出発
「折角男装したのだから街でも周ってきたら?」とパーマに言われたのでリウィアはクレールの街を散歩することにした。子供達もわいわい付いてきた。
煉瓦造りの建物が並んでる。ここらへんは住宅街だが暫く歩くと工場地帯に出た。煤で煉瓦が汚れている。ガチャガチャと金属音が聞こえる建物。4本の煙突が煙をあげてる。子供達は煙突を楽しそうに見上げてる。
「こんな建物無かったのに、今って凄いね!」
「そうなの?私の物心つく頃にはあったわ」
考えてみれば生贄の子供はリウィアが生まれる前に仮死状態で時間を止められてたので、本来の年齢はリウィアよりも上の筈だ。そう思うと子供達に敬意を払いたくなった。
工場地帯にはダンボールを載せた手押し車を押す人がチラホラいる。馬車に荷物を詰め込んでいるようだ。窓からガラス工房が覗けた。炉で溶けたガラスを細い筒の先につけて逆の筒の先から息を吹いてガラスを膨らませる。
面白そうだとリウィアも子供達に負けずキラキラした目で働く大人を見た。
「おい聞いたか?200年前に混乱をもたらしたあの魔物がまた現れたらしいぞ」
工房を覗くリウィアのすぐ横で大人の男達がコソコソ話している。
「いや、そんなの知らないぞ」
「王都で神教の連中がそう騒いでたんだ。何でも陛下は呪われた血を受け継いでいるから魔物を蘇らせたとかなんとか。そいつはすぐに騎士に捕らえられた」
「お前神教の奴らの妄言を鵜呑みにしてるのか?陛下は我ら労働者の味方だ。いつまでも昔の栄光に縋る奴らの言うことを信じるな」
「それはそうだが、隣国のフレンスで資本主義派と反資本主義派による内戦が続いてる。こっちも触発されかねない」
「そんな筈ないだろう。フレンスの腐った王と我らの陛下を一緒にするな」
魔物のことバレてるー!一応機密事項だが、神教の輩がバラしたな。人の口に戸は立てられぬ。神教の人達自由すぎない?しかし、神教の人はあまり信用されてないようで安心した。
バラントはフレンスの資本主義派に武器を高値で売ってるので景気が良かったりする。労働者にとっては黄金時代だろう。その分神教の信者は武器を売るとは陛下は悪魔に魂を売ったのだと主張する。労働者にとって神教は敵である。
子供達は考え込むリウィアを見て「どうしたの?」と聞く。
「ううん。何にもないわ。そろそろ帰りましょう」
女王さまって得体が知れないのよね〜。
神教の言い分も少し分かる気がしたリウィアであった。
女王からリウィアへと送られた手紙にはこんな事が書かれていた。
<初めまして。貴女には一度もお会いしてないし、驚かれるだろうけど、どうか聞いて下さい。私は貴女が嫌いです。正確に言うと貴女の精霊の部分が嫌いなのです。何故だと思いますか?貴女の父は何故亡くなったのか考えてみて下さい。精霊と結婚したから。精霊を裏切ったから。そう全て精霊から始まります。貴女の父は何故精霊と結婚したのか知ってますか?答えは生贄だったからです。今回の件で精霊に生贄を捧げた事が分かりましたね。ヴィニーもまた精霊により人生を狂わされました。そして、私もまたその1人なのです。
私は貴女を試したいと思います。瘴気を消して人々を救ってみて下さい。そうすれば私は貴女を精霊を認めましょう。但し断っても良いのですよ>
こんな事を言われてたらリウィアは断れない。受けて立つのみだ。
だが、何故リウィアなんだ?瘴気など消せるのか?
推薦したというアンゲラに聞くと、私には精霊と人間の血が流れているから精霊使いのように瘴気が消せるそうだ。ヴィニーを斬りつけたところが黒から肌色に戻ったのはそのせいだとか。
そして、父が生贄だったとか書いてあってぞっとした。
生贄についてアベルに聞いたら、前王の時代から生贄は禁じられてる。禁じられてからは祈祷になったそうだ。祈祷を捧げる人間は生贄と呼ばれてるからその事だろうと言っていた。
父はどんな想いで母と結婚したのだろう。どんな想いで母に刺されたのだろう。肝心の父がいなくては答えが出せなかった。
旅への出発当日。
私は何故かアベルに抱きしめられていた。
「苦しい〜!」
アベルの胸に鼻がふさがれて苦しい。ウィッグや帽子が外れそう。
あっ良い香り〜じゃなくて!恥ずかしい!みんな見てる!
「ううっ。俺も付いて行きたかったのに、そう言ったらカーラが殺すぞって目で見てくるし無理だった。今からでも遅くないからやめようよ〜」
まだ止める気か!しつこいわ!
「絶対嫌ー!もう決めたの!しつこいわよ!」
「だよね。そうだよね。ウィルも付いてくけど、あいついざとなったら逃げそうだしなぁ。サベラから離れちゃダメだからね!」
「さっすが親友!分かってるね!」とウィルの声が聞こえた。
アベルがリウィアをパッと離した。
あー。びっくりしたー。
リウィアがふーと息を吐くと、アベルはズカズカとウィルの元まで歩くと胸ぐらを掴んだ。
「ねぇ?俺ずっと思ってたんだけど、ウィルって女王の手下じゃないよね?」
リウィアからアベルの顔は見えなかったが、ウィルの泣いてる表情は見えた。わざとらしく「ひ、酷い。濡れ衣だ〜!」としくしく泣いてる。
アベルもウィルを疑ってたのか!てっきり信じきってると思った。
「俺頑張ってるのに可愛そう!」
「自分でそれを言うか!」
ピタリとウィルは泣くのをやめた。
「アベルだって分かってるだろ?俺は精霊だから女王とは所詮相容れないんだ。大体前は仲良かった君の方が怪しいだろ?」
アベルはうっと黙って、ウィルから手を離した。はーとため息を吐く。ウィルに「疑って悪かった」と謝った。
「別に良いよ〜。俺多分利用されてるし〜」
「……」
それはきっとここにいる全員に言えることだった。
この旅だってそうよねー。
カーラの眼光が鋭い。「それでいいだろう。何がいけないんだ?」という目をしてる。
「僕らは人を助けに行くんだ。人を助けるのに女王とか関係ないだろ?」
フリッツがまともなこと言った!流石、前世が救国の英雄なだけあるわ。
「それもそうですね。フリッツ先生。リウィアをよろしくお願いします」
アベルはフリッツに頭を下げた。
「もう敬語はなしでいいだろ!実は僕の方が弱いから逆にお嬢さんに守られるかもな」
フリッツはばつが悪そうにぽりぽりと頰をかいた。
「ではお言葉に甘えて、敬語はやめます。そんなことは期待してないよ。ただし、手を出したら承知しないから?」
アベルのにっこりした笑顔が何故か怖かった。
フリッツが「...おっおう」と動揺した。
「アベル殿って心配症ですねー。ちょっとうざいですねー」
それな。
サベラの言葉に頷くリウィアであった。




