表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15

8.目で訴えられては逃れる事が出来ないものである


「……」

「……」


なに、この気まずい空気。いや、気まずいのは仕方ないと分かってはいるんだけどさ。

会ったら話さなきゃいけない事、聞きたい事、沢山あったはずなのに。彗さんの顔を見たら、聞きたい事も全部吹き飛んでしまった。

安心してしまったのだ。私の言葉に返事をしてくれた事に。私はまだ拒否はされていないんだと、そう安心してしまった。


「あの」

「ひゃい!」


びっくりした。彗さんから私に話しかけてくるとか。びっくりして舌噛んでしまった。


「大丈夫か?」

「大丈夫です」


痛かったが。それより、なんでしょうか? と私が尋ねれば彗さんはその場で少し頭を下げてごめん、と謝った。


「……どうして彗さんが謝るんですか?」

「この間、俺が加茂さんを怒らせたから。きっと、なにか余計な事を言ったと思うから」

「そんな事、ないですよ。そんな事」


ただ、私がつまらない感情を抱いただけだ。

私は意地悪な質問をする。


「でももし、あるとすれば……余計な事ってなんだと思いますか?」

「それは……正直、わからない。でもこんな気まずいのは嫌だと思うから」


彗さんの頭のてっぺんを見ながら、この人の頭を見るのは二度目だと思った。それもこの家で、二度。

彗さんは悪くない。悪いのは、嫉妬まがいな感情を抱いて、彗さんに冷たく接した私だ。


「彗さん。頭、上げて下さい」


私はこの人のこんな姿が見たかったわけじゃない。

謝って欲しいと思ったわけじゃない。


「謝るのは私の方です。ごめんなさい。嫌な、態度をして」

「いや、それは俺が」

「違う。違うんです。私がその、勝手に勘違いをして」

「勘違い?」

「誕生日プレゼントを……彼女への誕生日プレゼントを選んでいるのだと、そう思ってしまって」

「は?」

「で、私の欲しい物を彼女さんにあげるとか、その」


き、気まずい。だが言うぞ。


「ちょっと、嫌だとか。思ってしまったの」


その時の彗さんの顔は、泣きそうな、恥ずかしそうな、難しそうな。色々な感情が入り乱れた表情になっていた。

その顔すらも、彼は美しかった。

ダメだ、どうしても捨てきれない、あの日の記憶が。どうしてだかはわからないけれど、彼があの日のトーマと重なる。彼はトーマではないのに、どうしてあの日と同じような表情をするのだろうか。


「あれは、トーマの誕生日プレゼントを選んでいただけだから」

「うん」

「勘違いさせて、ごめん。ごめんなさい。でも違うから」

「うん」

「本当にわかってる?」

「わかってるよ」

「それなら良いんだけど。でもこれだけは言っておくからな」

「なに?」

「加茂さんにだけは、そういう変に勘違いされたくない」


一瞬フリーズ。そして、動けない。

深読みして良い言葉なのだろうか。どういう意味で言っているのだろうか。段々と近付く彼に、私はどう切り出して行けば良いかわからない。どうして、この人は私の中にどんどん入ってくるのだろう。そして、どうして私はそれを嫌だと思わないんだろう。


「加茂さん……日向、さん」

「日向で、いいですよ。トーマもそう呼んでるし」

「ひなた、日向。俺の名前、呼んで」

「彗さん?」

「……あぁ」

「彗?」

「ーー」


どくり、と。その瞳に一気に熱がこもった気がした。頰に添えてくる手に、近付く距離に、逃げることは出来ない。


「けーー」

「ごめん、良いところで悪いけど。帰って来たからね」

「ぎゃあ!」


こつこつと壁を叩いて、自分の存在を示す。トーマがそこに立っていた。やだ、もしかしてずっといた!? どこから!?


「冬眞。帰って来たらただいまくらい言え」

「はいはい。ただいま。それから兄貴、そういう事は俺が帰って来ない日にしてよ」

「そういう……?」

「あぁ、日向は気にしないで良いからな。なんでもない、だよな冬眞?」

「答え一択しか残されてない質問はやめてくれ。それより、今日、俺、誕生日なんだけど」


そうだ。うっかり忘れるところだった。今日はトーマの誕生日。私は彗さんにケーキの事を言わなきゃと彼の顔を見上げる。


「お誕生日って聞いたから、二人にケーキ買ってきたんです」

「ケーキ? 二人分?」

「はい。良かったらぜひにと」

「ありがとう。良かったな冬眞。中身なに?」

「チーズケーキとガトーショコラです。……昔、チーズケーキをトーマが、好きだと言っていたのを思い出して」

「ーーえ」

「彗さん?」

「あ、いや、そうか。そうだな。チーズケーキが好きだ」

「でも、トーマ。覚えてないんですよ」

「悪かったな。覚えてなくて」

「へぇ……そうか。そうなんだな。日向、ケーキありがとう」

「いえいえ。さて、それじゃあ兄弟水入らずで、どうぞお誕生日会。私は帰りますので」

「日向もビーフシチューを食べて行けば良い」

「いやぁ。実は私、明日仕事なので。今日は早めにお暇するよ」

「なら俺が車で」

「だいじょーぶです。トーマお誕生日おめでとうね。それじゃあ」


私を引き止める彗さんの声から逃れるように、私はさくさく玄関からさよならした。今日は兄弟でお誕生日して下さい。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ