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火の精霊(サラマンダー)に水をかけてはいけません

 


 シャンデリアのロウソクの火に灯された舞台上には騎士の格好をした俳優が悲しみに暮れていた。


「わたしは何て愚かな事をしたんだ。この罪を償えるのならわたしは何でもしよう」


 天に向かって懺悔する騎士は、何かに気づいたのか両手を空に向かって広げる。


「雨...もしや君なのか!?逢いたかった。君に逢いたかった!」


 泣き出す騎士の演技に、観客のすすり泣く音が聞こえる。


「わたしはもう君以外を愛せない!いや、元から君しか愛してなどいなかった!」


 騎士は腰に帯びていた剣を鞘から抜き、己の首に当てた。


「どうか私の魂をもらってくれ」


 その言葉が終わると同時に剣は首を切った様に見えた。倒れる騎士。しばらく経つと、シャランと澄んだ音と共に精霊役の女性があらわれ、倒れる騎士にそっとキスをした。


 幕がゆっくり降りた。


 わぁー!と歓声が湧く。観客は熱気に包まれた。


 リウィアは手元の鏡を覗くが暗くてよく見えない。


「うぅステファンステファンステファンうわぁぁん」


 声を聞く限り、アンゲラは物凄く感動している様だ。性格が少し幼児化してないかと不安になった。


 徐々に観客側のロウソクが灯り、従業員が退席の誘導をし始めた。隣を見ると赤髪の美男子...じゃなくてサベラがいた。


「満足してもらえて良かったですね」


 サベラはリウィアに向かってニコッと笑う。その笑顔に見覚えがあった。


「サベラさんはアベルの親戚かしら?」


「従兄妹です」


 赤髪の時点で、カーラと被っていたから分かりやすかった。


「しかし、アベル殿の親戚だと言われるのは意外でした。大概、カーラ殿を見て言われるので」


「髪の色だけ見るとそうだけど、雰囲気はアベルの方が似ているわ」


「なるほど、真面目そうには見えないという事ですね」


 笑顔で何げにアベルを貶している。そんなことはないはずとアベルを思い浮かべる。女性に迫られて逃げるアベル。女性怖いと言って彼女と別れるアベル。アベルって真面目に女性と付き合った事ないのでは?どうしよう、反論できない。


 いやいや、サベラは違うだろう。


「なんて言うか、笑った雰囲気が似ているのよ。あと、顔が...」


「イケメンですか?」


 ニコッと言われてドキッとした。アベルより良いかもしれないわ。


 サベラはリウィアの反応を見て益々笑みを深めた。


「それはそうと劇の感想はどうでした?」


「そうねー。最初らへんの騎士は格好いいのだけど、途中から人間の女に媚薬を盛られてからは最低だと思ったわ」


 男ってやっぱり浮気性なのねと父を思い浮かべた。あの騎士に鏡をぶん投げたくなった。


「劇中では媚薬とされましたが、男なら正常な状態でも浮気するに違いありませんね」


 うんうんとサベラは頷いた。きっと苦い体験があるのだろう。サベラとは分かり合えそうだ。


「小娘共が何を言うのじゃ!男だからって訳ではない!女だってあり得るのじゃ!大事なことはその人の本質を見極める事じゃ」


「それはごもっともだわ。アンゲラっていくつ?」


「19歳」


「まだ十代!?その口調だから、もっと年上かと思ったわ」


「当時では普通であったはずだがのう。時代にはついてこれないのう」


 こういうところがババくさいのだ。


 サベラが耳元に囁いた。


「リウィアさん。隣の方が驚いているので、鏡をしまった方がいいかと」


 はっとして。出来るだけ不自然にならない様に鏡をしまった。


 アンゲラが叫ぶからいけないのだ!


 リウィア達は立ち上がり、従業員の案内の元順番に並び屋外に出た。


 外に出てもミュージカルの観客でいっぱいだ。路地に屋台が開かれ賑わっている。大道芸人もいた。


「お祭りかしら?」


「王都では毎日こうですよ」


「それはすごいわ」


 リウィアの住むエッディンの湖周辺では祭りは年に5回程だ。それを王都では毎日とは経済力の差よね。


 道は街灯ランプで明るかった。その中にトカゲ型のひかりがあっても最初は気づかなかった。建物の屋根を見ると何やら動く光があるでわないか。嫌な予感がして、リウィアは光を目で追った。よくよく見ると、昨日のサラマンダーじゃない?!


「さ、サベラさんあれ」


 リウィアの指を指す方向を見て、サベラは険しい表情になる。


「...こんな人混みに出てくるとはどういうつもり」


「それはね。人質にするためさ」


 サベラの呟きに答えたのは、サベラの背中にナイフを当てるくすんだ金髪の男性。


「サベラさんから離れて!」


「おっとお嬢さん。能力は使わない方がいいぜ?」


「なんで知ってるのよ!貴方は何者!?」


「あれ〜昼間は怯えてたのに随分威勢がいいね」


 暗くてよく見えなかったが、この声はナンパ男だ。そして能力がバレているのは、アベルとウィルと昨日の中年のサラマンダー使い。昼間にナンパ男の後ろにいた男はサラマンダー使いに似ていた気もしなくもない。


「貴方、サラマンダーの仲間!?」


「うん。まぁ正解!俺の仲間がさぁ、君達が暴れると、そこら辺の人に酷いことしちゃうかもよ?」


 なるほど、周りの人達全員が人質という訳ね。


「君は俺に大人しくついてきてほしい訳。わかる?」


 サベラの首元にナイフをチラつかせた。周りには親しい友人のように見せてる。私は彼氏に近寄るなと言う友人にも嫉妬全開の彼女に見えるのだろうか。


「リウィアさん私を信じて下さい」


「ん?何言ってるのこの人?てか、これ彼氏?」


 サベラの真剣な瞳にキューンとした。

 私には貴女だけだよ。と幻聴が聞こえた。


「信じるわ」


「何顔赤くしてるの?やっぱり彼氏?うわっ」


 男は背後から殴られた。サベラはさっと避け、男は虚しく地面に倒れた。


「さ、サラマンダーが暴れるわよ!」


 リウィアは青い顔をして、サラマンダーを見ると、案の定大変なことになっていた。


「やったー!おいらの出番だー!」


 光るトカゲは屋根上で後ろ足で立ち、前足を掲げる。路上の街灯ランプのガラス部分がパンッと割れ、中の火がトカゲの両手の上に集まっていく。


 大勢の人がそれに気づき逃げ出した。リウィアは人の流れに押されそうになったがサベラが守ってくれた。


「さ、サベラさんこのままじゃ大変なことに」


「大丈夫です。信じて下さいって言ったでしょ?」


 サラマンダーを見ると、数人に丸い物を投げつけられていた。


 あれは水風船?


「お前らぁ。サラマンダーに水ぶっかけんじゃねーぞ!おいら精霊にそんなことしていいと思ってるのか!」


 サラマンダーは二足歩行で頑張って逃げてた。ときどき当たってジュッと蒸気が上がった。


 その数人はサラマンダーの言葉を無視して黙々と水風船を投げている。


「おいらもう怒ったもんね!謝っても許してやんないからな!」


 ウォォとサラマンダーの火球が大きくなった。しかし、サラマンダーの足に水風船が命中し、サラマンダーはバランスを崩した。


「ギャァァァ」


「み、水よ守れ!」



 サラマンダーが転けて直径1メートル程の火球が屋根に当たると思い、リウィアは咄嗟に荷台の上に沢山積んである水風船を能力で操って屋根と火球の間に水風船を滑りこました。


 ドカーン!


 水蒸気爆発で屋根が吹き飛んだ。


「ひええええ!」


 リウィアは音と爆風にびっくりして耳を手で塞いで目を瞑った。

 恐る恐る爆発した場所を見ると、サラマンダーは消えていた。水風船を投げてたひとも逃げたのか居なくなっていた。


 家に人いなかったかしらと真っ青になり、屋根に穴が空いた家に近寄ろうとしたが、サベラに止められた。


「騎士が来ます。面倒なことになる前に逃げましょう」


「で、でも。怪我人がいるかも」


「怪我人ではなく死人が出たとしたら大変なことになります。ここは逃げましょう」


 リウィアを引っ張ってサベラは走りだした。


 死人って冗談じゃないわぁ!とリウィアは涙目になりながら走った。






 慣れない靴で何度も転びそうになりながらリウィアは路地裏を走った。サベラが辻馬車を捕まえ、リウィアを乗せサベラも乗る。


「レイアン子爵邸までお願いします」


 御者ははいよっと走りだした。


「うっ、さ、サベラさん。わ、わたしはクレイ伯爵邸の方がいいのでわ?」


 息が上がって喋りづらいがそれはまずいのではと抗議した。

 こんな夜中に親しいとはいえ他の貴族の邸宅にいくのはマナー違反でしょう。


「アベル殿の様子がおかしいみたいです」


「え?アベル?」


 サベラさんは何故そんな事を突然言い出すの?


「先程、ナンパ男とサラマンダーを攻撃したのは我が隊のメンバーです。その時に、アベル殿の様子がおかしいと聞きました」


 リウィア達はクレイ私兵隊のおかげで助かったようだ。


 ...あの水風船はないとおもうけど


「助かったけど、どうしてクレイ私兵隊がいたの?」


 サベラは複雑そうな顔をした。少し呆れてる感じが出てる。


 うーん。私がおかしいのかな。


「あの人はすぐ隠すのよね」


 その呟きは小さすぎて、リウィアには聞こえなかった。


「何か。言ったかしら?」


「...いいえ。なんでもないです。リウィアさん予想出来ていると思いますが、貴女は狙われています」


「私の命を狙っている?」


 私は愛想がないが殺される様な恨みを買った覚えはない。


「言い方が悪かったですね。リウィアさんを人質にしてアベル殿を威そうとする者がいるのです」


 リウィアを人質にしたのはサラマンダーを連れた中年の男だったと思い出した。

 私とアベルは家族でも恋人でもないのに脅しにならないでしょう。


「じゃあ、昨日の中年かしら?身代金目当てとしてもアベルに関係あるのかしら?」


 だと言って、継母のカーラだとしても、私は見捨てられそうね。一週間で一回喋るかどうかぐらい仲良くない。アベルの方がよほど喋っているわね。


「多分その中年の人です。ナンパ男はその手下です。目当ては、クレイ伯爵の爵位です」


 爵位って随分難しいものを狙うのね。そしてアベルはレイアン子爵であるし益々意味がわからない。アベルが頼み込んでもカーラは頷かないだろうし、何より女王様の許可がいる。


 バラントでの貴族の爵位は、男爵と騎士以外基本的に世襲制。

 男爵と騎士は一代限り。男爵は世間や王様が認める程の功績を残した人が身分問わずになれる爵位。騎士は騎士団に入ったら貰える爵位。男爵は土地持ちだが、騎士は土地を持たないため、騎士であっても功績を残して男爵を目指す者が多い。

 公爵や侯爵、伯爵は広大な土地を領地する爵位。公爵には王族に連なる者が多いが、基本的にこの3つの爵位の優劣はないに等しい。侯爵は国境沿いの領地を治めるため、辺境伯と表現することもある。また伯爵は王都に近い領地を治めるため、中央貴族と呼ばれたりもする。

 残る子爵は、侯爵と伯爵の助手兼お目付役である。侯爵と伯爵には私兵を持つことが許されるため、子爵が私兵をまとめる。領地を持たないため、男爵よりも下に見られがちだが、どの爵位にもない特権がある。支える侯爵か伯爵が断絶及び失脚した場合、その爵位を引き継げるのだ。


 ということは、クレイ伯爵の血縁者は、リウィアは腹立たしいことに除外されているため、カーラの7歳の息子がいなくなれば断絶になり、アベルがクレイ伯爵を継ぐことになる。


 嫌な想像をしてしまった。


「え?まさか、え?」


 まさかアベルは伯爵を狙ってるから、それを横から奪おうと画策している?でも、女王が許可しない限りそんなことは無理だよね。それよりも大事なことは


「アベルって伯爵狙ってたの⁈」


「...そうきましたか。アベル殿が話さなかった理由がわかった気がします」


「え?なんて言ったの?」


 アベル殿がって辺りが聞こえなかった。


「...なんでもありません。リウィアさんはアベル殿が裏切るような人間に見えるのですか?」


「実のところ、何を考えているのかさっぱりわかんないのよね」


 結婚詐欺しかり、謎のお姫様抱っこしかり、思わせぶりな行動ばかりで腹が立つ。


「女の敵ね」


「...カーラ殿も同じこと言っていた気がします。じゃなくて、領地を狙うような野心があると思いますか?」


 アベルは庶民に対しても権力を振りかざして威張らないし、お金遣いは高級ホテルに1回使ったけど荒くはないわね。


 むしろ、領民の暮らしをより良くする為ならやりそうだが、子爵でも充分介入できるため伯爵になったところで今とさほど変わらない。


「あれ?狙う意味がないわね」


「その通りです。アベル殿は奪うなど考えてもいないと思います。問題は中年の男です。その男の正体はオーソン様の従兄弟ヴィニーなのです」


「...血縁」


 あったことも聞いたこともない人だ。しかし、血縁であれば爵位を継ぐ権利はある。


「女王様にヴィニーが頼み込めばあり得るかも?」


 あんな怖い男が伯爵になるとか、領地が地獄になりそう。絶対やだ。


「可能性はありますね。今の領主は7歳ですから。しかし、アベル様を脅して女王陛下に進言するようにと言うばかりです」


「だから、なんでアベルなの?しかも私が人質って」


「子爵は領地がない分、発言力が他の爵位よりも高いからだと思います。そして、アベル殿がリウィアさんのことを大切に思っていることがバレました」


 最初の言葉に子爵って何気に強いのねと感心してたが、後の言葉に我が耳を疑った。


「すいません。誰が誰を大切ですって?」


 訝しむリウィアにサベラはニコッと笑う。


「あとは2人きりになったときにご本人に聞いて下さい」


 2人きりにと強調された。


 そんな恥ずかしいこと確認できないわよ!


 リウィアは、赤くなりながら話題を変えようと考えた。


「ね、ねぇ。アベルの様子がおかしかったのよね?どうして?」


 そうよ!レイアン子爵邸に向かう理由を忘れてたわ!


「私達にもわかりませんが、1つ気になることがありまして、それが言っていいものか」


「言っていいわよ」


 気になるから言っちゃって欲しい。


「...やはりやめときます。アベル殿に聞いて下さい」


 だから何を聞けばいいのよ!


「やっぱり、伯爵邸に行くわ」


 本当は馴染んだ湖の近くの屋敷がいいのだが、ファニーが伯爵邸にいるそうだから仕方がない。アベルに理由は経費削減とか言われたが、きっと嘘ね。思えばアベルは嘘言ってばっかりでリウィアにはどれが本当なのかわからない。きっとまた嘘を吐くに決まっている。


「お願いですからアベル殿に会って下さい。女王陛下にお会いした後なんですよ?爵位の事で何か問題があったのかもしれません。リウィアさんにも関係がありますよね?」


 散々部外者扱いされてたが本来なら関係あるはず。リウィアはだんだんと腹が立ってきた。この苛立ちをアベルにぶつけないと気が済まなくなった。


「…そうね。アベルには色々と吐いてもらうわ」


 闘志を燃やすリウィアであった。


「ええ。たっぷり吐かせてあげて下さい」


 馬車から只ならぬ殺気を感じて御者は身震いをした。




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