火の扱いには注意しましょう
湖のほとりをしばらくサラマンダーの案内でアベルとサベラは駆けていた。サラマンダーは口から尻尾の先端まで1メートルありそうな光るトカゲ型の身体だ。4本の短い足を使ってスーと滑るように木々の間を駆ける姿は少し不気味だった。サベラの様子をチラッと盗み見るとサラマンダーの姿を頰を染めながら凝視していた。アベルは少し呆れて半眼になった。サベラは本物の爬虫類好きであった。そういえば、邸宅の庭に蛇が出てきても余裕で捕まえて遠くに逃がしてやっていた。
「おいっ!もうすぐだぞっ!」
サラマンダーが走るスピードを緩めて後ろにいるアベルとサベラに注意を促した。
遠くの木々を見てみると黒い木が3本程あった。黒い木は隣の正常な木の幹に枝を蔓のように伸ばしてぐるぐる巻きついている。2人と一匹は木の影に隠れて警戒した。
瘴気を移すつもりか?
サベラも気がつき黒い木を睨む。
「なんですかあれ?超ヤバくない?」
...うん。超ヤバい。
「光と闇と四大精霊に出てくる、瘴気に蝕まれた魔物だね」
俺も本物初めて見た。サベラに物知りですねー!と目を丸くして驚かれた。バラント国民にとって常識でしょう。大体俺とサラマンダーが話してたでしょう。サベラは今まで何聞いてたの?
「で、どうするんだ?」
サラマンダーがアベルに問う。
「...魔物を倒して瘴気を消す」
魔物を放っておくと瘴気が充満して周りの植物も魔物化してしまう。植物ならまだましだが、獣や人に移れば人間へ甚大な影響を及ぼす。
瘴気って俺の天敵だし、放っておくと増幅するらしいので早くどうにかしないとね。女王はどうなのだって?ははっ。あんなのに俺が敵うわけないじゃん。
「ふーーーん。どうやってだ?」
「え。サラマンダーがやるんだよ?」
「無理無理」
サラマンダーは前足を振って無理だと主張しているが短くて様にならない。
「木はなんとか燃やせるとして瘴気は消せないぜ。あれって人間を媒介にして精霊の能力使わないと無理なんだろ?」
このトカゲの言う通りである。サベラはぽかーんとしている。それはあまり知られていない知識だ。瘴気消すには精霊使いが必要なんです。フリッツがアンゲラと契約してくれれば本当助かるのに、アンゲラ殺されかけてるので望みは薄そう。
でもね。代わりに俺がいるんですよ。神の子ですよ。最強ですよ。...本来ならね。
平和の女神から神秘を多少使えるように祝福を授かりました。果たしてどこまで使えるかな?
「炎で木を斧で切るように切ってよ。んで瘴気が出てきたら、俺が能力を貸すから浄化して」
「お前に能力なんてあるのか?」
俺は神様だって言ったら、頭のいたい奴扱いされるかもしれないので、ここは信憑性が高い嘘をつこう。
帯剣してた剣を鞘ごと外して、サラマンダーに見せる。少し手に神秘を込めた。
「これは女王陛下から預かった聖剣エクスカリバーだ。この神聖な剣の能力を使えば瘴気も消える筈だ」
本当はこれは只の貴族なら誰でも買える普通の剣である。ちなみに庶民以下は兵士や戦争時や緊急事態以外は帯剣してはいけないと法律で決まっている。
「なんだか神聖な能力を感じる。エクスカリバーって聞いたことないけど、凄そうな響き!」
あっそっか!この時代はないのか!けど、信じたみたいだからいっか!
サベラはちんぷんかんぷん過ぎて聞く気も失せている。鼻歌歌い始めた。
サラマンダーはよし!やってみるか!とすたすた黒い木に近づいた。
ザー
魔物化した木がサラマンダーに気づき枝を伸ばしてきた。伸びるスピードはゆっくりでサラマンダーは余裕で避けた。短い後ろ足だけで立ち魔物に向かって呪文を叫び口から細く赤いビームを放った。
「イグニスビームッッ!」
赤いビームは3本の黒い木の根っこに近い幹を横に切った。
ザザザッドッカーーンッッ!!!
黒い木が倒れて、瘴気が空気中に蔓延する。サラマンダーにアベルは近づき神秘を移した。サラマンダーはおっ?と自分に流れてきた神聖な能力に驚く。
「んじゃまっいっちょやるか!フェブルオー!!」
サラマンダーの口から放たれたキラキラ光る赤い炎が瘴気を燃やす。炎が思ったより広範囲に放たれたので、周りの正常な木に燃え移らないか心配になった。しかし、すぐに炎は消えたので杞憂に終わった。黒い瘴気がなくなりほっと息をついた。
案外やればできるものだな。魔物もまだ初期の段階なら、精霊使いでもない俺でも、あと長でもないサラマンダーでも可能なんだ。
「おい!安心してる場合か!まだヴィニーの事が解決してないだろ!」
そうだった!俺が行ってもどうにもならないかもしれないが、リウィアの安全は守らないとね!
「サラマンダー。火の気を僅かでも出さないようにできる?」
俺の神秘は分離する能力なので、これから湖の水を水素と酸素にかえて気体にしようと考えてる。もちろん全部の水を気体にするのは無理なので通る部分だけを気体にする。問題は沢山あるのだが、水素がかなりの量を発生させる為火の気があれば着火し水素が燃える。多分水蒸気爆発になる。
「火の精霊の俺にそれを言うのか!?...出来ないこともない」
出来るんかい!
「ならそうして。じゃないと連れて行かないよ」
サラマンダーはぐぬぬと悩むとぽんっと人型になった。燃えるような鮮やかな赤い髪に睫毛に瞳だ。身長がアベルより10センチ高い。長すぎる睫毛に縁どられた切れ長の目は妖艶で男女問わず魅力する。格好は貴族の男性の格好だ。中性的な顔立ちで身体も細い為性別が女だと言われても信じてしまう。
え?人型になれるの?てっきりトカゲにしかなれないと思ってた!
サベラもわーおと驚いてる。そして、んん?とサラマンダーの顔をマジマジ見た。
「フリッツさんに付けてた見張りが、赤髪の美女がフリッツさんにお菓子あげてたって言ってたのですが...。もしかして貴方がそうなんですか?」
ち、ちげえし!と必死に人型のサラマンダーは否定した。
「おいら男だし、赤髪の美女なんていっぱいいるだろ!あんたも髪赤いだろ!」
髪赤いサベラの事を言ってる。確かに周りに赤髪の女は沢山いる。サベラの場合は美男にされそうだな。今も相変わらず男装だし。しかし、必死なのが怪しい。疑うように目線を送るがサラマンダーは早く行かないと手遅れになるぞ!と言うので、頭を切り替えた。
「危険だからサベラは連れていけない。留守を任せていいか?」
水蒸気爆発になれば、間違いなく御陀仏なのでサベラは置いて行った方がいいな。ヴィニーに対しても只の人間では敵わない。
サベラはキリッと目を真剣にしてビシッと敬礼した。目元が少し姉に似てる。
「イエッサー!」
もう考えるのを放棄したな...。別にその方がいいんだけどね。下手に質問責めされて困るのは俺だし。
浮きになりそうな形に木をサラマンダーに切断してもらう。そして湖に向かいビート板のようにカットした木を使って水晶宮の真上まで泳いだ。そこから下の水を水素と酸素の気体にひたすらかえる。2人はストーンッと水の中を落ちた。物凄い浮遊感で2人分の男の甲高い悲鳴が湖に響いた。サベラは聞かなかったことにして湖のほとりを去った。




