他人の噂話は面白い
子爵邸の門の前で馬車を降り、サベラが門番に開けるようにと指示を出す。門番はすんなり門を開けた。1、2回しか来たことがないリウィアと違いサベラは頻繁に出入りしているようだ。
門を通ると、石畳の道が生垣に挟まれて邸宅までのびている。伯爵邸よりも小ぶりだがエッディンの屋敷よりも大きな邸宅は石造りの壁で屋根は茶色い。緑豊かな自然に囲まれている邸宅はエッディンの屋敷のようで親近感を覚えた。
正面扉の前まで来ると、サベラがベルを鳴らした。
チリンチリン
ガチャッ
すぐに両扉の片側が開き、老執事が顔を出す。
「...サベラ様でしたか。そちらはリウィア様ですか?」
少し驚いたように、老執事は細い目を益々細めた。それにリウィアは出来る限り柔らかい表情をつくる。
「はい。お久しぶりですね。お元気そうで良かったわ」
おじいちゃんには優しくしないとね!
しかし、老執事は困った顔をした。
「来ていただけてとても嬉しいのですが、なにぶん時間が時間ですので、お引き取り下さいませんか?」
この反応は常識的だ。リウィアだって最初は反対した。サベラが非常識なのだ。
サベラはどうするつもりなの?
「アベル殿は?」
「...今頃お休みになられていることかと」
今の時間は22時頃、寝ててもおかしくない時間だ。
または、早く帰って欲しいという意味かな。
サベラは片眉を上げ、執事を睨む。
「本当に?」
サベラは引き下がらない。
「......」
おじいちゃんは黙った。サベラさんあんまり虐めないで下さい。お年寄りは大事にして下さい。
「私達は心配で出来たのよ?それでも駄目なの?」
「しかし、時間が時間で...」
「誰かと思えばサベラとリウィアか」
扉の内側からアベルは顔を覗かした。白い寝間着姿で髪が少し濡れてタオルで乾かしている。ガウンを羽織っているものの、他所様にはとてもじゃないが見せられない格好だ。サベラは親戚だからいいとして、リウィアには良いのか微妙なところだ。
リウィアははじめてみる姿にドキッとした。これは、格好良いからじゃなくて、よくその格好で来たわねの方のドキッに決まっていると誰とも無しに言い訳する。
「旦那様。その様な姿で来てはいけません」
案の定、老執事がアベルに注意する。しかし、アベルは意に介すことなく老執事に命じた。
「サベラはともかく、リウィアは入れて上げて。湯あみの準備も」
「...かしこまりました」
アベルの指示に老執事は頭を下げて渋々応じた。サベラが不満そうに抗議する。
「何故私は ともかく なんですか?」
まぁ。サベラは普通に出入りして良いはずよね。
「...そんな男装姿で昼夜問わず出入りするから、変な噂がたってるんだよ」
アベルは苦々しげにサベラをみる。
サベラは思い当たる事があったようで、別に減るものじゃないから良いじゃないですかと反論する。
「だいたい私がこの格好をすると誰か認識できない方が悪いのです!」
「楽しんでいる癖に!」
「まぁそうですが!」
え?何の話?なんだか凄く楽しそうね?
サベラの耳元で噂って何?と聞いた。すると小声で、アベル殿は男性もいけるという噂です と真面目な顔で言われた。
え?何それ面白い。というかサベラは普段から男装なんだ。
アベルはリウィアにも知られて、イラッとしたようでサベラを追い帰す。
「お前はそんな格好で来るな!女姿以外許さん!」
「分かりましたよ!帰りますよ!」
失礼しました!と憤慨しながらサベラは帰っていった。
女の姿の方が噂が立つのでわ?それともリウィアの常識はおかしくて、男性同士って割にいるのかしら?もしかして、フリッツが言っていたゴシップ記事の内容ってこれ?
「リウィア。早く入って。夏だからって夜は冷えるでしょ?」
「え、ええ。…お邪魔します」
男性ではないリウィアが夜来ても大丈夫って事ね。何だか色々冷えた。
「噂を鵜呑みにしないでね?」
「...へ?」
本当じゃないの?
「違うからね?」
アベルはニッコリと笑顔になる。オーラが反論は許さないと言っている。
「......何でも良いわよ。関係ないし」
リウィアはふいっと顔を逸らした。
別に怖く無いんだから!
「ところでそのドレスどうしたの?」
そういえば貸衣装のイブニングドレスのままだった。明日返さないといけない。
「ミュージカルに行ったのよ。これは貸衣装」
「ふーん。楽しかった?」
「男の浮気が無ければ楽しい物語だったわ」
思わず刺々しい言い方になった。何だかアベルに当て付けているようで嫌だわ。
「そればかりは、仕方がない。何せ神さまも浮気はする」
「それは最高神のことかしら?」
数多の神々が地球に降臨し、人と住む環境を作ったと言われている。その神々のリーダーが最高神のゼウスで、数々の浮名が立っている。
「...そうそう。爺さんだとか勘弁して」
「何か言った?」
「なんでもない。それよりも、お湯の準備させたから入ってきたら?」
その申し出に喜んだ。貸衣装は汚すと怒られるから早く脱ぎたい。
「あっでも、私も帰った方が良いんじゃない?」
今更だが、アベルも元気そうだし、泊まるのは迷惑だろう。
アベルは不思議そうな顔をした。
「姉さんが嫌で泊まりに来たんじゃないの?」
...なるほど、カーラと仲良くないからそうとられていたのか。
「...違うわよ。サベラが貴方の様子がおかしいからって言うから!」
心配して来たとは、恥ずかしくて言いたくない。
「...そっか。心配してくれたんだね」
優しく微笑まれた。
「ありがとう」
「うぐっ!」
目が!目が!今純粋なものを見てしまった!汚れた私には眩しすぎる!
不意打ちの笑顔に苦しみだすリウィアは手で目を覆いアベルから離れた。
「...馬鹿やってないで、行くよ」
冷静なアベルの声がして、腕を引っ張られた。
純粋な笑顔って眩しいですね。リウィアさんの心は汚れてませんよ。荒んでるだけです。




