表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/74

人の外、されど人外の外( 二 )

 静まり返ったなかでバケモノは仔どものくびに歯を宛がったまま、うなり声を漏らした。


(さつ)()か』『(おれ)であったら、悪いか』 間を置かずの反駁(はんばく)


 かラん、風鈴の音が、刹貴が声を出すたびに聞こえていた。風鈴とは正反対の、淡白な、低い声だった。


『気に入らぬ。このムスメ、(かば)いだてする気であろう』


 バケモノが声を発すると、皮膚が裂けて血が滲んだ。


『いかにも。その人間は(おれ)の客だ。才津(さいつ)殿の紹介を受けた人間だ。喰うには無礼が過ぎるぞ、千穿(ちせん)


「きゃく」


 聞くでもなくその情報を受け入れていた仔どもは、変に思って顔を上げた。ますます傷を(こしら)えることになったが、どうせこれから死ぬのだし今さらだと思ったから気にしない。


 声のする方向には誰の姿も見えない。どうやら町のずいぶんはずれまで来たらしく、ただ背の高い生垣(いけがき)に挟まれた木戸があり、その奥に藁葺(わらぶ)き屋根の影が(のぞ)いていた。それが周りの唯一の建物のようで、それより先は木々深く茂る森に分け入ることになる。こちらにいるのだろうか、嘘を吐いてまで見ず知らずの仔どもを庇ってくれる妙なやつがいるのは。だって誰かにものを求めたことは、いまの一度も仔どもにはない。


 でも、庇ってくれなくてもよかった。


 沈黙が漂ったのち、バケモノは、千穿は、ゆるゆると仔どもから離れた。


『      、才津さまのか。そうであるならば、仕方なし。   諦めよう』


 ため息でも吐きそうな声音だった。


 諦めなくてもいいよ、と言おうと思ったのに、喉は枯れていて声が出ない。


 千穿は仔どもを見下げて言い放った。


『命拾いをしたな、ムスメ。二度目はないと思えよ』


 でも、とほかの、目玉がいくつも寄り集まった化け物が反論した。それを忌々しげに千穿は切り捨てる。


『聞かん、引く』『どうせ風鈴を買えばただの人間風情、すぐに死ぬんだ、今喰ったって、』『何度も言わせるな』


 眼光鋭く睨みつけられ、そのバケモノは仔どもを見、名残惜しそうに転がりだした。


 千穿に追い立てられていくバケモノたちを、仔どもはやりきれない思いで見つめた。背を向けて去り、ふと消えたその後ろ姿を、呼び止めようとするのに叶わなかった。声が、喉に張り付いていたせいで。


『風鈴を、しっかり握っておけ、人間』


 バケモノたちの姿がすっかり(かすみ)となったころ、また声が聞こえた。風鈴に溶けたその声は、抑揚こそないけれどもとても美しい音をしていた。


「ふうりん」


 鸚鵡(おうむ)返しに仔どもは独語(どくご)した。やっと出た声は、細いけれども硬質だった。


『そうだ、風鈴。それは破邪退魔(はじゃたいま)の、(やく)(よ )けの風鈴だ。お前の姿を消すだろう、人間』


 はじゃたいまの、何だって。


 難しいことを言われても、莫迦(ばか)な仔どもには分からない。理解できたのは一言だけだ。姿を消す、頭に入ってきたのはそれだけ。


 すとんとなぜだか納得できた。


 そうか、これが。


 世界から自分を(へだ)てたものなのか。


 なんだ自分はやはり、母からも疎まれていたのか。その存在を見たくないほどに。


 もしかしたら、屋敷の人間も仔どもを無視していたのではなくて、見えていなかったのかもしれない。


 転がっていた、母から唯一与えられたものを見る。痛む足を引きずって、手を伸ばす。しばらくその輪郭を確かめて、綺麗なままだと分かると安心して仔どもはそれを地面に戻した。


『人間』


 いぶかしむような声が仔どもを呼んだ。


 仔どもはその声をするほうを見つめ、ぽつりと漏らした。


「いいの」


 母が自分を(いと)うて渡したものが、すこしのあいだ仔どもの命を永らえた。見てほしかったときには見てもらえなかったのに、いったい母は、どれだけ自分が嫌いだったのだろう。


『いい、とは』


 硬い声音はそう訊き返した。


「消さなくったって、かまわない。見えてもいい。死んじゃって、かまわなかった」


 これまでのことはすべて期待した、その結果。期待してもいいことなどひとつもないのに期待した、その帰結(きけつ)。だから。


「いいんだ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ