真相
ヴィニーの亡骸は丁重に葬られた。カーラ・クレイが喪主となり国外追放という元罪人の立場から葬儀は密やかに行われた。女王陛下も訪れ「瘴気により建国以来初の被害者が出てしまった。誠に遺憾である。これ以上の被害が出ぬようここにいる皆と一致団結し、力が及ぶ限り努力しよう」と述べた。
葬儀の前、謁見したフリッツにより、瘴気が女王陛下に感染してることが発覚した。その為フリッツとアンゲラの能力で早急に消滅させた。精霊使いと精霊にしか瘴気が見えない様だった。
女王陛下は正式に精霊使いとなったフリッツに瘴気の撲滅を命じた。支援は惜しまないとの事だ。アンゲラの提案によりリウィアにも協力を要請された。アベルは反対するがリウィアは要請に応じることにした。理由は簡単。旅をしてみたかった。そしてやる事が無くて暇だったからだ。ある事にはあったが、10人もいる子供の面倒なんてリウィアには荷が重かった。専門家に頼もう。
生贄にされた子供達だが、アンゲラが仮死状態を解除させると悲痛な顔をして居場所がないと叫んだり、茫然と佇んだりと様々な反対だった。皆本当どんな目に遭ったのだと可哀想で仕方がなかった。リウィアが一生懸命励ましても誰も聞いちゃいない。サラマンダーは男の子に興味を抱かれたが、尻尾を引っ張られそうになると消えた。アベルは凄かった。天使の笑みで「心配ないよ」と頭を撫でると殆どの子供は見惚れるか「うん」と頷き懐いた。セルウィルスは子供から殴る蹴るの暴行を受け幸せそうだった。子供に何を覚えさせるつもりなんだ。
女王陛下が生贄にされた子供達にそれぞれに合った居場所を提供すると約束された。だが直ぐには無理の様でクレイ伯爵家の邸宅でしばらく預かる事になった。
私ことリウィアは今、クレイ伯爵家の邸宅の執務室で継母であるカーラと対峙していた。どちらもムスッとした表情で仲の悪さがよく分かる。そもそもカーラは笑えるのか不明だ。笑ったところなど見たことない。殆ど、無表情かムスッとしてる。
...何を考えてるのか分からない。
そもそも私はカーラに呼び出されてここに居るのだ。ヴィニーの葬儀中もほぼ喋らなかった。この部屋に入り「そこに座って下さい」と言われて彼此10分程経つが、未だに用件を言わない。リウィアが痺れを切らして「あの!」と言おうとした直前にカーラは喋り出した。
「リウィアさんは私に何か聞きたいことがありますよね?」
それは私の台詞じゃーー!
私は吊り上がった目を益々吊り上げた。
「...何の話ですか?」
「例えば、オーソン様は何故ラエティティアさんと別れて私と結婚したのか」
私は驚きのあまり言葉を失った。
私は父からカーラに養女だと紹介されてたから、ラエティティアことお母様の存在をしないと思っていた。
「...お母様を知ってたの?」
「ええ。知ってます。ウンディーネである事も、貴女がラエティティアさんとオーソン様の子である事も」
カーラが言ってる事は事実だった。
知っていて何故結婚したの!?
そうなると、カーラはお母様からお父様を横取りした酷い女になる。
「リウィアさんも貴族の教育を受けたので、理解出来る筈です。貴族とは女王陛下から領地や領民を預かる者です。当主になるのにはそれ相応の能力が要求されます。オーソン様は残念ながら能力が足りなかった」
父は穏やかで優しい性格だ。貴族みたいな魑魅魍魎の集まりには向いてない。
「それが何?別の人に爵位を譲ればいいじゃなっ」
リウィアは、はっと口をつぐむ。つい最近まで爵位を狙う男がいたではないか。
「そうです。ヴィニーが狙ってましたね。女王陛下はヴィニーに爵位を与えてもいいと仰ってました。オーソン様はそれを阻止したかったのです」
ヴィニーはお爺様や伯父様を殺した大罪人。そんな事が許される筈がない。
「ヴィニーは悪い人よ!」
「ええ。しかし、あの火事は表では只の火事という事故です。女王陛下はヴィニーが悪い人だとは気づいてないと思います」
現に数日前のヴィニーの葬儀でも火事の事は追及されなかった。
「お父様はヴィニーがお爺様や伯父様を殺したって知ってたの?」
「ええ。ラエティティア様のお力で分かったそうです」
なるほど、ウンディーネの能力で特定したのか。
「何でもサラマンダーの能力で火事が発生したそうです」
あのトカゲか!今度会ったら問い正そう。
「でも、それと貴女と結婚したのと関係あるんですか?」
「大いにあります。女王陛下は、精霊を妻にする者を当主とは認めません。本来なら精霊との結婚も認めたくないのでしょう。オーソン様とラエティティアさん
を夫婦と認めていませんでした。だから貴女は養女扱いなんです」
そんな理由があったのね!びっくりです!女王陛下って精霊嫌いだったりして...。
「オーソン様が当主を継ぐには、ラエティティアさんと別れる事が最低条件でした。それでも、能力が足りないという問題が残ります。そこで私が補佐するという名目で結婚することになったのです」
「結婚までする意味あります?」
カーラは元々、クレイ伯爵家に仕えるレイアン子爵家の娘だ。子爵家にいたままでも、補佐出来なかったのかと疑問になった。
「あります。子爵の娘と伯爵の妻とでは補佐出来る範囲が全然違います。それに跡取りの問題があります。跡取りがいなければ結局のところヴィニーに爵位を奪われる危険性があります。それに女王陛下が私とオーソン様の結婚を勧めたのです。貴族としては受け入れるしかありませんでした」
結局は女王陛下のお考えのだったのね。お父様もカーラも自分の意志で結婚した訳じゃなかった。リウィアは拍子抜けした。
お父様は自分を犠牲にしてまで、ヴィニーに当主の座を渡したくなかった。ヴィニーは親族を犠牲にしてまで当主になりたかった。
なんとも言えない複雑な気分だった。
「お父様と結婚して後悔してませんか?」
カーラは半ば無理矢理な結婚をどう思っているのだろう?
「全くしてません。私は常に最善の道を選んでいる自信があります」
なるほど、出来た人間だ。お父様はきっと悩みに悩んでたんだ。だから、あんな最期を遂げた。カーラみたいに自信があれば違ったのかしら。
カーラの表情が翳る。
え?突然どうしたの?
「...私は最近の弟の考えが判らないんです。あんなに女王陛下に懐いてたのに、態度が一変して避けるようになりました。リウィアさんは何か知りませんか?」
「えっ。個人的に関わりたくないとか言ってましたが...。理由は知りません」
カーラの方がアベルの事詳しいと思ってました。そういえば、「女王陛下は素晴らしい方だ」とか、昔は言ってたけど最近言わないわね。
カーラはとんでもない事を言った。
「貴女の存在が原因かと私は推測します。陛下は精霊を毛嫌いしてます。よってリウィアさんのことも嫌っていると思います。それが弟には気に入らないのだと思います」
「はい?え?精霊が嫌いって、お国的に問題ないですか?私女王陛下と喋ってもいないのに嫌われているんですか?」
「問題でしょうね。精霊教を敵に回しかねませんので、この事は内密でお願いします」
リウィアの目は点になった。精霊使いと光の勇者を始祖とする王家なのに精霊嫌いって自身を否定するのと一緒じゃないか。喋ってもいない私の事も嫌いとかどんなけ精霊嫌いなのだ。リウィアの思い描いた慈悲深い優しい女王様像が崩壊した瞬間であった。
「リウィアさんどうか弟に陛下に刃向かうのはやめてほしいと説得して下さい。このままでは貴族の地位が揺ぐ可能性があります」
私を嫌ってる陛下をアベルに信頼しろと言えだって?この人何言ってるの?
「...私は陛下の事をよく知らないので何とも言えません」
「そうですか」
カーラは表情を変えることなく頷いた。
「話はここまでです。もう行って良いですよ」
「はい。失礼しました」
丁寧にお辞儀をしながら、やはりカーラと仲良くはなれないと確信したリウィアであった。
廊下に出ると壁にもたれかかって立っているプラチナブロンドの青年、アベルが美麗な面をこちらに向けた。
「何話してたの?」
心配そうな表情を見て、緊張して強張っていた身体が少しだけ緩んだ。
アベルは陛下を不審に思っている為、先程の内容を口にすれば益々懐疑の念を抱くだろう。そうなるとアベルの立場が悪くなるとカーラに指摘された為話さない方がいいと考えた。
「只の世間話だったわ」
わざとらしく肩をくすめて、大した内容ではないとアピールした。アベルは世間話する程仲良かったっけ?と疑う表情をする。仲が良い訳ない。
「カーラさんはお父様と結婚して後悔してないみたいね」
「...みたいだね」
アベルは複雑そうな表情をした。他人がひょいひょいと触れていい内容ではないと思っているようだ。
優しいなぁ。カーラと全然違うわね。本当に姉弟?
笑いそうになった。アベルはうーんと何か悩んでる様だ。
「やっぱりさ。瘴気を消す旅だっけ?やめた方がいいと思うよ。フリッツは立派な大人の男だから良いとして、女の子のリウィアが行くのは危険だよ」
またその話か。もう聞き飽きた。
瘴気があると思われる地域に赴き調査をする。隣国ロマネにも行く事になった。ロマネとバラントは友好国だから行っても大丈夫だろう。
「何度も言うけど、私は危険を承知で行くの。アンゲラが常にいる訳じゃないから、そりゃ色々と不安でしょうけど、アベルがサベラを付けてくれるのでしょう?心配ないじゃない」
アベルはうーんとまた唸る。
「ほとんど馬車だろうけど、野宿もあり得るんだよ?お風呂毎日入れないかもよ?あっ。アンゲラがいれば冷たいだろうけどシャワー出来るか」
お風呂は毎日入りたいな。ってああもう!アベルは心配しすぎ!
「そんなに心配なの?私って幼く見える?」
アベルは真剣に私を諭した。
「そりゃ心配だよ。女の子だもん。カーラは陛下の要請だから断るなんて論外とか言ってるけど、嫌なら断ればいいんだよ?」
「嫌じゃないし。私行きたいの」
「...本当に?」
「ねぇ。アベル。彼女に重たい男だって言われなかった?」
アベルの目が点になった。
「…それと関係なくない?」
不自然な間が肯定だと証明した。
やっぱり言われてたんだわ!アベルって責任感強すぎて、心配症なのよね!彼女にだって優しかったに違いない。
「優しすぎて辛いって言われたんでしょう⁈」
「ははっ。優しすぎてって意味わかんないね。男が女に優しいのって騎士道精神があるバラントでは当然でしょう」
目が泳いでる。図星の様だ。ちょっとだけイラっとした。
私は俯いて喋り始めた。
「...あのね。私貴方の腕を切り落としたの思い出したの」
アベルの表情が強張った。
やっぱりあの光景は夢ではなかったのだ。
ヴィニーを必要以上に剣で斬りつけて、留めとばかりに剣を振り上げたリウィアをアベルは止めた。剣を握るリウィアの手を握り阻むアベルの制止を無視して無我夢中に振りほどこうとしたら、アベルの腕を切り落としてしまったのだ。暴走状態とはいえ自分は危険すぎる。このまま一緒にいてはまたアベルを傷付けてしまう。私は自分を精神的にも肉体的にも鍛えなければいけない。また能力に頼らない様に自分を戒めたい。
「だから、アベルの側にいない方が良いわ」
「もう腕治ったから良いじゃん。気に病む必要ないよ」
そういう問題ではない。これはリウィアなりのケジメだ。
「気にするわよ!治らなかったら一生後悔してたわ!」
「そっかぁ。こういうのって加害者の方が可哀想だったりするよね。俺は気にしないのに」
加害者言うな被害者め。
「俺はね。リウィアに人を殺して欲しくなかった。その為だったら腕を切り落とされたぐらいどうってことないね」
ヤバいこの人重い。
リウィアは少しアベルが怖くなりました。
「どうってことあるでしょう!どんな神経してるのよ!神様みたいなこと言ってるんじゃないわよ!」
アベルはあっやべって固まった。
「…そうだね!気にするかもね!」
その間は一体何?
「だから、旅には行くわ!はい。この話はお終い!」
「ええ?んん?」
リウィアは話を強引に切り上げた。アベルは「え?人間ってそういうものなの?」と戸惑っていた。




