プロローグ【とある少年の回顧録】
【あなたは運命を信じますか?】
運命とは必然の出来事、そうなることが決まっている因果律を表しているらしい。
どんな偶然が重なろうとも、人は時間を巻き戻すことだけはできない。
もしも、なんて言葉はあっても過去へと戻ることはできない。それ即ち、運命だった、と人は言う。
ちなみに僕は信じない。
何ていうか、例え今から神様とかが出てきて運命というものを証明して見せたとしても信じない。
ていうか信じたくない。
偶然や必然が存在していたとしても、これが僕の運命だとはあまり認めたくない。
【あなたは非常識の存在を信じますか?】
非常識な出来事や現象。
例えば霊の存在だったり、UFOの存在だったり、魔法や超能力の存在だったり。
あればロマンがあったり、夢があったりするけど、実際にあったらとんでもなく不幸な香りがする類のオカルトだ。
ちなみに僕は信じてなかった。
そんなのはゲームや漫画の世界だけで十分だし、何ていうかトラブルの気配がする。
もし本当に存在していたとしても、それは僕の知らない場所でお願いします。
世界の覇権を掛けて壮大な陰謀に関わって生きていってください。そんなことを思う小市民な僕だった。
【あなたは別世界の存在を信じますか?】
別世界。
異世界とか天国とか地獄とか、そういうのをひっくるめた別世界のこと。
信心深い人なら天国の存在ぐらいは信じているだろうし、天国というものが本当にあるのなら僕としても嬉しい。
地獄、は勘弁してほしいなぁ、と小心者の僕はそっと祈ってみた。
【……………………】
さて、どうして僕がこんな回想をしているのかというと。
運命、の辺りの独白で気づく人はなかなかの洞察力だと思う。別世界の話で何となく理解してくれたかも。
これは僕の残留意識の残りカスなのだった。
もっと直接的に赤裸々に語ってみよう。ぶっちゃけた話はこういうことだ。
【死んじゃいました、やれやれ】
走馬灯の中でそっと僕は溜息をついた。
溜息といっても身体は既に僕の意識の中には存在しない。だから溜息をついた振りをする。
余裕ぶって話しているけど、誰かに語りかけるのをやめた時点で僕の心は不安と恐怖に呑み込まれてしまうだろう。
今の僕は死んで、そして天国行きか地獄行きかを判断されているところ、だろうか。
僕は運命を信じない。
こんなアッサリと死んでしまうのが運命だと言うのなら、僕は次に生まれ変わるときに歯車職人になる。
運命の歯車とやらを全力で弄くってぶっ壊してやろう。嫌がらせで。
神様の陰謀だと言うのなら、僕は呪術師になる。
それで毎日神様に恨み言を言いながら藁人形に釘を打つ作業に入ると誓う。
なんというか、結局のところ未練たらたらで死んでしまったのだ。
僕は非常識を信じていなかった。
過去形なのは、僕が死んだ理由に起因する。
詳しいことは長くなるので割愛するが、端的に言えば悪魔か何かによって殺されてしまった。
病気でもなく、交通事故でもなく、ただ理不尽なまでの非常識に食い殺されてしまったらしい。
気持ちが分かるかな? 凄く納得できないまま死にました。
【辞世の句もまだなのに】
しかも犠牲者は僕だけじゃなくて、幼馴染の親友付きだ。
気が利いているとかそういう問題じゃなくて、ただ無常感だけが僕の心に漂っていた。
どうせ死ぬならもっと楽しいこと、色々と試してみるんだった。なんだかそう思うと情けなくて涙が出てくる。
ふわふわ、と浮かぶ意識の中でただ僕は落胆しながら、一人でぶつぶつと独り言をつぶやくのだった。
【と、まあ。これが数日前の僕の心境でした】
◇ ◇ ◇ ◇
回想終了。
思い出だけ時計の針を巻き戻して、どん底に落ちていた僕自身を再確認する。
その上でもう一度、僕は現在の状況を把握する。
僕が死んでから、もう数日が経過していた。死んだはずの僕は『ここ』に存在していた。
しかも、今までの僕からはもういくつかのアクセントが加えられていた。
その内のひとつが死んだはずの親友、鎖倉龍斗の存在だ。彼もまた『ここ』に存在している。
ただし、僕の心の中に生きている、という摩訶不思議な展開だが。
(おい……お前、顔色悪いぞ。しっかりしろよ)
(……だ、大丈夫。ちょっと色々なしがらみから逃げたくなっただけ)
(お前が追い詰められているのは分かった。大丈夫か?)
死んだはずの親友の声が脳裏に響く。
うん、理解不能。
ていうか理解はそれなりに示したはずだけど、未だにこれに慣れることができない。
僕は心の中で何でもないよ、と呟くと改めて前を見た。
女の子がいます。
補足すると可愛い女の子だ。
金色の柔らかそうな髪を左右で束ねた、何処となく気品を感じさせる女の子だった。
とある一室には僕と少女の二人の姿しかない。
彼女は挑戦するような、決死の覚悟と悲壮感らしきものをひしひしと感じさせながら僕を凝視していた。
彼女と僕は固まっていた。
どちらもその場から動こうとはせず、言葉を発することもない。
理由は明白だ。目の前の可愛い少女から、何の取り柄もない僕へと驚くべき一言が伝えられたからだった。
「ねえ、あなた。私の夫になりなさい」
それが僕の運命を変えた言葉。
ただの高校生だった僕、狩谷奈緒の運命を引っ繰り返した言葉だった。
始まりは僕がまだ生きていたときのことから語らなければならない。
僕は目の前の少女から現実逃避することも兼ねて、再び思考を回想状態へと戻していく。
あの時、何が起きたのか。
いま、僕たちはどんな状況に置かれているのか。それをこれから語っていこう。
最後にもう一度。
あなたは運命の存在を信じますか?
僕は何度でも言おう。運命の存在は信じたくない、と。
誰だってそうだと思うが。
悪魔に食い殺され、親友と一心同体になった挙句、初対面の女の子に命令口調で人生の選択を迫られたくはない。
作者の蟹座氏です。
この物語はファンタジー系の魔王に成り上がりを目指す物語、と銘打たれておりますw
シリアスからコメディ、友情も愛情も取り揃えていく予定ですので末永くこの作品を楽しんでいただければ幸いです。
それではこれから、宜しくお願い致します!