腹を裂きてミるまぼろし( 五 )
どうして。
混乱する頭で仔どもは必死に考えた。
いままでたくさんのことを考える前になかったことにしていた。だがこれは、これは違う。
だってだって。
証明してくれるものがないならば、どうやって自身を認めればいい。
ここにいる。立って、思考して。周りにはたくさんのバケモノたちがいる。その証明を、どうやって成せばいいのだ。
怖い、
奥歯がかたかたと震えた。逃げるように、足を後退させる。逃げて、逃げて、それでも追い詰められるから、震える足を何度も引いた。逃げなければ潰されそうだった。心ノ臓が、痛かった。もしかしたら、仲間なのかもしれないと思っていたのに。ここでも、仔どもは受け入れられない。存在ごと、放り捨てられる。
同じバケモノだったら、そとの世界で生きるものなら、隣を歩くちいさな存在に、気づいてくれるだろうと思っていたのに。
ああ、でもそんなことは。
世迷言にすぎなかった。
「うっ、わあああああああッッッ」
叫び声を上げ、仔どもはめちゃくちゃに腕を振って走り出した。
怖い 怖い、 怖い怖い怖い。
どうすれば、どこまで逃げれば、この纏わりつく恐怖から、逃げ出せる。
大小、さまざまなバケモノの間をすり抜けて、走る。一目、何尺もありそうな緑の体躯だとか、そんな者たちのあいだ。
たとえぶつかって仔どもの身体が地面に放り出されても、その相手は気づかない。持ってきたときの肉体はただでさえ目を背けんばかりだったのに、傷を上乗せされた今の身体は擦り切れて、ぼろぼろだ。額にできた傷から血が滲み、目に入って痛い。
そんな痛みも全部無視して、走れるところまで走っていた。
「ぅ、わッ」
足が縺れた。乱れた着物の裾を踏んで、倒れこむ。新しい傷が新たに刻まれる。かん、澄んだ音を立てて、手から離れた風鈴が転がっていった。 「あ、」
風鈴が、母さまにもらった大切な風鈴。
慌てて手を伸ばす。
唯一、ひととの繋がりを見つけられるもの。もう誰も、自分を見ないから。母が最後に、真っ直ぐに自分を見つけてくれた存在だった。
壊れて、ないだろうか。
長く使っていたものだから、脆いから、きっとあっさりと割れてしまって。
はだしの足は傷だらけで遠くに転がった風鈴には精一杯手を伸ばしても届かない。
怖いのを痛いのとで、身体中が熱を持ったように熱かった。いっこうに走るのをとめない心ノ臓が、息を荒げて苦しい。涙がとめどなく溢れて着物を濡らす。着物についた埃っぽい土が涙で染み込ませられていく。
「死に、 た、」
擦り切れた声が、願う。
このまま、もう一度死ねれば。この哀しみを抱いたまま、死ねれば。次に行く場所はどうか、何もない場所であってほしい。
そうすればもう、身の丈に合わない願いを抱くことはないから。
知っていた。 知っていた、はずなのに。
自分は誰からも顧みられない。
涙で濡れた顔をさらに汚して、仔どもは慟哭した。
『ムスメ』
声が落ちてきたのは、そんなときだった。