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第七話 地下水路に住まう蛇


 大都市ガルダル市には、それに見合った規模の地下水道が存在する。


 ガルダル市の地下に張り巡らされた地下水道は、都市の規模が大きくなり、そして人が多くなるにつれてどんどんと拡張を繰り返し、もはや当時の設計者や工事業者ですらその全貌がまるでつかめない程に巨大なものとなっていた。


 そして人々は、それに皮肉と笑いを込めて、この地下水路のことを《ガルダル迷宮》と呼んでいる――――。


 そんな《ガルダル迷宮》の奥地、真っ暗な水路に沿った通路を歩く一人の気配があった。


 何を隠そう、ヴァニリノである。


 とはいえ、ここは本来のガルダル市の地下水路ではなく、本物と全く同じ形をした疑似神域にある贋作(レプリカ)だ。


 水路全体を覆う暗黒に、まったく意にも返さず正確に水路の迷宮を歩く。


 しかし、ふとその足は止まってしまった。


 なぜかというと――――――。


「……迷いました」


 ヴァニリノは暗闇をも見通す目を持っていたが、迷路を見通すことはできなかったようだ。


 これは参ってしまった。


 ここに恐らく目的のものがあるはずなのだが……。


 取り敢えず下に進めばどうにかなると思っていたのだけれど、そうは問屋が卸さないらしい。


 それに、この地下通路には先ほどの《混沌のものたち》が大量に徘徊していて、非常に煩わしかった。


 この辺りにはいないようだが、ここを探索していけばさらに大量の雑魚に遭遇するだろう。


 面倒くさくて嫌になる。


 そうヴァニリノが思っていると、ふと遠くで小さな明かりが見えるのに気が付いた。


 昼間であれば全く気が付かなかったであろう小さな光は、しかしこの暗闇では一層際立っている。


 もしや自分の直感(適当)で選んだ道が当たっていたのでは、とヴァニリノはそこに駆け寄る。


 するとそこには小さな横道が一つ。


 光はそこから漏れているようだった。


 そこを覗いてみると、奥の方には小さな祭壇のようなものがあった。


 何本かのロウソクに照らされている小さな祭壇。


 しかしそこには神聖さなど欠片もなく、見た者の気分が悪くなるような奇怪なものがそこにはあった。


 周囲には小さいながらも醜悪な装飾が施され、奇怪な見た目の道具類が飾られており、祭壇の中心には何らかの頭蓋骨が置かれている。


 誰もが近寄りたくないと思えるような人間の本能が掻き立てられる恐怖的祭壇に、ヴァニリノはまったく意に返さず近寄ってゆく。


 そして、その祭壇にあろうことか声をかけた。


「あのー、ナダさんいらっしゃいますか?」


 祭壇からは何の反応もなかった。


 いや、それが当たり前だ。


 しかし、しばらくすると、一匹の小さな蛇が祭壇の奥からシュルリと這い出てくる。


 黒い色をした蛇だった。


「あ、お初にお目にかかります。私はヴァニリノと申します。僭越ながら邪神をやらせていただいております。ナダさんでよろしいでしょうか?」


 ヴァニリノが挨拶を続けると、なんと目の前の蛇が人の言葉を流ちょうに話し始める。


「ああ、貴女があの。お噂はかねがね聞いております。初めまして。ボクも僭越ながら邪神をしております、ナダと申します。何卒宜しくお願い致します」


 蛇はペコリとお辞儀をした。


 そのナダの化身の姿は奇妙ではあるが、同時に何か愛らしさも感じられた。


「これはこれはご丁寧に。――この疑似神域の核の魔道具に刻まれた紋章からこの辺りに貴方がいらっしゃると思いまして……予想が当たってよかったです」


 疑似神域を作り上げる術は、仮にも神域を作るというその術の性質上、何らかの神性を祀るかたちで起動させる必要がある。


 それが今回の場合、蛇神ナダだったのである。


 ナダは蛇神であり、地下と水の性質を持つ邪神である。


 ヴァニリノは、大図書館にあった魔道具に彫られた紋章が蛇神ナダのものであることに気が付き、ナダの好む、深い地下であり流れる水があるこの地下水路に訪れたのだった。


 そしてそのあたりに、祭壇か何かがあるとヴァニリノは確信していた。


 そこに祀られた神であれば、そこから自由に顔を出すなど簡単なことである。


 ナダには今まで会ったことが無く、うわさでしか聞いたことが無かったが、理性的な(ひと)で良かった。


「それで、ヴァニリノさんがなぜここへ? ここは来ようとしなければ来れる場所ではないと思うんですが」


「ああ、おそらくナダさんの信仰者でしょうか。それにケンカを売られましてね。ケンカを売られたからには()ること()らなくてはいけないと考えておりまして……、その為にはまずナダさんに許可をいただかなければならないと思いまして」


 ナダはその蛇面を左右に振った。


「ああ、そのようなことが。……ボクの信仰者が申し訳ありません。報復の方は大丈夫です。自業自得ですので。…………実のところ、アレはボクの方でも手を焼いていまして。元々はボクの教団の過激派だったのですが、活動が余りに過激だったので遂に教団を追放になったのです。ところがそれにも拘らず活動を続け、それもさらに過激に。神であるボクが直ぐに手を出しては威信に関わりますし、でも教団だけではなかなか止められずで……」


 ナダを信仰する教団と言えば、確か《流れる漆黒教団》だったか。


 邪神を崇拝する裏の教団の中ではかなりの穏健派で、その規模も世界有数の巨大秘密結社だったはず。


 復活直後に一万年後の世界がどうなっているか調べたとき、その名はよく耳にした。


 それだけ多くの人間が集まれば、はみ出し者もそれは多く集まるだろう。


「そうなのですか。それはまた大変ですね……。心中お察しいたします」


「ありがとうございます……」


 ナダは疲れたように頭を垂れた。


「まあでも、私がヤることヤればナダさんの心労も取れるし私もすっきりするしで一石二鳥ですね!」


 ヴァニリノは意識して明るい声を出した。

 すると、ナダも釣られたのか嬉しそうに言う。


「はい、もうガツンとやっちゃってください」


「それで、一つ相談なのですが……。お恥ずかしながらちょっと迷ってしましまして、もしよろしければ奥まで送っていただけませんでしょうか」


 邪神でも道に迷うこともあるが、それはそれとして恥ずかしい。


 邪神ナダを祀った疑似神域であれば、その象徴である地下、その最深部に重要な儀式場があるはずだ。


 そして、恐らくそこにヴァニリノをこの場所に誘った下手人がいるはずだ。


「ええ、構いません。むしろ手伝わせてください、ボクの不祥事が元々は原因なんですから」


「そう言っていただけると、嬉しいです……」


「それでは失礼して……」


 ナダはその蛇の体をくねらせるとヴァニリノの体へ這っていき、その肩へと乗った。


「ではご案内しますよヴァニリノさん」


「ええ、ありがとうございます。行きましょう」


 ヴァニリノは笑みを浮かべて祭壇を後にした。


 ナダはその頭をゆらゆらさせていた。






   ◇◇◇






「そういえばナダさんは、一万年前はずいぶん活躍したらしいですね。何柱もの聖神を打ち倒したと聞いていますよ」


 ヴァニリノはナダの化身を肩に乗せ、真っ暗な地下水道を歩いている。


 上水の流れる水道を進んでいるため、特に匂いは無い。

 もしこれが下水であったら、ひどい匂いに鼻の曲がる思いをしていただろう。


 ナダは舌をしゅるしゅると出し入れする。


「そんなの昔の話です。それに、ボクも結局負けちゃいましたから……、そういえばヴァニリノさんは《神代の大戦》で亡くなったと聞いていたのですが、本当は隠れていたんですか?」


「いえいえ、きっかりしっかり死にましたよ。ただ、こっぴどくやられたもんですから復活に時間が掛かっちゃいまして、やっとこさ五年前に復活したんですよー」


 ヴァニリノはあははー、と笑って頭をかく。

 それ聞いたナダはゆらゆら揺らしていた頭をピクリと動かした。


「……なるほど、そうだったんですね。――そういえば、一万年前のボクのことは誰から聞いたんですか? 直接見た訳じゃないですよね?」


「ああ、それは《邪神通信》で見たんですよ。死んでるときに。《死の眷属》にわざわざあの世まで届けていただけまして」


 邪神たちの色々な情報が詰まっている情報誌、《邪神通信》。


 邪神たち御用達の情報誌は、一万年前から少しの間《神代の大戦》に関することばっかり扱っていた。


 最初の方は調子がよくて吉報ばかりだったんだけど、ある時を境に形勢が逆転しちゃってそれからは悲報ばかりになっていて、あの世で復活を待ちながら読んでいた時は悲しくなったものだ。


 そのように他愛ない話をしながら進んでいく一人と一匹。


 その背後には、爬虫類と甲殻類と鳥類を掛け合わせたような姿を持った二腕二足の生き物が幾つも、投げ出されるように転がっていたのだった――――。



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