第19話【協議】
「皆の者。今日、再び集まってもらったのは他でもない」
魔王カリアスの一言で協議は始まった。
玉座にはカリアスが、そしてその後ろに控えるようにして王族にして将軍のラフェンサが控えている。
赤い絨毯が広がる謁見の間で、王の立場を示すように上段に位置付けられた玉座に座り、カリアスは言う。
「クィラスの英傑、ナオ・カリヤより申し出があった。彼の者に一軍を授け、蛮族国を討伐させてほしい、と」
ざわざわ、と再び重臣たちが隣り合った者と話し合った。
玉座に最も近い席。左右にラフェンサと同じ立場の二人の将軍が立ち、大臣たちもそれぞれ左右に控えている。
彼らの視線は一概に、中心にただ一人立つ奈緒へと向けられていた。
見た目は頼りない少年だ。童顔の彼はまだ若いというより、幼さすら感じてしまう。
「諸君の意見を聞きたい」
「恐れながら申し上げまして。カリアス王」
右の将軍、かなり年配と見える年老いた男。銀色の鎧を着けているほうが奈緒へと視線を向けた。
皺の目立つ顔付きは好々爺というよりは、腹の底を見せない老人という印象を受ける。
「我らオリヴァースは財政危機に立たされておりまして。今は戦争をするような余力はないかと」
「そうだ」
「今は力を蓄えるのが先だ」
「勝算の無い戦いを続けては、国は疲労するばかりですぞ!」
老人の言葉には重みがあるのか、何人かの大臣も同じような言葉を口にする。
多くは文官だろう、と奈緒は考えた。戦争などというものを求めず、ただ平和が維持できればいいのが文官だ。
何しろ戦争では彼らの出番はない。今の地位や立場に満足しているのなら、無理に争いを起こしたくない。
「血気盛んなのは勇ましいことで。しかし、少年の考えているほど国は甘くないので」
彼らは日和見な意見が大好きだ。
よく言えば平和主義者、悪く言えば地位にしがみ付く愚か者だ。
奈緒はつまらない表情をした後、ゆっくりと首をかしげて銀色の鎧の将軍へと声を掛けた。
「発言、よろしいですか?」
「ふむ、何かね?」
「今のオリヴァースの現状を正しく理解しているかな、右将軍?」
「……なに?」
最初の問いかけと違い、ともすれば無礼な質問にもとれた。
老人は右将軍という地位に就き、国を動かしている大黒柱の一角となっている。
そんな彼に向けて言外に『お前は国を理解していないのではないか』と、何も知らない一般人が言ったのだ。
「現状維持を望んでいるところ悪いけど。もう、そんな段階はとっくに過ぎているんだよ?」
「……それはどういうことで?」
「一年もしないうちにオリヴァースの国が滅びるからだよ。声高々に平和万歳、戦争良くない、と謡っている間にね」
不敵な発言にざわついたのは大臣たちだった。
どう考えても不敬罪に問われるような発言は、国そのものと王を侮辱したと取られても不思議ではない。
事実、重職に就くものたちの中でも怒りの声が届いた。
「な、なんと無礼な!」
「貴様、王の御前であることを理解しているか!」
「不敬罪じゃ! 近衛兵、この者を捕らえよ! 好き勝手言いおって!」
蜂の巣を突付いたような騒ぎである。
近衛兵たちはどうしていいか分からないが、何人かが奈緒を抑え付けるために近づいていく。
彼ら一人一人も魔族なんだよね、と何処かずれた対応をする奈緒はカリアスを見た。
しかし、カリアスは黙ったまま動かない。怒ろうとはしないが、助けようともしない。
それでいい、と奈緒は思う。助けなんて必要ない。
かしゃり、と。
奈緒の瞳が翡翠の色から紅蓮に染まった。
王を初めとして、その場に居た者たちの全員が言葉を失った。
奈緒の中に二つの魂が宿っているとか、そういう事情を一切知らない者たちばかりだったからだ。
「いいかてめえら! よく聴けよ! 現にこの国はもういっぱいいっぱいなんだよ!」
奈緒から龍斗へと人格が入れ変わる。
龍斗は心の中で奈緒の助言を受けながら、高らかに自分たちの主張を叫んだ。
堂々とした物腰と不敵な態度は、奈緒よりも龍斗のほうが様になっている。
奈緒と少しばかり会話をしたラフェンサなどは、彼の豹変振りに可愛らしく口をあけたまま呆然としていた。
「俺たちが救わなきゃ、クィラスは攻め落とされていたんだぜ!? いつもの略奪じゃねえ、あれは侵略だ!」
「……ふ、ふん。所詮は国境付近の小競り合いじゃ。何を大げさに」
「そ、そうだ。偶然一度、蛮族どもを追い返したぐらいで調子に乗りおって……」
未だに大部分の大臣は理解していないのだろう。
クラナカルタのそれはクィラスから搾取するための略奪行為に過ぎない、と思っているのだ。
いや、それ以前として略奪がどのようなものか、実際に目で見ていないのかも知れない。
彼らの中での計算は殺された人民ではなく、奪われた資産を対称にしているのだろう、と奈緒は心の中で思う。
「おい、そこのハゲ親父」
「は、ははは、は……!?」
「お前、クィラスの町、何処まで知ってんだよ。守備隊は後何人くらいだ? あと何日持つと思ってんだ?」
「そ、そんなものはクィラスの町が勝手にやることだ! 彼らが最善を尽くせば一年でも二年でも……」
「六日も持たねえよ、クソ親父」
あまりの暴言に禿頭の眩しい大臣が、口をぱくぱくと開閉する。
龍斗はもはやそっちには興味を向けず、さっきから黙って聴いている金色の鎧の将軍へと視線を向けた。
彼も年配だが、壮年くらいの歳だ。筋骨隆々の悪魔族は見定めるように龍斗を見ていた。
かしゃり、と奈緒とバトンタッチして龍斗は一度心の中へ。
再び瞳の色が変わったことにより、左将軍のほうも僅かに眉を動かして驚いた。
「今回の侵攻、蛮族たちがどれほどの戦力でクィラスを襲ったか、聴いていますか?」
「報告では百人規模、と聞いているな。守備隊も確か、それくらいいただろう?」
「うわあ……一体いつの話をしているのかな、この人。ほんとに左将軍? これはちょっと使えないかなぁ」
「な、んだと……!」
明らかに情報が正しく伝わっていないことに、むしろ奈緒は呆れてしまった。
憤る左将軍に無能の烙印を押しつつ、奈緒は語る。
「守備隊は壊滅していました。僕たちが訪れる前にほとんどが倒れています。残りは三十人ほどですね」
「なんだと!」
「そ、そんな馬鹿な……情報では、そのような」
「しかも敵は大型魔獣、キブロコスを戦線に投入してきていました。一体で兵五十人分だそうですね?」
ざわざわ、と動揺が広がっていく。
ほんとに彼らは何も伝えられていなかったのだろうか。
腐敗した国家のような、情報差し押さえのような出来事に奈緒は顔をしかめる。
恐らく、腐ったリンゴが実っているのだろう。
「クラナカルタは幹部の一人を大将にして、キブロコスと百二十の魔族と魔物を引き連れてきました」
これでもまだ、ただの略奪と受け取るつもりか。
いい加減に現実を見ろ、と言外に告げて憐れむような視線を魔王カリアスへと向けた。
彼は無言を貫いたが、恐らく彼も驚きを隠せていなかっただろう。
こんなにも無能と言うか、そんな大臣ばかりを集めてしまったのか、と思うとオリヴァースが小国の理由が分かる。
「もう一度言います。これは侵略だ!」
強く、語気を荒くして奈緒は叫んだ。
目の前の現状を正しく理解してもらうために。
いつまでもぬるま湯に漬かった大臣どもに思い知らすために。
「クラナカルタはとうとう、この国を滅ぼそうと牙を剥いた! それを理解したうえで現状維持と言い切るか!」
侵略に対しての現状維持は、黙して国を滅ぼされるのを待つということだ。
いつまで日和見を気取っているのか分からないが、いい加減に目を覚ましてもらわなければ。
「侵略されてなお現状維持と歌うのなら、蹂躙されていく民衆たちへと償いの方法でも考えていろ!」
「…………」
場が静まり返った。
何か文句を言いたいのだろうが、情報を握られている以上手を出せない。
ここで下手な言葉を口にすれば、それが己の無能を曝け出すことにもなりかねないのだ。
両将軍も、大臣たちも沈黙を守り続けるなか、奈緒の言葉だけが響く。
「カリアス王。あなたはどうだ、自分の国が侵略されることに何も感じないのか!」
「…………ふむ」
「この国が不当に他国から虐げられている、ということに何も危機感を覚えないのか!」
「では、どうすればいい、と。ナオ殿は言うのかな」
カリアスの言葉は確認事項のようなものだ。
魔王は中立を保っているように見えて、割と奈緒の有利な方向へと話を通している。
もちろんそれは奈緒の言葉に合わせてのものだし、僅かに手心を加えているようなものだ。
だが、現に謁見の場の主導権は奈緒の手に握られている。
「もはや、クラナカルタは百害あって一利なし。滅ぼすべきだと思います」
「簡単に言ってくれるなよ、小僧!」
怒号を響かせたのは左将軍だ。
筋骨隆々の悪魔族は、もはや我慢ならん、と奈緒へと近づくと胸倉を掴んだ。
おおお、と周囲が驚きに染まる中、左将軍が怒鳴り散らす。
周囲の大臣の何人かも、それに反応するように口々に奈緒を罵倒した。
「今まで我々とて幾度となく討伐軍を送り込んだが、いずれも失敗に終わったのだ!」
「そ、そうだ……左将軍自らの出陣でも、我々は敗北した」
「たかが一度追い払った程度の小僧に、国の命運を託すことができるか、馬鹿めが!」
「しかも貴様、魔族ではないな!? ははは、人間の小僧が偉そうに!」
あーあ、と奈緒が嘆息した。
まるで子供の遊びのようにも思えてきた。
何だかとてもくだらなくなった。理論だけで推し進めるのはどうやら無理らしい。
言葉の通じない獣たちに教え込むにはどうすればいいのか。
(奈緒ー、奈緒ー?)
(うんー?)
(殺して良いな?)
(その判断は高速すぎるけど……でもまあ)
かしゃん、と人格が再び入れ替わった。
赤い瞳が怒りに燃えて左将軍を睨みつけるのを感じながら、奈緒は心の中で呟いた。
(殺さない程度にね)
◇ ◇ ◇ ◇
耳を塞ぎたくなるような轟音が響いた。
男の身体が宙を舞い、大臣たちの目の前で竹とんぼのように回転しながら吹っ飛んだ。
誰もが、言葉を失った。
魔王カリアスは表面上では余裕を崩さなかったが、内心では冷や汗をかいていた。
同時に無能ぶりが浮き彫りになった大臣たちも、身体の震えが止まらなかった。
胸倉を掴まれていた奈緒、改め龍斗は人を殴った感触に口を歪めて言う。
「おい」
ひっ……と誰かの口から悲鳴が漏れた。
謁見の間は直線の広さが五十メートルほどもある、広大な空間だったが、そんなものは関係ない。
奈緒の胸倉を掴んでいた左将軍は壁に叩き付けられていた。
破剣の術を最大限に使用した龍斗の拳を受けて、壁に縫い付けられるようにして気絶していた。
その惨劇を作り出した龍斗は平然とした顔で言う。
「これでもまだ、俺の実力に不満があるか?」
たった一撃だ。
それだけで筋骨隆々の悪魔族の男の身体は地に沈んだ。
傍目には生きているか死んでいるかも分からない。
「ひとつ、忘れているようだから教えてやるがな。誰が百人以上の敵を葬ったと思ってんだよ?」
正確には龍斗ではなく、奈緒たちなのだがそこは些細な問題だ。
現に圧倒的な力を見せ付けた龍斗に大臣たちが尻込みしている。それで十分なはずだ。
「貴様ぁ!」
「こ、これ以上の狼藉は許さんぞ!」
だが、重職である将軍の一人が倒れたことが切欠で近衛兵たちが動いた。
恐怖を抑え付け、己の職務を遂行するために十人以上の兵たちが槍を龍斗に向ける。
ラフェンサは指示していないが、この状況を彼女は止めることもしなかった。
どうやら兄と同じように傍観役に徹することにしたらしい。
(龍斗、代わって)
(ええ? いや、お前、大丈夫かよ?)
(ここは徹底的に脅す場面かな、と)
(ははっ……お前もやっぱり腹黒くなったなぁ、おい)
かしゃり、と翡翠の色へと切り替わり、奈緒が己を囲む兵士を見た。
このとき、確かに大臣や兵士たちは安堵した。
堂々とした態度の赤い瞳よりも、気弱な本来の性格としての大人しそうな緑の瞳のほうが御しやすいと思った。
徐々に距離を詰めていく兵士たちを見て、奈緒はカリアス王へと問いかける。
「カリアス王。ここで僕が暴れると、少し洒落にならなくなりますが……」
「……うむ、皆の者、静まれ」
「はっ……この小僧はなにを! たかが不意打ちで調子付きおって人間が!」
「王よ、ご安心を! すぐに……」
カリアスの言葉は届かない。
応えは待たなかった。右手を掲げて奈緒は宣告する。
セリナから魔法は三度まで、と制限されているが、今は戦うためのことではないので割愛した。
「<風よ>」
ひゅう、と疾風が一陣舞い、兵士たちが吹き飛ばされた。
切り裂くためのものではなく、ただ相手を退かせるための魔法だ。
目論見どおり、兵士たちが風に飛ばされて宙を舞う。
大臣たちが凍りつく。人間が魔法を使うという事実に驚いた彼らを、更なる驚愕に追い込んだ。
「<氷よ>」
氷結がそれでも向かってくる近衛兵の足を止め。
「<地よ>」
左将軍の身体で壊した壁の破片が、兵士たちを薙ぎ倒し。
「<雷よ>」
帯電した彼の身体に触れた兵士が、感電してその場に倒れる。
僅か十秒にも満たない時間でラフェンサが指揮する近衛兵たちは一人残らず気絶した。
逃げ惑う大臣たちは謁見の間の隅で震えている。
その場で一歩も動かなかったのは王のカリアスと妹のラフェンサ、そして銀色の鎧を着た右将軍のみ。
「他に闇も使えるんだけど、使用は禁じられているしね」
「なるほど。五色の異端というわけか……セリナ殿の自信の一端は理解できた」
目の前で起こった惨状に対し、カリアスは何も言及することは無かった。
右将軍の老人は沈黙を守ったまま動かない。
震える大臣たちはもはや反抗する気力をごっそりと奪われていた。
近衛兵たちが呆気なく敗れた以上、彼らの生殺与奪は奈緒が握っていると思って過言ないのだ。
だが、トドメを刺すように震える彼らに向けて笑いかけた。
「本気を出したらこんなものじゃないからね?」
「ひぃぃぃぃっ!」
禿頭の眩しい大臣は、化け物でも見たかのように震え上がった。
これが五色の魔法を使えることに対する畏怖だと、自然と奈緒はそう納得することにした。
さて、交渉のカードは出揃った。
少しというか、かなりやりすぎた感はあるけど、そこはそれ、ということにする。
「それでは話の続きだけど」
「確か、一軍を貸せ、という申し出であったな」
魔王カリアスはうーむ、と唸るような声を上げる。
大臣たちを見渡してみるが、誰一人としてもはや奈緒に逆らおうと言う気概を持つ者もいない。
正論も確かなものだったし、方法は乱暴だったが実力も証明された。
「その一軍を君はどのように扱う?」
「基本的には僕たちが敵大将を討つ。そのあいだ、魔物たちを止めてくれる役かな」
「傭兵でもいいのではないか?」
「もちろん傭兵も雇うよ。ただ、絶対に負けられない戦いだからこそ、補強できるところは補強したい」
奈緒は一息つき、更に語る。
「オリヴァースだけじゃないよ。ラキアスからも兵を出してもらう」
「ラキアスからも? あそこは我々のようには扱えないぞ?」
「そこをオリヴァースの魔王であるあなたから、書状を出してもらいたい。ラキアスからも一軍を出す余裕はあるよ」
それにクラナカルタは両国にとっても悩みの種だ。
たった一軍を送り込むことによって悩みの種が取り除ける、ということを考えれば脈はあるはずだ。
何より、それすらも出来ないということはラキアスは想像以上に混乱していることになる。
それが分かるかどうかでも、試してもらう価値はある。
「誰か、意見する者はいないか?」
分かりきった問いを周囲へと向けた。
ラフェンサも、右将軍も、気絶した左将軍も、そして大臣たちも口を挟もうという者はいなかった。
ならば、もはや奈緒の言葉に対して拒絶することは出来ない。
もはや勝負は決まっていた。
「決まったな。明日には一軍をナオ・カリヤへと貸し与えよう。見事、クラナカルタ国を打倒することを期待する」
◇ ◇ ◇ ◇
「ご苦労だったな。だが、やりすぎだ馬鹿野郎」
「す、すいません……」
協議は終わった。
逃げるように退出していく大臣たちは滑稽だったが、王の立場からは笑えない。
右将軍は沈黙を守ったまま退出するし、左将軍は近衛兵たちと共に医療室へと運ばれていった。
オリヴァース国で恐らくもっとも醜態を晒した協議だっただろう。
奈緒はカリアスに呼ばれ、私室へと通された。妹のラフェンサも一緒だ。
「確かに容赦も加減も遠慮もしなかったが、それにしたって我々にも面子があるんだ」
「いや……何ていうか、もう、分からず屋ばかりで、つい」
「突然、見ず知らずの若者が国についてとやかく言うんだ。反抗するに決まっているだろう」
うぐ、と奈緒の苦笑いが崩れる。
むしろあれだけの圧倒さを見せ付けられても怖気づかないカリアスは凄い。
背後のラフェンサですら、兄の発言に対して一喜一憂するくらいに奈緒を警戒していると言うのに。
実際に魔法を使った人間というものを初めて見たに違いない。
「父の時代からの大臣も多いが……少し人事については考えるべきかな、ラフェンサ」
「……そうですね。遺憾ながら、オリヴァースの内面が浮き彫りになってしまった形でしょうし」
「正直に言って良いかな?」
「何でしょう?」
「重臣たちを一度、総辞職させてでも何とかしたほうがいいと思う……」
「ははははは……はあ」
奈緒の言葉に二人は乾いた笑みを浮かべるしかない。
それが出来るのなら苦労はしないし、貴族や先王との繋がりも考えれば難しすぎる。
奈緒が思っているほど国というものは簡単には動けない。
まあ、それは全てオリヴァースの事情であって奈緒には関わり合いのないことだ。
「それで、僕たちに力を貸してくれることは決まった、と考えていいんですね?」
「そうだな。一応聴いておくが、我々のメリットはなんだ?」
「外敵クラナカルタの排除と……セリナが作る新たな国家との友好、ということでどうでしょうか?」
「もはや野心を隠さないのかこの野郎」
カリアスは開けっ広げな奈緒の発言に苦笑するしかない。
言葉もフランクなものになっている。それは奈緒という人物を認めた証なのかも知れない。
奈緒は右手を差し出した。握手を求めるために。
「今後とも良いお付き合いを、カリアス王」
「こちらこそ。彼女を泣かせるような真似をしたら、我は真っ先に君の敵に回るぞ」
「肝に銘じておきます」
がっしり、と硬い握手が交わされる。
それが友好の第一歩だ。国の力を得て、更に奈緒の成り上がりは拍車を掛けていく。
戦うための前提条件のひとつ。
オリヴァース国の戦力を抱えた奈緒は、ようやく一息を付くことができた。
◇ ◇ ◇ ◇
一方その頃。
「暇ね、ラピス」
「そうですな、お嬢様」
かなり豪華な部屋に通されたセリナたちは、キリィの葉で作った紅茶らしきものを口に含んで一息ついていた。
部屋の外では左将軍と近衛兵たちが治療室に運ばれたり、と蜂の巣を突付いたような騒ぎだ。
大臣たちが転げるようにして逃げ回っていることを横に置いて、件の彼女は優雅に言う。
「暇ね、ラピス」
「お嬢様。既にその台詞は二十六回目です」
◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、場所は未明。
暗い一室で銀色の鎧を着けた男が立っていた。
周囲には誰も居ない。右将軍という役職についている老人は好々爺のような姿勢を崩さない。
酒を呑む老将は一人、ぽつりと呟いた。
「邪魔をされてしまったか」
老人は豪華な装飾の部屋の片隅にある、大きな机の引き出しを開いた。
そこに入っていたのは書類だ。
内容は様々な陳情や国の現状など、各町の代表から悲鳴のように送られてきた情報だった。
老人はそれらを取り出すと、酒の入っていた入れ物へと放り、そしてマッチらしきもので火をつけた。
ぱちぱち、と音を立てて証拠が消えていく。もはや必要の無い書類だ。
「良い。寿命が少し延びただけのこと」
ぽつり、と何でもないことのように男は呟く。
それが何を指しているのか。それ以上、多くのことは語らずに将軍の一人は窓の外を見やる。
思い出すのは謁見の場で大立ち回りを演じた黒髪の少年のことだ。
老人にとって彼は邪魔者に過ぎない。
だが、その場で見せた才能は老人でも一目を置かざるを得ないほどの逸材だ。すぐには処分できない。
「まあ、いい」
無理に敵対する必要も無いだろう。
今はただ黙して機会を待つばかり。老人は次の機会を待つだけだ。
百年単位でじわじわと殺していく計画に多少を遅れは問題ない。
様々な思惑と陰謀が絡み合ったまま、彼らの物語は続いていく。