エリスの夢
前王クリフォード様。黒目黒髪の美丈夫だ。御歳50を迎える。髪に白髪が混じるものの、騎士団副団長まで上り詰めた肉体はがっしりと引き締まっている。
前王様大きな1人がけのソファに座り寛いでいた。アベルが部屋の中に入ると「適当に寛いでくれ」と着席するように促した。
アベルは席に着くと、前王様はアベルの姿をじっと見つめた。
睨まれてるのかな?来るの遅かったから怒ってるのかな?
アベルは表情は和やかなまま冷や汗をかいた。
「お初にお目通りねがいます。アベル・レイアンと申します。本日は前お」
「すまぬが堅苦しいのは無しだ。わたしは王を退いた身だ。君達貴族と変わらない」
挨拶最後まで言わせてもらえなかった。王族は偉そうな態度をとると思っていたが違うようだ。
「わ、分かりました」
「アベル殿がわたしと話したいと聞いてとても嬉しかった。是非聞きたい事があるのだが良いかな?」
「何でもどうぞ」
「君は今孤独ではないか?」
アベルははっとなり、前王の黒い瞳を見る。その瞳は心を見透かす目であった。女王よりもより強い意志をもった目はアベルを動揺させた。
孤独?俺は今確かに孤独だ。誰にも本当の正体をあかせず、世界を左右する選択をしなければならない。
「...すいません。よく分かりません」
こうしてまた嘘を重ねていく。もう慣れたものだ。
「嘘を吐かせてしまったな。悪かった」
謝るところがズレている。アベルは何も言えずに手を握りしめた。
「君に似てたからな。少しわたしの夢の話をしよう。きっと君には必要だ」
前王の表情が和らぎ優しい表情になった。
「わたしはエリスの生まれ変わり。そう周囲は騒いだが、最初はよく分からなかった。だが、不思議な夢を見る様になってからは違った。わたしは確かにエリスだった」
エリスは400年前の歴史上の人物がなのだが、200年前世界に瘴気が溢れた時の混乱で記録があまり残っていないのだ。
「夢ですか」
俺は夢で平和の女神と通信できた。前王にも何か見えたのだろうかと気になった。
「夢の中ではわたしは悪魔を身に封じた女性だった。嫌な感情を出せば悪魔が出てくると思い、常に明るく振るわなくてはいけないという恐怖感に取り憑かれていた。やがて自分の存在の所為で隣国との戦争になり、自分の首1つで戦争を止めようと敵国に乗り込んだ。ひたすらに自分を責めた。そしてわたしは悪魔に身体を乗っ取られた。悪魔に乗っ取られた意識はひたすら怖かった。ずっとずっとひとりで怖い思いをして、助けてと言う声さえもあげれない。情け無いことにこの夢を見るときは妻に手を握ってもらった」
聖母ともてはやされた絶対的な存在エリス。エリスが神教では悪魔と呼ばれた理由がわかった。そして、その語られなかった歴史と感情が解き明かされていくのをアベルは固唾を飲んで聞いた。
「わたしはこんな夢を見るぐらいなら、殺してくれと思った。エリスも思ったのだろう。神様はそんなわたしに死という贈りものを渡してきた。愛する者が貴女を殺すだろうと」
「それはっ!」
神様とはまだ地上に残っていた平和の女神の事だろう。あの時の母に一体何があって、悪魔の宿った者を愛する者に殺させたのだ。
「だが、エリスの愛する者はそれを拒んだ。自分が死んだ方がマシだと言うくらいにはエリスは愛されていたのだろう。何度も何度も呼びかけてきて正直言ってうるさかった。けど、うるさかった時は全然怖くなかった。終いには嫌いだとか悪口言われてムカついた」
何だか話が見えなくなった。
「ムカついて身体から悪魔を追い出してやった。それで身体から出てきた悪魔が神様を助けてよって言うからびっくりした」
こっちも怒りで悪魔追い出せたあなたにびっくりです。
「それでその悪魔について行って神様に会ったら、大変だった。神様が瘴気まみれになってて凶暴化して攻撃してきた。何とか奮闘して神様を正気に戻せた。そして、神様から精霊を受け取った。自分がいては迷惑をかける。人間はもう神に頼らずとも大丈夫だと言い残して神様は去って行った。これでこの夢は終わった」
うわぁ。<光と闇と四大精霊>よりめちゃくちゃな話だ。結局悪魔って何だ?どうやったら神様止めれるんだ?
「その。何というか現実離れした世界ですね」
アベルの意見に前王は頷いた。
「そうだろう。あの時代には魔法があったから、悪魔や神様に対抗できた」
「魔法?絵本に出てくるあの魔法ですか?」
ちちんぷいぷいのぷい?ビディディバビデブー?
「いや。どっちかというと精霊の能力を人間が普通に出せてた」
「え!?」
「神への信仰が厚ければ魔力の量も増えたらしい。そして神様が去ってこの世から魔法が消えた。神教の者達はそれが気に入らない連中だ。だから、エリスを悪魔扱いする」
「な、なるほど、よく分かった気がします」
やっぱりわかんないかも。
「結局は人間が魔法を使えないから、代わりに精霊を渡しただけなのでしょうか?」
前王は「そうかもなぁ」と呟いた。
「神様とアベル殿...やっぱり似ているな」
じっとまた前王はアベルの顔を見た。
ば、バレた?俺神様ってバレた?
「まだ初対面だし、この辺にしとこう。またわたしの話し合い手になってくれ。アベル殿は話しやすいな」
「い、いえ。こちらこそ貴重なお話を聞かせていただき大変光栄です」
聞きたいことを結構聞けた。アベルは大満足であった。




