」


黒い笑みで笑ってみると、傭兵たちも即座に反応した。

見た目は人間のうえに童顔の顔の少年に、達者なのが口だけ、などと言われては黙ってられない。

口々に騒ぐ傭兵たちを見て、奈緒はふうー、やれやれー、とわざとらしく首を振って言う。


「まったく、どうせなら口じゃなくて身体を動かしてほしいものだよ」

「んだとこらあああああ!!!」

「身体動かせってんなら動かしてやんぞ!」

「その代わりボコボコに殴られても泣き入れんなよ、総司令官殿お?」


剣呑となる雰囲気に比例して、奈緒の表情がどんどん深いものとなっていく。

むしろ隣に立つゲオルグのほうが引きつった表情になっていた。

心の中の龍斗も乾いた笑みを浮かべながら言う。


(焚きつけたっていうか、もう派手に大引火って感じなんだぜ……?)

(やりやすくて助かるねえ……)

(…………奈緒。お前、絶対いま性格悪くなってんだろ……?)


幼馴染がどんどん黒くなっていくことに頭を抱える龍斗だが、そんなことはお構いなしだ。

奈緒は傭兵たちの野次に応えるように一歩前に進む。


「それじゃ、身体を動かしてもらおうかな」


ぱんぱん、と奈緒が手を叩くと、沈黙を守っていたラフェンサが奈緒の隣へと歩いてきた。

彼女は傭兵たちが集まる待ち時間を使ってとあるものを製作していたのだ。

紙を細かく切り分け、その中に数字と人の名前を書き込んでいく。

名前は『奈緒』と『ゲオルグ』のふたつに分かれていた。


「お、おい、ナオ総司令……? こ、こいつは?」

「順番待ちのカードだけど?」

「な、なんの順番待ちだ、こりゃあ……?」


そりゃあもちろん、と奈緒は最初に傭兵の一人へとカードを手渡した。

紙の内容は『ナオ、一番』とだけ書かれている。

さっきまで野次を飛ばしまくっていたゴブリン族の傭兵が、その緑色の肌の首を傾げている。

彼らに向けて奈緒は告げる。


「ゲオルグ・バッツのリーダー案に反対の人は紙を貰っていって」

「これから一対一で戦っていただきます。武器も魔法もありです。文句があるなら、身体を動かしてくださいね」


ラフェンサの補足説明に場が一瞬、静まり返った。

何を言われているのかの理解が追いつかなかったようで、全員が顔を見合わせた。

特に勝手にローテーションに組み込まれていたゲオルグなどは、口をパクパクと開閉するだけで何も言えない。

一瞬の静寂の後に訪れたのは、傭兵たちの嘲りの大合唱だった。


「ぎゃははははははははははは!!!」

「お、おいおい、この人数相手に戦ってみるってかよ、坊主! 冗談きついぜ……!」

「一人相手にも勝てるかどうかだろがあ! ぎゃっはっはっは!」

「いいぜいいぜー、ならやっちまおうじゃねえの! 何たってこれ、雇い主の命令だもんなあー!」


騒ぐ大馬鹿者バッカーノたちを他所に、ゲオルグは慌てた様子で奈緒の胸倉を掴んだ。

顔は牛なのだが、何となく混乱と焦燥が見てとれる。


「お、お前、こんなことやっちまっていいのかよ!?」

「まあ、ゲオルグがみんなに認められるかどうか、って話もあるから。頑張ってね、ゲオルグ」


すごくずれた答えを返されて、ゲオルグは頭を抱えて呻き声をあげた。

それを無視して奈緒は一番のカードを持ったゴブリン族の男に対し、手招きをする。

爆笑していた男はニヤニヤと笑いながら奈緒の元へと向かった。


「じゃあ、まず一人目から始めるけど。武器は持ってこなくていいの?」

「がははは! 必要ねえだろ、そんなの!」

「そう……一応聞くけど、君は拳と魔法、どっちが得意?」

「拳だよ拳! この筋肉が見えねえのか?」


確かに普通のゴブリン族に比べれば、筋骨隆々の姿かたちのような気がする。

そうか、と奈緒は一度だけ頷くと龍斗へと話しかけた。


(というわけで、龍斗の出番だね)

(ええー! やっぱり俺かよー! いや、まあいいんだけどよ)

(うん。せっかくだから……言い訳もされないように、圧倒的に叩き潰そうか)


かしゃり、と瞳の色が切り替わる。

セリナが奈緒とゴブリン族、二人の間に立つ。試合開始の合図を頼んでいる。

ラピスはゲオルグのほうの試合開始を担当し、ラフェンサはカードを配る役を担当した。


「げー、ゲオルグの一番だぜ……」

「いいじゃねえか! どうせ小僧のほうが一番にぶっ飛ばされるぜい」

「えーと『ナオ、二十三番』……おいおい、小僧の二十三番なんて出番来るわけねーだろうが」

「一度でいいから生意気な雇い主を殴ってみたかったんだよなぁ! ひゃっはっはっは!」


楽しそうにラフェンサからカードを受け取る傭兵たち。

方向性こそ暴力的で最悪なものと言っても過言ないが、一種の祭りのようなものだと考えているのだろう。

ラフェンサにちょっかいを出そうとした者がいたが、即座に魔法の奔流を受けて吹っ飛ばされた。

彼は祭りに参加するまでもなくリタイアだろう。


「それじゃあ、準備は良いわね?」

「おうよ」

「それじゃ、はじめ」


よっしゃー、やっちまえー、と周りから野次が飛んだ。

奈緒、改め龍斗は構えを取ろうとはしなかった。

適当な言葉で切って落とされた戦いで、ゴブリン族の男は下卑た笑みを浮かべながら拳を振り上げて。

直後、龍斗の拳を顔面に食らって一撃で沈むこととなる。


ぐしゃり、と生々しい音が響いた。


戦いは僅か三秒といったところだろうか。

一瞬で間合いを詰めた龍斗の拳は破剣の術による身体強化で凶器と化している。

右ストレートの一撃は的確に脳を揺らし、あっという間に夢の世界へと旅立たせた。


「は……?」

「あ……?」


場が一瞬で静まり返った。

傭兵の全員が予想していた答えとは違う光景に凍りついた。

ぴくり、とも動かないゴブリン族の男を一瞥して、龍斗がぽつり、と呟いた。


「やべ、死んでねえよな?」

「ちょっと。一応は私たちの戦力なんだから。手加減しなさいよ」

「わりーわりー、それじゃあ次ー、二番!」


ぱんぱん、と手を叩いて次の相手を手招きした。

二番のカードを持っていたのはオーク族。体格は普通のオーク族よりも僅かに大きい。

先ほどまで余裕だった表情の男は引きつった笑みを浮かべながら、のそのそと棍棒を取り出した。


「ぶ、武器の使用はアリだったよな?」

「ああ、俺も使うから遠慮するな」


クロノスバッグから並みのオーク族でも振り回せない大剣を取り出した。

無骨な鉄の塊のそれを軽々と片手で構える龍斗を見て、オーク族の男は背中に流れる冷や汗が止まらない。

オーク族の男が持つ棍棒が、木の棒にしか見えない。

一度、軽く振っただけで風圧が魔法のように突風を巻く。

セリナが警戒しながらスカートを押さえ、文句の言いたげな顔をしながら試合開始の合図をする。


「はい、はじめ」

「おらよ」

「ぎゃああああああ!!」


ごうっ、と風を薙ぎ払う音がしてオーク族の男が吹き飛んだ。

何とかしようとしたらしいが受け止めることも叶わず、先ほどと同じように一撃で大地に叩きつけられた。

一応意識を失っていないが、既に戦意が削がれているらしく、もはや立ち上がらない。

その頭を軽く蹴飛ばして、龍斗はにやりと笑う。


「おい」

「ひぃいい!」

「お前、気絶した奴らがいたら回収しろ。ほら、次、来いー!」


三番目は悪魔族だったが、帽子を被っていた。

彼は心の底で総司令の存在を恐怖していたが、それでもひとつの勝機を見込んで立ち塞がった。

傭兵団の中でも少ない魔法が得意な者だった。

いかに馬鹿力とはいえ、自分の地の魔法を使えば問題はないはず、と思っていたのだが。


「お前が得意なのは魔法か? 拳か?」

「ま、魔法だが……」

「よし、交代」


大剣を適当にそこら辺に捨てると、かしゃり、と瞳の色を入れ替える。

奈緒はにっこりと天使のような笑みを浮かべると。


「それじゃ、始めようか。よろしくね」

「あ、ああ……」


はい、はじめ、という投げやりな試合開始の合図と共に悪魔族の男は地の魔法を使う。

彼は大地の槍を割れた地面から作り出し、それで奈緒を貫こうとした。

雇い主が怪我をする、とかそういう気遣いはできなかったが。


「<風よ>」


たった一言と共に奈緒に指差されたかと思ったら、彼の身体は回転して遠くへと飛んでいった。

うわあああああああぁぁぁぁぁ、と耳に残る悲鳴に周囲の傭兵たちが今度こそ静まり返る。

テントへと激突した悪魔族の男は気絶したらしく、ぴくりとも動かない。

奈緒は彼を打ち倒した笑顔のまま周囲を見ると、言う。


「そうそう。僕は氷の魔法も使えるから炎はやめたほうがいいよ?」


掌から氷の渦を生じさせながらしっかりと釘を刺す。

もちろん、彼らを脅すための言葉は決まっていた。

威厳と畏怖をしっかりと掴み取った奈緒の笑顔は傭兵たちのトラウマとして刻み付けられることになる。


「もしも炎を使ったりなんかしたら、本気で大型魔獣キブロコス殺しの魔法を使うから」


この瞬間、カードを受け取った傭兵たちは後悔した。

奈緒の背後でゴゴゴゴゴ、と凄まじい覇気が感じ取れた。それを感じ取ってしまった。

傭兵の生存本能を働かせることができなかった者たちの顔が歪む。

少し向こうではゲオルグが自慢の拳で挑戦者を薙ぎ倒していた。


「うらあっ!! 二人目、と……おい、次、来い! 三人目ぇ!」

「ゲオルグも良い調子みたいだね。どうかな、どちらが多く叩き潰すか勝負でもする?」

「がっはっはっは! 面白れえ雇い主様だ! その話、乗ったぁぁあ!!」

「ん。それじゃ、四人目は誰かな?」


ゲオルグはゲオルグで傭兵たちを軽く叩き潰している。

ミノタウロス族特有の強靭な身体能力は、破剣の術を使用した龍斗の膂力に匹敵する。

彼と一対一で戦える傭兵がいたなら、そいつはきっと傭兵でも有力な力を持つだろう。

ラフェンサはまだカードを貰っていない傭兵たちに、笑顔を向けて言う。


「ナオ殿の決定に文句がおありでしたら、これをどうぞ」

「い、いや、ねえ! 俺は文句ねえぞ!」

「お、おうよ、俺もない! 雇い主に歯向かおうなんてことはしねえって!」

「そうですか、ふふ」


にっこりと笑うラフェンサの笑顔は天使に見えたが、カードを貰ってしまった者には死神に見えた。

クィラス郊外は阿鼻叫喚の地獄絵図へと化していく。

この後に町長のジェイルが飛び上がって卒倒してしまう騒ぎとなるのだが、そこは些細なことなので割愛していく。


「ぎゃあああああああああっ!!!」

「い、いや、あの俺、やっぱり文句ねえかなぁって……」

「うん。端的に言うとね。とっとと諦めて掛かって来い、かな?」

「いやああああああっ!!!」

「ちいっ! これで三人も差がついちまったじゃねえか! てめえら、さっさと掛かって来いよおらあ!」

「ひぃぃぃぃ……ぐふあっ!?」


戦いは一時間ほど続いた。

奈緒たちのスコアが二十八、ゲオルグのスコアが二十と大差が付いたが、誰一人として彼らを倒せなかった。

死屍累々と言わんばかりの惨状だが、ほとんどは手加減しているので明日には大半が復活するだろう。

スコアで上回った奈緒は見返りとしてゲオルグのリーダー就任を頷かせた。

もはや文句を言う傭兵たちはいない。何故なら自分の得意分野で全員、敗れ去っているのだ。

ここでまだ文句を言う奴がいたとしたなら、それは戦力にもならない身の程知らずというレッテルを貼られるだろう。


「それじゃ、みんな。明日からよろしくね」

「へ、へい!!」


ボコボコにされた傭兵たちは涙目になりながらも思う。

敵に回せば恐ろしいが、味方にすればこれ以上頼もしい存在もいないだろう、と。

反抗するよりも従ったほうが有益になる、と判断した彼らはその日のうちに奈緒の忠実な部下となるのだった。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「いやあ、なんつーか……」


全てが終わった後、ゲオルグはクィラスの領事館で頭を掻いていた。

首脳陣の一人として抜擢した以上、クィラスの郊外に住むわけにはいかない。

代表としてゲオルグ・バッツと副団長と名乗るカスパール・テルシグの二人が首脳陣として参加する。


「無茶しやがるなあ……」

「ですね。あんなハードなテストをするのは隊長くらいだと思ってましたよ」

「いや、オレでもあそこまではねえな……」

「そうですか? ボク、入団テストのときに壁をぶち破れば合格、なんて聞いた気がするんですけど」


カスパール・テルシグは悪魔族の眼鏡の青年だった。

青い髪に眼鏡をかけた線の細い若者で、何処となく同じ悪魔族のクィラス町長に似ている。

彼の武器は弓矢らしく、腕は有り得ないぐらい正確で確か、だとお墨付きをもらった。

更には基本的にゲオルグは暴れるだけであり、細かい作業や運営は彼の仕事、とのことらしい。

作戦運用などは彼の意見を聞くべきだ、と言われたのでゲオルグの補佐として起用した。


「よろしく、カスパール」

「ええ、よろしくお願いします。作戦の相談ならボクにお願いします。隊長は脳みそまで筋肉ですから」

「おいおいおい、ひでえな!」

「この人の前世はモーニングスターですからね」

「生き物ですらねえのかよ!」


ああ、この流れは、と隣を歩く奈緒がこっそりと思う。

ゲオルグとカスパールの関係は、学生時代の龍斗と奈緒の関係のように見えた。

毒舌な作戦担当と後方支援のカスパールと、前線で猛威を振るう戦闘専門のゲオルグの関係は好ましい。


「さて。これで主要人物はそろったかな」


総司令の狩谷奈緒と鎖倉龍斗。

飛行部隊長のセリナ・アンドロマリウス・エルトリア。

遊撃部隊長のラピス・アートレイデ。

オリヴァース遠征軍大将のラフェンサ・ヴァリアー。

後方支援兼参謀のジェイル・コバール町長。

傭兵隊隊長のゲオルグ・バッツと副長のカスパール・テルシグ。

そしてまだ見ぬラキアスの援軍。これでクラナカルタ討伐軍の首脳陣が完全に出揃った。


(いよいよ、準備は整ったね)

(戦争、だな)

(……うん。ここまでお膳立てした以上、もう躊躇っちゃいけない)

(そう、だな……割り切って、いっちょ、やってやるか)


奈緒は領事館の会議室へと足を運んでいく。

今後の動きを首脳陣と相談して決めるためだ。これからの行動が奈緒たちの命運を分かつだろう。

ようやく、スタート地点に立ったに過ぎない。


(さあ、やろうか、龍斗)


決意を秘めた翡翠色の瞳の持ち主は、力強く一歩を踏み出した。

戦わなければならない、という義務はないが、戦ってでも勝ち取りたいという権利を使って。


(魔王様に、成り上がるために……ね)




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