【本当の母襲来編未来渡航13】俺が唐突に実母の入院している病院に連れて行かれた件について
しょうもない大人のやり取りをお楽しみください
天ぷら騒動の1週間が経過。俺はあの騒動の翌日、遊華達に付き合わされたのだが……スマン、思い出したくないから言わせないでくれ。言えることは1つ。食われるかと思った……。これに尽きる。さて、今俺はどこにいるかと言うと……
「2か月後じゃなかったのかよ……」
大病院の前だ。病院の前にいるんだから当然、入院患者の見舞いなのだが、これから見舞いに行く人間はただの人間じゃない。もちろん、超能力者だとか、宇宙人だとか言うつもりは毛頭ない。ある意味じゃ因縁深い奴もとい俺がこの時代に飛ばされることになった元凶的存在だ
「仕方ないでしょ。スケジュールが空いちゃったんだから」
「仕方ないよ、お兄ちゃん」
「諦めて」
「え、えっと、遊ちゃんファイト!」
「はぁ……」
事もなげに言う羽月さんと遊華に諦めろと言わんばかりに頷く香月、両手で握り拳を作り激励の言葉をかけてくる美月。溜息しか出ない。普通なら不安に駆られたりとか、緊張で足が動かないとか因縁の相手に会う前は葛藤だったり張り詰めた空気を醸し出したりがあってもいいはずなのだが、そんなの全くと言っていいほどない。理由は簡単だ。言われたのが当日である今日だからだ。ここに来た経緯は……遊華達が出るアニメのイベントとか、ラジオとかと同じ。語る気すら起きない
「溜息吐いてると幸せ逃げるわよ?」
そう言って歩き出す羽月さん。俺にだって心の準備というものがあるんだが……因縁深い奴────実母に会わせてくれるというのだから逆らうまい
「突然過ぎるんだよなぁ……」
昔はしっかりしていたのに……どうしてこうなったのやら……
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私達は逃げたりしないから」
「何があっても遊から離れない」
「ず~っと一緒だよ!」
「そうだな、遊華達さえいれば幸せかもしれないな」
遊華達は俺の幸せ=自分達または自分達と一緒にいることだと思ったのだろう。励ましの言葉をかけてくれたのだが、この時代の彼女達といると気が休まらない。主に捕食されそう的な意味で。だから遊華達と一緒にいることが俺の幸せとは限らないんだよなぁ……身の危険さえなければ幸せなんだろうけどよ。絶対に口に出しはしないけど
「何やってるのー?置いてくわよー?」
声のする方を見ると手を振っている羽月さんの姿があった
「行くか……」
「「「うん!」」」
緊張も葛藤もする暇なく俺は歩き出した。当日言われたせいか、この時代があったかもしれない未来の1つと割り切っているせいか実母に会うってなっても全く何とも思わない。選択肢が多いゲームをしている感覚に近い
羽月さんに案内されるがまま俺達は実母がいるだろう病室の前までやって来た。ここに近づくにつれ、遊華達の表情が険しいものへと変化していったのを見るに実母はかなりの自己中かゲス。遊亜曰く是が非でも自分の思い通りにするヤバい人物らしい。きっとこの病院でも看護師や他の患者に迷惑をかけまくっているに違いない
病室のネームプレートには五十嵐綾香と書かれていた
「綾香……それが俺の実母の名か……」
見舞いに来るまで知らなかった実母の名を口にする。元の時代で出会った実妹────美沙里の苗字が五十嵐だったから苗字を知ったところで新鮮味は欠片もないが、下の名前を知ると自己中実母も人の子なんだと改めて実感する
「準備はいいかしら?」
実母も人の子なんだなぁと感心してたところに羽月さんから声がかかる。心の準備をする暇すらくれないのかよ……まぁ、準備したところで俺には実母との思い出なんてないから無駄なんだけどよ
「とっくの昔にできてますよ」
「そう。なら入るわよ。香月達もいいわね?」
「「「うん……」」」
遊華達の表情がここへ来る途中よりさらに険しくなる。まるで親の敵討ちにでも行く前みたいだ。俺達のことなど気にした様子のない羽月さんはドアをノックした。すると……
『どうぞ』
か細い女性の声がした。声を聴く限り遊亜が言っていた自己中な人間とは大きくかけ離れているような気がしてならない。羽月さんが今日ここへ俺が来ることを病室の主に伝えていたとしたら弱ってますよって芝居を打ってるのかもしれないが、ぶっちゃけ声の主がどんな人間だろうと俺は興味ない。この時代でも元の時代でもな
「失礼するわね」
羽月さんがドアを開けた先にいたのは全体的に痩せこけた女性。腕から伸びる点滴の管を見るに何か大病を患っているのだろう
「ええ、どうぞ」
「「「…………」」」
気にした様子のない羽月さんと女性を穴が開くんじゃないかってくらい睨みつけてる遊華達。両者の温度差に俺はどうしていいか分からないんだが……
「久しぶりね」
「そうね。最後に会ったのは1ヶ月前だったかしら?」
「ええ、そのくらいよ」
「生憎今日はお見舞い品はないの」
「私がいつもお見舞い品を催促してる言い方は止めて頂戴。食事が摂れない以上、食べ物を持って来られても処理に困るわ」
「そう言えばそうだったわね。ところで今日のお見舞い品は食べ物じゃないの」
「食べ物から離れて……」
女性の額に手をやり溜息を吐く姿にどこか親近感にも似た何かを感じる。俺はいつもこんな感じで溜息を吐いているのか?
「嫌よ。これは私から貴女にする嫌がらせなのだから」
「私はあなたと違って食い意地が張ってるわけではないから痛くも痒くもないわ」
2人の会話はとても大人のそれとは思えないくらい幼稚だ。単に羽月さんが仕掛けてる嫌がらせの質が低いようにも見えるが
「そうね。私は食い意地が張っているわ。それもこれも貴女のせい。香月達が私を除いた過去の関係を切り捨てたのも貴女のせい。遊君がいなくなったのも貴女のせいよ」
「違うわ。全て聞き分けのない遊が悪いのよ。私と一緒にいれば幸せな未来が待っていたはずなのにあの子はそれを拒否した。その結果、遊はいなくなった。私がこんなにも愛しているというのに……」
何だろう……女性から遊華達と同じ匂いを感じるのは気のせいか?
「はぁ……貴女は相変わらずのようね」
「人間簡単に変わらないわよ。それより、遊華ちゃん達を追い出してくれないかしら?先程からずっと私を睨んでて不快だわ」
「そう。でも断るわ。睨まれる原因を作ったのは貴女でしょ?無言なだけマシと思いなさい」
遊華達の方を見ると彼女達は無言で女性を睨んでいた。声優という職業が彼女達を思い止まらせているのだろう。怒鳴ることも殴り掛かることもしない
「はぁ……私はただ息子を引き取りに行っただけなのだけど……」
「勤めている会社を潰すと脅し、挙句、目玉が飛び出る程のお金で買収することのどこが引き取りに行っただけなのやら……」
呆れたように溜息を吐く羽月さん。この話だけ聞くと女性が地上げ屋にしか見えない。彼女にそれだけの権力があるのかは知らんが、コケ脅しの範疇を遥かに超えているのは確かだ。脅迫に人身売買……完全に違法行為だ
「そうでもしないとあなた達は大人しく遊を渡さないでしょ?」
俺は物じゃないんだが……マジで呆れてものも言えない
「いい加減に────!?」
声を上げようとした遊華を制す。喧嘩しにここへ来たわけじゃない。俺は悪名高い実母がどんな人間なのか一目見に来ただけだ。遊華達はもちろん、羽月さんにも喧嘩させる気はない。何せこれは俺の問題。無関係な奴が出る幕じゃないのだ
「羽月さん、ちょっとだけこの人と2人にしてもらえませんか?」
「遊君?」
「遊?確かに入って来た時からそっくりだとは思ったけど……」
目を丸くし俺を見る羽月さんと実母。羽月さんの方は俺が口を挟んでくるとは思ってなかったと言った感じで女性はあり得ないものを見たって感じだ。事情を知ってる者と知らぬ者の差か……
「もう1度言います。遊華達と出ててください」
「遊君?」
「お兄ちゃん?」
「遊?」
「遊ちゃん?」
「とっとと出てけ。邪魔だ」
俺は戸惑いの表情を浮かべる遊華達の背中を押し、無理矢理追い出した。羽月さんと実母のしょうもないやり取りを聞くのも遊華達が俺の為に彼女と喧嘩するのもたくさんだ。俺は喧嘩させに来たわけじゃない。ただ、本心を言いに来ただけだ
遊華達を追い出し、実母と2人。彼女も遊華達と同じく戸惑いの表情で俺を見る。もっとも、実母の場合は10年前に失踪した息子が10年前の姿のままで現れた────あるいは息子と瓜二つなソックリさんが現れたことに戸惑っている。こんなところだろう
「ゆ、遊……?本当に遊なの?」
恐る恐る俺に声を掛けてくる実母の顔には不安と期待が入り混じったような色が浮かぶ。10年も失踪していた息子が10年前と寸分違わぬ姿で現れりゃ当然か
「そうだ。俺は遊だ」
「遊……」
俺の名を口にした途端、涙を流す実母。その涙のわけが何なのか全く持って分からん。だが、俺の伝えるべきことはただ1つ。彼女にとって残酷なことだったとしてもこれだけは伝えなきゃならない。元の時代に帰るために、いつもと変わらぬ日常を守るために……そして、遊亜達と会うために。何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃならない。俺は自分の平穏な日常を守るために実母を犠牲にする
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました