舞踏会
それからしばらくして王家主催の舞踏会が開かれた。白い壁の壮麗なお城ローリス城には近隣諸国の面々の馬車がロータリーを占拠した。
御者が丁寧に黒い馬車の扉を開く。そこから「ありがとう」プラチナブロンドの髪の男は長い赤髪の女性をエスコートして、馬車から降りた。「きゃあ」とアベルを見て頰を染める女性。「貴女婚約者がいるのでしょう?」ときゃあと言った女を別の女性が冷静にたしなめた。「それに女王さまの愛人に手を出したらバチが当たる」
アベルは自分をネタにされたのが気に入らなかった。サベラの腕を掴み、ズカズカと前へと進む。多くの貴族が集まるエントランスは大混雑していた。
顔も知らない貴族が話す声が聞こえた。
「なんでこんなに混んでるの?」
「なんでも前王陛下もご参加なさるとか。多くの貴族はそれで参加をきめたんだって」
貴族は思い思いの事を勝手に言う。慎みはどこにいったのだ。
混雑したエントランスはどうにか収まり。今は白いホールのメイン会場にいた。おのおの小部屋を提供された。いつでも休んでください。というご配慮だ。
ほとんどの者はメイクを直そうと小部屋にいる。サベラと共に小部屋に入り身支度をするフリをして今後の動きを打ち合わせした。サベラは冷めた目で一枚の手紙を開く。パサっと広げた紙には、「ファーストダンスを踊りませんか?」と書かれている。差出人はエリザベス女王陛下。
アベルはため息を吐き。「ありえない」と呟いた。ファーストダンスは主催者とその配偶者で躍るのが主流だ。エリザベス女王陛下には夫がいる。2人には子どもがいないので、不仲説が騒がれている。エリザベス女王陛下が子が生まれない体質なのは有名な話だ。だから不仲とは限らない。側室をとってはどうだろうとエリザベス女王陛下に子が出来ないのは王配が原因だと考える元老院は勧める。だが、「興味がない」と一瞬されてる。
そしてアベルとの愛人報道。元老院は着々とアベルを側室にしようと画策した。アベルに愛人になる気はないのか?と元老院に聞かれて「興味ありません」と突っぱねた。いつまで愛人疑惑ひきづってんだよ。アベルは内心苛々してた。人の噂も75日、残念ながらまだそんなに経っていない。
もうすぐファーストダンスの時間だ。急いで部屋から出た。
アベル達の他にもいたようで、みな一斉にホールへと優雅に歩き出した。
ホールに煌びやかな衣装に包んだ紳士淑女がひしめき合っていた。
エリザベス女王陛下がホールに入ると、辺りは静かになり誰もが女王陛下の一挙一動を食い入るように見ていた。
ホールの中央に女王陛下が着くと辺りを見回して花のような淑やかな笑顔を見せた。陛下の衣装は黒いスパンコールのドレスだ。シャンデリアの光を受けて輝くそのドレスは夜に煌めく星を閉じ込めたようだ。王配がにこやかに女王陛下をエスコートして、ファーストダンスが始まった。しっとりとした曲調に合わせ女王と王配はしなやかにステップを踏む。
仲が良いなら安心だ。何なのあの手紙?いらないよね?
苛々するアベルにまあまあとサベラに嗜まれた。
「苛々しないでくださいよ。私ダンス下手なんですからちゃんと誘導して下さいよ!」
以前踊ったときにアベルの足はサベラに何度も踏まれて捻挫になった。一応貴族だよね?とサベラを疑ったのは記憶に新しい。
ホールが騒がしくなった。
「あっ前王様いらっしゃいましたよ。体調大丈夫なのでしょうか」
王族のための席がホールを見下ろせる高さの位置にあった。そこに前王様と前王妃様はホールに立ってる貴族達に手を振り座る。
「玉座を降りて肩の荷が下りただろうし、ご心労もすぐに良くなるさ」
前王様のイメージは優しい騎士様。労働階級、庶民、貴族みんなを救いたいという尊い思想の持ち主。だが、ストレスには弱い人だ。だから早くに娘のエリザベスに玉座を譲った。
一度は前王様と話して見たかった。平和の女神を救ったエリスの生まれ変わりとはどの様な人物なのだろう。
そんなことを考えてるとサベラが「ファーストダンス終わりますよ」とアベルの腕を掴んで急かした。
曲が終わり、女王陛下と王配はお辞儀をしてその場を辞した。
「それじゃあ。行くよ」
アベルは手を差し出す。それにサベラは手を重ねホールの中央へと向かった。
ジンジンと痛む足を気取られない様に満面の笑みで話しかけてくる貴族に対応した。
今いるのは寄宿学校に通っていた時のクラスメイトだ。「久しぶりだね」と懐かしい学校時代の事を話していた。
サベラはまだダンスをして被害者を増やしていた。楽しそうに相手の足を踏む姿にいっそのこと関心した。アベルの視線の先にいるサベラにクラスメイトが気づき話題を変える。
「サベラ様は相変わらずだね。天真爛漫で見ていて飽きないよ」
アベルは物は言いようだなと適当に頷いた。
「舞踏会で最近よくサベラといるようだけど、恋人なのか?」
「いや、全然違うよ。只の仕事仲間」
面白い冗談だ。サベラが聞いたら笑い転げるだろう。クラスメイトは「じゃあ」とごくりと唾を飲み込む。
「陛下の愛人って本当なのか?」
「......全然違うよ」
笑えない冗談だ。これを確かめにくる貴族が多い。周りで耳を潜めている人がいる。誤解を生むので否定しとかないとね。
クラスメイトは驚く。何故驚く?
周りを見てアベルの耳元でこそっと話し出す。
「頑張って陛下にも聞いたんだ、そしたら秘密だと笑顔で仰ったんだ。隠したい気持ちは分かるけど、わたしには話してくれないか?」
そんなところで頑張んないでほしい。どうやら陛下はアベルをおちょくりたいらしい。
「だから、何にもないって。そんなことよりも瘴気のことどれだけ知ってるの?」
アベルも小声で喋る。
このクラスメイトは隣国ロマネとの国境沿いを収める侯爵に仕える子爵だ。瘴気については関係者と子爵に伝えてあり、それ以外は口外にされている。子爵は沢山いるので多分この話は何処かで漏れるな。
クラスメイトは「そんな!」と落ち込む。しばらくして渋々話し始めた。
「...ああ。その事だが、どうもロマネ国から瘴気が渡って来たと思われるんだ。ヴィニーが国外追放された先が怪しいらしい」
「国外追放された先?何処かに捕らえられてたのか?」
「…前王が収めていた最初の頃まではある試練があったようだ」
「試練?」
「表では国外追放でも、ふた通りの方法があったのさ、1つは自国に帰ってこれないだけ。もう1つはある試練をさせたら罪を帳消しにするという方法。その試練が火の精霊に勝つことだったんだ」
「それは無茶だな」
生身の人間が火の精霊に勝てるわけがない。死にに行くようなものだ。
しかし、ヴィニーは火の精霊を手懐けていなかったか。まさか...。
ある可能性に気づきアベルは驚く。
「...君の想像通り、ヴィニーは生きのびて自国に戻ってきた。恐らくはその試練をどうにかやってのけたんだ。その試練の場所を調べれば瘴気のヒントがあるのかもね」
「なんか、そんな情報くれてありがとうね。後日またお礼に何か贈ろう」
予想外の重要な情報でびっくりした。リウィアとフリッツに教えよう。
クラスメイトはいいよいいよと首を振る。
「そんなことよりも、陛下の愛人になる可能性はあるの?」
「限りなくゼロだね」
「...わかった」
それじゃとクラスメイトは去って行った。やはり何か贈ろう。
サベラが「アベル殿!何してるんですか!前王様との面会時間ですよ!」と叫んできた。
あっ忘れてた。
「ごめん。すぐ行く」
ホールを出ようと歩いていると、足を引きずる紳士を見かけた。サベラの被害者に違いない。




