【文化祭2日目】俺と浩太が劇の最中に逃走する件について
今回は遊と浩太が逃走する話です
文化祭1日目は割とちゃんとしていた遊と浩太ですが、この話じゃ逃走しかしてないです
では、どうぞ
食ってばっかの文化祭1日目を終了し、今日は文化祭2日目。昨日は出店メインの日で今日は演劇がメインの日らしい。らしいというのは俺、藤堂遊は高校生になって初めての文化祭だから学校のシステムというのを把握してない。だから、らしいと言ったんだ。あ、そうそう、昨日、文化祭デートをする時に親父達がいなかったが、本人達曰く『僕達は遊の働いてる姿を見てすぐ帰ったよ』との事。だったら俺がバイトした時にでもバイト先に来ればいいようなもののと思い指摘したところ『遊、僕が学生の頃にこっそりバイトして母さんにバレた時の話を聞きたい?』と顔に笑顔を張り付け、滝のように大量の汗を流す親父を見てそれ以上聞いたらヤバイ。本能的にそう察した俺は親父のバイトエピソードを聞くのを止めた。で、俺はどこで間違えたのだろうか?
「よく似合ってるよ!遊!」
敬の声が男子更衣室全体に響く。だが、普通の服を着て褒められているのならまだしも今のこの格好で褒められたところで嬉しさなんてものは微塵も感じない。この姿を遊華達と親父達には絶対に見られたくないのだ
「敬、女装を褒められても全く!これっぽっちも!嬉しくない!」
「そうかな?僕的にはよく似合ってると思うよ?遊の白雪姫姿」
俺は今、何の嫌がらせなのか白雪姫の格好をさせられている。本当にどうしてこうなったのやら……
「嬉しくねーよ!大体、どうして俺が白雪姫なんだよ!こういうのは普通女子がやるもんだろ!?」
「仕方ないよ。くじ引きで決まったんだし」
俺は今日ほど自分の運のなさを呪った事はない。それは演劇の内容が決まり、配役を決める帰りのHRまで遡る
「よーし、劇の内容が白雪姫に決まったところで配役を決めるぞー」
出店の時とは違い、劇の内容は地域の子供やお年寄りも来るという事で劇をやるなら被ってもいいから誰もが知っているものをやれ。と担任からの通達があった。で、劇以外のものだったら別に何でもいい。楽器演奏でも何かのショーでも何でもいいらしい。俺達のクラスは特に演奏が得意という生徒もマジックの類ができる生徒もいなかったので担任の独断と偏見により白雪姫をやる事になった。それ自体に文句はなかった。どうせ白雪姫役をやるのは女子だろうし、俺は適当に森の木Aをやればいい。なんて軽く考えていた
「せんせー、配役ってどうやって決めるんですかー?」
心底めんどくさそうにしていた早川が気だるげに質問した。早川、敬の事以外になると本当に無関心なのな
「一応、立候補制にしようと思う。しかしなぁ……ウチのクラスってほら自己主張する奴なんてあんまいないからなぁ……」
担任の言う通りこのクラスは自己主張をする奴が多い方じゃない。普段は熱血の浩太でさえ物事を決めるとなると面倒だと言わんばかりの顔をするし
「そこまで理解してるならくじ引きで決めたらいいんじゃないんですかー?」
「それいいな!くじ引きにするか!」
と、言う事で早川のくじ引きの案が採用される事になった。自己主張が多すぎるのも問題だが、少なすぎるのも問題だと俺はこの時学んだよ
「「「……………………」」」
劇の配役が決まったというのに教室全体がお通夜のような空気になっていた。
「よし、劇の配役が決まったところで今日はこれで終わりだ」
お通夜のような空気の流れる教室に担任の声だけが響き渡った。
で、現在、俺は女子(主に早川)に全力でメイクを施され、衣装を着せさせられ、待機させられていた。その時に敬が差し入れのジュースを持ってきてくれたのだ。
「こんな事なら俺は森の木Aに立候補しておくんだった……だったらこんな格好しなくてもよかったのに……」
「今更文句言ってもどうしようもないでしょ。それに、僕達は望海ちゃんの案に誰も異議を唱えなかったんだしさ」
「それにしたってみんな何も言わなさすぎだろ……俺が女装しても気持ち悪いだけだってのに……」
「そう?結構似合ってるよ?」
「男が女装を褒められたところで全く嬉しくない!なんて言っても仕方ないんだよな……」
敬に八つ当たりしたところで早川のくじ引きに異議を唱えなかったのは俺だって同じだ。それに、どうせ後で女子が変わってくれるだろう。なんて軽い考えで放置していた俺にも非はある。っていうか、役が決まった時点で文句言えばよかった……
「そうだね。遊の事だから女子の中の誰かが変わってくれるだろうと油断してたのが運の尽きだね。っていうか、どうして配役が決まった時点で文句言わなかったの?」
敬の質問は的を射ている。配役が決まった時点で文句を言っていたのならこの状況も少しは改善されたはずだった。しかし、時すでに遅し。今更文句を言ったところでどうにもならない
「後で女子の中で変わってくれる奴が出るだろうと思っていたからだよ」
「遊……いいことを教えてあげるよ」
「いいこと?」
神妙な表情で俺を見つめる敬。まさか、白雪姫役は俺じゃないとか?だったら俺にとってはこの上なくいい事だ!!
「うん。僕達にとってはいいこと」
敬は今、僕達って言った?その僕達の中には俺も含まれているんだよな?そうだよな?
「その僕達の中には俺も含まれていると考えていいんだよな?」
「………………………………………………………………………………………………もちろん」
何だ?今の間は?
「俺にとってもいい事だって言うなら今の長い間は何だ?」
「それはほら、遊って繊細だからさ、ハッキリ言ったら何て言うかこう、落ち込んじゃったりとかするといけないかなと思って」
そう言う敬の目は泳ぎまくっていた
「そうかそうか、そう思うのなら俺と目を合わせられるよな?ん?なぁ?敬君?」
「ももももももももももももももちろんさ!」
その割には動揺しまくってるぞ?
「今更何を聞いても怒らないから教えてくれ」
女装させられているんだ。今更怒るだけ無駄だろうし、こんなところで無駄な労力を使いたくない
「じゃあ、言うけど、遊が白雪姫役になった時、遊華ちゃん達を含め多くの女子が遊の女装姿を見たい!って言って来て……ね?それで……」
「それで?」
「写真撮って1枚1000円で販売しようって浩太と話になったんだけど……ダメかな?」
上目遣いで俺を見る敬。しかし、俺は男に欲情する趣味なんてない。それにだ。敬の上目遣いは女子からしてみれば破壊力バツグンなんだろうが、男の俺にそんな事をしても全くもって効果はないぞ
「ダメだ。俺にとってメリットがない」
「そ、そんなぁ~……」
なんてアホなやり取りをした後、敬から『売上は僕、浩太、遊のデート代になる予定なんだけど』というツッコミどころに困る事を言われ、これ以上拗れても面倒なので渋々俺は写真の販売を許可してしまった。そんなこんなで俺達のクラスの演劇が始まり、今はクライマックスなのだが……
「おい、浩太」
「言うな遊」
白雪姫のラストが王子様のキスで白雪姫が目覚めるというラストなのは知っている。で、配役もくじ引きで決まり、その時はみんな文句言わなかった。それはいい。問題なのは今だ
「本当に俺にキスするつもりじゃないよな?」
そう。演劇のラストを飾るキスシーンなのだが、浩太が顔を近づけキスしているように見せかけるだけで終わる。俺はそう思っている
「当たり前だ。俺は男とキスする趣味はない」
「じゃあ、これで終わりだよな?」
「ああ」
「じゃあ、離れてもらっていいか」
「当たり前だ」
浩太が俺から離れ、俺がさも王子様からのキスで目覚めた体で起き上がればハッピーエンドで終わる。そのはずだった。
「あれ?遊と浩太はまだキス済ませてないでしょ?」
敬の余計な一言がなければ。
「「は?」」
俺と浩太は揃って間抜けな声を出してしまう。
「いや、浩太と遊はただ見つめ合ってただけでしょ?キスはまだ?」
浩太もそう思っているだろうと思うが、俺は敬が何を言っているのか理解したくない。って言うか、敬からしてみれば俺と浩太は見つめ合ってただけだろうが観客席からはキスしているように見えるんだからそれでいいじゃないか
「いやいや!俺も浩太も男とキスする趣味なんてないからな?それと、その手に持った一眼レフは何だ?」
敬の手には一眼レフカメラが握られているが、写真って携帯で撮るんだよね?そうだよね?
「あ、これ?これは遊と浩太のキスショットを撮るために父さんから借りてきたんだよ」
いい笑顔でとんでもない事を言う敬。いやいや、父親から借りてくるのはいいが、俺と浩太のキスシーンを撮るだけなら携帯のカメラで十分だよね?
「なぁ、浩太」
「何だ?遊」
「このままだと俺達は男同士でキスする事になるよな?」
「そうだな」
「できればそれは何としても避けたいよな?」
「当たり前だ」
「じゃあ、俺達のやる事は1つしかないよな?」
「ああ」
俺と浩太は顔を見合わせ、頷き合った。
「遊も浩太もキスする決心がついた?」
満面の笑みでカメラを構え、俺達ににじり寄ってくる敬。顔を見合わせて頷き合っているだけでお前が望むような展開にはならないぞ
「「敬……」」
俺はこの時の敬を見て腐女子の仲間じゃないかと思った。そう思ったのは浩太もだと思うが
「ん?何?遊も浩太も早くキスしてよ!お客さん達だって待っているんだからさ!」
「「はい?」」
俺と浩太が観客席を確認すると男性客はともかく、女性客は目が輝いて見えた。この中に遊華達や明美さんがいる事を想像すると寒気しかしない
「みんな遊と浩太のキス待ちだよ?」
どうやら期待していたのは敬だけじゃなく、この劇を見に来ている女性客も同じだったようだとこの時、初めて察したよ。で、そんな観客を見た俺達の決意は確固たるものになった
「浩太……」
「ああ、そうだな!遊!」
俺達は先ほどとは違い今度は強くうなずき合った。そして────────────────
「「逃げるが勝ちだ!!」」
俺達は脱兎のごとく逃げ出した。浩太が俺をお姫様抱っこして。逃げる際、敬が『待ってよ!2人とも!』なんて言ってる気がするが……まぁ、いいか
「はぁ、はぁ……こ、ここまで来れば大丈夫だろ……」
「そうだな」
俺達はなんとか追っ手を撒いて更衣室にやってきた。浩太は俺をお姫様抱っこして走ったせいもあってか倍疲れているように見える。それに引き換え俺はドレスを着ているという事もあってか逃走中はずっと浩太にお姫様抱っこしてもらってたから汗1つ掻いてない。
「さ、さすがに人を抱えたまま走ったからいつもの倍疲れたぞ……」
「だろうな。俺もドレスさえ着てなければ自分で走ったんだが、この格好じゃ走りづらいし、何より捕まったらアウトだから助かった。少し休んでから着替えるか」
「そ、そうだな……。今動くのはさすがにしんどい……」
そもそも、俺はドレスを着ていて浩太は王子様の格好をしているから敬が『キスしろ』だなんてバカげた事を言い出したんだと思うけど
「そろそろ着替えるか?」
「そうだな。いつまでもこの格好でいるわけにもいかないからな」
一休みした俺と浩太はそれぞれ着替えに取り掛かる。取り掛かるのだが……
「浩太、後ろのチャック外してくれ」
俺の着ているドレスは後ろ側にチャックが付いていて自分では外せなかった
「あ?あぁ、そういえば遊が着ているドレスって後ろのチャックで止めるタイプだったな。すっかり忘れてたわ。今外すわ」
浩太はたった今思い出したと言わんばかりの態度だ。まぁ、王子様役の浩太が俺の衣装の事なんて知る由もない。が、何かがおかしい。モヤモヤする……何でだ?
「ふぃ~、ようやくドレスが脱げた……。浩太、サンキュー」
「例はいいから早く着替えてくれ」
浩太にチャックを外してもらい、俺は窮屈なドレスを脱ぎ、ハンガーラックに掛けた。ちなみに浩太の着替えは既に終わっているので俺を待つのみとなっている
「なぁ、浩太」
着替えている途中で俺はある事を思い出した。それは────────────
「何だ?女装に目覚めたか?それとも、男に目覚めたか?」
「いや、どっちにも目覚めてないから。そうじゃなくて、俺達は勢いで体育館を飛び出してきたよな?」
「そうだな。さすがに公衆の面前で男とキスしたくない一心で飛び出してきたな」
「それでだ。俺達はやっとの思いで今いる更衣室に逃げ込んだよな?」
「ああ。敬を始めとするクラスメイトや観客達の隙を作るために遊をお姫様抱っこして逃げてきたな」
「それについては感謝している。だが、俺達はこの後どうしたらいいんだ?」
そう、俺達は自分達の唇を守りたい一心で忘れていたが、この後の事を全く考えてなかった。当然、この後どうしたらいい?という質問をした俺も質問された浩太も固まるしかなかった。
「か、考えてなかった……」
「同じく……」
俺達は顔を見合わせガックリと項垂れた。逃げ出してきたのはいい。が、逃げ出した後どうするかを考えていなかった
「と、とりあえず、体育館には行きづらいよな……?」
「当たり前だ。俺は遊をお姫様抱っこしたところを多くの人に見られているんだぞ?」
「だからと言って教室に行くってわけにも……」
「いかないな。万が一教室に戻ってクラスの誰かに見つかってみろ。俺達は怒られる」
「だよなぁ……」
「「はぁ……」」
俺の着替えを終えた後、『体育館にも教室にも行きたくない』という事で俺達は文化祭が終わるまで屋上に避難する事にした。そして、文化祭終了間近になって放送が掛かる
『1年の藤堂遊君、ミスコンの投票がまだ済んでません。大至急、体育館までお願いします』
文化祭終了のアナウンスかと思ったが、意外な事にミスコンの投票が済んでねーぞという学校側からの有り難くもなんともない呼び出しだった
「は?ミスコン?そんなのあったっけ?」
「遊……お前……文化祭のプログラム見てないのか?」
「見てない」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~……」
浩太は心底呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。しかも、深いやつを
「何だよ?そんなに深い溜息を吐かなくてもいいだろ?」
文化祭のプログラムを確認してなかった俺が悪いとはいえ呆れたと言わんばかりに深い溜息を吐かれるとさすがに傷つく
「遊、お前、どれだけ大変な事したか解ってるのか!?ミスコンの投票してないんだぞ!?」
呆れたと言わんばかりに溜息を吐いたかと思えば今度は俺に掴みかかってくる浩太。浩太の慌てた表情から察するに俺は相当大変な事をしでかしたらしい。が、俺はミスコンで誰が1位になろうが別に興味なんてないんだけど
「ミスコンごときで大袈裟だぞ?それに、俺はミスコンで誰が1位になろうと興味なんてない」
「遊……悪い事は言わないから文化祭のプログラムを確認して見ろ。そこに今回ミスコンに出るメンツか載ってるから」
俺は浩太に言われた通り文化祭のプログラムを確認した。各クラスの出店……これは終わったからどうでもいい。各クラスの演目……おっ、劇は結構かぶってんな。って、これも終わったからどうでもいいか。問題はミスコンにエントリーしたメンバーだが……
「………………………………………………………………浩太」
「何だ?遊?」
「学校側は俺に死ねと言っているみたいだ」
ミスコンにエントリーしたメンバーの確認とミスコンの規約を読んでみたが、それの内容は他の男子にとっては何気ないものだったが、彼女達の中に同じ学校に通う人間がいる俺にとっては究極の二択を迫られる内容だった。
“1、自分が各学年から美人または可愛いと思う女子に票を入れる”
“2、投票期限は文化祭終了までとする”
“3、文化祭終了までに投票しなかった生徒は閉会式の時にステージ上でどの生徒が最も美人または可愛いかを発表するものとする。(注*ステージで発表する場合は在学中の女子1人の名前を発表するものとする)”
うん、これは俺に死ねと言っているな。
「遊、お前……」
「言うな浩太……」
ない頭を使って必死に考えた。ミスコンなんてものには微塵も興味はない。しかし、投票しなきゃステージ上で発表するという公開処刑が待っている。ん?投票期限は文化祭終了までなら俺が家に帰れば済む話じゃね?
「浩太、俺帰るわ」
「カバンはどうすんだよ?」
「悪いが家まで届けに来てくれ」
「遊、今から行って投票するって選択肢は……ないよな?」
「ないな」
俺も浩太も劇の途中で逃げ出した人間だ。今更戻るわけにもいかなかった
「わかったよ。カバンは後で届けてやる。それと、捕まったら面倒だからプログラムは捨ててけよ?」
「何で?」
「そのプログラムの下の方を見てみろ」
「下の方?下の方に何が────────」
浩太に言われた通りにプログラムの下の方を確認してみた。すると何という事だろう。プログラムすべてのページにミスコンの投票用紙があるではないか。それを見た瞬間、俺は言葉を失った
「そう言う事だ。遊。明美の話じゃごく稀にお前みたいな奴や投票用紙を無くしたなんて嘘を吐く奴がいるらしいぞ」
浩太のこの一言で全てを理解した。学校側が強制的に男子生徒をミスコンに参加させようとしている。そんな魂胆を
「そうか。まぁ、これはいらないから捨てて帰るから何の問題もないぞ」
この後の話を少ししよう。屋上から出た俺と浩太は文化祭閉会式の最中という事もあってかすんなりと抜け出す事に成功した。で、浩太が一緒に抜け出した理由は本人曰く『劇を抜け出してしまった手前、戻りづらいから俺も帰る』との事で俺達はカバンも持たずに家への帰路に就いた。まぁ、俺がミスコンの投票をしなかったのは最終エントリーに香月と美月がいてどちらも選べなかったからだ。そんなこんなで俺の高校最初の文化祭は幕を下ろした。カバンはその日に香月が持ってきてくれた。浩太の方は明美さんが持ってきてくれたと連絡があった
今回は遊と浩太が逃走する話でした
文化祭2日目は逃走しかしなかった遊と浩太ですが、文化祭が終わった後は当然、片付けですよね?という事で文化祭の後日談でミスコンの事について少し触れて行こうと思います
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました