【本当の母襲来編未来渡航6.5】俺が遊華達に外出したいと言った件について
遊だって外出したい!
これは俺が未来に飛ばされて2週間が経過した頃の話。何から話したものか……そうだな、遊華達がアフレコ終了した時に俺を遊亜と呼ぶようになった理由にするか。それじゃまずそこに至るまでの経緯からだ
「外に出たい」
リビングのソファーでボーっとしていたのだが、ふと外出したくなった。未来に飛ばされてから早いもので2週間。この日の俺は無性に外へ出たかった。衣類に関しては前にも話した通り遊華達の手によっていつの間にか用意されていた。多分、俺をこの時代に呼ぶことが決まった次の日あたりに急いで買いに行ったとかだろう
「ダメに決まってるでしょ」
「ダメ……」
「断る~」
優雅にコーヒーを飲んでいた遊華達がバッサリと俺の願望を切り捨てる。当たり前と言えば当たり前だ。彼女達にとって俺は過去の時代から来た人間。捜索願が出されてるかは知らんが、10年前にいなくなった奴が10年後である今当時と変わらぬ姿で発見されたら大騒ぎになるのはもちろん、声優という職業柄男と2人でフラフラするわけにはいかない。声優が異性と出かけるくらいと思うが、アニオタや声豚からすると自分が好きな声優が異性と歩いてるとか世界滅亡にも等しいのは何となく解かる
「断るの早くね?」
「早くないよ。変装しようとお兄ちゃんは絶対に外へ出さないよ。必要なものは私達が買って来るからここで大人しくしてて」
「そうだよ。本当のお母さん婚約者だった山岸佳乃はまだ遊を諦めてないんだからこの家から出ないで」
「遊ちゃんはここにいて私達に愛されてればそれでいいんだよ~」
遊華さん達や。過保護過ぎやしませんかねぇ……あと何気なく重大な情報があったんだが……まだ諦めてないのかよ……実母と山岸。いなくなった奴のことなんて忘れたらいいものを……
「十分に愛されてるからたまには外へ出るくらいいいだろ……このままじゃ太りそうなんだが……」
監禁されんのは構わない。この時代でも元の時代でも必要な時以外は外へ出ないからな。だが、外へ出ないのとこれは別問題で一週間も家に引き籠ってると太りそうだ。この家には運動器具の類がない。トイレとかに行くために歩くのは運動の内に入らん。つまり、俺はこのままじゃデブニートまっしぐらってことだ
「私は太ってもお兄ちゃんを愛してるよ」
「遊華ちゃんに同じく」
「私も~」
ダメだ。話が全くと言っていいほど通じない。野球ボール投げたのに投げ返されたのがドッチボール並みに会話が噛み合ってない
「やり方を間違えたか……」
お分かりの通り外へ出たいだけじゃ会話が通じない。俺の言い方が悪かったようだ
「とにかく外へは出さないから」
「遊が攫われたら大変だもんね」
「遊ちゃんを他の誰かに盗られるくらいなら閉じ込めてた方がマシだよ~」
“ね~”って言ってる姿はどこにでもいる女性そのもの。実際遊華達は女性だ。言ってることは完全に過保護な姉か母親。美月の発言はヤバいものを感じてならないが、彼女なりに俺を大切にしてくれていると思ってスルーしよう。自分の言い方が悪かったのは十二分に自覚できたしな
「単に外へ出たいだけじゃなくて遊華達とデートしたいって意味で言ったんだが……ダメだったか」
「「「デート!」」」
「分かりやすいな」
先程とは打って変わって目の色を変えこちらを見る遊華達に少し引く。エサを前にした肉食動物かよ……
「そりゃお兄ちゃんとのデートだよ?」
「私達が見過ごすと」
「本気で思ってる~?」
遊華達が俺とのデート話を見過ごすとは思ってないが……手のひら返し早すぎだとは思っている
「思ってないな。まぁ、デートに行こうにも外出禁止令が引かれているんじゃ無理なんだけどな」
お家デートという言葉があるくらいだからデートするだけなら可能だ。しかし、いつもいつもデート場所が家というのは味気ない。今のはあくまでもデートをするにあたっての話であって俺の目的は外出。デートが本命ではない。俺だって健全な男子高校生で年上の女性とデートってのには憧れる部分は持ってるけどよ……
「お兄ちゃんとデートできるなら外出許可くらいいくらでも出すよ!」
「遊とデート楽しみ!」
「いっぱいイチャイチャしようね!」
この3人は手のひらにジェットエンジンでも付いてるんだろうか……本当に手のひら返しが酷いんだが……外出許可が下りたから文句はないんだけどよ。外出許可が下りたところで次なる問題は呼び方。そう、遊華達がアフレコ終了時に俺を遊亜と呼ぶようになった経緯だ
「んじゃ、外出許可が下りたところで先に決め事だけしていいか?」
「「「決め事?」」」
「ああ。デート関係なく外へ出た時の俺の呼び方だ」
「「「呼び方?」」」
頭に疑問符を浮かべる遊華達の顔には面倒だとハッキリ書いてあるが、俺は香月がサラッと言ったあの一言を忘れちゃいない。「実母と婚約者の山岸が俺を諦めていない」って一言を。万が一見つかったら俺がどうなるか……。この平和な生活を守るためにはこれだけはキッチリしておかないとな
「そうだ。実母か山岸に出くわした時のことを考えて俺は外じゃ別の名前を名乗ろうと思う」
遊という名前は結構気に入っている。しかし、実母と山岸の諦めが悪いと聞いた今、外での実名呼びは全力で避けてほしい。特に遊華達を知ってる人間が多く集まる場所では
「そうだね。あの女狐達への対策は必要だもんね」
「私達から遊を奪おうとするだなんて許せない……」
「遊ちゃんは私達のものなのにね~」
遊華と美月は満面の笑みを浮かべているが香月だけは無表情。3人とも表情は違うが、怒りのオーラを放っているところを見るとかなりご立腹のようだ。俺がこの時代に飛ばされた後なにがあったんだよ……理解が得られたようで何よりなんだけどよ
「わ、分かってくれたようで何よりだ」
「当たり前でしょ。お兄ちゃんと一緒にいられるなら何でもするよ」
「遊ちゃんの為なら何だってするよ~」
「遊との生活を守るためならどんな犠牲だって厭わない。成金BBAと山岸の心を折ることなら特にね」
うん、話がおかしな方向へ進みそうだ。何だろう……さっきまで怒気だったのに今じゃ殺意がにじみ出ているように見える
「俺の呼び方……は遊華達の怒りと殺意が収まってからにするか」
どう呼んでほしいかは決まっていたが、殺意に支配された遊華達とまともな話し合いになるとは思えなかった俺は彼女達の殺意が収まるのを待った
遊華達の殺意が収まるのを待つこと5分────
「話し合い再開してもいいか?」
「「「うん……」」」
「俺の呼び方なんだけどよ」
「「「うん……」」」
申し訳なさそうな顔をする遊華達に若干呆れつつ、俺は話を進める。とは言っても彼女達に呼び方を発表するだけの簡単な仕事。特別大変な仕事ではない
「出先────特に遊華達を知る人間が多く集まる場所では俺のこと遊亜って呼んでくれ」
「分かった。その代わり遊は私達を外ではお姉ちゃんって呼ぶこと。特に同僚やスタッフの前ではね」
分かってもらえてよかったと思ったのは一瞬だった。香月から出たトンデモ提案に思考が追い付かない。同僚やスタッフの前って……まるで俺が香月達の職場へ同行するような言い草じゃないか。遊華と美月は頷いてるだけだしよ……
「え、えーっと……何でだ?」
「何でって、万が一のことを考えてだよ。職業が職業なだけに私達が揃って長い間ここを空けるってこともある。そうした時に遊一人を残していくのは不安だから同行させようと思うんだけど、その時スタッフに従弟って説明したいから」
遊華達が揃って家を空けるだなんてあり得ないと思うんだが……職業が職業だ。絶対にないとは言い切れない。それに、香月の言う通り事情を知らない人間に説明する時、従弟の方が色々省けて楽か……
「分かった。香月達の職場へ同行する時の俺は従弟の遊亜だ」
「「「よろしい」」」
と、こんなやり取りがあったからこそ遊華達は外じゃ俺を遊亜と呼ぶし、俺も遊華達をお姉ちゃんと呼んでるってわけだ。思うところがなかったわけじゃないが、遊華達の仕事は秘密厳守なところがある。身内でも同業者でもない俺が彼女達の仕事を見学するってなったら警戒されるのは目に見えて分かっている。だからこそだったのかもしれない
俺の要求が通り、遊華達の願いも叶った。結果としてはWINーWINなのだが、この時の俺はまさか一か月もこの時代にいるとは思いもしなかったと補足しておこう
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました