悪夢のはじまり
リウィアはまだ7歳で火事から4ヶ月程経った頃です。
そこは夢なのか現なのか。
扉がキィィと小さな音をたてる。隣から衣擦れの音がした。安らぎを与えてくれた温もりが遠ざかる。言い知れない不安でリウィアは目が覚めた。
一緒に寝てたはずの母が寝台にいない。
起き上がり靴を履き、カーテンを開けて窓から外を覗くとまだ薄暗くて、霧がたちこめていた。暗くて姿は見えないが、かすかに草を踏む音がきこえる。
母かもしれない。
上着を羽織り、部屋を出て父の寝室の扉を少しだけ開けて覗くが、父もいなかった。
置いて行かれた不安がリウィアを支配した。リウィアは走り出した。階段を降り、外へと繋がる扉を開ける。外は薄暗く、霧がたちこめていた。草を踏む音がしたほうをひたすらに走る。森の中に入るとますます霧が濃くなった。方向も分からなくなりリウィアは立ち止まった。
「向こうに行ってよ!」
焦って思わず霧に向かってそう叫んでた。すると霧が道を作るように霧散していく。まるでリウィアを誘っているようだ。リウィアは不気味に思ったが、不安を追い払うようにその道を走る。
木々のむこうに、リウィアと同じ焦げ茶色の髪を襟元まで伸ばした男の後ろ姿が見えた。その向かいにバラントでは珍しい水色の真っ直ぐな長い髪にリウィアと同じ水色の瞳の女性がいた。父と母の姿が見えて少しほっとした。
「お父様!お母様!」
走りながら、叫んだが、まだ距離があるせいか聞こえていない。父と母は湖の前で、険しい顔をして話していた。
「おまえとは離婚だ!」
それはリウィアの耳にはっきりと聞こえた。頭が真っ白になり足が止まる。きっとこれは夢だ。だって、父と母は仲良しだ。母が火事以来体調を崩していたから、父は自分のせいだと落ち込んでいた。母に申し訳ないと父は何度も何度も言って逆に母が困っていた。両親は本当に互いを大切に想っていた。
ザァァァァ
きっとこれは夢だ。
いつも波一つ立たない湖が波立って母を呑み込む。波はその一回だけで収まった。波が被った地面はべしょべしょだ。母がいない。
リウィアは父にふらふらしながら近づいた。波に呑まれた母を傍観していた父の顔を見るのが怖い。
「…お母様はどこに?」
なんだか他人と話している錯覚になる。早くこんな夢醒めないかな。
父がリウィアを見て瞠目する。
「きてしまったのか。大丈夫ラエティティアは故郷に帰ったのさ」
何が大丈夫なのかリウィアにはさっぱり分からない。
「離婚したの?」
父は苦しそうに顔を歪ませた。
「…そうだよ」
「波に呑まれたよ?」
何故助けないの?と父を責めた。
「お母様はね。水の精霊なんだよ」
水の精霊って何?父の言うことが全くわからない。これは夢に違いない。
「信じられないだろうが事実なんだ。リウィアにもその血が入っている」
お母様が水の精霊なら私もその血が入っているのは当然だが、水の精霊は宗教や物語の中の存在で現実にはいないはず。
「水の精霊って何?水の中で生きられるの?お母様は人間じゃないの?私も?もうお母様に会えないの?」
何故離婚したの?母が嫌いなの?何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故...
ぐちゃぐちゃで気持ち悪い。頭が熱い。意識が遠のいた。