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狂気に駆り立てるもの


『で、才津さま、こやつは如何様(いかよう)に』


 一時だって男から視線を逸らさず、地を這う声音で千穿が訊ねる。


 加虐したいとその表情は語っていたが、才津はそれを許さず開放させた。嫌な音を立てて男は顔面から突っ伏す。


「旦那さまっ」


 上がった悲鳴に千穿は振り返り、声を上げた女に噛みついた。


『おのれはどちらの味方だっ』


『そういう問題ではないだろう。まかなりにも主人なのだからな。

 それより千穿、お前、いささかやり過ぎたな。使いもんにならん、起こせ』


 千穿は不承不承その命令に従った。心ノ臓付近を強打するという強硬手段を持って。咳き込みつつ、男はなんとか目を覚ます。それを千穿は睥睨している。


『お前、人間嫌いだったはずだがな』『今でも嫌いです』


 才津の言葉に敏速な修正を入れて、千穿は唸った。


『特にこやつなど、        吐き気がする』


 千穿はぎりぎりと手のひらに爪を立てた。


『種族で対応を変えるやつは大嫌いだ。髪の色、瞳の色、生まれ持った力。どうしろという。どうやったってままならぬことで排除されれば、それを受け入れるしか術はないのだ』


 心底憎らしげに唾棄(だき)し、だが千穿は肩のちからを落とした。


『けれど、あのムスメはそれでも私に手を伸ばすから。人間という枠組みで嫌っていた私にも変わらないから。されば私はムスメのために(あた)うかぎりのことをしようと、それだけです』


 荒んだ瞳が微かに和らぐ。それはまた男を視界に入れることで凍てついた色に成りかわり、蔑むように千穿は鼻を鳴らした。


『主人に、任せます。触れたくもない』

『ああ』


 千穿が壁際に後退したのを見届け、才津は改めて男の前で片膝をついた。空はそれを見て眉を寄せたが、あえて口は挟まずにおく。


 男はまだぼんやりとした様子で、焦点の合わない瞳を虚空に投げかけている。才津は半開きになった口を、せめてもの情けで閉じてやった。


『失礼』


 声をかけると、ふらふらと漂う視線をどこに向ければいいのか分かったのか、男はようやく才津を見た。


『私が誰かお分かりか。呉服屋悠帳(ゆうちょう)、才津というものだが』

 男は緩慢に首を傾げ、そして何かに気づいたかのように目を見開いた。

「バケモノッ」


『なるほど、俺に対する認識はそれか』


 後退る男の怯え顔を眇めた目で眺めおろし、才津はため息をつく。


『取って喰いはせんよ』


 この手合いに下手に出るのも馬鹿らしいと才津は思う。


『今日は、話し合いをしに来ただけだ。あー、先ほどは麾下(きか)が無礼を働いたようだがそれはあんたの責任だから勘定には入れんぞ』


 いきなり蔵に押し入って、仔どもを手にかけようとしたのだ。使いっぱしりの魅櫨が一度目は錫丈で昏倒させ、そのあと千穿が幻術で縛った。


「は、話し合い」

『そうだ、話し合い。そちらのご息女のことだ』


 ご息女。その言葉が出た途端、やおら男は叫んだ。


「断る断ることわるっ」


 よもや発狂したかと疑いたくもなる豹変振りに、居合わせたものは呆気に取られた。


「あれは殺すのだ、あのようなものは世にいてはならぬ。あれはひとの子ではない、おぞましいバケモノの仔だ。殺せ殺せッ、殺さねばなるまいッッ」


 目を血走らせ唾を撒き切らしながら男は喚く。二匹の妖モノに痛めつけられた後とは思えぬ元気のよさだ。


 男はやおら懐に手を伸ばした。


「邪魔立てするというのなら、貴様とて例外ではないわッ」


 煌めいたのは暗い白刃。誰かが息を呑む音が鮮明に響いた。

 されど才津自身は振り下ろさる刃に慌てもせず、むしろうっすらと笑みを浮かべた。


 金属が擦れあう音が高く鳴り渡る。




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