5.プレゼントとは相手を慮れば良いものである
翌日、スマホの鳴っている音で目が覚めた。目覚まし……かけっぱなしだった。せっかくのお休みだったのに。一度それを止めて二度寝に入ろうとした時に思い出した。
そうだ。友達の結婚式に着ていく服を見に行かなきゃ。鞄や小物も。私の買い物が長いのは、自分が一番良くわかっているから早めに行動しなければ。
という事で。
ナチュラルにメイクをして春先にぴったりと思って買ったワンピースにジャケットを羽織る。このくらいのジャケットを羽織らないとまだ肌寒そうだ。
私はローヒールのパンプスを履いて家を出た。
「あれ?」
大きめの紙袋を肩からかけて、そろそろ何処か店に入って休憩をと思った矢先。その声が私に向かって飛んできた。その声の聞こえた方に目を向ければ驚きに目を剥く。偶然だ、それも出来過ぎてる。
「お兄さん」
「お兄さんって。俺ちゃんと名前を名乗ったんですけど」
苦笑いされてああ、ごめんなさいと頭を下げた。古波彗さん。彗さんでいいだろうか。
「今日はどうしたんですか? お買い物?」
「はい。友達の結婚式が近々ありまして。その準備に」
「へぇ。女の子って準備があるから大変だな」
「それも楽しみの一つです。彗さんは何してるんですか?」
「ん? 俺? 俺はプレゼントを買いにね」
なかなか決まらなくてさーとごちる。プレゼント? なんのプレゼントだ。この人がプレゼント買うと言ったら彼女か。そりゃ、こんなに美形なんだから彼女の一人や二人はいるよね。
「ーーそうだ。加茂さんが良ければ、一緒に見てくれません? 誕生日プレゼント」
「え?」
「俺一人だとなかなか決まらなくて。美味しいお昼、奢りますから」
決してランチに惹かれたわけじゃない。乗せられたわけでもない。ただ、タイミング良く腹の虫が鳴ってしまって、それが答えになってしまっただけだ。
「決まりですね。時間も時間なのでお昼先に食べましょ」
彗さんに連れて来てもらったのは彼がよく行くという綺麗なレストラン。こうオシャレなのだが、個人店っぽくて一人だとなかなか敷居が高そうな所だった。所謂、セットランチを頼んで美味しいハンバーグに腹を満たされていると、満足して頂けたみたいですね、と彗さんが目を細めた。
「彗さんって、私より年下なんですか?」
「ーーどうしてです?」
「や、敬語、使うから。そうなのかと思って」
「二十三ですよ。年下ですか? 俺」
「あ、はい。でも」
年下って感じがしないのは、やはりお兄さんなせいだろうか。居心地が良い。
「彗さん、敬語なくて良いですよ。なんかくすぐったいので」
「そ? じゃ遠慮なく」
砕けた話し方になった彗さんは不思議と人を惹きつけた。ぐっと距離が近付いたというか、仲良くなったような錯覚に陥る。なんだろう、不思議な人だ。
お店を出て近くの百貨店に行く。もちろんプレゼントを買うためだ。彼女はどんな物を欲しいと言っているのか。プレゼントを選ぶ前に、趣味とか希望のものとかないのか聞いてみた。
「なにか欲しいものとか、リクエストとか聞いてないんですか?」
「それがなんでも良い、選んでくれって言われて。それが一番悩むんだよなぁ」
「ほう。好きなお色とかは? ピンクとかベージュとか?」
「色は青とか白も好きだって言ってたが。まだ学生だから高価な物は微妙だとは思うが」
「学生!?」
そうか。彗さんだってまだ二十三なのだから年下の彼女がいても、ましてや学生の彼女がいてもおかしくない。だが、衝撃は受ける。
「っていうか、そっちも敬語。抜けてないみたいだけど?」
「私のは癖みたいなものです。ご安心を。適度に砕けてますから」
「あっ、そう」
じゃなくてと彗さんが首を振る。
「定期入れは大学入学の時買ったし、財布は今のがお気に入りみたいだしな。あとは……なんだ。万年筆? それこそ使わないだろ」
「ずいぶん渋いチョイスですね。ほら、小物入れとか、アクセサリーとか」
「んー……そのチョイスもどうかと。加茂さんだったら何欲しいの?」
「私? 私なら」
新しいブックカバーが欲しいなぁ。こうちょっと肌触りの良い感じの。そう伝えると、彗さんは閃いたように。
「それだ! あいつ本読むし、それがいいかもな」
「そんな私の欲しい物を反映させて良いんですか?」
「加茂さんの意見だからだよ。えーとブックカバーは」
その横顔が嬉しそうにフロアガイドを見つめる。そうか、買いたい物が決まったのか。なら私はもう用済みかな。
っていうか、めちゃくちゃ嬉しそう。そんなにプレゼントが決まった事が嬉しいのだろうか。そんなに彼女の事が好きなのだろうか。
「じゃあ私はこれで。さよなら」
「え? ちょっと」
彗さんをそのままにして、私は早足でデパートの売り場を通り抜けた。後ろから彗さんの声が聞こえるが立ち止まる事が出来ない。私、きっと今変な顔をしてる。元々だって? 分かってる。そうじゃなくて、変な顔というのはどんな顔をしたら良いかわからないという事だ。
彗さんには彼女がいて、私はその彼女の誕生日プレゼントを選ぶお手伝いをして。彗さんはそれを喜んでくれた。話だけ聞くとなんて良い事をしたんだと、自分を褒めてやりたい。
だが、ちっとも良くない。良くない理由はわからないが、あの彗さんの嬉しそうな顔を見たらイラっとしたのだ。
そんな事、思う方がおかしいのに。だって、そんなのまるで。嫉妬みたいじゃないか。
後ろから聞こえてくる彗さんの声に聞こえないフリをして人混みを走り抜けた。