父との別れ
そして、8年後の3月。
リウィアは15歳。つい昨日、寄宿学校を卒業し、湖がある町エッディンに戻ってきた。寄宿学校とは、12歳〜15歳まで騎士としての基礎や貴族のマナー、一般教養を学ぶ学校である。基本的には王侯貴族やお金持ちの商人の子供が通うことが許される。お金がなくても頭が良かったり武術が得意な子供は国から授業料が支払われ通う事ができる。昔は、泊まり込みであるせいか女人禁制であった。しかし、20年前から今の女王陛下が王女であった時に、女性も通えるようになった。寄宿学校に通う女性は少ないが、リウィアは、男になめられたくないのを理由に寄宿学校に通い知識を得ることにしたのだ。
あとひと月経てば、父の元で医師見習いになる。このエッディンの家を再び離れることになる。母に挨拶しようと湖へと足を運ぶ。父にバレたらうるさいので、父が留守のときに行くことにしている。そして、父はいつ家にくるのか教えてくれないので、早く帰らないと見つかる危険が高まるので、早足で向かった。
湖は昼間みると相変わらず綺麗なアクアブルーだ。以前のようにリウィアは潜ることはしない。水の精霊の能力で潜っても水晶宮にたどり着くことは出来なかったのだ。それは、魔法で壁が作ってあるようだった。
「お母様お久しぶりです。会えなくなってもう8年経ちますね。お元気ですか?リウィアは元気です」
会えなくても声は届くかもしれない。しゃがみこみ湖に向かってリウィアは喋った。
「昨日寄宿学校を卒業しました。お友達がせっかくできたのに、お別れだなんて寂しいけど、また会えると信じています」
湖が少し波をたてた。
「ああ。そういえば、私の言葉遣い変ではないですか?未だに慣れないのですが、貴族たる者身内でも敬語を話すみたいです。なんだか、よそよそしい気がして慣れません。まぁ私には親しい身内などおりませんけど」
ふふと苦笑いをこぼす。
「お母様とはもう、会えないのでしょうか?継母は悪い人ではないのですが、8年経っても他人としか思えないのです。お父様のことも許すことができないし、私は心の狭い人間なのでしょうか?」
はぁとため息を吐く。後ろから草を踏む音が聞こえた。咄嗟に後ろを振り向くと、父の姿が見えた。リウィアは驚く。母が居なくなって以来、父は湖に近づくことはなかったのだ。
「リウィア。そんなにお母様に会いたいのかい?」
しかも怒らない。最近ずっとなのだが、父は疲れた顔をしている。
「まだ、7歳か...しかしもう私は限界だ...」
7歳というと父とカーラの間の子供のことだろう。
「お父様?体調が悪いのですか?」
リウィアは父に呼びかけるが、父は無視してのろのろと湖に近寄る。
「お母様に会わせてあげよう」
父が湖に近づいた途端、波が立つ。父のギリギリ目の前まで大きな波が迫ってきた。波が収まると涙を流した母が佇んでいた。母の姿は、8年前のあの時のままだった。
「久しぶりだね。ラエティティア」
父は母に笑いかけた。久々に笑った顔を見た。
「どうして湖に近づいたのよ...」
母は困っているようだ。
「お母様...」
「リウィア。お願いお父様を連れて逃げて」
「え?」
「無駄だよ。もう逃げられない」
父は母の後方を見ていた。湖の上に妖艶な女性がいた。髪と瞳の色は青紫色だ。
「久しぶりだね。アンゲラ」
「気安く呼ぶでない。この裏切り者」
「私のことは、どうとでもすればいいけど、ラエティティアとリウィアを少し話させてくれないか?」
「いいも何も親子なんだから、それぐらい良いに決まってる。お前のことは逃さないがな」
「ありがとう」
父が母を連れて私の元へ来た。我慢できなくて母に抱きついた。母は優しく受け止めてくれた。
「会いたかった!」
もう敬語なんて吹き飛んでしまった。
「こんなに大きくなって...。置いていってごめんね」
「ううん。お母様にまた会えると信じてたの」
「リウィア...。きっとこれが最期の別れになるの。私だけじゃなく、お父様もよ」
「そんな!」
せっかく会えたのに!父まで居なくなるの?
「リウィア。どうか弟を守ってあげて。そして、カーラさんのことを信じて」
「嫌!私も連れて行ってよ!なんで私を置いて行くの?私のこと嫌いなの?」
「貴女は私たちの大切な宝物だから、置いて行くの。いつか、わかるときがくるわ」
そんなのずっと分からないよ。だから、どこにでも、たとえあの世でもついて行きたい。
「愛してるわ」
何故母は泣いてるのか。すぐにわかった。
アンゲラと呼ばれた女は、無感情に母に父を刺せと命じた。
何かの能力のせいか母は逆らえず、ナイフをポケットから取り出し父に向ける。父は抵抗せずにナイフで胸を貫かれた。
そして2人は湖に呑まれていった。
慌ててリウィアも追いかけて湖に潜った。チカラを使うと今度は上手く水晶宮へと行けた。透明な水晶で出来た巨大な城はとても美しいが、息もできないリウィアは観察する暇もなく扉を開けて中へ入った。水晶宮の内部には水がなかった。入り口のところで上手く水が入ってこないよう、魔法らしきもので遮られている。リウィアの服は濡れていなかった。中を見渡すと、女のひとが20人ぐらいいた。髪と瞳が青や緑が多い。皆人外の美しさを持っている。ウンディーネなのだろう。
「あれ?君新しい子?」
リウィアと同い年に見える子が近寄ってきた。すると周りに伝染したのか、わらわらリウィアの周りに近寄ってきた。
「違うよ。ラエティティアの子さ。ほら、戻ってきたろう?」
「アンゲラも上がっていって浮気者を始末したんだってさ。怖い怖い」
「えっじゃあ君。ラエティティアを追いかけてきたの?」
「もしかすると、お父さんの仇を討ちにきたのかな?」
「うわぁ。やめといた方が良いよ。水晶宮の中じゃアンゲラには敵わない」
ウンディーネ達は好き勝手に喋る。父が浮気者にされてるが否定は出来ない。リウィアは父と母に会いたい。父はもう無理なのかな。こちらでいう浮気は死刑に相当するのか。ウンディーネとは重い愛を持っているのだと、知りたくない形で思い知らされた。
リウィアは周りの水の精霊達を無視して、母を捜すことにした。しかし、周りのウンディーネがうるさい。
「ねぇ。ここまできたのだからチカラを使ったんでしょ?ハーフって心が壊れるんでしょ?」
確かに父がそう言っていたが、多分大丈夫だ。普通に感情はある。そういえば、目の前の水の精霊達は心があるように見えるのだがどうなのだ。
「貴女達こそ心があるの?」
すると目の前の水の精霊はニヤリとした。
「人間の真似をしているだけよ。何故笑うのか、泣くのか、怒るのか、全くわからない。アンゲラは心があったっけ?」
最後は別の水の精霊に聞いている。
「前に聴いたけど、分からんだってさ」
「心ある者があんな冷徹になれるか。まっ私たちにも心なんぞないがな」
途端にうふふあははと狂ったように水の精霊達は笑った。リウィアはぞっとした。早く立ち去りたい。一応水の精霊達はちゃんと会話ができるようだし聞いてみよう。
「父と母を知らない?」
「父とやらは見てないが、ラエティティアならほらそこだ」
ウンディーネが指したのは宮殿の奥、壇上にある金の椅子だ。その影に人影がある。リウィアは駆け寄った。確かに姿は母なのだが、ぼーとしている。
「お母様?」
話しかけても反応がないので、揺すってみた。
「なあに?」
こちらを見た。
「お母様どうしたの?」
「お母様?」
「私のこと分からないの?」
「だあれ?」
父を刺した事へのショックで記憶がないのだろうか。それとも、心が壊れてしまったのか。母はもう知らない人になっていた。
最期の別れになるとはこの事なのか。それでも、生きていてくれてるのなら、救いだ。でも、寂しさは抑えられなかった。
「目から水が流れているわよ」
母はリウィアの涙を拭ってくれた。そして、抱きしめてくれた。
「え?」
記憶が戻った?そんな期待を抱いた。
「不思議ね。こうしてると安心するの」
優しく頭を撫でられる。涙がますますでた。
ドカッ
突然、扉を開ける音が響いた。リウィアは母にしがみついた。
「たっだいまー!男を捕まえたぞー!しかもイケメン!」
「男!」
「イケメン!」
「でかした!」
水の精霊達が扉に群がる。
男を狩るって本当だったんだ。えっまてよ近所の人じゃないよね?
湖には何故か地元民は近づかないのだ。理由は水の精霊のせいなのだろう。そして、イケメンと聞いて美少女男の姿を思い浮かべた。もちろん今はイケメンに成長した。
まさかね。
「ほお。久しぶりにやっているな」
金の椅子にアンゲラが現れた。突然出てきてびっくりした。
お化けかよ。そういえば精霊ってお化けみたいなものだわ。
「ねぇ。アンゲラだっけ?父をどうして刺したの?」
「不思議なことをきくのお。水の精霊を愛してるのに、他所の女にうつつを抜かすとは刺されて当然だろう」
「何も殺さなくても!」
「それが水の精霊を死と同様の思いにさせるとしても?」
「え?」
「生きたまま土に埋められる。そんな感覚を味わうのだぞ」
「お母様も?」
「いや。ラエティティアは大丈夫だった。もっとも時間の問題であった」
アンゲラは母のために動いたのか。そうとしたら、父はそれを知っていて、湖に近づいたのか。そもそも何故カーラと結婚したのか。謎が深まった。
「我を恨むか?お前こそ父を恨んでいたのではないのか?」
「何故知っているの?」
「ずっと湖に向かって愚痴を言っていただろう」
あれを聞いていたのか。恥ずかしい。
「お前の母もきいていたぞ」
そっか。あれは無駄にはならなかったんだ。良かった。
アンゲラは立ち上がって扉に向かって歩き出した。
「お前達。どうだ?」
「アンゲラ〜。この男私の魅力になびかないわ〜」
「あんたは、下品なのよ。ここは私に譲りなさい」
「酷〜い。貧乳のくせに〜」
「ねぇ。お兄さん私といいことしない?」
この水の精霊達はどこで男を誘惑する方法を学んだのだ。こんな人間いったい何処にいたのだ。リウィアの世間では知らない世界だ。
可哀想な生贄だ。そう哀れんで男を見る。すると目が合った。
あれは!
「リウィア!?」
「アベル!?」
アベルが駆け寄ってきた。
「なんでここに?」
水の精霊に捕まったからなのだろうけど、一応きいてみる。しかし、返答はなく何故か抱きしめられた。
「ちょっ!何!?」
「良かったっっ生きてたっっ」
誰が生きてたって?この様子からして私のことかな?こんなに喜んでるとは何事だろう。ちなみにアベルは19歳なので声変わりしてる。男性の平均より高めの声だね。1年前からプラチナブラウンの髪を短くしてるせいか、美少女力がなりを潜めイケメン度が上がっている。
「どうしたのよ?」
「どうしたじゃない!一週間も行方不明だったんだぞ!」
「一週間!?」
水晶宮にきてまだ10分経ったぐらいだと思う。そういえば、母は何故8年経っても昔のままなのだろう。もしかしたら、水晶宮は時間の流れが違うのか。嫌な予感にアベルを押しのけ、こちらを傍観するアンゲラへ詰め寄った。
「どういうこと?」
「それは我が時間を早めているからだ。早く地上に戻らねば、周りがお爺さんお婆さんになるぞ」
「何のために?」
時間を早める理由とは?
「愛しい人に会うためよ」
「会いに行けばいいじゃない?」
アンゲラはフッと鼻で笑った。いやいや私は普通のこと言いましたよね?
「転生するのを待っているのだ」
人は死後、冥界で裁判を受ける。罪深い者は地獄へ行き、善良な者は天国へ行く。地獄では悪魔の誘惑があり、誘惑に負けると重い罰を与えられる。天国では、美しい場所で自由気ままに暮らせる。そして、どちらにいても最終的には現世へ転生する。そうバラントでは、伝えられている。けれども、転生する証拠がないので、一般人からしたら半信半疑であった。リウィアもその一人だ。
「転生って本当?」
これが本当ならすごいことだ。水の精霊の長なら知ってるのか?
「やれやれ。質問ばかりで疲れるわ」
アンゲラはリウィアとアベルの間をすり抜け、金の椅子に腰掛けた。肘掛に頬杖をついてリウィア達を眺めてる。
「人間の男。我らの正体を知っているのか?」
そうだった!リウィアはアベルにウンディーネのことを話していない。カーラか父に聞いたかは知らない。ここにいるのはウンディーネだと知っているのか?
「友人に風の精霊がいまして、彼からつい先ほどリウィアはウンディーネの血が入っていると聞きました。そしてここに水の精霊が住んでいるとも聞いてます」
何故敬語?アンゲラ偉そうだから?実際偉いみたいだけど...。
てかっ、今度は風の精霊かよ!リウィアは精霊について調べるようにしていた。風の精霊とは水の精霊と同じ四大精霊の一つで、風を司る。優雅で洗礼された身のこなし。知識欲が旺盛なせいかよく人間界にいる。住処は雲の上の天空城だと伝わる。
「風の精霊だと?」
アンゲラはニヤリと怪しい笑みを浮かべる。
「はい。風の精霊だとつい先ほど聞いたのですけどね」
アベルは遠くを見つめている。友人だと思っていたのに裏切られた気分なのだろう。リウィアも自分のことを黙っていたから、罪悪感がある。
「なんだかごめん」
「リウィアが謝ることじゃない。お陰で沢山のことが分かったよ」
アベルはリウィアに柔らかい笑みを浮かべた。この笑顔が好きなのだが、見惚れてた顔を隠すためにそっぽを向く。
「だがな、知ってしまったからにはここから逃がしてやれなくなったぞ?」
リウィアとアベルは訳がわからず首を傾げた。相変わらずニヤニヤとアンゲラは笑みを浮かべている。
「人間の男よ。ここにいる我とラエティティア以外の水の精霊の誰かと結婚するのだ。さすれば地上に戻してやろう」
「何ですって!?」
リウィアは思わず叫んでいた。まさか自分の両親もこんな風に無理矢理結婚したのだろうか。そんなのはあんまりだ。しかし、言われた当の本人は冷静だった。
「その結婚相手が水の精霊のことをばらさないための監視役ですか?因みに相手の同意は必要ですか?」
「ふん。話したところで誰も信じないだろう。しかし、実際に見て知ってしまった者は何をするか分からない。その監視役とも言えるな。無論、同意がなければ結婚なんてさせられない」
アベル本当に結婚する気?リウィアはアベルに胡乱げな視線を送った。アベルは何か考えているようだ。所詮男は綺麗な女に弱いのかと軽蔑した。
周りにいた水の精霊達がアベルを囲い込む。また、口説き始めた。
「私とお話ししましょう?地上のことを聴かせて?」
「ずるいわ私にも教えて!」
「うふふ私といいことしましょう?」
もう付き合いきれない。リウィアは母の元に戻ろうとアベルから離れた。すると、アベルがリウィアの手を掴んだ。
「話をしないか?」
「ちょっちょっと!」
アベルが問答無用でリウィアを水晶宮の壁際へと引っ張る。早足について行けなくて、つんのめる。するとアベルが支えるように抱きしめた。
「ななななななっ!?」
リウィアはアベルの強引さと優しく身体を支える姿に混乱していた。どういうつもりか、アベルを見上げると熱い瞳でリウィアを観ていた。なんだか知らないが、勝手に顔が熱くなる。落ち着かないから、アベルと距離をとろうとすると手を掴まれた。
「離してっ」
「こうしないと逃げるでしょ?」
逃げたいんだよ!睨みたいが、今アベルを観る余裕がない。抵抗するが、男の力には勝てなかった。元美少女男のくせに〜!
「もう!なんなの!?」
「俺と結婚してくれ」
ぽかーん。リウィアは何を言われたか理解できなかった。
「へ?」
「リウィアとなら、後でなかったことにできるだろう?」
あっなるほど。心がある私ならここで決めた結婚も、地上ではなかったことにできるね。なるほどー。しかし、同意する訳にはいかなかった。
「お断りよ。私は母といたいの」
もう地上に戻っても私の居場所などない。それなら、母の近くにいたい。
「ここにいても仕方がないだろ?」
「それを決めるのは私よ」
アベルには関係ないでしょ!アベルを睨んでやった。するとアベルは悲しそうな顔をした。アベルには半年前の恨みがあるのだから騙されないわよ!
「貴方私に言ったこと忘れたんじゃないでしょうね?!」
「何が?」
「半年前に私に誘惑するなって言ったじゃないの!」
アベルとは腹がたつ半年前以降、録にあっていなかったのだ。
まだリウィアが寄宿学校に通っている頃であった。なんだかアベルがリウィアを避けている気がしていた。いや別に気にしていないのだけどね。と授業中ぼーっとしていた時のことだ。リウィアは後ろ側の席で、斜め前の男子が突然振り返って目が合ったのだ。その男子とはあまり喋った事はないからか、男子は随分驚いた顔をしてから、ふいと前を向いた。何故あんなに驚いていたのか疑問に思ったがまぁあいいかと授業に集中した。その放課後、靴箱にその男の子からの呼び出しの手紙があった。何かの相談かしらと思い、指定された中庭に向かった。すると、お前僕に惚れてるだろうと、心当たりが無いことを言われた。違うと否定したら、いいや惚れていると反発されムカムカした。要件はそれだけのようだったので、ご機嫌ようと帰ろうとしたが、帰してくれないので困った。そこで図書館に用事があったアベルに遭遇した。何してるのとアベルが聞いてくるので、この男が帰してくれないのだと助けを求めた。アベルは男に同情したのか、君も可哀想にリウィアは誰にでも勘違いさせるような態度をするんだと慰めていた。意味がリウィアにはさっぱりわからなかったが、男は素直にそうだったのか次からは気をつけてくれと去って行った。何を気をつけろって?それからアベルに人を誘惑するんじゃないと怒られた。全く何のことだか分からなかった。ただアベルは私のこと嫌いなんだと思った。
「ああ!あの時はリウィアのことをよく知らなかったせいで誤解していたみたい。ごめんね」
誤解が解けて嬉しいわと言うと思ったのか。ちょっと安心したが、許すまでにはいかない。
「私が人を誘惑するなんて、誤解もいいとこよ」
「そうだね。水の精霊の血がそうさせていたんだね」
ん?誤解解けてない?どういう事か聞こうとしたが、誰かが水晶宮に入ってきて気がそれた。黄緑色の髪に深緑色の瞳。黄緑色の髪の人などいないので、精霊の男のようだ。しかし、身につけている服はアベルと同じような貴族の礼服だ。和かな笑みを浮かべてアベルを観ている。
「やあ。アベル迎えに来たよ」
「遅いじゃないか」
「悪い悪い。君がいないと面倒事が起こるだろうから、その対策をちょっとね」
「それは助かるよ」
とても親しい雰囲気に何故かムッとした。きっと目の前の精霊が先ほど話していた風の精霊なのだろう。裏切られた後じゃなかったのか。
「そちらのお嬢さんがリウィアちゃんだね?」
「そうだよ。リウィア。この精霊は風の精霊で、セルウィルスって言うんだ」
「はじめまして」
「こちらこそはじめまして、ウィルって呼んで」
ウィルはアベルから私のことを聞いてるのかしら、どう言われてるか気になる。
「どうして私のことをご存知何ですか?」
「ああ。こいつがリウィアちゃんの事ばっかり話すからね」
「ウィル!」
アベルが照れている。何故照れる?さっきまで、気分が悪かったが、今の気分は悪くない。何故だろう。
「そこの風の精霊。我には挨拶もしてくれないのか?」
アンゲラだ。金の椅子に座り、ウィルを近くに来るよう招いている。
「これは失礼しました。水の族長殿」
ウィルはアンゲラの元へ去っていく。アベルと2人になってちょっと気不味い。適当な話題を振った。
「ウィルさんとは随分親しいのね」
「うん。もう4年の付き合いになる。王宮に通い出して、初めて出来た友人なんだ」
「そう」
リウィアとは8年の付き合いですけどね。自分から避けてたんだけどね。
「あいつ俺のこと風の精霊か?って最初疑ってたんだ。リウィアも水の精霊かって疑ってたね」
「へっヘぇ〜」
そりゃ人外の美貌を持ってますもの。精霊だと疑うのは仕方ない。
「通じるところがあるとは思ってたんだけど、まさか精霊だったとは思わなかった」
「そのぉ。黙っていてごめんなさい」
頭を下げて謝っといた。
「別に怒ってないよ」
「そっそう。ねえ。精霊って聞いて怖いと思わないの?」
「別に怖いとは思ってないよ。人間だって人それぞれだし。俺の父なんて母に暴力ふる最低男だしね」
直接は初めて聞いた。今までは噂で聞くぐらいであった。多分易々と触れてはいけない部分だろう。リウィアだって両親のことは触れて欲しくない話題だ。
「ねえリウィア。俺にもその血が流れてる。それこそ怖くないか?」
アベルが暴力か。意外と強引なところはあるが、暴力となると程遠い気がする。
「アベルが暴力とからしくないわよ」
思わずクスッと笑った。
「そっか」
アベルは苦笑いした。
杖の音がコツンと響いた。その瞬間、身体が僅かに軽くなった。
「君達〜。盛り上がってるところ悪いんだけど、族長殿から話があるから来なさ〜い」
「悪い」
ウィルの呼びかけで、アンゲラの元へ集まる。アンゲラがさっきまでなかったのに2メートルはありそうな木の杖を握っていた。不思議なチカラで出したのだろう。
「さっきのは?」
身体が軽くなったので何かしたの?
「時間の流れを戻した」
アンゲラは微笑んだ。ここにはいない愛しい人へ微笑んだのだろう。ということは転生したのかな?
「会いに行くの?」
「そうしたいが、契約があってな。お前達に頼みたい」
アンゲラはアベルとリウィアを見てニヤリと笑う。
「我の愛しい人を連れこい。さすれば結婚の話はなしにしよう」
「リウィアが結婚してくれるのならいいんだけど」
アベルは責めるような口調でリウィアに結婚を迫る。
「しないわよ!」
フンだっ!と顔を背けた。
「というわけで振られたので、人探しをします」
アベルはわざとらしく溜息をついた。
「難儀よの」




