小話 お姫様は何も気づかない
藍原舞花は裕福な家庭で育った。
父親が大病院の院長だからだ。
何の苦労も知らず、欲しいものは全て手に入れてきた。
自分の人生は全て自分の思うがままだと思っていた。
「だって、私はお姫様なのよ。望みどおりにならないのがおかしいわ」
それは異世界に聖女として召喚されてからも変わらない。
だけど彼女は気づかない。
彼女の人生はもう狂い始めたという事に。
「おはよう皆さん。今日も良い天気ね」
「今日もお仕事頑張ってね」
藍原舞花はモブ達にも愛される清楚で可憐な優しき聖女を演じた。
しかしその偽りの演技は、周りの者達には丸わかりだった。
「俺、聖女様に挨拶されたんだけど目は隣のこいつしか見てなかったよ」
「聖女様って顔の良い奴は必ず目で追うよな」
上手く愛想を振りまいているつもりだろうが、顔の良し悪しで歴然とした差があった。
特に顔立ちの整った兵士達には甘くはにかんだ笑みを見せ、手作りの菓子を差し入れしていた。
「いつもお城を守るお仕事お疲れ様♡。疲れた時には甘いものがいいと思って、クッキーを作ってみたの・・お口に合うといいのだけど・・」
「ど、どうも・・・」
もっともその兵士達は殆ど恋人や妻子持ちで、相手が聖女だから邪険にもできずほとほと困り果てていた。
それに手作りの菓子は砂糖を入れすぎて、胸やけがするほど甘かったので処分も大変だった。
しかも勝手に城の調理人達の台所を使って、ちゃんと決められていた調味料の配置をバラバラにした挙句、その日の夕食に使う予定だった小麦粉を殆ど使ってしまったから、調理人達は慌てて夕食のメニューを変えざるを得なかった。
「女王様の好物のぶどうパンを作る予定だったのに・・・」
魔法の修行も魔力は上がったが、藍原舞花はどうやら魔法才能はほとんどないらしく、低レベルの火魔法と水魔法で精いっぱいだった。
それでも藍原舞花は、周りは魔法を褒め称えるので自分が使う魔法は最強だと思いこんだ。
魔法自体は、子供のゴブリン一体を倒せるのがやっとという位だが。
ミーナはこっそりぼやいた。
「まさかここまで魔法のレベルが低いとは・・・聖女というだけで期待した私が馬鹿でした」
その変わり聖女だけが持つスキル『幸福拡散』だけは、聖女として召喚されただけの事はあって、魔力が上がるにつれ、その効果は徐々に発揮されていった。
まず、アムルート王国の作物量が大幅に増えた。
今年は雨が少なかったのだが、藍原舞花が来てから何度も大雨が降ったのだ。
それにより畑の作物は復活し、これまでにない収穫となった。
そして、これまでにない幸福が国に訪れた。
今まで発見されなかったのが不思議なくらいといえるほどだ。
ダイヤモンド鉱山が、発見されたのだ。
この発見には王族も含め、国中も驚愕と歓喜に震えた。
これにより、アムルート王国はダイヤモンド王国として多く広まる事となった。
「聖女様!貴方のお陰です!」
「お陰で我が国は歴史に名を残す事でしょう!」
「流石は聖女様だ」
「聖女様!!」
「ダイヤモンドのようにお美しい聖女様!!」
誰もが藍原舞花を称えた。
誰もが藍原舞花に感謝した。
「まさかダイヤモンド鉱山が発見されるなんて・・やっぱり私は選ばれた人間なんだわ!もう元に世界になんて戻らない!ここが私の世界よ!!」
ダイヤモンドティアラとネックレスを身に着け、きらびやかなドレスを纏った藍原舞花は実の家族の事も、今ではすっかり忘れていた。
元の世界の未練は欠片もなくなったのだった。
「ダイヤモンド鉱山が見つかるなんて、聖女の力はちゃんとあったようだね兄様」
「ああ、まさかの展開だ。流石に私も驚いた」
「しかしこれで、このアムルート王国も大きく発展するな。忙しくなるぞレイナード、ヘンリー」
「そうだな。それに良い頃合いだ。聖女は今や有頂天に達している」
「完全に皆から愛されている聖女と思い込んでるからね。確かに頃合いだね」
「ふう・・これで聖女に愛想笑いを浮かべずに済む・・・・」
「お疲れ様ローガン」
「ミーナ、ベンジャミン。準備はできているな?」
「はいレイナード様」
「これが終われば、もうあの甘くて硬いだけのクッキーを食べなくて済みますから嬉しいです」
「お前もあのクッキーの被害者か・・・」
「あれには参りましたよローガン」
「甘いもの苦手なのに、よく頑張ったわねベンジャミン」
「ありがとうございますミーナ」
「では明日にでも・・・・」
「頑張ってね兄様」
聖女はまだ気づかない。
狂い始めた人生に。
いや。
この世界に来たときからもう狂っていたのかもしれない。
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