心臓に悪い朝
誰の視点かというのを必要最低限にしたいと思います。ご不便でしたらすいませんf^_^;
ハッと目覚めた。起き上がり、身体を動かしてみると、寝る前と違って身体が軽かった。一体どうしてと思いながら寝台に目を向けると焦げ茶色の髪の少女がすやすや寝ていた。驚きのあまり、少女から距離をとった。
え?誰?もしかしてやらかした?
よくよく観察して、少女も自分もパジャマを着ていることに少しだけ安心した。
しかもリウィアじゃん!俺たちいつのまにそんな関係になったの!?昨夜に泊まりに来たのは覚えているけど何で一緒に寝ているの!?俺がおかしいのか!?
アベルの頭の中が大パニックになった。リウィアはスヤスヤそれはもう気持ち良さそうに寝ているから余計にパニックになった。途方に暮れていると扉がノックされた。
「旦那さまお目覚めですか〜?」
こんな状況を見られて大丈夫かなと思い、リウィアに布団を被して隠した。見られて不味いものは他にないなと部屋を確認して、返事をした。
「起きているよ。入って」
扉を開けたのは、昨日遅くまでいたメイドだった。昨夜も働いて、今朝も働くとは重労働ではないのか。ブラックだと労働組合に訴えられるのではと心配になった。
「シフトはどうなってるの?俺から執事に言っとくよ」
するとメイドはとんでもないと首を振る。それはもう見事な始めてみせる満足気な笑みであった。
時折、狩人のような目をして驚かせるがこんな心からの笑みも出来たのかと益々驚いた。
「こんなおいし...失礼。こんな楽しくてやり甲斐のある仕事をこなせてわたくし幸せですの〜。今日は昨日のミスを挽回する為にお願いしたのですわ〜」
仕事が楽しいとは、なんて素晴らしいメイドなのだ。尊敬する。
「ミスって何?」
メイドは表情を曇らせ、申し訳なさそうにした。
「わたくしがリウィアさんの部屋をご用意できなかったことです。日頃から、客室を綺麗にしとかなかったわたくしの怠慢です。申し訳ございませんでした」
メイドは頭を下げた。
それでリウィアはここにいたのか!いやいやそれにしてもおかしい。俺はまだしも、貴族令嬢のリウィアが受け入れるはずがない。
「次は気をつけてね」
よくわからん状況をメイドの所為にする訳にはいかなかった。メイドはそれを寛大な処置だと受け取ったようで元気よくありがとうございますと言い、顔をあげた。覚えてないだけの為、罪悪感を感じる。
「別の部屋で着替える」
リウィアの前で着替える訳には勿論いかなかった。それにメイドに着替えを手伝ってもらう訳にはいかないので、後で執事を呼んでもらおう。
「畏まりました」
アベルとメイドは部屋を出た。隙をついてはメイドが寝台を凝視していたことをアベルも寝ているリウィアも気づかなかった。
リウィアは雲の上に仰向けに寝そべっていた。雲はもふもふでふわふわで極上ののベッドだった。しかも甘くてキャンディのようないい香りで綿菓子のようだ。ずっと上に流れる雲を眺めながら幸せを噛み締めていた。
「雲を食べたら甘いのかしら」
すると上に流れていた雲がどんどん近づいてきた。辺りは雲の影で暗くなる。リウィアは構わずそのまま寝そべっていた。もふもふのふわふわであまあまを期待してふふふと笑みを浮かべた。しかし、雲が迫って真っ黒になって何も見えなくなった。もふもふでふわふわどころかどっしり重い。息苦しくて香りを楽しむ場合ではなかった。
「おっもいぃぃぃ!」
ジタバタ暴れるとふと息が軽くなった。視界も徐々に晴れてくる。
「あっ」
「あっ」
部屋に響いた自分の声で意識が覚醒した。見たことのない天井の柄に驚く。周りを見渡すと蹴っ飛ばしたであろう白い布団が寝台からずり落ちかけていた。
そういえば、アベルに寝台に連れ込まれたんだったわ!
貞操の危機よ!と自分の格好を確認したがパジャマはしっかり着ていた。
アベルが見当たらない事に僅かにホッとした。
自分が仕出かした事を考えると気まずすぎる!
数時間前のことを思い出して悶えた。
目が冴えて全く寝れない!
リウィアは数時間も眠るアベルの腕によって寝台に固定されていた。
動けなくて苛つくものの、アベルが時折苦しそうに呻くから心配になった。
やっぱりサベラの言う通り何かあったんだわ。
身体を丸めまた苦しみだした。リウィアを固定する腕が離れた。
「どうしたの?大丈夫?」
身体の解放に喜ぶ暇もなかった。アベルの頰に手を当て顔を覗いた。眉間にしわを寄せ苦悶の表情だった。
すると首元に痣のような黒い靄が見えた。
下手に触って酷くなったらリウィアは後悔するので、顔を近づけて痣なのか確認した。するとリウィアの頭に甲高い女の声が流れた。
ーーこれも全て神の所為!なんてなんて邪魔なの!
憎悪に染まった声だ。この声を聞くと背筋が寒くなった。
一体何処から声がしたのだろう?アベルの声ではないわ。
それに声は直接脳に響いた。何かの怨念に思えて仕方がなかった。アベルは呪われている?しかし、神さまってアベルに関係ないのでわ?
ーー人間を弄ぶ神も精霊もいらない!
精霊でもあるリウィアが否定され恐怖で手が震えた。
「うっくぅ...」
アベルは苦しそうに手の爪で喉を掻き毟る。あまりに強く掻き毟るから、喉が赤くなり痛々しい。それでも痣のような靄が消えない。
「アベル!」
このままでは喉からの出血で最悪死んでしまう。これ以上搔きむしらないように、アベルの手を掴んだ。
「っつ!?」
手を振り払われてしまった。その勢いでリウィアは床に尻餅をついた。お尻で硬いものを踏んだ。パジャマのポケットに鏡を入れてたことを思い出し鏡を取り出す。黒い鏡が割れてないことに安心した。
「アンゲラ!!助けて!!」
誰でもいいから助けて欲しかった。鏡はすぐに眠そうなアンゲラを映した。
「なんじゃ?まだねむいのだが...」
目を擦る姿に精霊も寝るんだとどうでもいい感想がでた。
「アンゲラ!アベルが!アベルが!」
リウィアの必死な姿にアンゲラはまぁ落ち着くのじゃと欠伸をしながら答えた。
「我には何も状況がわからん。アベルを映すのじゃ」
それもそうだと少し冷静になったリウィアは鏡をアベルに向けた。アベルは掻き毟る手を止めて、気絶したように眠っている。首元の掻きむしった痕が痛々しい。リウィアの目尻に涙が溜まった。
アベルが死んだらどうしよう。
ドンッドンッ
扉が荒々しくノックされた。若い男の声が扉の向こうで響く。
「隊長どうなさいましたか!?」
助けを求めようと立ち上がるが、アンゲラが静かに止めた。
「リウィア待て。人間が居ては逆に邪魔じゃ。追い返せ」
何かわかったの!?
鏡を覗いて、アンゲラに確認する。
「アンゲラならどうにか出来るの?」
「どうにかするのはお主じゃ」
リウィアに何か出来るのか?アンゲラの真剣な表情から、信じることにした。
「すいません。何もないの。騒いでごめんなさい」
大きな声で扉の方に喋りかけた。男の人はえ?と驚いたが、すぐに切り替えてこちらこそ失礼いたしましたと去って行った。
「アンゲラどうすればいいの?」
「アベルの首に付いている黒い靄が見えるか?」
「ええ。うっすら見えるわ」
「それは瘴気じゃ。このままでは魔人化するか、最悪魂が消える」
「どうすればいいの!?」
何で!?どうして!?とパニックになった。アンゲラが落ち着いた声で、お主がどうにかするのじゃと言い聞かす。
「アベルを愛しておるか?友愛でも親愛でも構わん。瘴気を打ち消すのは愛なのじゃ」
「…愛。わからない」
男の人を愛することがリウィアにとっては困難に思えた。どうやって愛せばいいのかわからない。裏切られると思うと愛せない。
「お主はアベルが好きではないのか?」
「嫌いではないわ。人間としてはできた人なのはわかってる」
多少ひねくれているが、姉の娘だからリウィアを守ろうとしてくれている。
「リウィア素直になれ。愛は理屈ではないのじゃ。アベルを助けたい気持ちがあるのじゃろ?」
アベルのことは助けたい。でもリウィアに愛がなかったら瘴気を消せない。リウィアの所為でアベルがいなくなっちゃう。どうしよう。どうしよう。涙が溢れてきた。
その様子を眺めていたアンゲラはリウィアに優しく話しかける。
「大丈夫じゃ。我が手助けしよう。これでも愛に生きる精霊ウンディーネだからのぅ」
「本当...?」
「もう悩むな。愛については我が何とかする。お主はアベルの瘴気が付いてるところにキスするのじゃ。それで瘴気も消える」
ホッとしたのもつかの間で、アンゲラのキスという言葉に鏡を落としそうになった。
「な、何でキス?!他に方法は?!」
アンゲラは真剣にないときっぱり言う。
「お主はあれも嫌これも嫌と、我儘じゃな。本当に助けるつもりがあるのか?」
「…わかったわよ!」
首筋にキスって恥ずかし過ぎるが、緊急事態なので腹をくくる事にした。
アベルの顔を覗き込むと苦しそうに呻いていた。
早く助けるからね!
ぎゅっと目を閉じ、黒い靄がかかる首筋に唇を寄せた。唇にピリッと静電気みたいな痛みがさす。負けるものかと闘志を燃やして、首筋にチュッとキスした。急いで距離をとり、目が覚めてないか確認した。気づいてないようで、穏やかに寝ていた。鏡に確認すると、アンゲラは腕を組んで良くやったとリウィアを褒めた。それじゃ我は寝るからとプツンと通信が切られた。リウィアはほっとしたのと寝不足もあって、アベルの横で意識が遠のいた。
のわぁぁぁ恥ずかしい!!何かを殴りたいぃぃ!!
ポスン
寝台を殴ってみたが、ふわふわすぎて拳がのめり込むだけで、ストレスが発散できない。
髪をぐしゃぐしゃにして、ストレス発散させたが、足りない。
「のわぁぁぁ」
トントン
項垂れていると、ノックが響いた。
「リウィアさんお目覚めですか〜?」
昨日のメイドの声だ。リウィアはしばらく呆然としたが、小さくどうぞと応えた。
ほくほく顔のメイドが部屋に入るとリウィアを見て目を丸くした。どうせぐしゃぐしゃの髪に驚いているんだろう。
リウィアはやさぐれて、寝台に寝そべった。メイドはハッと元の笑顔に表情を切り替えて、リウィアに話しかけた。
「朝食の準備が整ってますよ〜。お休みになられるのなら、こちらにお運びいたしますわ〜」
億劫だったが、身体を捻って時計を見ると8時だった。まだ眠かったけど、生活リズムを狂わすのは嫌だったから起きる事にした。寝台から起き上がる。
「起きます」
「はーい。でわお着替えをお持ち致しまーす。そうそう、貸衣装ですがこちらで返しときますね〜」
何て親切な人なのだろう。自分も貴族なのに、これが貴族なんだと感動した。
「何から何まですいません。あとお願いがあるのですが...」
リウィアはストレス発散の為に、メイドにお願いした。メイドは嫌な顔をせずに了承してくれた。




