腹を裂きてミるまぼろし( 二 )
仔どもがいるのは家屋や見世が両脇に長く軒を連ねる大路である。
その真ん中、ひとりの影もない黒い夕暮れのなか、濃く伸びてついてくる影を足の裏に感じながら歩く。道は一本、だから行く方向もひとつ。
まっすぐまっすぐ歩いていって、いつか行き止まりになったらどうしようか、そうだと困るなぁ。そのときはどうしよう。そのときは。
(どうしようか、ねえ)
ぽつり、頼りにならない言葉が落ちる。
そんなことを考えているあいだ、いつの間にか足元が先ほどよりも明るくなっていた。夜に近づいていっているくせに随分おかしなこともあるものだ。いぶかしんで空を仰ぐとそこには火を灯してふんわりと宙に浮く、大量の提灯があった。ぱちり、目を瞬かす。
これのお陰で明るいのだと、そう分かった。ただ提灯は決して、飛んだりなんてできないものだと思っていた。
「へんだ、」
仔どもはくすりと笑い声を上げた。久々に聞く、自身の笑い声だった。言葉を交わす誰かなんていなかったから、笑うことはおろかどんな感情だって表には表れなかったので。
これが黄泉路の道行きなら、なんと見世物に満ちていることだろう。
笑いながら、仔どもはこほこほと咳をする。たった一言発しただけで引き攣るほど、その声帯はすっかり弱ってしまっている。
これであとは共に語らう誰かがいたならば、きっともっと楽しいだろうに。
手を伸ばし提灯に触れようと飛び跳ねていた仔どもは、そっと忍び込んできたその思いに笑い声をおさめる。
ばかなこと。
楽しい、けれどそう感じれば感じるほど、その心の最奥に刻まれた淋しさは、消えない。さらに鋭い刃となって、醜い傷を穿つ。
確かに外に出られたのは嬉しかった。はじめて見た外の世界はきれいだった。
でも仔どもにとって大事だったのは、この淋しさを消してしまうことだったのだ。きれいさっぱりなくなって、そうしたら仔どもはもう永遠みたいにじぐじぐ疼く傷口を抱えてあえぐ必要はない。
これでは死んだ、意味がない。
いつもいつも思っていた。ひとり遊びをしているときにだって、楽しいと感じることはあった。今のように。でもどこかで別の自分が囁くのだ、その楽しみを共にする誰かがいれば、きっともっと幸いだったろうにねえ。
そしてそれは今も同じなのだ。
せめて、誰かが現れてくれれば。
こんなに大きな道なのに、仔ども以外の誰も、歩いていやしなかった。夜の訪れは自然の現象だとしても、その暗きを照らすために現れた提灯は、自然の現象ではないはずなのだから。誰かが、必要を認めて作ったものに違いないのだから。
自分で考えていたことに気づいて、いや、仔どもは慌てて頭を振る。
その代わり、痛い。
ひとと関われば、ひと時は淋しくないかもしれない。その代わり、長く鈍く、鈍痛は続くだろう。それを疎んで、生きることから目を逸らしたのでなかったのか。係わり合いにならなければもう痛くないと、さんざ知り尽くしたのだ。
淋しいとひとを求めれば、返されるものは苦痛だけだと。
それにも関わらず、身体のほうは止まらなかった。ひとりぼっちでいた時間が長すぎて、肉体の受ける痛みのほうに仔どもは鈍感になっていた。
意思を無視して、誰か出てきて、とちいさな声が呼ぶ。
誰か、と固有名詞では何者も呼べない自分がいたことに気づいて、またこころに冷たい風が吹いた。いつの間にか、仔どものこころにはその風を通すための穴がぽっかりと黒く開いてしまっていた。
だから止めておけと言うのに。達観した心は諦めていた。
なのに、もしかしたらと誘惑には抗えない浅ましい心理。
その思いが、なおも口を開かせるのだ。何者の名も呼べない口を。
「ねえ」
誰か、誰か、と。あらかじめ決まっていた台詞を口にするかのように呼んだ。その声が、懇願に近かったことなんて、仔どもはすこしも分かりはしない。
何度、呼んだだろう。空はそろそろ藍に近く近くなっていて、遠く山並みにかかる端のほうだけがぼんやりとまだ紅い。夏の風が、なまあたたかく仔どもの粗末な着物の裾を揺らしていく。
淡い光を纏った月が地上に届くように金粉を篩わせようとしているときに、ようやくこの場所へ来て初めて、仔どもはひとの影を見た。