夢狂い
俺は果たして正気だろうか。いつしか、そんな不安と恐怖が脳内に居座るようになっていた。
俺はこれまで正気で生きてきた。真面目に勉学に励み、大企業に就職し、多くの部下を抱える地位にまで出世した。愛する妻に、愛する二人の子供もいる。これまでの俺の人生は、正気の人間にしか歩むことはできないはずだ。
だが、時折無意識におかしな妄想に執り憑かれるのだ。正気な俺がいるこの世界は、実は全て俺の夢なのではないか。この夢を見ている本物の俺は、狂気に侵されているのではないか、と。
夢の中で愛する妻や子に触れるとき、現実の俺は大切な誰かを絞め殺そうとしているのではないか。
夢の中で人と言葉を交わすとき、現実の俺は奇声を上げながら街中を駆け回っているのではないか。
夢の中で人とすれ違うとき、現実の俺は赤の他人に殴りかかっているのではないか。
夢の中で食事を摂るとき、現実の俺は腐った生ゴミを貪っているのではないか。
夢の中で体を洗うとき、現実の俺は全身に刃物を突き立て自傷行為に及んでいるのではないか。
不安と恐怖は消えることなく、俺の脳を支配する。俺が正気の行動をとる度、現実の俺は狂気に染まるのではないか。そう思わずにはいられないのだ。
なら、一体どうすればいい。現実の俺が正気でいるためには、夢の中の俺は一体どうすればいい。
答えは、至極簡単だろう。
夢の中で俺は、静かに包丁を手に取った。