思い出すのが遅い
土の精霊の活躍により風が吹く丘にたどり着いたリウィア達。丘には崖がありずっと下には細い川が流れている。服を弄ぶ風は身体ごと崖の下に落とすのではないかとヒヤヒヤする。強い風の影響で夕陽を掠める雲の流れが早い。髪が風に弄ばれて視界が悪い。アベルは親友のシルフに疑いの目を向けた。
「何にもないんだけど?」
ーー天空城に行くんじゃなかったの? 本気で風の吹くままに来たの? もう親友やめよっかな?
リウィアは強い風の中、長い髪の毛を縛ってるようで大変そうだ。
セルウィルスは「んじゃ。ちょっと行ってくるから待っててね」と言って消えた。
土の精霊はトンネルを頑張って掘っていた影響で、土まみれだ。ぶっちゃけ汚い。
ふと、ロマネから帰ってきたリウィアとまともに会話をしてない事に気付いた。これはいかん。保護者失格だ。
「ねぇ。リウィア。旅はどうだった?」
リウィアは空色の瞳をまん丸にして俺を一瞬見たがすぐに下を向いた。
ーーよそよそしくない?
「ば、バラント国内は楽しめたわ。けど、ロマネからは魔物との戦いで大変だったわ。アベルも大変だったでしょう? フレンスの反資本主義の奇襲で活躍したって聞いたわ」
「そっか。ロマネは魔物の所為で国が破綻寸前だったからね。法王が戻ったって聞いたけど、国民からの反感が激しいから、新たな政権が誕生しそうだってさ。俺は活躍してないよ。陛下と前王が頑張ったんだ」
リウィアは悩んでるようだった。俺の目を真っ直ぐに見る。あまりにも真っ直ぐだから、何もかも見透かされてる気がしてドキッとした。
「ねぇ。私に何か隠してない?」
隠し事は沢山ある。俺は誤魔化すように笑った。悪い癖だ。
「そうだよ」
リウィアが固唾を飲んで俺の言葉を待った。俺は真面目に答えた。
「俺もうすぐ消えるんだ」
「え!? 嘘!?」
「うん。嘘」
けろっと笑う俺にリウィアはふるふる震えながら頰を平手打ちした。
パチーン
ーーいい音したな。
ヒリヒリする頬っぺたをさすりながらどうでも良い感想を抱いた。リウィアは泣いていた。
ーー言っただけで、泣くんだ。なら本当に居なくなった時はどんな反応が返ってくるのかな?
悲しんでくれた方が良いと思う自分に少し嫌悪感を抱いた。謝らないといけないと、嘘を重ねようとする口が塞がれた。
ーーえ?
それは柔らかくて痺れるような甘い味がした。欠落したものが戻ってきたようなそんな感じ。
思わず凝視してしまった。こういうのは初めてじゃない。目を閉じるのがマナーだ。だけど、上手く反応出来なかった。
ゆるゆると離れるリウィアの顔は、気まずそうに下を向いていたが、暫くすると何かを思い出したようで発狂した。
「ああああああぁ!!??」
顔を抑えてめちゃくちゃ恥ずかしそうだ。
ーーえ!? え!?
俺は俺で今起きた事が良く分からなくて混乱した。
ーーなんで!? なんでキスしたの!? また感情の暴走か!?
「ねぇリウィア。能力使ったの? 懲りないね?」
リウィアが手で俺を制してきた。
「ちょ、ちょっと待って。色々待って!! ねぇ!? 私たちキスしたの今が初めてじゃないの!?」
「…………初めてじゃないけど……まさか思い出した?」
リウィアの社交界デビューの日、キス魔及び誘惑事件の唯一の被害者は俺である。
ーー都合よく忘れやがって とは思っていたが、今思い出したんだ。
リウィアは今キスした事よりもそっちの方が衝撃だったようだ。
「アベルー!? 私たちもしかして一線超えたああああああっっ!?」
「へー? これまた良い感じに記憶が途切れているようで、どうだかねー」
けっとアベルはグレた。
ーーなんで俺が加害者みたくなってるんだ。今のも昔のもリウィアからだっつうの。
「初めのは軽くだったけど、アベルが2回目をしーーーー
「ねぇ。詳しく言うのやめてほしいんだけど。ここにはご老人がいるんだよ? 忘れてない?」
ちなみに俺も土の精霊の事忘れていた。やけに静かな精霊が少し不気味だ。
「あっ」
重たそうな瞼を精一杯押し上げて、俺たちの事を凝視していた。
「あっ。お気にせず。続けられよ」
ーーそんなに観察されて続けられるか!?
微妙な空気が3人の間に流れた。風強いからねぇ。
おーーーい
「「「?」」」
おーーーい こっち こっち 真上ーー
頭上に視線を向けると船の底の部分が見えた。
ーーえっ。空に船が浮かんでる!?
唖然とする俺とリウィア。船から身体を乗り上げる形で俺たちを見下ろすセルウィルス。
「お待たせ〜!!」




