【本当の母襲来編未来渡航11】俺がこの時代の俺がどうしてるのか気にする件について
今回はちょっと思考フェイズです
羽月さんの事務所に呼ばれた日から数日。あの日の夜、羽月さんから実母に会わせると一報が入り、俺は2つ返事でOKを出したのだが、スケジュールの都合で2か月ほど待てと言われてしまった。いつになったら元の時代に帰れるのやら……いや、実母に会った後、遊華達が大人しく元の時代に帰してくれるのか……不安でしかないのだが、今はそれどころじゃない
「遊華、俺はこれを見せられてどう反応したらいいんだ?」
「見せといてなんだけど、私も分からない……」
香月と美月は仕事で不在。家には俺と遊華の2人だけ。リビングにいようと部屋にいよう2人だけなのは変わらない。コイツの性格というか、行動パターンを思うと……部屋なんてあってないようなものなんだとだけ言っておこう。そんな俺と遊華だが、現在、パソコン画面を前に困惑を隠せずにいた
「だよなぁ……というか、これ、ファンメールって名目で事務所から転送されたんだよな?」
「う、うん……」
俺達を困惑させてるのは1通のファンメール。純粋にファンからの応援あるいは度が過ぎたアンチからの脅迫メールだったらどれ程楽だったことか……メールの内容がどちらでもないから対応に困る
「これをどうしろってんだよ……」
「分かんないよ……」
メールの内容はこうだ
”①パソコンに新規フォルダを作成。名前はローマ字で「yuka」
②「yuka」フォルダ内にcontrol+shift+Nで新規フォルダを作る。名前は「css」。同じ要領で新規フォルダを作成し、今度は「imegs」とする
③②の工程が全て完了したらメモ帳を開きcontrol+shift+Sで名前を付けて保存。この時の名前は「index.html」”
と、これだけじゃ何がなんだか全く分からん。最後に出てきた「html」というワードなんて日常生活を過ごす上で全く聞かん。まずそれが何かを調べるところから始めないといけない。このメールを送って来た奴はマジで何がしたいのやら
「メールの主が何をしたいのかは知らんが、とりあえずこの“html”ってワードを検索しないことには始まらないと思う」
「そうだね」
遊華はメールにあった“html”をコピーした後、ブラウザを起動させ検索をかけた。その結果、一番上に出てきたサイトにアクセスしたのだが……
「これは……」
「ああ……」
アクセスしたサイトは知識ゼロの俺と遊華にも分かりやすく“HTML”とは何か解説してあった。HTML────HyperTextMarkupLanguageというらしい。HTMLとはその略。なるほど、解からん
「こんなの声優にメールで送るものじゃないだろうに……」
「そうだよね……」
俺と遊華は深い溜息を吐く。これは声優に送るメールじゃない。①~③だけを見ただけでも強く思う。というか、このメールの主はこれを遊華に見せて何をさせたいんだ?
「続きがあるが、読むか?」
「え、遠慮しとく……意味分かんないし」
「奇遇だな。俺もだ」
遊華はブラウザを閉じるとそのままパソコンの電源を落とした。あの妙なメールは忘れよう。声優に送ったところで意味を成さないものは忘れるに限る。新しいことを学ぶのが嫌だとかじゃなく、純粋に応援してるのか脅迫しにかかってきているか分からんものは無視だ
パソコンを消してソファーまで移動した俺達は2人寄り添って座る。後はいつも通りの流れだ。遊華がひたすら俺に甘え、俺は彼女の頭を撫でるという傍から見ればバカップル。俺達にとってはいつもやってるごく自然な行為
「えへへぇ~」
ファンが見たら卒倒するだろう顔で俺を肩に頭を乗せる遊華は実年齢よりも幼く見える。実際彼女は俺の義妹だ。幼く見えても無理はないのだが、この時代だと遊華の方が年上。複雑だ
「年上なんだよな……」
遊華の頭を撫でながらこの時代じゃ代えがたい事実を口にする。特に年齢
「お兄ちゃぁ~ん」
物思いに老けていると遊華が抱き着いてきた。なんでもなかったら彼女の柔らかな胸の感触と彼女の香りを存分に堪能するのだが、2か月後には実母との対面がある。手放しで遊華を堪能できないって、これじゃ変態だ。この時代の遊華達と長く居過ぎたようだ。俺まで変態思考に陥ってしまった
「よしよし。遊華は可愛いなぁ~」
変態思考が移ってしまったショックを隠すように俺は一心不乱に遊華の頭を撫でた。ああはなるまいと思っていた悪い見本に自分がなってしまったとか嫌すぎる。本人達には口が裂けても言えないんだけどよ
「えへへぇ~」
考え事してるとは微塵も思ってないだろう遊華は俺の首の元に顔を埋めてきた。酔っぱらってんのか?
「いつからこんなに甘えん坊になったんだか」
遊華達はやけに甘えてくる。10年間の空白を埋めたいからなのか、本質が出てきたのかは分からない。言えるのは遊華達の甘え癖が酷くなったような気がするということだけだ
「お兄ちゃんがいなくなった日からだよ」
「聞こえてたのか……」
「当たり前でしょ。こんなに近くにいるんだから」
「だよな……」
彼女の言う通り俺達の距離はかなり近い。ちょっと顔をずらせばキスできるくらいには。ボソっと呟いたことでも聞こえないわけがない
「当然だよ。仮に遠くてもお兄ちゃんの声は聞き逃さない」
「さいですか」
こういう時はちゃんとしてる辺り遊華を年上の女性と認めざる得ない。義妹の成長が嬉しいと思う反面、ある疑問が浮かぶ。高校生の俺が未来に飛ばされたということはだ、元の時代じゃ俺はいなくなったことになる。失踪と取るのかちょっとした家出と取るのかは捉え方次第だが。それより、この時代の俺がどうしてるかだ。最初の未来じゃ失踪したことになっていた。つまりだ、最初の未来じゃ俺は生きている可能性だってあったわけだ。妙な話だが、この時代の俺に会ってみたい。実母にすら会えてないのに何言ってんだって話なのは自覚している。しかし、遊華達から俺がいなくなったとは聞いているが、生死については何も言ってなかった。最初の未来では失踪、次に飛ばされた未来じゃ長期出張。片方は決まり的な意味で死んでる扱いだったが、片方は直接会う事は叶わなくても電話を掛ければ声くらいは聴けたはずだ。今までは特に気にならなかったからやらなかったが、今になると妙だ
「さいですよ。お兄ちゃんがいなくなってから本当に寂しかったんだから……」
抱き着く力をさらに強める遊華。いなくなってから……か。もしかして警察に捜索願出してないのか?
「寂しい思いをさせたのは謝るが、一つ聞いていいか?」
「何?」
「10年前、俺がいなくなった時に警察へ捜索願は出したのか?」
「分からない……私や香月さん達は出そうって言ったんだけど、お父さん達────特にお父さんは出し渋ってた。最終的に決めるのはお父さん達だからどうしたのかまでは分からない。ゴメン……」
心底申し訳なさそうな顔で俯く遊華。羽月さんから捜索願を出したって話は聞いてない。言わなかっただけかもしれんが、あの人は何かを隠しているような気がしてならないのはどうしてだろうか?
「そうか。まぁ、仕方ないわな。当時高校生だった遊華や香月達が大人の話に参加できるわけがない」
俺はそう言って遊華の頭をそっと撫でる。高校生だった遊華達が大人である親父達の話に参加できるわけがない。子供が大人の話に首を突っ込もうとすると決まって大人の話に首を突っ込むなと言われ、突っぱねられる。そういうのは大人の仕事だからな
「うん……でも、あの日から1か月くらいお父さんとお母さんの元気がなかった……」
「そっか……」
元気がなかったと言われても理由が分からないからリアクションのしようがない。もしかしたら元気がないように見えただけなのかもしれないしな
「うん……」
悲し気に目を伏せる遊華に俺は何て言えばいいんだ……売り飛ばされた話を聞いたせいか彼女にかける言葉が見つからない。遊華本人の元気がないなら何かしらの言葉をかける。だが、親父達の元気がなかったと言われてもどう反応していいか分からないのだ
「まぁ……親父達の元気がなかった理由は実母に会えば全てとは言わないが、ある程度のことは分かる。会ってどうするか、何を言うかは分からんが、前進はする。遊華が気に病むことなんて何もない」
「でも……」
「でもじゃない。子供の運命なんて結局は大人の身勝手で決まる遊華は当時高校生。気に病む必要はない」
「そう……なのかな?」
「そうだ。聞いた話じゃ実母は自分の思い通りにするためなら手段を選ばないゲスらしい。遊華達が何をしても最終的には無駄な努力に終わったと思う」
「……そうだね」
目に涙を溜めながらも無理に笑顔を作る遊華の姿は見ていて痛々しかった。同時に実母に会うなら彼女達も連れて行こうと固く心に誓った
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました