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第21話【とある雑談】



戦争や、交渉などの不穏な物語から一呼吸おいて。

しばらくは軍の準備を整えなければならない、という理由で自由時間ができた彼らは一堂に集まった。

奈緒、セリナ、ラピスの三名だ。

ラフェンサはオリヴァース軍を取りまとめる立場、ということで休み時間はないらしい。

そんなこんなで久しぶりに暇をもてあました彼らは雑談を楽しむことにした。その内容とは。


「ねえ、ナオ。実際、リュートに憑依されているってどんな感じなの?」


といった、ある意味で一番気になる内容だった。

隣では珍しくセリナと同じように席に座って雑談をする構えを見せるラピスも同意を示している。

奈緒は僅かに首をかしげると、何となく答えてみる。


「どんな感じ……って、頭に声が響いてくるような感じだけど」

「んー、そういうことじゃなくてね。言い方が悪かったわ。何かいろいろと問題ごとってないのかしら?」

「問題ごと……?」

「それがしも気になります。何といいますか、普通に生活するうえで困ることとかないのですか?」


ああ、と奈緒がその言葉で納得した。

どうやら困っていることが大いにあるらしい彼は苦笑しながら言う。


「あるある、あるね。やっぱり憑依ってずっと誰かに見られていることだから」

「……と言いますと?」

「龍斗には悪いけど……たまには一人になりたい、って思うときがあるでしょ? でも、それは出来ないんだよ」


なるほど、とセリナは心の中で納得した。

どんなに仲の良い人でも四六時中ずっと心の中に存在している、というのは息が詰まる。

何しろ監視されているようなものだ。それが例え仕方のないことだとしても。


「実はかなり苦労したんだよ、初めのころとか……トイレとかお風呂とか、ね」

「同性同士……よね? 一応確認しておくけど、実は男口調の女であるという可能性はないわよね」

「その台詞だけ龍斗の存在を叩き潰せると思うよ」

「同性なのに問題あったの?」

「は、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ。実際、そういうのも全部見ようと思えば見られるしね……」


赤面しながらそんなことを口にする奈緒は何だか可愛かった。

何というか、昨日オリヴァースの大臣たちの前で大立ち回りを演じた人物とは思えないほどに。

憑依直後のことを思い出し、奈緒はこっそりと溜息をついた。


「例えばセリナ……たとえ同性とはいえ、いちいちトイレとかに立ち会わせたい……?」

「……あー……そうね……」

「ちょっと一人でやりたいことがあるけど、見られているかも知れない状況が毎日になると、疲れない……?」

「それがどんな状況なのか気になるけど、確かに疲れるわね……」

「親友にも知られていない密かな楽しみとかも満足にできない、そんな状態は結構きつくない……?」

「わ、私はむしろ密かな楽しみのほうが気になり始めたわ」


ちなみに親友の龍斗はただいま睡眠の時間だ。

厳密にはこういう瞬間がちゃんとした一人になれる時間なんだが、それでも落ち着かないことがある。

あまり知られたくない趣味を暴露してしまう可能性、というのは意外にも辛い。


「しかし、これでお互いが異性同士でしたら、どうなっていたのでしょうね……」

「……異性同士、かぁ」


ぼんやり、とセリナはその光景を思い浮かべてみた。

奈緒と龍斗、二人のどちらかが女だったとしたら。そう考えると少しだけ面白そうな気がした。

奈緒やラピスも同じように想像してみた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




《ケース1 奈緒が女の場合》



「い、いい? 龍斗、絶対だよ! 絶対に見ないでよね!?」


シャワーを浴びたい狩谷奈緒。

可愛らしい外見とくりくりとした翡翠色の瞳の女の子だ。

高校生なのだが、童顔から中学生ぐらいの少女にも思える。彼女は心の中に宿った幼馴染に叫んでいた。

心の中の幼馴染は飄々とした笑みで笑いながら言う。


『おいおい、そんなに恥ずかしがることはねえだろ。一緒に風呂に入ったことも……』

「子供の頃の話だから! だ、だからノーカウント! 今はダメなんだよ!」

『ちっ……仕方ねえな……』

「何で残念そうなの!? 自重してよ!」

『本当に……本当に、残念だ……! くそぉ……!』

「まったく隠そうともしてないね! その正直な心だけは褒められるはずなのにまったく褒められない!」


心の中で鎖倉龍斗という存在を檻の中に閉じ込めながら、奈緒はゆっくりと服を脱いでいく。

ゆっくりと奈緒の肢体が露になっていくが、それでも彼女の不安は止まらない。

何しろ見られているかどうかなんて、心の中では区別がつかないからだ。

乱入してくる変態よりも性質が悪い。


「み、見ないでよね?」

『それはあれだよな。見るなよ、絶対見るなよ! って意味だよな』

「うん、そう。そうなんだけど、何だかすっごく違う気がする!」

『え、違うのか? 見てほしいのか、仕方ねえなぁ、ははははは……』

「龍斗龍斗。あのねあのね……」

「おう、なんだ! マイフレンド!」

「荒縄で三日間縛られて手首腐るのと、耳にペンを突き刺して脳まで達するのはどっちがいい?」

「怖ぇぇええええええええええええええええええええええっ!!!」




     ◇     ◇     ◇     ◇




「普通に違和感ないわね」

「あるよ! すっごくあったよ! なんで僕、女の子になってたの!?」

「ナオ殿は、その……リュートと比べれば、やはり女性のほうになるのが当たり前かと……」

「ラピスまで僕を女顔扱いする!?」


しかも奈緒、という名前の語呂も女の子の名前にはぴったりなのだ。

何だか自然にそんな光景が浮かび上がってくるというのも、一種の才能に近い何かを感じかねない。


「でも、ナオが女だったら私は困っていたわね。どんな風に誘惑すればよかったのかしら」

「うん、まずは誘惑という言葉を心の引き出しにしまいこもうね」

「しかも幼馴染なだけに恋仲という可能性もありますね。お嬢様の苦戦が予想されます」

「現実に男同士なだけに嫌な妄想のされ方!」

「斬新ね……女が、恋仲の男女から、女を寝取ろうというのは、斬新過ぎるわ……」

「目を覚ましてセリナ! 何だか非常に危険な雰囲気! 何処まで斬新なアブノーマルをご所望なの!?」


奈緒の反応が凄く可愛いので、セリナはくすくすと笑いながら想像を続けた。

何だかんだといいながら雑談とはこういう楽しいものを言うのだ。


「なら、もう少し普通の会話をしましょうか」

「さすがはラピス。その生真面目さはラピスの良いところだよね」

「リュートを女にします」

「戻ってラピス! 僕たちに出逢った当初の堅物で融通の利かないあの頃に!」

「地味に失礼よね、ナオの言葉も……」


一度始まった雑談は止まらない。

彼らの『もしも』の話題は龍斗が女になる、という摩訶不思議な方向へと飛んでいく。




     ◇     ◇     ◇     ◇




《ケース2 龍斗が女の場合》



「……あの」

『なんだよ?』

「いや、これからお風呂入るからさ……見ないでくれると、助かるんだけど……」

『いいじゃねえか。別に減るもんでもないし』


びしり、と奈緒の身体が硬直した。

狩谷奈緒は心の中に居ついた幼馴染の女性、龍斗へと恨めしい表情で言う。


「ねえ。こういう場合ってむしろ、女の子のほうが遠慮しない? 普通?」

『俺は気にしねえ。さあ、脱げ、奈緒。お前が何処まで成長したのか、この俺に見せてみろ!』

「後半部分の導入が嫌に格好いいところ悪いけど、脱げ、の一言が全ての雰囲気を吹っ飛ばしているよ!」

『おいおい、小さい頃は一緒に風呂にも入っただろうが……ほらほら、思い出せ』

「あっ、あう、うぐ……ぐぐぐぐっ……」


男言葉の女性にして、男らしすぎる女性。その名は鎖倉龍斗。名前も男らしかった。

一人称が俺、の女の子ってどうなんだ、と心の中で思いながらも苦し紛れの一言を告げる。


「り、龍斗だって嫌でしょ? 異性に裸を見られたら。ほらほら、僕たちもう大人の身体だし」

『別にいいぞ? 逆の立場なら遠慮なく見せる』

「ええええええええええええっ!!?」

『ついでに言うと、お前の身体はまだ未成熟だ。残念ながら大人の身体とは程遠い』

「二重に酷い! 僕の成長、実際に見る前に全否定された!」


がっくりと項垂れる奈緒は、問答無用で龍斗を牢獄の中へと閉じ込めることにした。

ガッシャーン、と心の檻に鍵をかけ、心の中の地下エレベーターを下っていき、心の核シェルターへと移送する。

完全に心の牢獄へと閉じ込められた龍斗が泡を食ったように叫ぶ。


『こ、こら、奈緒! お前、女を牢屋にいれるなんて外道な奴だな!』

「僕だって用意したくなかったよ!」

『くっ……まさか奈緒にこんな鬼畜めいた願望があったとは……俺は、何も気づけなかったのか……!』

「元からそんなものないから気づかなくて当たり前だよ!」

『仕方ねえ……奈緒! 俺のことは好きにしてもいい! だが、周囲の人に手を出すことは許さないからなっ!』

「僕は何処の年齢制限あるゲームの主人公だああああああああああッ!!!」




     ◇     ◇     ◇     ◇




「大丈夫そうね」

「何処に大丈夫そうな余地があったの!?」

「あのリュートなら、有り得ますね」

「うん、すっごく有り得るけどね! でもそれって男の場合の龍斗を想定しているよね!」

「女の龍斗も結局はこうなるわよ、きっと」

「ていうか、何で僕はさっきから攻められる役に回ってばかりなの!?」


何だか雑談の方向性が決定的におかしくなっていく。

今日はどうやら奈緒がアウェーで突っ込みを入れる役らしいが、かなり疲労が溜まるのだった。

セリナは相変わらずというか、いつもどおりに優雅にキリィの紅茶を飲んでいる。

とりあえず、どちらかが異性である、という可能性は二つとも検証した。

これ以上はないだろう、と思い、別の話題を探しているときだった。


「逆に考えてみたらどうかしら?」

「えっ、逆……?」

「もしも、龍斗が身体の持ち主で、奈緒が魂のほうだったとしたら」

「あ、それは何だか面白いかも知れない」


つまり、奈緒と龍斗の立場が逆転する、ということだ。

これなら龍斗の身体能力を引き継ぎ、なおかつ破剣の術で強くなった完全版の龍斗が見れる。

しかも冷静な判断や作戦の提示は奈緒がするのだ。

最悪の時には奈緒が表に出てきて、魔法で強大な敵を一掃する、という愉快痛快な展開が期待される。

何となく、全員でその光景を想像してみた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




《ケース3 奈緒と龍斗の立場が逆だった場合》


「はっはー! よっしゃー、奈緒! 次はどうすればいい!?」

『左手に敵襲、迎え撃って!』

「おうよ!」

『手強いよ、気をつけて!』


龍斗の逞しい身体は容赦なく敵対する者を打ち破る。

元々ラピス以上に鍛えられていた体躯に加え、身体能力を更にあげる破剣の術を併用している。

ゴブリンやオークはもちろん、ミノタウロス族ですら相手にはならない。

大剣を軽々と振り回し、まさに一掃という言葉どおりに敵を薙ぎ倒していく。


『そのまま砦を落とすよ、突撃!』

「うおっしゃあああああっ!!」

『示威行為もしておこう! 手っ取り早くこの辺を焦土に変えておいて!』

「お……おう! 任せておけ!」

『びっぐりゅーと! いっつ、しょーたいむ!』

「お前の中では俺は自由自在に動くロボットかあああああああああああっ!!!」


叫びながらもその通りに動く龍斗に対し、心の中の奈緒は静かに笑う。


『龍斗の力で、頑張って魔王になってね……ふふ』

「はっ……!?まさか、裏から全てを操る黒幕になろうとしてやがる……!?」

『龍斗、危ない! 代わって!』

「お、おう……!?」


かしゃり、と切り替わる音がして人格が入れ替わる。

雄たけびをあげて左から迫ってくる魔族の連中へと、奈緒は残酷な笑みを浮かべて言う。


「<消えろ>」


その一言で魔族たちは次々と消滅していく。

奈緒は己の力の凄まじさを改めて確認し、恍惚にも似た笑みを浮かべながら哄笑した。

それはまるで、魔王の更に上を行くものの存在にも見えた。



「あ、は。ははははははははははははははははははははははははははははははははっ」




     ◇     ◇     ◇     ◇




「ナオ……恐ろしい人」

「何だか凄く僕が凶悪だよね!? なんていうか物語の後半でラスボスになる雰囲気があるよ!?」

「本当にナオ殿は、黒幕という言葉が似合います……」

「一介の高校生にそんな大それた役柄を押し付けないでね!」

「地味に私の中での、さっきの黒幕ナオは、女の性別だったわ」

「なんで!? どうして意味もなく僕の性別入れ替えたの!? 意味ないじゃん!」


ぜーはー、ぜーはー、と息を切らしながら叫び倒す奈緒はついに、ぐてー、と机に突っ伏した。

どうやらツッコミを入れるのに疲れたらしい。

雑談の恐ろしいところは、例え一人が降伏ギブアップしたところで容赦なく続いていく悪しきシステムだ。

既に倒れ伏す奈緒を無視して、セリナとラピスは盛り上がっていく。


「ねえ、ラピス。性別女のリュートと、性別男のナオ。身体はリュートのほう、ってのはどう?」

「こ、これは、とてつもなく……」

「とてつもなく?」

「な、ナオ殿が、不憫です……」

「ちょっと待って! いま、ラピスはどんなもしもの世界を想像したの!? 僕にいったい何があったの!?」


ラピスはとても、口では言えない、と言いたげなほどの表情で、でも結局口にした。


「ナオ殿の居場所がどんどん無くなります」

「それはもしかしてキャラ的な意味で!? もしかして影が薄いのかな僕って!」

「そ、そんなことはありませんよ。ちゃんと普通の意味です」

「それはそれで致命的に辛いよ! 観念的な意味じゃなくて、普通の意味で居場所が無くなるなんて嫌過ぎる!」


変な意味で遠慮がなくなってきているのは、もしかして龍斗の影響なんだろうか。

今はぐっすり睡眠中の親友に恨めしい視線を送りたいが、今は事態の収拾を図ることが先決だ。

このままでは最終的には『奈緒と龍斗の二人が女だったら』という妄想が始まってしまう。

もはやこうなってしまったら原型を留めていないので、何とかしたい。


(んー……何だか、賑やかか……?)

(あ、おはよう、龍斗。早速だけど牢獄に閉じ込めて犬小屋の上に跨らせてもいい?)

(なんで!? どうして家庭で楽しめる簡単三角木馬の出番が!?)


ようやく目覚めた親友に対し、早速憤りをぶつけたい奈緒だった。

重ねて言うが、今は事態の収拾が最優先である。何とかして雑談の方向性を別に持っていきたい。

事の次第を龍斗に説明し、どうにかしようと判断した。


(よし、俺に任せて休んでおけ)

(い、いいの? 大丈夫なの、任せて。ほんとに?)

(おう、とにかくお前はもう寝ろ。何だかいつもの数倍疲れているみてえだしな)

(あ、ありがとう、龍斗……それじゃあ、お言葉に甘えて)


どうやら龍斗には秘策があるらしい。

奈緒もこの話の流れに疲労しているので、せっかくだから眠ることにした。

かしゃり、と翡翠の瞳が赤く染まっていく。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「あー、おはよう」

「……あら? リュート? ナオは寝てしまったの?」

「ああ。さすがに疲れてたみたいだからな」

「そう……残念ね」


そう語るセリナの表情は物憂げなものだ。

せっかく面白いアイディアを考えたのに、当の本人がいない現状に残念がっているらしい。

龍斗はにやにやといつも通りの軽薄そうな笑みを浮かべて言う。


「そうかそうか、愛しの奈緒がいなくなって残念かー」

「い、いいえ。そんなことはないわ、ええ」

「ところで奈緒の小さい頃の話とか聞きたくないか?」

「さあ、今すぐ話しなさい、リュート。何も構うことなく赤裸々に語りなさい」

「お、おろ? 俺の想定以上の高速さ?」


かなりびっくりする龍斗だが、セリナは聞く気満々だ。

ラピスはというと、そんな主に苦笑しながら龍斗のほうへと視線を向けていた。

どうやらラピスも聞いてみたいらしいので、龍斗も乗り乗りで語ることにするのだった。


「俺と奈緒の繋がりは、俺が生後何ヶ月ってときからだ」

「そ、想像以上に早いわね。私とラピスのときみたい」

「それはそれは可愛い、男の子だった。小さい頃は俺ぐらい快活な奴だったんだぜ」

「へえ……それは意外ね」

「何しろ、毎日俺が泣かされ続ける日々だったからな! 奈緒は本当に強かった!」

「本当に意外すぎますね!」


どう考えても龍斗が奈緒を外に連れて行き、その度に泣かせているような印象がある。

だが、実際には奈緒が龍斗を泣かし続けていたらしい。

それが意外すぎて驚くセリナたちに向けて、龍斗は更に口を動かして思い出をなぞっていく。




     ◇     ◇     ◇     ◇




『りゅうとー、りゅうとー、木に登って』

『おっしゃー、まかせとけー!』

『そのままね、あたまから落ちてみてー!』

『おっしゃー、まかせとけー!』


ひゅーん、ぐしゃ!


『すごーい、りゅうと、がんじょうなんだね!』

『いてえよぉ……いてえよぉ……!』

『いたいの、いたいの、とんでけー! とんでけー! ほら、なおったー!』

『うおおおお、なおったー! ってほんとになおったのかこれ?』

『りゅうとー、りゅうとー、木に登って』

『おっしゃー、まかせとけー』

『そのままね、あたまから落ちてみてー!』

『おっしゃー、まかせとけー!』


ひゅーん、ぐしゃ!




     ◇     ◇     ◇     ◇




「…………」

「………………」

「……どうだ!?」

「ええ、惨劇は回避できていたはずだと思うわ」

「リュート、どうしてあなたは考えることを放棄してしまったのですか!」

「何だか凄いシリアスな台詞を投げかけられた!?」


愕然とする龍斗だが、それ以上に複雑な表情をしているのはセリナたちだ。

この二人はそんな少年時代でよくも親友関係が壊れなかったものだ、と思う。


「もう、思い出回想はいいわ……普通に場面転換なしでいきましょう」

「えー、なんでだよー」

「リュートが居た堪れない事例ばかりな気がしますから……」

「そんなことねえよ! 五十メートル潜水してみて、とか、隣の家の猛犬とどっちが強い、とかそんなだよ!」

「ますますナオが黒くなっていくわね……」


これ以上、龍斗が虐げられていく少年時代を振り返っていくのは忍びなかった。

聞けば聞くほど少年時代の奈緒に魔王の片鱗が見えるのはどういうことか。

龍斗は仕方ねえなぁ、と言いながらも話を続ける。


「まあでも、純粋な奴だったよ。今でも女関係は奥手だしな」

「そうね、確かに……」

「家族が大好きな奴でなぁ……ついでに、俺のお嫁さんになる、と語っていた時期もあった」

「ごほっ……けほ、こほ……!」


セリナが優雅に飲もうとしていたキリィの紅茶を噴出してしまう。

まあ、そんな反応を返すよなぁ、と龍斗は苦笑しながら同じように水を飲んで喉を潤した。

あの頃の奈緒は特に可愛かったなぁ、などと呟く龍斗は若干危険人物にも見える。


「ナオ、実は同性愛者だなんてオチはないでしょうね……」

「ねえ、と思うぞ?」

「確定的じゃないのがまた怖いわ……と、ああ、そうだ」


ふと、セリナが思い出したかのように声を上げた。

彼女は少し身体を硬直させて考え込むと、わたわたと視線をあちこちに向けるという落ち着きのない姿を見せる。

何だろう、と龍斗は首をかしげる。それに促されるようにセリナは上目遣いで龍斗を見た。


「ね、ねえ、リュート。ナオはいま、寝てるのよね? 起きてないわよね?」

「ん? ああ、寝ているけど」

「ほんとに、寝ているのよね?」

「ばっちり熟睡で数時間は目を覚まさないコースのはずだぜ……?」


龍斗の答えに安心したのかのように、セリナは表情を僅かに柔らかくした。

彼女の頬のあたりが赤く染まっていて、両手の人差し指の先を弄るようにしてむむぅ、と唸る。

その質問自体が何だかいけないことのような、そんな雰囲気に龍斗とラピスの二人が顔を見合わせた。

セリナは恥ずかしがりながら、何度も念を押すように言う。


「り、リュート。私がこれからする質問は絶対にナオには言わないで」

「…………ああ、任せとけ!」

「何だか凄く頼もしい言葉のはずなのに、前の沈黙のおかげで信用できるかどうかが厳しいわね……」

「ひでえなおい!」

「ま、まあでも、信用するわ。それで、あのね……前から疑問だったんだけど」


まあ、何だかんだ言いながらも龍斗の言葉を信じることにしたらしいセリナは、覚悟を決める。

気持ちは断崖絶壁から飛び降りるような、そんな悲愴な決意ですらあった。

セリナは耳元まで顔を真っ赤にすると、恥を忍んで言葉を口にした。



「その……どうしてナオは、私に手を出そうとか思わないのかしら、って…………うぁ……」



直後、本当に彼らの中で時間が止まった。

かぁっ、と顔を赤くして俯くセリナに向けて何を言っていいのか分からず、ラピスとアイコンタクトを取った。


『ラピス! 俺はどう反応したらいい!?』

『リュート、今日の夕食は鍋が良いです』

『なんてこった!』


アイコンタクト、失敗。

そもそも今までそんなことをしたことがないので、ラピスの言葉は勝手な龍斗の妄想だ。

もちろん、ラピスは『私にも分かりませんよ!』と叫んでいるのだが龍斗には伝わらない。

やれやれ、護衛剣士は微妙に役に立たないぜ、などと心の中に呟いてみるが、これは思った以上の曲者だ。

沈黙してしまった二人に対して、セリナは余計居た堪れなくなって俯いてしまう。


「あーっと……どうして、突然そんなことを?」

「う……なんていうのかしら。もしかしてナオが私に何もしないのは、同性愛者だからじゃないか、って……」

「……奈緒の前でその話はしてやるなよ? 多分、一週間は落ち込むだろうから」

「それじゃあ、やっぱり……私はナオに嫌われていたりするのかしら。炎とか出すものね……」

「まあ、炎は不可抗力だし、そんな理由で嫌いにはならんと思うぞ」


フォローを入れながら龍斗は思考をフル回転させた。

奈緒がセリナにそういった直接的な行動に出ないのは、ただ単に奥手なだけなのだ。

だが、それ自体はセリナも分かっているのだろう。だが、それだけじゃ納得できないから理由がほしいに違いない。

最終的にはセリナ自体に魅力がないから、という有り得ない結論に陥りかねないので龍斗は考え抜いた。

一言ずつ、言葉を選ぶようにして龍斗は語る。


「なんていうか……奈緒はさ、セリナを大事にしたいんだよ」

「……大事?」

「そうだ、大事にしたいんだ。自分の都合でどうこうしたい、とかよりも……セリナが笑ってるほうが嬉しいんだ」


うん、これは間違いじゃない、と龍斗は思う。

奈緒は大事な相手だからこそ、大切に扱いたいのだ。体の関係を持つ、とかそういうことはしない。

それはセリナのことを本当に大事に思っているからに違いない。


「そりゃあ、奈緒も男だからそういう願望もある。そりゃ間違いない。だけど、それ以上に大切だから、だと思うぞ」

「大切……私が?」

「ああ。だから、もう『奈緒はそういう奴』って認識したほうがいい」


にやにや、と平常心を取り戻した龍斗が口元を歪めて嫌らしい笑みをする。

セリナは俯いたままで彼の表情は見えないらしい。

同席するラピスがあたふた、と慌てながらセリナと龍斗を見比べているが、いまは気にしないことにした。

彼の中の悪魔が言っている。これはからかいがいのあるネタだと。


「というわけで、進展を求めるなら自分から奈緒のベッドに潜り込め」

「あ、う……」

「安心しろ。そのときは空気を読んで自分から牢獄の中に閉じこもってやるから。無粋はしません、ほんとに」

「に、逃げ道を塞がれた……」


そんなこんなで楽しい雑談の時間は過ぎていく。

龍斗の独壇場となった応接室で時間は驚くほど早く過ぎていき、やがてその日の一日は終わる。

セリナと、ついでにラピスをからかい尽くした龍斗はご満悦だった。

後にこれが喜劇のような悲劇を生み出すことになるのだが、それはまた別の話ということで。





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