究極の選択
風の族長とリウィアが退散した。
「なあ孫。あのかわい子ちゃんはガールフレンドかい? 違うのなら、儂仲良くなりたいな」
ーーえっ。その答えは何が正解なの?
「………………口付けする仲です」
一応警戒しといた。お爺ちゃんとリウィアがそんな関係になるのは色々と辛い。
「あっ。やっぱり? 流石儂の孫。隅に置けないな。ガッハッハッハッー。心配するな〜。儂は孫のは盗らん」
ーーどうやら、正解だったらしい。あぶねー。
アベルは自分が呼び出された意味を想像すると、なんとも言えない気持ちになった。ゼウスは急に真剣な表情になった。
「……とまあ。冗談は置いといて。答えを聞きたい。人として生きて何を感じた?」
やっぱりそれだったか。
これまでの人生を振り返った。
姉に不真面目だと怒られ、女に間違われ、ストーカーにあい、護りたい子が出来て、はらはらして、キスをせがまれ、神様だった記憶が蘇り、尊敬していた女王が恐ろしくなり、変態な親友ができ、イケメンな部下ができ、リウィアが行方不明になり、ウンディーネやらシルフやら出てきて、フリッツに出会い、ヴィニーが魔物化して、サラマンダーが泣いて、瘴気との戦いがあり、牢屋に入れられて、戦争みたくなり、ノームと前王様が活躍し、俺死にかけてる。
ーー本当に色々あったな。言葉にするのが難しい。
「悪いことの方が良いことよりも、ある気がします。もがき苦しみ、耐えた先に救いを求めてきました。人の争いは何度も繰り返され、その度に成長もしてきたと思います。人の未来は案外悪くないと思います」
最高神様はニッと笑い。「そうか」と頷いた。
「俺の答えは間違ってませんか?」
「正解などない。ただ、儂らは答えを出す事を放棄していた。逃げても良かったのによく頑張ったな」
頭をぐしゃと撫でられ。アベルは一粒の涙を流した。
「……もうすぐ、俺は消えます。最後に答えを出せて良かった」
透ける片手がガタガタ震える。悩ましげにゼウスは片手を見つめる。
「神秘が溢れて、人の身が持ちそうにないな。そのまま人の身が消滅すれば神に戻る」
ーーなるほど、神に戻るだけか。
安心したはずなのに、まだ不満な自分がいた。まだ人間でいたいらしい。どうやら貪欲な人間になったようだ。
「……嫌だな」
おや? とゼウスは首を傾げる。
「人間として生きたいか? 不便な人間の暮らしがそんなに良いのか?」
あはは とアベルは笑った。
「どうやら、そうみたいです」
ーーああそうか。リウィアの事が気になって仕方がないんだ。俺がいなくてもやっていけるのかな? 心配だな。
「気になる子がいるのなら、眷属にすれば良いだろう」
ーー確かに。眷属にすればずっと一緒にいられる。歳もとらずに穏やかな神の世界で一生暮らせる。けど、それで良いのか? 別の人と別れる事になる。違う人生を歩めなくなる。それではつまらない。
「それはつまらないです」
「つまらないのか。なるほど。実は人として生きる方法が一つだけある。神秘を世界に還すのだ。人間としての心があれば人として生きられる」
「なら、それが」
良いです。と言う前に遮られた。
「まだある。心が無ければ、人としても神としても消滅する。ハイリスクだ。おすすめはできん」
「あの心って?」
「この場合は人としての強い意志や未練だ。孫の今の状態は神である心に支えられている。その支えがなくなり、神としての記憶がなくなり、それでも心が保たれれば人として生きられる。選択せよ」
ーーわざわざもう一つのハイリスクな選択を与えるって事は試されてるのか。
「…………これが、本当の選択ですか」
「気付いたか。そうだ。これこそ、人が生きるか滅ぶかの選択だ。人として生きようとするなら、例え孫が消滅しようが、人を生かす道を選ぼう。神として生きようとするなら、人に永遠の眠りを与えよう」
それはあまりにも、重い選択だ。
「考えさせて下さい」
「時間はあまり残ってない。大切に使うんだ」
* *
リウィアは風の族長とお茶を飲んでた。そして気になってることを質問する。
「何でアベルのお爺さんが天空城にいるのですか?」
ーーもしかして、アベルのお爺さんは精霊でアベルはクオーターか!?
「あの方は天空神です。ヘタに人間と関わってはいけないのでここにいるのです」
何を言われたか理解出来なかった。
「へえ。お爺さんは神様なんだ。……ってえええええ!?」
ーー神様って、神教が崇拝してるあれ!? 精霊を与えたっていうあれ!?
風の族長は紅茶を呑気にすすってた。
「面白い反応ですねー。まるでアベル殿が神様って知らないようだ」
「えええええ!?」
「演技派ですねー。あっ彼が戻ってきましたよ」
ーーあっ。
アベルの表情は暗かった。お爺さんと何かあったのだろうか。キスやら神様やらのことは単純なリウィアの脳内の隅に追いやられた。
「アベル。大丈夫? お爺さんに意地悪された?」
まるで子供への対応である。
顔を覗き込むリウィアをよろよろと見下ろす瞳は不安に揺れていた。
「……もしもさ。俺と一緒に永遠に生きれるとしたら、他の人達を見捨てる事になってもそれを選べる?」
ーーほお。ほおほおほおー。ごめんよくわからない。
リウィアにとって非常に難しい問題であった。
「永遠ねー。永遠って本当にあるのかな? 見捨てるってのもねー。人それぞれの考え方だし。まあ。私にはその選択はないわ」
みんな幸せで、自分も幸せが一番良い。
「アベルはそれを選ぶの?」
「…………選べない」
ーーほお。私と同じ考えじゃん。なら何を迷ってるの?
「ほかの選択はないの?」
「ある。俺が消えるかもしれないけど、みんな生きられる」
ーーうわあ。究極の選択ってやつだわ。
「リウィアはさ。俺に生きていてほしい?」
ーー何を聞いてくるかと思えば、そんなの決まってる。
「生きていてほしいに決まってるじゃん! 何でアベルにキスしたって思ってるの!?」
ーー……あっ。キスしたんだった。
アベルは「あっ。そういう事か」と納得したようだ。
頰が掌で挟まれ、唇が近づいてくる。抵抗なんてしなかった。深い口付けを受け入れた。
ーーまるであの時のようだ。
社交界デビューでアベルにキスをせがんだ。初めは軽くて、2度目は深くて情熱的で、そして意識がなくなった。その後のことが気になったのだが、もうどうでも良くなった。
唇が離れて見上げるとその表情は別人のように輝いていた。大好きなその笑顔に胸が高鳴る。
ーーやっぱり。アベルのこと好きなんだな。
「絶対に帰ってくるから、待ってて」
それが私が聞いた最後の言葉だった。




