閉じ込められた人と感情
僕は温かな空気に包まれていた。幸せな気分で目を覚ました。
目を開けるとアンゲラの背中と人型の黒い魔物が水を通して見えた。
まだ寝ぼけてるようだ。もう一眠りしよう。
フリッツは再び目を閉じた。
ビシバシッドカーーンッッ!!
騒音で寝れなかった。ぼんやり目を開いて、目の前で繰り広げられる戦いを眺めた。
黒い魔物から黒い風の刃が数本飛んできた。アンゲラは僕に当たりそうな刃は全て水を飛ばして打ち消す。しかし、アンゲラに飛んでくる刃がアンゲラの腕を切りつける。僕は血が流れる腕を見て焦りを感じた。
これは夢じゃねぇ!!
自分を包む水の結界を叩き割ろうと拳を振り下ろしたがびくともしない。
「おいあんた!ここから出せ!」
声が結界に反響した。聞こえないのか、アンゲラはこちらに振り向きもしない。
「アンゲラ!!お前だけじゃそいつは無理だ!!」
確か瘴気を消すには精霊と契約した人間が必要な筈だ。
アンゲラは能力技で捩じ伏せるつもりか!?無茶だ!
「アンゲラ!!」
どんどんと結界を叩くとアンゲラがようやく気付いて振り返った。怒りに染まった顔がみるみる嬉しそうな顔に変わった。
「ステファン!目が覚めたんじゃな!」
俺はフリッツだけど、まあいいや。
「出して!!」
「もう少し待っとれ」
アンゲラは真剣な顔になり魔物を凍らした。
「ほれ」
水の結界が一気に蒸発した。すとんとフリッツは足から地面に着地した。
「僕と契約してくれ!!あんたの力になりたい!!」
アンゲラはぱちぱちと目を瞬かせる。
「おぬしはステファンか?それともフリッツか?」
え?前世の自分じゃないといけないのか!?
「フリッツだと困るのか?」
「いや。そんなことはない契約は魂の契約だからな。只驚いただけじゃ」
ふふっと少し寂しそうにアンゲラは笑った。それを見て、ステファンのことが好きだったんだなとズキッと胸が痛んだ。
「ステファンはあんたのことが好きだったみたいだな。僕はあんたのことはよく知らないが、信用できる奴なのは分かった」
「知っておるが、おぬしが言うと説得力があるのぉ。信用されてるなら結構じゃ」
頰が少し赤くなったアンゲラの微笑みは不思議と僕の心を温めた。
「では契約を始めよう。我の手におぬしの手を当てるのじゃ」
言われたようにアンゲラの掌に自分の掌を合わせた。
「そこのシルフ!!暫く時間を稼げ!!」
叫ぶアンゲラの目線の先に黄緑色の髪の男が蹲っていた。
あれが風の精霊か。どこか痛いんじゃねぇの?
シルフはよろよろと立ち上がり、ううっと呻く。
「あいつ怪我してるんじゃ?」
「いや。無傷じゃよ。さあ始めよう」
アンゲラが目を閉じて、意味のわからない言葉をぶつぶつ喋り始める。「本当女って酷いよね!!でも大好き!!」とシルフの叫びが聞こえた。
あの風の精霊の闇は深そうだな。
視界の端にごげ茶色の髪の少女が魔物に向かって走る姿を捉えた。
あの魔物を殺す!と叫ぶアンゲラの声が頭に響く。頭はガンガンと痛み。頭が破裂しそうだ。頭の中で叫び声が反響し、やがてアンゲラの怒りがリウィアの思念となる。
リウィアの一部は助けてと泣き叫ぶが、それに応じる者は誰もいない。自分で自分が制御できない。視界が真っ赤に染まる。
殺さなきゃ。私が魔物を殺さなきゃ。
(目を覚まして)
この声はアベル?
(良かった。通じたんだね)
助けて!助けてよ!魔物を殺したくて殺したくてどうしようもないの!
(落ち着いて、君は今怒りの感情に囚われている)
どうすればいいの。
(正直に言うとよくわかんない)
何よそれ!
(だって俺まだ未熟者だし心の原理ってよくわかんない)
何の話してるのよ!心理学でも学んでるの⁈
(違う違う。心理学とは関係ない。多分。コッホン。話が逸れたね。今君は怒ってたね。何で怒ってるの?)
...アベルがいい加減だから怒ってるのよ。
(そうそれ。それが怒り。俺がいい加減だから...ってちょっと酷くない?)
結局何が言いたいのよ!
(えーと。怒りとは不安の裏返しで防御反応とも言える。弱点を補うために出す感情かな)
へぇーー。
(リウィアは今とっても弱っている。だから俺を信じてよ)
へ?
(や。だから信じてよ)
どうやって信じるのよ?
(信じれば信じられる)
えーー。無理。
(大丈夫!信じれば信じられる!)
......。




