【本当の母襲来編未来渡航8】俺が浮気してる夫の気持ちを解かってしまう件について
遊には会わなきゃいけない人が複数いるんです
「暑い……」
真夜中。俺はふと寝苦しさで目を覚ました。右見ると遊華、左見ると香月。上には美月という寝苦しいという言葉がピッタリなこの状況。恰好が恰好なだけに笑えない。世の男子高校生なら年上で美人に分類されるだろう女性に囲まれて妬ましいと思うだろうが、現実は甘くない。右を見ても左を見ても上を見ても人がいるとか悪夢過ぎる
「コイツはよくこんな暑苦しい状況で平然と寝てられるよな……まぁ、恰好が恰好なだけに暑くはないのか……」
遊華達が暑さを感じないのは彼女達が辛うじて布を纏っているみたいな恰好をしているからだ。分かりやすく言うならキャバ嬢。スッピンだというのを除けば俺の例えは間違ってないだろう
「はぁ……」
眠り続ける彼女達に溜息しか出ない。突っ込みどころしかないのはどうかと思う。遊華達も仕事で疲れてるだろうから文句は言わんけどな。最初に飛ばされた未来で慣れた。幸せそうな顔見るととてもじゃないが、実母に会いたいとは言えない。実母に会いたくなったか説明するところから始めないといけないから拗れる予感しかしないけどな
「拗れてもいつかは言わなきゃならないんだよな……」
この時代に飛ばされてから────いや、飛ばされる前から実のところ俺は実母に会いたくないと思っていた。今更迎えに来られても困る。だからこそ会いたくなかった。だが、いつまでも避け続けられるわけじゃない。いずれは顔合わせしなきゃならない時が来る。遅かれ早かれ顔を合わせなきゃならないのならこの時代で。そう思っただけで一大決心をしたわけじゃない。簡単に言うと俺の気まぐれだ
「遊華達にどう言ったものか……」
浮気したわけじゃないのに後ろめたさを感じてしまう。実母に会ったら遊華達がどんな行動に出るかと考えただけで何もしてないのにドッと疲れが押し寄せてくる
「害しかないんだから早いとこ消えればいいものを……」
実の母に消えろと言うのは間違っているとは思う。しかし、昔から害にしかならない人間は消えるのを望まれるものだ。トラブルメーカーにいなくなってほしいと思うのは当然だろ?
「どう切り出すかなぁ……」
思うところはあるが、結局会わないことには始まらない。元の時代へ帰るにしてもこの時代に留まるにしても実母はキーパーソン。会った後、俺達がどうなるかは分からんが、会わないことには始まらない。始まらないのだが……遊華達に話を切り出しづらい。彼女達の笑顔を奪うのは忍びないし、やり方を間違えたらガチで監禁されかねない。だからこそ話を切り出す時はいつもの倍は遊華達に優しくしなきゃならない。俺は浮気を隠してる夫かよ
「寝るか……」
寝苦しくはあったが、考えてもいい案は浮かばなかった俺は目を閉じた。こっちで何ヶ月経ってようと元の時代じゃ5分とか1時間とかしか経過してないんだ。焦ることもなかろう。羽月さんに実母と俺には会わなきゃならない人間が複数いる。焦ったところで労力を無駄に消費するだけだ。俺は俺らしくのんびり行く事にしよう
「何でだよ……」
何もいい案が浮かばず、ふて寝する形で目を閉じ、気が付くと俺は見知らぬ部屋にいた。周囲を確認し、最初に目がいったのは大きな化粧台。次に菓子類が散乱したテーブル。そして……
「おはよう。お兄ちゃん」
「遊、お寝坊さん」
「遊ちゃん、もうお昼だよ?」
笑みを浮かべる遊華達。もう一度言おう
「何でだよ」
ドア開けたら未来の世界でした~なんて体験してる俺は今更ここはどこだとは聞かない。現在地を聞いたところでどうにもならないのを知ってるからだ。だけど、理由は聞く
「何でって……お兄ちゃんは私達のものだから?」
「「遊華ちゃんに同感」」
「答えになってないんだが……」
俺のも問いかけになってないのは自覚してるが、遊華も遊華で答えになってない。それに、同感じゃないんだよなぁ……
「一応、答えたつもりなんだけど……」
困ったような笑みを浮かべているが、俺は全く状況が掴めないぞ。遊華
「答えになってないんだが……」
貴方は私達のものだからで納得できるなら誰も苦労はしない
「えー」
「「ぶーぶー」」
「えぇ……」
不満気に頬を膨らませる遊華達と顔が引きつる俺。この温度差はなんだだろう……こんな調子じゃ実母に会いたいと切り出せるのはいつになることやら。その前にここがどこだか教えてほしい
「ぶー垂れる前にここがどこだか教えてくれ」
俺の見解じゃここは控室。遊華達はこれから何かしらのイベントに出ると見て間違いなさそうだが、遊華達のイベント出演は問題ない。俺が大勢の前に出るのは……オタクしかいないんだったら問題ないような気がしてきた
「どこって控室。私達が出演するイベントにお兄ちゃんも出るんだよ?」
何言ってんのみたいな顔でこちらを見る遊華達。俺の方が何言ってんのなんだが……オタクしかいないんだったら問題ないとは思ったが、変装すらしてないのに俺を公衆の面前に晒すとか何考えてんだよ
「出ないんだが。藤堂遊が10年前と変わらぬ姿で出て実母に見つかったら大変なことになるだろ」
一応、遊華達以外の第三者がいる場所じゃ遊亜と呼ぶようには言ってあるが、それは変装あってのこと。今出るのはリスクしかない
「変装して出れば問題ないよ」
「そうだよ~。ちゃんと道具も用意してあるし、メイクさんにもお願いしてあるから~」
香月さん、美月さん、そういうのは早く言ってね?
「それを早く言ってくれ……」
「変装させる前にお兄ちゃんが起きたんでしょ?」
「俺が悪いのか?」
「「「うん」」」
理不尽だ……この3人が本当に俺を好きなのか疑いたくなる
「理不尽過ぎる……」
「「「理不尽じゃないよ。夫を紹介したいと思うのは妻として当然」」」
我が子の存在を別の未来で確認したから否定できない……実母が余計なことさえしなければ俺が遊華達の夫だというのは間違ってないしな
「紹介するのは勝手だが、せめて変装と名前変えるのは許してくれ」
遊華達がぶっ飛んだ行動に出るのは今に始まったことじゃない。驚きも怒りもしない。俺の意志さえ通ればそれでいい
「「「もちろん!」」」
この後、俺はゾロゾロと押し寄せるように入って来たメイク担当達の手によって着ていたあれよあれと部屋着を剥がれ、メイクを施され別人に変身させられた。遊華達の目の前で
変身が終わったところで俺達は舞台袖に案内されたのだが、ここで1つ問題がある。問題ということの程でもないが、俺は何のイベントに出るか全く聞かされていない。他の声優らしき人物を見かけなかったところを見るに遊華達の単独イベントだろうとは思う。ただなぁ……イベントの趣旨が分からんから不安でしかない。不安で衣装やメイクした自分への感想なんて吹き飛ぶ。遊華達はメイクした俺になんて言ってたっけ……ダメだ思い出せん
「まさかこの世界線でもこうなろうとは……」
最初に飛ばされた未来の分も入れると10回は行ってると思うが……途中から数えるの止めたから分からん
「遊亜、私達が呼んだらちゃんと出てくるんだよ?」
「遊亜は賢いから解ってるよね?」
「遊亜はやればできる子!」
「はいはい」
スタッフの合図で遊華達はステージの方へ歩いて行った。行き際に彼女達が俺に向かってウィンクをしてきたのだが、状況が全く飲み込めてない俺はそれを受け止めてやれるほどの余裕はなく……
「逃げ出してぇ……」
頭を抱えるしかなかった。遊華達の登場で歓声が沸く。十中八九何かのイベントみたいだったようで俺は逃げ出したい気持ちが一気に強くなる。毎度のことながら一般人の俺がどうして遊華達が関係しているイベントに出演しなきゃならないのか、関係者が簡単に許可を出す理由が理解不能だ
「遊亜さん、出番ですよ」
不可解なことに頭を抱えていると不意に男性スタッフの一人に声を掛けられる。出番って何だよと思いつつ俺は黙って頷き、遊華達のいるステージへ
「ということで、こちらが私達の従弟の遊亜です!」
ステージへ出て歓声。遊華の紹介で歓声。わけが分からん。どう見たって俺は場違い過ぎるだろ
「遊亜はいつも私達を影ながら支えてくれるいい子だからみんなも彼をよろしくね」
「遊亜の作るご飯おいしいんだぁ~」
人見知りの弟を紹介するような感じの香月と友達に弟を紹介するような感じの美月。そして、湧き上がる会場。この状況は何だ?
「遊亜も黙ってないで挨拶してよ……」
状況が呑み込めないまま固まっていると今度は遊華から挨拶を促される。挨拶の前に説明が先だと思うんだが……
「えーっと……ゆ、遊亜です……よ、よろしく」
何が何だか分からず、言われるがままに挨拶を済ませると会場からこれ以上ない歓声が響く。中には「遊亜くんかわいいー!」なんて声もチラホラ。後は「羨ましいぞぉー!」という嫉妬混じりの声。マジでどうなってんだ……何より……
「緊張してる遊亜かわいいー!」
「遊亜、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ようね」
「遊亜ぁ~、抱きしめさせて~」
若干悪ノリ気味の遊華達がウゼェ……
「俺への感想より先に状況の説明を……やっぱいい。大体分かった」
遊華達が寝ている俺を拉致した理由は後ろを見てすぐに理解した。そら拉致られるわ。スタッフがアッサリ許可出した理由は謎だけどな
“従弟と始めるラブコメ!”
吊るされてるプレートに書かれているいるのは今度放送されるだろうアニメの題名。絵面は3人の美少女キャラが男キャラを取り合ってるような図。主人公を誰が演じるのかは知らんが、3人のヒロイン達を演じるのは遊華達と見て間違いないだろう
「遊亜は察しがいいね~」
「遊亜のそういうところ大好き」
「遊亜は自慢の従弟だよ!」
デカデカと書かれた題名と絵面を見ても分からん奴の方がどうかしてるだろ……褒められても全く嬉しくない
「勘弁してくれよ……」
実母に会いたい話を切り出すどころか遊華達が出演するアニメのイベントに無断で出演させられてしまうとは……はぁ、これを引き合いに出して強引に言うこと聞かせるか……
「遊亜はお姉ちゃん達と一緒のイベントに出られて嬉しくないの?」
「遊亜に嫌われたら私悲しいな……」
「遊亜は私達を嫌いになんかならないよね~?」
毎度お馴染みハイライトの消えた遊華達の目。まだ何も言ってないだろ……。俺は何度目かになるか分からない溜息を吐き、遠くを眺めた
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました