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第10話【現状把握、軍師ナオの献策】

新しい朝が始まった。

奈緒と龍斗にとって初めて魔界レメゲトンで迎える朝だ。

目覚めた龍斗はベッドから起き上がったところで、奈緒の身体を襲う苦痛に気づく。

どうやら運動不足の身体に砂漠での全力疾走や魔物との戦いの影響が色濃く、筋肉痛になっているらしい。


「いつつ……まあ、元の俺の身体でも多少はそうなるだろうな……」


肩と脹脛ふくらはぎの両方を襲う鈍い痛みに顔をしかめながら、龍斗はぼんやりとした思考で周囲を見渡す。

日の光が窓の外から零れ落ち、龍斗の存在を照らしていた。

隣のベッドを覗いてみたが、既に二人の姿はない。

時刻がどれくらいか分からないが、何となくの感覚で寝坊した気がした。

龍斗は頭を掻きながら、心の中の奈緒へと呼びかける。


(奈緒ー、奈緒ー?)


呼びかけてみるが、返事はない。

寝ちまったのかな、と思いながら心の中に潜ってみる。瞳をつぶって集中し、奈緒が心の中で作った部屋へと赴いた。

何度も来たことがある生前の奈緒の部屋だ。

それを見ると龍斗は少し心が苦しくなる。当然ながら、奈緒だって帰りたい。いつまでも続くと思っていたあの日常に。


(奈緒、寝たのか? 大丈夫か?)

(…………え? 龍斗? もう朝?)

(起きてたか。ほんとに徹夜してたのかよ)

(うん……偉そうなこと言ってみたけど、どうしても僕のほうも『絵空事』から抜け切れなくて……)


どうやら憔悴しているらしい。

勝算がある、と神童だった奈緒が言っている以上、勝算のある計画があるのだろう。

ただ、それが魔界レメゲトンで通用するかどうか、ただの高校生だった奈緒の浅知恵でうまくいくのか。

それが不安で仕方ないのだ。高校生の奈緒と貴族のお嬢様だったセリナ、その違いはほとんどない。


(で、どんな感じだよ)

(とりあえずケース・バイ・ケースを考えて十三個くらい考えた。あとはこれを応用していけば……)

(……そんなにいるもんなのか?)

(情報が不足しているんだよ……この世界の常識を知らないから、下手な鉄砲でたくさん考えないといけない……)


後はこれからセリナたちと話して計画を詰めていくことになる。

奈緒は頭を抱えながら龍斗と身体を切り替えた。

魂状態になった龍斗は奈緒のふらつく身体を見ながら、少しだけ冷や汗を流してみる。


(お前、大丈夫か?)

(んー、説明が終わったら龍斗に代わってもらって、少し寝るから大丈夫。これから移動していかなきゃいけないし)

(……まあ、分かった。頑張れよ)


奈緒が何を考えているのか、龍斗には分からない。

急ぐ必要はないのだから眠っていればいい、と言おうと思ったが、奈緒の様子から見るとそうもいかないらしい。

心の中で考えた出来事は手帳に書き記すことができないのだ。

そういった役割は身体があって初めて成立するわけであり、今の奈緒は頭の中に全部の計画を叩きこんでいる。

なら、存分に計画を披露してもらい、その後でゆっくり眠ってもらったほうがいいだろう。


(セリナたちは、あの条件で納得してもらえた?)

(微妙だけど、大元では納得した)

(よかった……)


まあ、アプローチの相手が不特定多数から奈緒限定に変わっただけだけどな、という事実は呑み込んでおく。

全部の計画を説明したあとからでもいいだろうし、龍斗的にはこっちのほうが面白そうだ。

奈緒が目の下にクマをこさえるような顔でドアノブを回していく姿を見ながら、悪魔りゅうとはそっと微笑んだ。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「おはよう。セリナ、ラピス」

「……おはよう、ナオ。早速だけど寝なさい、と言わせてもらっていいかしら?」

「おはようございます、ナオ殿。失礼ながらもう少しお休みしたほうがよろしいのでは……」


開口一番、そんなことを言われた。

セリナは昨日とは違う柄ながら、やはり黒のワンピースに身を包んで優雅にお茶を楽しんでいる。

ラピスはセリナが座っている席の向かい側に腰掛け、セリナのお茶の相手を務めていた。

奈緒は二人の言葉にそっと首を振ると、彼女たちのいるテーブルへと近づいていく。


「その前に、僕が夜通しで考えたことを聞いてほしいんだけど……紙とペンはある?」

「ございます。あ、ナオ殿、こちらにお座りください」

「え、いや、でも……」


ラピスが即座に自分が座っていた椅子を明け渡し、荷物を置いている部屋の隅へと歩いていく。

この部屋、四人用だというのに椅子がふたつしかないのだ。必然的に三人の奈緒たちは一人が立たなければならない。

奈緒の返事を聞く前に椅子を明け渡してしまったラピスを見て、そしてセリナを見る。

セリナは無言で、それでも確かに座りなさい、と言っていた。


「じゃあ、失礼します。セリナ、まず色々と聞きたいことがあるんだ。全部答えてもらうよ」

「いいわ、何でも聞いて」


それじゃあ、と遠慮なく魔界レメゲトンの常識を尋ねることにする。

ちょうどよくラピスが数枚の紙とボールペンを奈緒のテーブルの前に置き、自らはセリナの背後へと控えた。

紙とペンで世界には通じるんだなぁ、と妙な関心をしながら奈緒は言う。


「じゃあ、まず国際情勢から。オリヴァース、クラナカルタ、ラキアスに国交関係は?」

「貿易関係がオリヴァースとラキアスの間に結ばれているわ。でもクラナカルタは一切、そういうのがないわね」

蛮族国クラナカルタの国の教えは『強き者に従え』というものですから」

「なるほど……」


奈緒は紙の上にボールペンを走らせ、クラナカルタとオリヴァース、そしてラキアスの関係を明確にしていく。

更にクラナカルタには国教として『強き者に従え』と綴る。

世界の常識を書き込みながら、奈緒は手を動かすのをやめることなく続ける。


「オリヴァースは小国って言ってたけど、王の人柄とか分かる?」

「分かるわ、公爵家のときに逢ったことがあるもの。若い王子が今の王よ、人柄は……そうね、悪くない人よ」

「国民との信頼関係も結ばれています。今の魔王にしては穏健すぎる、という意見もあるようですが」

「そちらのほうが助かるよ、正直」


セリナ曰く、魔王とは畏怖で従えるというのが多いらしい。

人間の王が政治と良識で従えるのに比べれば乱暴だが、圧倒的な力があるからこそ従う者たちもいる。

この魔王の下についていれば大丈夫、という安心感を民に与え、同時に恐れさせる。

民たちは王に対し、自主的に貢物を捧げる。もちろん、畏怖がなければそんなことは行えない。


「ラキアスは『アンドロマリウスの変』で畏怖を示したわ。逆らう者、敵対する者は皆殺し、ってね」

「対してオリヴァースの王は畏怖で治める、というよりは政治で治めています。思うようにはいかないのでしょうね」

「魔族の中では『政治』よりも『畏怖』で治めたほうが、効果が高いのか……」


だからこそ、セリナは政治よりも力の強い新たな魔王を望んだのだろう。

奈緒の常識では政治の詳しい人が必要なのだと思っていたが、必ずしもそうではないらしい。

魔族の常識はそうらしいが、それでも将来国を建てるなら内政を行える人材は欲しいところだ。

そう、すべては人材だ。この一点に尽きるといって過言はない。


「次。セリナはオリヴァースをどうやって落とすつもりだったの?」

「傭兵よ。単純に力が弱いオリヴァースなら傭兵団を雇って、武力で制圧できると思ったの」

「オリヴァースの魔王はどうするつもりだったの?」

「一応、畏怖を示すために殺すか。もしくは配下として従えさせようと考えてたけど……ナオ、やっぱりまずい?」


うーん、と奈緒は手を動かしながら呻いた。

傭兵団の力がどれほどか分からないが、オリヴァースも小国ながら国を保つ軍隊がある。

簡単に落とせるとは奈緒には到底思えないし、オリヴァースの魔王が良識で民の信頼も厚い人物ならまずい。

ひょっとしたらラキアスのような外部勢力より前に、国々で内乱が起こっていたかも知れない。


「まあ、後にしよう。ところで傭兵団って強いの?」

「強いわ。何しろ魔族の傭兵団と言えば、彼らの活躍する場所は宿敵の人間の国か、もしくは相手の魔族国よ」

「相手が国単体ということですので、正規の軍隊よりも精強な魔族が揃っている場合もあります」

「なるほど……セリナがオリヴァースを落とせると思った根拠はそこか……」

「ええ。値が張るけど、それでも一軍を揃えることはできるわ」


戦力に関しては問題ないらしい。

傭兵を雇う場合の相場は分からないが、セリナの資金を考えれば足りないなんてことはないだろう。

まあ、傭兵たちが何処まで信用できるかは分からないが。


「話は変わるけど、クラナカルタの存在は残りの両国にとっても面倒な存在なんだよね?」

「そうね、それは間違いないわ。クラナカルタのせいで国境は荒れ放題よ」

「幾度となく討伐隊が編成されましたが、クラナカルタという国そのものを落とすことは叶いませんでした」

「んー、ふむ……」


奈緒の手の動きが止まる。

頭の中で考えていた計画のうちの半分くらいを抹消した。

選択肢が少なくなると共に、一本の太い道らしきものが奈緒の中でおぼろげながら浮かんできた。

まだ、この時点でも奈緒の評価では『絵空事』に過ぎないものだったが。


「後は、ラキアスと外部勢力かな……ねえ、ラキアスは一軍を動かせるって言ってたっけ」

「ええ。国境の一軍ぐらいは動かせると思うわ」

「言われてみれば危惧するところでありますね……国取りをしている最中に横槍を入れられては堪りません」

「うん。でも今回は別にいいかな」


あっさり、と。奈緒はそんなことを言ってのけた。

セリナとラピスが驚いた顔をした。奈緒はラキアスの横槍という最も危惧すべき事柄を恐れていないのだ。

ただの無知なのか、それとも何か策があるのか。今の段階では判断ができない。


「他の地方の横槍が心配かな。そっちは大丈夫?」

「良くも悪くも心配ないでしょう。このリーグナー地方に進出してくるということは、ラキアスと敵対することを示しています」

「魔族国全体から見てもラキアスは大きな国よ。一応、地方の覇者なんだから」

「よし……それじゃあ最後に」


奈緒は挑むような表情でセリナを見た。

最初に逢ったときの奈緒はおどおどした態度の、気の弱そうな少年だった。

だが、今は何故だか生き生きしている。まるで高い壁に挑戦することを楽しむ英雄のような顔立ちだ。

もっともセリナたち魔族にとって『英雄』という存在は天敵以外の何者でもないのだが。

思わず気圧されてしまうセリナに向かって、奈緒は質問の最後を占めるようにこう言った。


「五色の魔法を扱う者の価値、それって一体どれほどの『畏怖』を相手に与えられるのかな」


恐らくはこれが一番大事な要素だ、と奈緒は考えた。

この世界に訪れてから培った絶大な才能、苦労もせずに手に入れた異端の戦闘技術。

未だに自分が魔法を使えることへの納得はいかないが、使えるものは何でも使おう。それが奈緒に許容できるモノなら。

セリナは奈緒の言葉を静かに受け止め、真剣な表情で告げる。


「それは、すごいわよ。なんていうか有り得ないぐらいだもの。ねえ、ラピス」

「はっ……歴代の高名な魔王の中にも……五つの属性を操る王など、聴いたことがありません」

「やっぱりそれは畏怖を与えられる?」

「そうね。資質だけなら魔王を統べる存在、大魔王とだって肩を並べられるわ。並の魔王や貴族の比じゃないと思う」


その言葉を聴いて奈緒は思わず噴出した。

この手に宿る力が、ただの高校生だった狩谷奈緒というちっぽけな存在が、そんな大それた才能を持っている。

突然笑い出すセリナたちの怪訝そうな顔にごめん、ごめん、と奈緒は笑いながら謝罪する。

奈緒の中に眠る才能、その全ては彼女たちのために使うと心の中で誓った。

強大な力は人を狂わせる。奈緒には実感が沸かないが、ちゃんとそれは心の中でしっかりと留めておくことにした。


(龍斗)

(……む?)

(もしも僕が力に酔いそうになったら、僕を叱り飛ばしてね)

(……おーけー、お前も気をつけろよ。そういう奴は結構多いからな)


大丈夫、と奈緒は心の中で笑った。

彼には魔界レメゲトンに来てからずっと自分を支えてくれる親友の存在がある。

彼さえいれば道を間違えたとしても叱り飛ばしてくれるに違いない。

奈緒は心の中にある頼りがいのある親友を頼もしく思いつつ、少し呆気にとられている二人の少女を見据えた。

計画は決まった。後は絵に描いた餅を現実に引きずり出すだけだ。


「……それじゃ、僕が考えた計画を発表するよ。よく聴いて」




     ◇     ◇     ◇     ◇




セリナは宿からチェックアウトしながら、今まで以上に活気に包まれた表情で宿を飛び出した。

その背後には常にラピス・アートレイデが控えている。彼女の表情も若干、明るい。

最後に宿から現れたのは紅蓮色の瞳をした黒髪の少年だ。

身体を再び入れ替えた奈緒はようやく睡眠時間となり、今は龍斗がその身体の所有権を得ている。


「……やる気が出てきたわ。色々と不安もあるけどね」

「ええ、お嬢様。ナオ殿の言うとおり、これからの交渉こそが明暗を分けるといっても過言ないでしょう」


セリナにも、ラピスにも、昨夜のような追い詰められた表情はない。

あまりにも素直に計画が受け入れられたため、奈緒が拍子抜けしてしまったことを追記しておく。

二人の反対がなかったのが逆に不安になってきたらしい奈緒は、しばらく寝付けなかった。

結局、どっちになっても眠れなかったんじゃねえか、と龍斗がからかったが、ようやく訪れた睡魔に飲み込まれていった。


「しかしまあ、思い切った案を出したもんだなあ」


意気揚々とする二人の背中を見ながら、龍斗は彼女たちの後を追う。

計画の内容、その一端を口にしながら。


「オリヴァースを従え、ラキアスを利用して、クラナカルタを落とす……ねえ」


龍斗は歩きながら、今後の物資を買い込むセリナたちへと目をやった。

彼女たちは数週間、旅を続けている。最初こそ苦労もしただろうが、今では買い物もなれたもののようだ。

オリヴァース国境の町、クィラスの市場を歩きながら色々と品物をセリナたちと共に見て回る。

水、携帯食、生肉と卵、奈緒たちのための新しい寝袋。

やはり女は買い物が好きというのは世界共通を超えて、異界共通らしい。色々と見て回るセリナたちは楽しそうだった。


「へい、ゴルゴルベアーの肉を三つとピヨピヨの卵を三つ。合計で一セルパと三百イルサだね!」

「兄ちゃん! 携帯食にシーマの実はいらんかね! 今なら一個で百イルサ、たくさん買ってくれるなら安くするよ!」


むむ、と龍斗が唸る。実はお金を持っていない。

固まる彼に気づいたセリナがラピスに目配せすると、その意図を心得た彼女は龍斗へと近づいていった。

何事か、と思う龍斗に対し、ラピスは突然自分の胸元へと大胆に手を差し込むと、そこから札を取り出した。

それを黙って彼に手渡すと、僅かに微笑んでからセリナの警護へと戻っていく。


「ど、何処に隠してるんだよ……」


思えば、旅にしてはセリナたちの荷物は少ない。

最低限の着替えと必需品しか入れていないのに加え、五万セルパという大金は色々な手段で隠しているらしい。

スリを警戒する日本人旅行者みたいだな、と思いながら札を見る。


(五十セルパ……五万円か。大金だなぁ、おい……いや、あいつらにしてみたら違うのか?)


少なくとも自由にしていいお金、ということだろう。

そう判断した龍斗は無造作に四十九セルパをポケットの中に突っ込むと、一セルパを取り出した。

その足でシーマの実とやらを売っている……肌が緑色のおっちゃんの下へと行った。


「おっちゃん、試しにシーマの実ってのをひとつくれよ」

「お? 試しってこたぁ、美味けりゃもっと買ってくれんのかい?」

「よっしゃ、勝負しようぜ。俺が気に入ったら十個まとめて買ってやる、どうだ?」

「良いねえ、兄ちゃん! なかなか話が合いそうだ、まずはひとつ食ってくれよ!」


緑色の肌からゴブリン族と見た人の良さそうなおっちゃんから、シーマの実なるものを受け取った。

赤い果実のように見える。オレンジぐらいの大きさのリンゴのようだが、形がハートのマークを模しているのが面白い。

シャリ、と皮ごとそれを口の中に入れると、龍斗の目が驚きで見開いた。


「おお、甘めえ! なんだこれ、桃みてえな味だな! 柔らけえぞおい!」

「がっはっは! モモが何なのか知らねえが、シーマの実は甘くて大人気の果実だ。うちのは特別栽培だがね」

「よっしゃあ、俺の負けだ! おっちゃん、十個もらったぁ!」

「おおお、兄ちゃん豪気だねえ! しかし、兄ちゃんはクロノス・バッグを持ってねえじゃねえか、持てるのか?」

「あん? クロノス・バッグ?」


未知の言葉に首をかしげる龍斗だったが、ゴブリンの親父はむしろ彼が知らないことに驚いたらしい。

シーマの実を十個ほど網に入れて一まとめにしながら言う。


「知らねえのかい? 冒険者の必須道具じゃないか。あれだよ、荷物を多く入れられる魔法の鞄」

「………………」

「……そういや、見たところ兄ちゃん、人間みてえだな。つーかほんとに人間かい?」


まずい、と龍斗が昨夜のセリナの会話を思い出した。

魔族は人間を差別まではしないが、それでも嫌っている節はあるらしい。

いかにも人間です、という格好で人通りの多い市場を歩くのは自殺行為だったか、と逃げる準備をしながら思った。

だが、警戒する龍斗に対してゴブリンの親父は朗らかに笑った。


「なーになーに! 他は知らねえが、俺らみてえな商人にとっては人間だって立派なお客様だ!」

「おっちゃん! ちょっといま感動した! もう十個追加してくれ!」

「おおお、マジかよお客さん! こりゃあちょっとサービスしねえといけねえなー!」


ひたすらテンションを上げまくる龍斗とゴブリン族の親父。

異種族という以前に人間と魔族が心を通わせた瞬間だった。もうゴブリン族を見て馬鹿にはしない。

人間にも良い奴と悪い奴がいるように、ゴブリン族にも良い奴がいるのだ。


「兄ちゃん、クロノスバッグってのは魔法技術を使って荷物を大量に入れることができる鞄のことだ」


こんな感じにな、と見た目は手提げ鞄のような小さな鞄に、大量のシーマの実が入っていた。

見たところ容量など軽く無視している。時間を歪めている、といった感じだった。


「む、なんというリアル四次元ポケット。何処で売ってるんだ?」

「うちでも取り扱ってるよ、割高だけどな。兄ちゃん、いくら持ってる?」

「む……相場はいくらなんだ? ちょっと金策に走り回らなきゃいけねえかも知れん」

「ちょっと失礼するわね」


即答できない龍斗を押しのけるように、金髪ツインテールのセリナお嬢様が現れた。

その背後には当然、袴姿のラピスの姿もある。

よくよく見てみればセリナも、そしてラピスも自分用のクロノスバッグと思しき鞄を所有していた。

セリナは龍斗へと一瞬視線を寄せると、ゴブリン族の親父の顔を一瞥しながら言った。


「どうしたの?」

「いや、俺の分のクロノスバッグっているかな、と思ってな」

「ああ、そうね。必要でしょう、私たちだって別々で持ってきているしね、おいくら?」


少女の中にある高貴の気配、というものを感じたのか、ゴブリンの親父は硬直した。

頭を恭しく下げながら申し訳なさそうに言う。


「きゅ、九十セルパほどいただければ……」

「百セルパ出すわ。その代わり、私たちの存在は忘れること。今ね、お忍びで買い物中なの、騒がれたくないわ」

「へ、へい、それはもう! ありがとうございます!」


圧倒的な貴族の貫禄を見せつけ、優雅に龍斗たちのためのクロノスバッグを買い取ると、それを龍斗に渡すセリナ。

咄嗟にお忍び貴族として口止めをし、情報規制をするところはさすがと言うほかない。

大金を持った者、というのはどうしても狙われやすい。何処かで情報を遮断しておかなければならないのだ。

セリナはオリヴァースの治安がどれほどなのか分からないが、騒ぎが起きないに越したことはない。


「旅の必要物資はこちらで取り揃えておくわ。リュートのそれは自分のためのものを買いなさい」

「お、おう……」

「それじゃ、私たちは買い物があるから……と。一応、これを背中につけておいて」


ぺた、と背中に貼り付けられたのは蝙蝠の翼だった。

セリナとお揃いの色違い。ぱたぱた、と時たま自分で動くところが芸が細かい、これも魔法だろうか。

困惑する龍斗に対し、ラピスが耳元で囁いた。


「人間である、と悟られるとやはり面倒ごとが増えます……それを付けるだけでも、竜人ドラゴニュートだと思われますので」

「ああ、そうだな……確かにパッと見た感じは、セリナと変わらねえ」

「はっ……それでは、それがしはお嬢様の警護に戻ります」

「ああ、ありがとな、ラピス」


お礼を言い、会釈して再び走り去るラピスたちの後姿を見送る。

背後からは一ヶ月近い生活費を一度に得ることになったゴブリン族の親父が、半ば呆然とした声で言う。


「あれ……兄ちゃんの女かい?」

「いいや、親友の女だ」


超適当にそんな言葉をつぶやくと、改めて新しく買ったクノロスバッグにシーマの実を二十個入れてもらった。

それを二セルパで買い取ると、礼を言ってゴブリン族の親父に別れを告げた。

残りは四十八セルパ。最初のシーマの実はおまけしてくれたらしい。

ささやかなサービスに感謝して、再び龍斗は市場を見て回る。

結局、買い物が済んだのは太陽が昼を過ぎた頃だった。

優に四時間という時間を買い物に費やしたセリナたちを見て、改めて龍斗は異世界の女性のあり方を再認識した。







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